第124話少女の決意

 

「え、これって……」

「この魔法陣だ。模写と紙生成を一緒に使って、最初っから魔法陣の描かれた紙を作り出せばいいんじゃねえの?」


 そう。最初っから絵の描かれた紙を生み出すことができるんだったら、一々紙を作ってから魔法陣を書き記すなんて作業をしなくても良くなる。


「む、無理ですそんなこと!」

「いやできたじゃん」

「え? できたって……」

「その紙。最初から絵の描かれた紙を出せるんだったら、魔法陣も同じだろ? 魔力を流していない時点じゃ『魔法陣』じゃなくてただの『絵』なわけだし」


 こいつとしては魔法陣と猫の絵を別物として考えているんだろうけど、俺からしてみれば同じだ。魔法陣は特別なものではなく、ただの絵でしかない。


「けど、それだと魔力がこもってないですし……」


 あー、その問題はあったか。なら、そもそも紙を作るときに魔力を込めておけばいいんじゃないか? なんか描きやすいとか言ってたし、多分さっき考えたようにこいつが作った紙はこいつの魔力と親和性とかなんかそんな感じのがあるんだろう。多分。

 だからいけるいける。気合い出してやればなんとかなるさ。


「気合いでこめろ」

「……えぇ」


 俺の言葉に呆れたような声を漏らしているが、それでも俺には魔力なんて使えないんだから気合いでやれとしか言いようがない。


「無茶を言ってんのはわかるさ。でも、これができればお前はもう落ちこぼれなんてならなくて済むんだぞ。こんな補修だか課題だか知らないけどやることもない。いじめられることもない。ここで頑張れば、人生を変えることができるかもしれないんだ。それでもお前は、頑張らなくてもいいのか?」


 いじめなんてのは反撃されないとわかってるからいじめられるんだ。こいつがこの方法で魔法陣を作れるようになり、魔法を使えるようになったのであれば、もういじめられることは無くなるかもしれない。


 今から逆らったところでプライドを刺激されたとかそんなんでさらに苛烈になるかもしれないが、ここで動かないことには何も変わらない。

 俺たちは今だからこそこんな研究に協力してるが、ここを離れたら他人だ。手を貸すことなんてない。だから、ここで動かなければ何も変わらないままだ。


 そう思いながら、さてどうするんだと見ていると、少女は口を引き結び、拳を握り締めながら体を震わせた。


 そして何をいうでもなく両手を前に出し、スキルを使い紙を作り始めた。


 突き出した両手の間には小さな光が浮かんでいたが、今回は今までに比べてその変化が少し遅い気がする。多分気のせいではないんだろうな。


 だが、それを黙って見守っていると光の形は安定し、フッと光が消えた後には一枚の紙が残った。


「で、できた……?」


 自身の手の上に現れた紙を見ながら呆然と呟いた少女。

 俺はそんな少女の手の上にある紙を覗き込んだのだが、そこにはしっかりと魔法陣が描かれていた。


「いい感じだな。あとはそれが実際に使えるかだけど……」

「や、やってみますっ」


 本当に使うことができるのか緊張しているのだろう。

 紙を掲げる手は震え、何度も何度も深呼吸をしている。


 そして覚悟を決めたのか、一際大きな深呼吸をすると、少女は言葉を紡ぎ——


「ほ、《炎よ集え——ファイア》ッ!」


 先ほどと同じように紙から炎が放射された。


 炎が消えた後には誰も何も言わない静寂が訪れた。魔法を使った本人でさえ何も言わず、身じろぎをすることもなくただ手を突き出した姿勢状態のまま固まっていた。


「おめでと。これでいつでも魔法を使えるようになったな。ま、もっと練習して紙を作るまでの時間を短くしないと実戦では使い物にならないけど、ひとまずはいい感じじゃないか?」


