第123話司書+魔法使い

 そう。司書とは書を司るで『司書』だ。スキルにだってそういう系統のものばっかりだったはず。であるならば、それができるんじゃないだろうかとふと頭の中に浮かび上がってきた。


「それもやってみたことはあるんですけど、魔力の操作が難しくて、書き始めてから十分くらいすると魔力の流れが乱れてしまうんです。一度途中でやめるとそれまで魔法陣に込めた魔力が霧散してしまいますし、結局成功したのは十回に一回程度もあれば良い方ってくらいでした……」


 まあ試さないわけがないか。それで使えるんだったら全く使えないよりはマシになるわけだし。


 ただ、こいつの言っているのはスキルを使わないで書いた場合の話じゃないだろうか? 多分だが、俺の意図したところとは違う気がする


 にしても、魔法かぁ。やっぱいいな〜。魔力の操作が難しいっていうけど、やってみたい。どんな感覚なんだろうか? 『農家』のスキルも嫌いってわけじゃないけど、やっぱ魔法には憧れがあるっていうか、なんか気になるよな。もし魔法系の天職を持ってたらずっと研究とか訓練してんだろうな、俺。


「それでも成功したのがあるのであれば、どうして今回は使わないのですか? ファングドッグに襲われた時に使っていれば、助けを求めなくとも逃げられた可能性は十分にあると思いますが?」


 もし自分が魔法を使えたら、なんて想像をしてると、ソフィアがそう問いかけたが、確かにそうだな。

 完全に失敗したんじゃなければいくつかは成功品があるわけだし、こんな危険なところにくるのに武器を持ってこないわけがない。


「使いました。使ったけど、今日持ってたストックは二枚しかなくて……。一枚は怯ませることができたんですけどそれだけで、もう一枚は手間取ってるうちに爪で裂かれてしまいました……」


 ……まあ、第一位階の初歩で躓いてるようだし、威力にはそれほど期待できないか。それに所詮紙だしな。破れても仕方がない。


 けど、それは二枚しかなかったからだ。もし十枚百枚と用意できれば多少破かれたり威力が低かったところでなんの問題もないだろう。

 問題としてはさっきから言ってるように魔法陣を描く成功率と時間だが、それに関して一つ解決策を思いついた。


「なあ、それって模写を使えば三十分も掛けずに終わるんじゃないか?」


『司書』のスキルには《模写》があったはずだ。正確に第何位階のスキルかは忘れたが、多分第五位階ならもう覚えてるだろう。


 《模写》スキルってのは、何かを見ながらならそっくりな絵や文字を書くことのできるスキルだったはずだ。

 ならそんなスキルを使えば、オリジナルの紙を用意しておけば第一位階程度ならすぐに模写することができる——スクロールを作ることができると思う。


 魔力を流しながらスキルを使うことができるのなら、多分十分もあれば終わると思うんだよな。


「え? ……あ」

「ちょっと実際に描いてみてくれないか?」


 俺の言葉にわけがわからなそうにキョトンとした様子を見せた少女だが、少ししてから俺の言った言葉の意味がわかったのか、小さく何かに気がついたような声を漏らした。


 そうして少女は何かを探すように辺りを見回し、荷物を漁った後に何かを取り出したが、どこかガッカリした様子を見せた。

 なんだ? あれは……インクか? なんでこんなところに来るのに持ってんのか知らないけど、じゃああのガッカリ感は紙でも探してるのか?


 そんなもん作ればいいだろうに、と思っていると、少女もそのことに気がついたのか、自身の手のひらを眺め始めた。

 次の瞬間には小さな光の球が生まれ、それが徐々に四角い形に変わると、最終的には一辺が四十センチ程度の紙になった。


 そしてその紙に取り出したインクをペンにつけて描き始めたのだが、その動きは自身なさげな少女の様子からはわからないくらいに素早く、流れるように動いている。


 と、そこであることに気がついた。

 《模写》スキルってのは、あくまでも模写である。模倣する大元の絵や文がなければ使えないはずなんだけど、こいつはそんなものを見ることなくスラスラと描いている。どうして……あ、いや、そういえば『司書』には読んだものを記憶するスキルがあったな。それか?


「あれ……?」

「うまいものだな」

「だいたい三十秒ほどですか。元が三十分だと考えると大幅な短縮ですね」


 描き終わったのか動きの止まった少女の手元を見てみると、なんだか訳のわからない模様と文字が書かれている。前に見たクソッタレなお嬢様の魔法よりも一回り小さい気がするが、それは選んだ魔法の位階の差だろう。

 だが、これだけ複雑なものを描くのに三十分かかると聞いていたのに、今見た限りではソフィアの言ったようにたった三十秒程度で終わった。随分な進歩……というよりもなんだかズルをしている気分ですらあるな。問題はこれがまともに使えるかだけど、使えるんだったらいいんだけどな。


 だが、なんかその魔法陣を描いた当の本人は自分の手を見ながら首を傾げている。


「どうしたんだ? こんなに速く描けたことで驚いてんのか?」

「あ、いえ、それもあるんですけど……なんだかいつもより魔力の通りがいい気がして……」


 魔力の通りがどんなもんなのかわからないけど、多分自分のスキルで生み出した紙だから親和性があるとかそんなんだろう。それに関しては再現性があるかとかどんな条件ならそうなるのかとかの確認をする必要があるが、今はそれは後回しだ。


