第120話常設依頼に向かった先で
「常設依頼はこれか」
貼ってあるのはやっぱり薬草採取とゴブリン退治。それに加えて狼退治と見回りなんかの依頼もある。
だが、なんだろうな。常設依頼に限らないが、パッと見た感じだと総じて以来の難易度が低いような気がする。
「どうされますか?」
「そうだな……これでいいだろ」
だが依頼の難度については今気にすることでもないので、そのことについては無視して俺は一枚の依頼を指さした。
「ゴブリン退治ですか。場所は……森ですね。わかりました」
依頼書には三十倒すことができれば昇級って書いてあるし、それくらいなら平気だろ。
やることを決めると俺たちは冒険者ギルドの外へと出ていった。
「武器なんかはまだまだ平気だし、このままいくか?」
「よろしいのではありませんか?」
依頼対象であるゴブリンが生息しているのはこの街からそれほど離れていない森だ。今から行けば日暮れまで四時間程度はあるだろうし、三十体程度なら倒せるだろう。普通なら探す手間なんかも考えると四時間程度じゃ無理だろうが、俺の場合は問題ない。何せ森全体が味方になって情報を教えてくれるからな。巣のある場所なんかも一瞬だ。
そんなに街から離れているわけでもないし、片道一時間も考えておけば十分だろ。
馬車を使えばもっと早く楽に進めるが、人の多い場所の近くで馬車を置き去りに行動するのは危険だろう。こう、盗まれたり悪戯されたりとか。
と思って街の外へと向かっていたのだが……
「尾いてきてるものがいますね」
ソフィアがなんでもない風を装いいつものように笑みを浮かべながら、声の質すら変えることなくそんな物騒なことを言ってきた。
だが、俺もソフィアが言ったように尾行がいることは気づいていた。
「あ、わかった? 多分ギルドから出てきた時からだと思うんだけど、狙いはなんだと思う?」
「……ギルドの回し者か個人か。個人であれば金銭でしょうけれど、ギルドであればわかりづらいですね。考えられるのは保護、でしょうか?」
「まあギルドが金銭目的の襲撃はしないと思うし、万が一死なれても困るから陰ながら守るとか、危なくなったら助けるとか……ああ、個人であった場合もその可能性はあるか。助けたことでお抱えになろうとか、金を求めるとか」
「なんにしても、邪魔ではありますね」
「だな。宿の場所は知られたくないし、戦い方を見られたくはない。何より鬱陶しい」
ギルドからの差金でも個人の襲撃でも、どっちにしても邪魔なことには変わりない。これで宿まで尾けられてみろ。最悪寝てる間にに襲撃を受けることになるぞ。
こんなバレるような備考をする奴らが襲ってきたところでどうなるってわけでもないが、面倒なことだってのは間違いないし、もし馬や馬車を傷つけられたとしたらそっちは対処できない可能性が高い。
この街に止まって活動する以上はそのうちバレるかもしれないが、だとしても少しでも先延ばしにしたい。
「次の角で走るぞ」
「はい」
そんなわけで俺たちは尾行を撒くために大通りから外れて路地へと入り込み、走り出した。
俺たちが路地に入ったことで見失わないようにとでも思ったんだろう。尾行してた奴らは俺たちを追いかけてきたが、そいつらが路地に入ってきた頃には俺たちはすでにさらに奥へと進んでいた。
それでも俺たちを追おうとしたんだろうな。そいつらは手分けして更に奥へと進んでいったが、残念。俺たちはもう〝上〟にいるよ。
街中で逃げるときのいい逃げ方ってのは、平面ではなく立体で逃げることだ。あとは他人の家の中に突っ込んでいって家主に追っ手をなすりつけるとか。まあその場合は家主が一般人でなく、なおかつ悪人であることを確認してから出ないと使えない手段だが、できた場合はかなりの確率で追ってからは逃げ切れる。
まあそれはともかくとして、立体に逃げる方法ってのはそれだけで相手を惑わすことができる方法だ。どっかの家に突っ込んでなすりつけるより危険も少ないし、お手軽にできる方法だし、更に敵の裏に回って敵の行動を監視することだってできる。
鬼ごっこではただ逃げ回るよりも、探している鬼を追いかけた方が見つかりづらいのだ。
そんなわけで、俺たちは路地に入って走り出したんだが、すぐにパルクールみたいに建物の上に上がり息を潜めていた。