 俺はパチパチと拍手をしながら少女に声をかけ、そんな俺の拍手に乗るようにソフィアも一緒に手を叩いた。


「で、きた……?」


 その音でハッと気を取り直した少女は、ぎこちない動きでこちらへと振り返ると、震える声でそう問いかけてきた。


「ああ、できてるよ。さすが魔法使い」


 俺がそう言うと、少女はストンと力が抜けたようにその場に座り込んでしまい自分の手のひらを見つめだした。


 ソフィアに顔を向け、視線だけでどうしたもんかと尋ねると、ソフィアは首を振った。これは放っておけってことだろうな。

 まあ、思うところは色々とあるだろうし、俺は軽く肩を竦めるとソフィアの指示通り少女のことを放っておくことにした。


「ただまあ、あれだな。こういう方法で使えるとなると、もし遠隔操作ができるのであれば……」

「かなり凶悪なことになりませんか?」

「やっぱそう思う?」


 今回新しい魔法の使い方を考えたが、結構凶悪な技になってしまった気がするし、ソフィアもそう考えているようだ。

 何が凶悪なのかっていうと……


「はい。魔法陣を描いた紙を床にばら撒いておけば、即席のトラップです」


 そう。今は一枚の魔法陣が描かれた紙を作るのに時間がかかってるけど、これが一瞬で作れるようになってみろ。この魔法陣の描かれた紙が床にばら撒かれ、それを踏んだ奴がいたとしよう。そいつが紙を踏んだ瞬間に魔法を使えば火炎放射トラップだ。

 野外だろうと建物内だろうと、紙が落ちてる程度では誰も警戒しないだろう。むしろそれを拾おうとするかもしれない。丸焦げだ。


「紙を丸めたり折ったりしても効果があるんだったら遠くにも投げられるし、そっと忍ばせることもできる……やべえな」


 丸まった紙なんてゴミにしか見えない。飛んできたとしても警戒する奴なんていないだろうし、書類の中に紛れ込ませたり、折った紙を相手の荷物に忍ばせることだってできる。


「まあでも、これで魔法を使うことはできるようになるだろ——は?」


 興味本位で結構な代物を開発してしまった気がするが、どうせ俺は名前もまだ知らないこの少女と今後何がしかの関係を持つこともないだろうし、気にしなくていいや。所詮使い方よ。使い手次第でいいものにも悪いものにも変わるんだから、何か起こっても俺のせいじゃない。


 そう考えて……というか考えを放棄して少女へと振り返ったのだが、俺は振り返った先の様子を見て固まってしまった。


「——え? な、なんで泣いてんだ?」

「え?」


 振り返った先では、少女が座り込んだまま泣いていたのだ。だが、本人はそのことに気づいていなかったんだろう。俺の言葉に呆然とした声を返してくるだけだった。


 少女は自身の目元に手を当てて濡れていることを確認すると、そこでようやく自分が涙を流していることに気が付いたのか両手で涙を拭い始めたが、その涙が枯れることはない。


「あれ、なんで……これは違くって」

「平気ですよ。わかりますから」


 何度も拭おうとしても涙を流し続けている少女にソフィアが近寄り、しゃがんで視線を合わせると微笑みながら声をかけた。


「あなたは嬉しいんですよね。今まで感じていた期待の分だけ辛かったから」


 王道や正統ではないかもしれないけど、それでも一応魔法を使うことができるようになったんだから嬉しいってのは理解できる。

 だが、そんな自然と涙が出るほど嬉しいものなんだろうか?


