第125話王国冒険者ギルドの副本部長
そんなわけでファングドッグの討伐証明部位である尻尾と金になりそうな牙を切り取って冒険者ギルドに戻っていったのだが……
「こ、これは……」
依頼を受けるためにきた時とは違って無駄に人が多い冒険者ギルドの建物の中。その受付にいた女性の前に今日狩ってきた二十本の尻尾を積み上げた。
それを見た受付嬢は目を見開いて驚いて見せたが、直後、眉を寄せて訝しげな顔になって俺たちを見つめた。
「これは、今日狩ってきたものでしょうか?」
「そうだが、何か問題があるか?」
「い、いえ。ただ、新人だというのに早いな、と思っただけでして……」
要は不正をしてんじゃねえのか、って言いたいんだろうが、んなことしてないしする必要もない。
俺が軽く威圧しながら受付嬢を睨み返すと、受付嬢の言葉尻は小さくなっていき、最終的には視線を逸らした。
うん。俺たちがやったんだと認めてくれて嬉しいよ。
「これでもそこらの有象無象には負けない自信があるからな。ああ、もちろんソフィアの話だが」
ぶっちゃけ意味あるかわからないけど、ソフィアが倒したんだよ、と釘を刺しておく。一応昇級のための条件は一人で二十体倒すことになってるからな。協力してもらった場合はカウントされないことになっているので、これは全部ソフィアが狩ったことにしなければならない。
まあ、こうして討伐部位さえ持ってくれば嘘なんてつけるんだけどな。
けど、嘘ついたところでわざわざそれを確かめるために調べたりはしないだろう。所詮はDランクのことなんだし、嘘をついて昇級したところで大した恩恵なんてないんだからな。これがAとかBとかだったらちゃんと嘘を調べる系のスキル持ちを使うんだろうが、あれは希少だからな。そうそう読んだりはしないはずだ。
「ええ、はい。分かっております。常設依頼の達成お疲れ様でした。こちらが報酬となります」
受付嬢も疑いはしているだろうが、討伐部位自体はあるわけだし、変に逆らうよりはそのまま話を進めてしまった方がいいと思ったんだろう。カウンターの上に依頼達成報酬を差し出してきた。
「それから、ソフィア様のギルドカードをお渡しいただけますか? ランクが上がりますので、新しいものへと交換いたします」
「かしこまりました。どうぞ」
「お預かりします」
ソフィアはカードを差し出すと同時にカウンターの上に置かれた硬貨を回収する。
が、ぶっちゃけ大した額ではない。俺が貴重な植物を採取したり、大物の魔物を倒して売り払った方がよほど儲かる。
ただこれは昇級のためだからな、金銭的なあれこれは度外視しているので仕方がない。
そうして待っていると手続きが終わったのか新しくなったカードがソフィアへ渡された。
「こちらが新しいカードとなります。基本的な規則は変わりませんが、一点だけ。このランクからはギルドと提携しているお店にカードを見せることで割引やサービスを受けることができるようになります。と言ってもDでは大した割合ではありませんが、ランクが高くなるごとに引かれる割合や受けられるサービスが変わりますので、提携している店を使うことをお勧めいたします」
「承知いたしました」
引かれるって言っても、Dランクじゃ1パーとか最大でも五パーとかその程度だったはずだ。まあそれでも回数を重ねると結構な額になるし、Dランク程度でうろついているような奴らにとっては重要なんだろうな。
「それでは今後もご活躍を願っております」
そんな言葉を受けて俺たちは冒険者ギルドの建物を出ていった。
「これでソフィアもDか〜。羨ましいな〜」
宿へと戻る途中で俺は少しだけ拗ねたようにそう言いながらソフィアを見たが、ソフィアは苦笑しながら答えた。
「ヴェスナー様も年齢さえクリアすればすぐになれますよ」
「その年齢が問題だよな。あと一年ちょいは確実にかかるわけだし」
「そこは気長に待つしかないかと」