そして息を潜めたまま上から見ていたのだが、どうにも追っ手たちはギルドのものではないんじゃないだろうかと思えた。何せ格好が見窄らしい。武装はしていたが、なんと言うか全体的にボロい装備だった。多分個人で動いてた奴らなんだろう。
俺たちが貴族ではないと理解できたのか、もしくは貴族に喧嘩を売るようなバカなのか。あるいは貴族と思っていながらも襲わないといけないくらいに切羽詰まっているのか……多分二番目か三番目だろう。なんか馬鹿そうだし。
まあいい。とりあえず今は撒くことができたんだし、それで良しとしておこう。
「撒けたな」
「ですが、この場に留まっていると見つかるかもしれません」
「だが、このまま素直にゴブリン退治に行っても見つかりそうだよな」
俺たちを尾けてきたってことは、俺たちがゴブリン狩りに行くって話しは聞こえてただろうし、姿を見失った以上は多分そっちの入り口を見張るだろう。
なので俺たちは反対側の出口から出てゴブリンとは違う別の目標を狩ることにした。
「よし、野犬狩りと行くか」
「野犬というと、『ファングドッグ』ですか?」
「ああ。ゴブリンたちとは反対の森にいるみたいだし、そっちも常設依頼だからいいだろ」
「どちらでも大した違いはありませんし、良いのではないでしょうか」
ゴブリンと犬型の魔物ではだいぶ違うと思う。新人であればしっかりと防具から戦術まで色々と見直していかないと死ぬことになるかもしれない。
「じゃあ決まりだな」
とはいえ、俺たちはただの新人というわけでもないので、特に問題もないだろう。森の中であれば奇襲なんて受けることはないだろうからな。
そんなわけで俺たちは当初の予定を変更してファングドッグのいる森へとやってきたのだが、今回は馬車は使わずにやってきた。そのため少し時間がかかったが、まあ問題ないだろう。
そうして森の中へと入っていった俺たちだが、俺はさっそくとばかりにスキルを使いファングドッグたちがどこにいるのかを調べ、倒していった。
かれこれ森に入ってから一時間程経ったが、現在では目標である二十体中十一体を仕留めることができていた。
「ん」
「敵ですか?」
あと半分だ、というところで周りの植物たちが異変を教えてくれた。
「……じゃ、ないっぽい? けど人なのは変わりないな」
植物たちに聞いても、人がいるってのと、なんか危険っぽいとしかわからない。まあ植物たちに人間の区別なんてつかないだろうし、情報としてはそれだけ聞ければ十分だと言えるけど。
こんな森に来るんだから自己責任ではあるが、丁度そこにはファングドッグの群れがいるようなので、それほど離れているわけでもないし様子見がてら向かうことにした。
特に手間がかかるってわけでもないんだから助けてもいいが、それは相手次第だな。高圧的に助けを求めてくるような相手だったら助けるつもりはない。
まあ死んだらどうするかなんて悩むこともできないし、とりあえず少し急いでみるか。
「ひやああああああ! やだやだあああああ!」
ソフィアとともにできる限り音を立てないように森の中を駆けていると、植物たちに聞かなくてもわかるくらい叫び声が響いてきた。
「襲われている感じですかね?」
「らしいな。とりあえずそっちに行ってみるか」
そうして俺たちは足を止めることなく進んでいたのだがすぐには姿を見せず、一旦隠れて様子を見ることにした。
木の陰から除いた先には、野暮ったいメガネをかけ、元はいいものだっただろうにいまではすっかりボロボロになった服を着た少女が、涙と涎とで顔をべしょべしょにしながら必死になって逃げていた。
このままいけばそう遠くないうちに後ろに迫ってる獣達に喰われておしまいだろう。それもまた自然の摂理といえばそうなんだが、なんか悪そうなやつでもないし、せっかくだから助けておくか。
「あ、あっ、ひ、人っ!」
そう思って立ち上がり身を晒すと、少女はすぐに俺に気がついたようでこちらに向かって這々の体で駆け寄ってきた。
「た、たしゅっ、たしゅけてくだしゃい!」
俺の元にたどり着いた少女は縋り付くように俺の足に手を伸ばしたが、勢いが良すぎてタックルとか足狩りとかみたいになってる。
そんな攻撃だか救援要請だかわからない行動を喰らうわけにはいかないので、俺はスッと体をずらして飛びかかってきた少女を避けた。