「魔法を使えるようになって嬉しいのはわかるけど、そんなにか?」


 その辺の感覚がわからなくてつい聞いてしまったのだが、ソフィアは振り返るとゆっくりと頷いた。


「そんなに、です。あなたからすれば些細なこと、ただ自身の好奇心のためかもしれませんけど、その姿を見て、その言葉を聞いて救われるものもいます。そして、他人にとってはそれが命をかける理由になることだってありえるんです」


 そういったソフィアの瞳は真剣なもので、それはあの時にも見たことのあるものだった。

 あの時——自分の過去を話してもらった時と同じ眼だ。


「期待というものは毒です。期待をする側は軽い気持ちなのかもしれませんが、掛けられた側はそれが重しになり、徐々に心を蝕んでいく。それを強さに変えることのできる人もいますけど、全ての人間がそんなに強いわけじゃないんです。それに、どれほど頑張ってもなんの成果も出せないとなれば、尚更辛い」


 期待は毒、か。確かにそうかもな。期待なんてのは、言い換えてしまえば誰かの願いを押し付けられることだ。そんなのはそいつの人生の邪魔にしかならない重荷だ。

 その重荷も適度なものであれば個人の成長に役立つのかもしれないが、誰かに無責任な期待するような奴がそんな毒だとか重荷だとか考えるはずがない。


「私も、期待されていました。家名にふさわしい女に育つように、と。ですが、見放された。その落差はかけられてきた期待の分だけ辛かったです。まるで、自分の存在価値が全てなくなってしまったかのように思えたほどに」


 ソフィアの場合は貴族の家に生まれたのだからそれにふさわしい才能を、と期待されていた。

 この少女の場合は貴族として相応しい『魔法師』という才能自体はあったけど、だからこそ期待された。


 だが、そのどちらも期待に応えることができなかった。


 ソフィアは不遇とされる天職を得てしまったことで。

 少女は魔法師という才能を手に入れながらもそれを使えないことで。


「だから、そんな期待に応えられるということがわかるというのは、それだけで嬉しいものなのです」


 俺もソフィアと同じように身分あるものとしての天職を求められたが、それだって期待だ。

 結局はその期待は『農家』と『盗賊』という職を得たことで応えられなかったわけだが、それでももし期待に応えることができていたら……なんて、思わなくもない。


 俺たちはそのまましばらく何もせず、何も言わず、ただ少女が動き出すのを待っていた。


 そうしてどれほどだろうか。十分程度か? しばらくすると少女は顔をあげ、涙を拭いてからゆっくり立ち上がると、真正面から俺のことを見つめた。

 そして、一度大きく深呼吸をすると、勢いよく頭を下げ、それと同時にその手に持っていたファングドッグの牙を突き出してきた。


「元々はお二人のものですし一度もらったものですが、こちらはお返しします!」


 突然のその言葉に俺は驚き、目を瞬かせたが、すぐにその言葉の真意を尋ねることにした。


「返すって……理由は?」

「私は、お二人に戦う術を教えてもらいました。私でもできるんだということを教えてもらいました。だから、私は自力で課題を果たしたいと思います。……お二人のご好意を捨てることになって申し訳ないんですけど……」

「……いや、いいよ。売れば金になるわけだし、こっちに不利益はないからな」


 それに、そこまで覚悟があるんだってんなら、止めるつもりなんてない。


 俺は一度渡したはずのファングドックの討伐部位である牙を受け取った。


「頑張れよ」

「はい! お二人の御恩に報いるためにも、私は精一杯、自分にできる限りの努力をしていきたいと思います! いつか私がもっとすごくなれたら、その時はお二人の力になってみせます!」


 少女はさっきまでの沈んだ様子とは打って変わって元気よくそう言うと、再びお辞儀をしてから勢いよく走り出していった。

 だが、あっちは街じゃなくて森の中に進む道のはずだ。もう暗くなるはずなんだけど、いいんだろうか?

 ……まあ、いいんだろう。一応戦う術は手に入れたわけだし、本人がそう決めたんだったら俺たちが口を出すことでもない。


「さて、じゃあこれで揃ったわけだし、俺たちは狩りを終えて帰るとするか。もうそろそろいい時間だろ」

「そうですね。ですが……」


 ソフィアはそう言いながら自分の腰につけている獣の尻尾を眺めてから、俺が両手に持っている尻尾にも目を移した。


「やっぱり馬車は必要かもしれませんね」


 ……だな。

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