一応特例で十五歳以下でもランクを上げることができるが、その場合はそれなりの実績……例えば魔物の群れを単独で片付けるとか、AやSランクでないと倒せないような魔物を単独で片付けたとか、そういった何かしらの功績が必要になってくる。それこそルールを曲げてでも囲い込んでおきたいと思うような功績が。
遭遇すれば俺もAだろうがSだろうが倒せると思うが、そもそも俺みたいなFランクが倒したといっても信じてもらえないだろう。大勢が見てるところで倒せば認められるだろうが、みんなが見てるところで戦わないといけないようなやばい状況なんて起こり得ない。
なので俺が特例でランクが上がることはまずないだろう。
「ま、そうだよな。とりあえず今はソフィアのランク上げが優先か」
「そうですね。B程度までならすぐに上げることは可能でしょうし、何かするにしてもその後の方が動きやすくなるかと思います」
俺が十五になるまで——大体一年以内に母親に会うって目標はあるが、そのためにもまずは動きやすい状況を作ることからだな。
それから一ヶ月後。俺たちは順調に依頼をこなしていき、あと少しでBランクへの昇級点が溜まるところまで来ていた。
一ヶ月もかかると遅いように感じるかもしれないが、とんでもない。むしろ逆だ。生涯かけてCランクで止まってるやつがいる中で一ヶ月でBランクってのは早すぎるペースと言える。
そんな俺たちは今日も今日とて冒険者ギルドにやってきていたのだが……
「ソフィア様、ヴェスナー様。少々よろしいでしょうか?」
「はい? なんでしょうか?」
「ここではなんですので、こちらへどうぞ」
冒険者ギルドにやって来た俺たちはいつものように掲示板を眺めて何かいい感じの依頼がないかと探しに向かおうとしていたのだが、その途中でギルドの職員の一人が俺たちに声をかけてきた。
入ってきてまだ数分と経っていないのに、やけに話しかけてくるのが早いが、まあソフィアはいつもの如くメイド服だし見つけやすいだろうな。
「どうしますか?」
「行くしかないだろ。断ってもいいことなさそうだし」
断ってもいいんだが、当然のことだがそうするとギルドからはいい印象を持たれない。
それにまあ、依頼ってのは奪い合いだ。朝の張り出しの時に良いものを取れるかどうかってのは結構重要になるんだが、このまま連れていかれたらその張り出しに間に合わないので、断る理由がないわけではない。
だが、それを考えてもやっぱり断るのは不利益でしかないだろう。依頼の奪い合いって言っても、たった一日だけだ。それを優先したがためにめんどくさいことになるよりは、せめて話を聞くくらいはしたほうがいいだろう。
「副本部長。ソフィア様とヴェスナー様をお連れいたしました」
「ああ、ありがとう。入っていいよ」
そうして俺たちは職員に案内されてギルドの建物内を進んでいったのだが、案内されたのは副本部長室だった。〝副〟本部長というと少し格が低い気もするが、本部長がこの国の冒険者ギルドのトップなのだから、副本部長とはつまりこの国の冒険者ギルドのナンバーツーだ。とてもではないが格が低いとは言えない。
そんな部屋に案内されたのだから、何事か、と否が応でも緊張せざるを得ない。もしかしたら俺の素性がばれたのかもしれない、とさえ思える。
俺がいなくなったのはもう十年以上前のことだ。王都に来たとはいえ、たかだか一ヶ月程度しかたっていないのに見つかるなんて、そんなことはあり得ないとは思っているのだが、それ以外に呼ばれる要件など思いつかないのだからそう考えても仕方がないだろう。
だが、そんな俺の緊張をよそに扉は職員の手で開けられていき、俺たちは中に入るしかなかった。
しかし……
「初めまして、お二人とも。知ってるかわからないけど、僕は未来の本部長であるランデルだよ!」
部屋の中に入った俺たちに対して、最初にかかってきた声はそんなものだった。
そんな場違いとも言えるほどに能天気さを感じさせる声を発したのは、まだ二十そこそこ程度の青年だった。