「なんにしても、魔法陣が描けたんなら問題ないな。とりあえず使ってみろ。使い物になるかの確認をしないとだろ」

「あ、はい。そうですね」


 俺の言葉に頷くと、少女は魔法陣を描いたばかりの紙を持ち、魔法陣が自分とは反対に向くように掲げた。


「《炎よ集え——ファイア》!」


 少女がそう口にした瞬間、魔法陣の描かれた紙から炎が溢れ出し、前方の空気を焼いた。

 それはほんの五秒程度で消えてしまったし、魔法陣を描いた紙は燃えてしまったが、一回しか使えないのはわかってたことだし威力だって十分すぎる威力だ。


「なんか違和感は?」

「いえ、いつも通りです。……よかった。これなら、もういじめられなくて済む……」


 いじめ? まあこいつの性格と成績じゃそうなるか。

 突然魔法を使えるようになったとしても、こいつの方法は邪道だ。馬鹿にされ続けることには変わりないし、いじめだってなくならないだろうが、まあ本人がそれでいいならいいだろう。多分何かしらは変わるだろうし、全く状況が変わらないってことはないはずだ。


「それで百でも二百でも好きなだけ使えるだろ」

「で、でも、結局加工しなければならないので無理です……」

「いや、使い捨てでいいじゃん」

「え?」


 こいつ、ちょっと勘違いしてるな。俺は何もその紙を使いまわせって言ってるわけじゃない。せっかく使い捨てにできる紙に書いたんだから、使い捨てで使えばいいじゃん。三十秒もあれば一枚書けるんだから、毎日十枚くらい書き溜めておけばいいんじゃねえのって話だ。


「お前は司書で、さっき使ったように司書のスキルには《紙生成》があるだろ? 紙は無限に作れて、魔法陣を描くのにも三十秒もあれば終わる。まあ位階が上がれば作業にもそれだけ時間もかかるだろうけど、少なくとも一時間もあればそれなりの数は用意できるだろ? 第一位階の魔法でも十も用意できれば、それはそれで戦力として十分だと思うんだが?」


 これが水だとか風だと第一位階の魔法を揃えたところで大した効果はないだろうが、こいつの場合は炎だ。球にして射出したり広範囲の地面から噴き出させたりなんてことはできなくても、炎を発生させることができるのであれば火炎放射器と同じ扱いができる。そんなもんが百枚も揃えれば、戦力としては十分だろ。

 ま、こいつがそれを使いこなせるかは別だけど。


「ただ、問題としてはそんな方法で使ったとしてスキルを使ったと判定されるかどうかだな。位階が上がらなきゃ問題だろ。そこんとこをどうするかはお前次第だな」

「え……あ、それなら問題ないという結果が出ています。昔魔法具を使った際に位階が上がったということが報告されていますので、自身の位階に合った道具であればそれで平気みたいです」


 なんだ、魔法具を使ってでもスキルの使用回数に入るのか。それだと全部自前でやらない分魔法師系の職の方が他の職よりも位階の上がりが……いや、別に早いわけでもないか。魔法系は呪文だとか魔力だとかめんどくさい項目があるんだから、その分多少楽できたとしても修行効率としてはプラマイゼロだな。むしろマイナスか?


 けど道具を使っても使用回数判定になるんだったらなんの問題もないな。


「ならこうやって紙を作ってそこに魔法陣を描いていけば……いや? それはちょっと手間か?」


 魔法陣を紙に描いていけばそれで魔法が使えるんだろうが、いくら短縮されたと言ってもそれは手間だ。

 せっかく新しく考えついた手法なんだし、できることなら効率を求めたい。


 もっと気楽に使えるような感じになるといいんだが……どうすっかな。


「え? いえ、まともに魔法を使うことすらできなかった私が魔法を使う方法を提示していただいたんです! この程度は手間だなんて思いません!」


 そう言っているが、ぶっちゃけこっからは俺の興味だ。こうしたらどうなるんだろうなっていう、ただの実験というか、好奇心。

 だから考えていく。どうすればもっと効率的にできるのか。どうすればもっと強化することができるのか。

 その結果……


「なあ。紙生成って、こんなふうな紙を出すことってできるのか?」


 俺はその辺に落ちていた木の枝を拾って地面に四角を書き、その中に猫の絵を描いてそれを指差して言った。


「あ、可愛い」

「本当ですね。絵画の練習を行ってきた成果ですね」

「絵画の練習? ……あの、今更なんですけど、お二人はもしかしてどこかの貴族だったり……」

「いいえ。違いますよ。私もヴェスナー様も、貴族ではありません」


 ソフィアと少女がそんなことを話してるけど、今は俺の絵よりも絵の内容というか話について考えてほしい。

 ……そういえば、元々すぐに離れるつもりだったし、ここまで自然な感じに話を進めてたから、まだこいつの名前を聞いてなかったな。


「うちはちょっとした金持ちだってくらいに思っておけ」


 まあ、名前なんてどうでもいいか。今は話を進めさせてもらおう。


「で、話を戻すけど、できるか? 考えとしては《模写》を使いながら《紙生成》も使うって感じなんだが」

「た、多分できるかと思います」


 少女はそう言うと俺の描いた絵をじっと見つめながら手の平を上に向けた状態で手を前に突き出し、その上に小さな光を発生させた。

 そしてその光は先ほどと同じように薄い四角形に形を変えると光を消し、その場には一枚の紙が残っていた。


「ど、どうでしょう?」

「……完璧だな」


 両手でちょこんと持った紙を俺に突き出す用意して見せてきたが、見せられたその紙を見ると見事に俺の描いた絵とそっくりな絵が描かれていた。


 それを確認すると、俺は自分の考えを次の段階へと進めるために、先ほど少女が魔法陣を描いた紙を拾い上げた。


「ならさ、次はこれが描かれた紙を作ってみろよ」

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