「へぶっ——!」
そのせいで少女は顔面から地面に突っ込むことになったが、問題ないだろ。
……なんか、こいつ見てるとリリアを思い出すな。黙って出てったけど、元気にして——るだろうな。元気じゃない姿が思いつかない。
まあそんなことを考えている間にも獣達は新たな獲物である俺を食い殺そうと飛びかかってきた。
だが、残念。人間みたいに武器を使うような相手だと警戒しないとだけど、体の全てが有機物で構成されている獣が相手ならなんの問題もないんだ。
とはいえ油断して怪我をするのもばからしいので、ポケットに突っ込んでいた手を握り締めながら出し、その手のなかにあった種を獣達に向かってばら撒き、スキルを使う。
《播種》で怯んだところに接近し、首を掴んで今度は《肥料生成》を使う。
たったそれだけで、飛びかかってきた獣達はそれ以上動くことは無くなった。
あとはそれをもう一度やってしまえばおしまいだ。
もう襲いかかってくるファングドッグ達は一体たりとていなくなっていた。
……ただこれ、楽なのはいいんだけど臭いがひどいんだよな。だって腐ったものがそこらへんにばら撒かれてるわけだし。
「あ、あああああありがどうございまずうううう!」
だがそんな臭いなど気にならないのか、ファングドッグ達に追われていた少女は這うようにして俺に近寄ってきていた。そして、俺の足を掴み、抱きついてきた。
感謝の気持ちはわかったよ。けど、もうやめてくれ。あんたのせいでズボンがひどいことになってる。鼻水とかつけんなよ。
その後はなんとか苦労しながら少女を引き剥がし、ソフィアの浄化で俺のズボンと周囲の臭い、それから少女の体を綺麗に浄化し、話し合いへと持ち込むことができた。
「で、あんた何者? 冒険者でいいのか? それにしてはみっともない感じだが」
「う、わ、私は冒険者じゃなくて、その……学生です……」
助けた少女は緊張しているのか、それとも元々そういう性格をしているのか、オドオドキョロキョロと落ち着かない様子で俺の問いに答えた。
だが……
「学生?」
なんだ冒険者じゃないのか? でも学生か……そういえば王都には学校があるんだったな。どういう場所なのかまでは詳しく知らないけど。
「王都には学園があるんです。貴族の子が通う場所ですが、中にはそれなりの規模の商会の子や、才能ありと判断された一般市民も通うことができます」
そんな俺の心を読んだのか、ソフィアが説明をしてくれた。
貴族に金持ちに才能ね……。
「でも……才能あるかこれ?」
犬達から逃げていた様子を見てみると才能があるようには見えなかった。
まあ、戦闘に関する物だけが才能ってわけでもないんだし、もしかしたらなんかこう薬学とか開発とか、そういった才能が……
「戦闘面以外であれば可能性はあるのでしょうけれど、あの学園は戦闘面を重視していたはずですし、それ以外の才能での入学は厳しいかと」
……補足ありがとう。でもそれ、才能ないって言ってるのと同じだよな。
「わ、私は貴族の子供として学園に入りました。……一応」
ああ、なるほど。見窄らしい見た目をしてるけど、それは襲われてたからであって本来はもう少しまともな格好なわけか。それなら才能云々に関係なしに学校に行けるわけだな。なんたって貴族だし。
ただ、貴族だっていうんだったら気になることもある。
「へー。まあそれはいいけど、なんで貴族の娘がお供も連れずになんでこんなところに?」
そう、普通の貴族は多い少ないはあれど護衛なんかの従者を連れているはずだ。前にあったアルドアのお嬢様みたいにな。
けど、この少女は護衛の一人もいないように見える。もしかしてここにいる魔物に殺されたのか?
「従者は、その……うちはそれほど裕福じゃないんで……」
言いづらそうにしながらも吐き出された言葉を聞いて、俺はこの少女に従者がいない理由を理解した。
どうやら、ただ単純に雇う金がなかっただけのようだ。
まあそれはいい。従者のいない理由は分かったが、ならどうしてここにいるのかって疑問が残る。貧乏だって言うし、冒険者として金稼ぎにでもきたのか? いや、でも最初に冒険者か聞いた時にそれは否定されたな。
まあ、聞いてみればいいか。
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