青年は声だけではなく顔までも緊張感がなく、へらりと緩んだ笑みを見せている青年の姿を見て、俺はそれまで抱いていた緊張を霧散させてしまった。
だが、俺が驚いたのはそんな能天気な声や顔だけではなかった。
「……エルフ?」
そう。ランデルと名乗ったこの青年の耳は人ではあり得ないくらいに尖っていた。その特徴は俺のよく知っている奴らと同じもので、落ち着いて見てみるとどことなく親近感を感じる気配をしているのも同じだ。
だが、なんでエルフがこんなところにいるんだ? こんなところにいるなんて、俺の知ってるエルフとは別物だ。あいつらは絶対にこんな離れたところに一人で来ない。
それとも、一人ではないのだろうか? 仲間がいて、エルフの集団っていうのは王都では結構当たり前にあったり……ないな。うん、ない。そんな集団がいるなら事前の調査でわかるはずだし、リリア達から何か聞いてもいいはずだ。だが俺は知らない。それに何より、エルフがこんなところで活動する根性があるとは思えない。
となると、このランデルってエルフは個人で行動してることになる。
「あ、そっちが気になるの?」
「まあ、本部長云々はどうでもいいし。それよりも、種族の方が気になるな」
「そう? まあ珍しいからね。でも、僕としては自己紹介の方を気にして欲しかったんだけど……まあいっか」
突然エルフに遭遇したせいで懐かしさのようなものを感じてしまい、ついその懐かしさからいつもエルフと話す時のような態度で話してしまった。だが、特に気にしてはいないようでよかった。
「ささ、座って座って」
副本部長なんていうかなりの立場にいるくせに、ずいぶんと気安い感じだな。この感じはなんだかエルフって感じがするから余計に懐かしさがある。
懐かしいって言っても、まだ半年も経ってないはずなんだけどな。やっぱりこれだけ長く、遠い旅ってのは影響があるんだろう。……まあそれだけじゃなくて、今後の身の振り方とか色々と考えないといけないことがあるってのも懐かしさを助長してるのかもしれないけど。
ともあれ今は目の前にいる副本部長との話だ。何の用だろうか?
「僕は君たちのことを知ってるけど、一応自己紹介をお願いできる?」
「初めまして、Fランク冒険者のヴェスナーです」
「ソフィアと申します」
にこにこと笑っている様子は、頭が弱い……じゃなくて、あー、おっとりしているように思えるが、その地位にいるってことは見た目通りではないんだろう。と思うが、どうだろう?
まあ、気を引き締めることは大事だ。エルフだからって味方と確定してるわけじゃないんだし、不利益を被らないようにしないと。
「うん、ありがとう。で今回呼んだ要件なんだけど……あ、敬語とかじゃなくていいよ。別に気にしないし、堅苦しいのはつまらないからね」
「……はい。ではお言葉に甘えさせてもらうよ」
……でも、やっぱりなんだかこいつと話してると気が抜けるんだよな。多分エルフだから『農家』に反応して親しみを感じてるんだろうけど、相手と自分の立場を考えると厄介だな。何せ疑ってかからないといけないのに強制的に親近感が湧いてくるんだから。それは相手も同じだろうけど、厄介なことに変わりはない。
「うんうん。ああ、それからお茶とお菓子をどうぞ。結構有名なところのやつを経費で買ってきたから美味しいよ!」
ランデルの言葉と同時に秘書なんだろう。女の人が茶と菓子を俺たちの前に出した。
完全に敵対しているわけでもないのに出されたものに口をつけないのは失礼なので、俺は目の前で飲み食いしているランデルに続いて茶と菓子を口に運ぶ。おいしい。
「——ところで、エルフに知り合いなんていたりする?」
俺たちが出されたものに口をつけて一息入れたのを見ると、ランデルは笑顔を変えないままそんなことを聞いてきた。
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