第121話魔法の使えない魔法使いの少女

 

「ここにいる理由は?」

「が、学園の授業で……ここの森のファングドッグを狩って牙を持ってこいって宿題を出されて……私、いつもビリだから」


 つまり、課題をこなせば単位を加点してやる、みたいなあれか。

 でもこいつには無茶だろ。どんな天職なのか知らないけど、そもそも戦いに向いてない気がする。


「ですが、多少なりとも戦う能力がある、もしくはその才能があるということのはずです。でなければ戦闘系の授業を受けさせられることはないはずですから」


 ソフィアは訝しげにしながらそういったが、確かにな。仮に天職が農家で副職が鍛治師とかだった場合、世間一般では戦闘なんてできないと判断されるだろう。そんなやつに戦闘系の課題を出すような授業を受けさせるのか、とは思う。


「た、確かに私は『炎魔法師』だけど、それは副職なの。て、天職は『司書』だから戦えないし……」


 だが、そんな俺たちの考えに反してこの少女はしっかりと戦闘系の職を持っているようだ。

 それならそれでいいんだが、しかし……


「言ってよかったのか?」


 天職もだが、特に副職ってのは隠すもんだ。それを惜しげもなく教えるってのは、いささか危機感がないように思える。


「言っても言わなくても、変わんないから」


 変わらないってことはないだろうけど……本人がいいならいいか。


「ちなみに、『司書』と『炎魔法師』は第何位階なんだ?」


 天職を教えてくれたし、聞いたら教えてくれるかなー、流石にそこまでは教えてくれないよなー、なんて軽い気持ちで聞いてみたんだが、どうやらこいつは俺の予想を超える存在だったようだ。


「炎魔法師の方はまだ第一位階で、司書の方は第五位階です」


 俺の予想以上ってのはあっさりと位階までバラしたことに関してもだが、それよりも驚くことがある。


「第五? その歳でか?」


 俺の場合は頭おかしいと言われながらも気絶しながら鍛えた。だからこそ『農家』の今の位階は第五までいっているが、普通はそこまで行くのに何十年とかかるはずだ。


「はい。わ、私子供の頃から本が好きで、天職が判明する前に無意識のうちにスキルを使ってたみたいなんです。そのせいで時々倒れたりして体の弱い子として親に心配をかけたりしてました」

「なるほどな」


 意図しないで俺と同じような状態になってたわけか。

 天職ってのはみんな十歳で鑑定をするが、だからって十歳になるまで天職が確定しないわけではない。生まれつき固定されているのだから、知らないうちにスキルを使ってるってこともあるだろう。

 本来なら十歳になった時の鑑定で初めて自分の天職がわかることでその天職を意識し、スキルの使い方も理解できるようになるもんだが、こいつは知らないでそれをやっていたわけだ。

 まあ天職が『司書』だってんならわからなくもない。魔法と違って特別な呪文が必要ってわけでもないからな。


 司書の第五までのスキルは確か速読、模写、記憶、紙生成。あとは……あー、保存だったか? あれ、修復だったっけ? まあそんな感じのスキルで、その後には複製とか解読とか、なんかそんな感じのスキル構成だった気がする。


 まあそれはともかくとして、だ。


「で、どうするんだ?」

「え? どうするって……」


 少女は俺の言葉の意味がわからないようでキョトンとしているが、お前はここにきた目的があるんだろうに。緊張していた状況から解放されたからなのかもしれないがやっぱりどこか抜けてる気がする。


「いや、ここにはファングドッグを倒しに来たんだろ? 見てる限りじゃそのままだと死にそうな感じだけど、まだ狩りを続けるのか?」


 俺の言葉を受けて数秒してから状況を思い出したのか、サーッと顔色が悪くなって体を震えさせている。


「……ど、どうしよう」


 やっと言葉を発したかと思ったら、そんな情けないものだった。

 そんな様子を見て、俺は持っていたナイフを取り出すとその場に転がっているファングドッグの死体へと近づいていく。


「必要なのは牙でよかったか?」

「え?」


 俺の言葉の意味を理解できていない少女を無視して、俺はファングドッグの死体から討伐の証明である尻尾を切り落として手に取ると、続いて牙をへし折ってそれを少女の前に掲げてみせた。


「数によるが、一つ二つ程度なら融通してもいい。どうせ倒すのはそう難しい相手じゃないし、必要ってわけでもないからな」


 今ここにいるのが五体。今まで狩ったのを合わせると十六体分になる。売れば金にはなるが、大した額でもないので一つ二つくらいなら分けても問題ない。もう別の集団も発見してることだしな。

 ってか、やっぱこういった討伐系の依頼の時は馬車はあったほうがよかったか? そろそろ回収した牙やら尻尾が邪魔になってきた。


「い、いえ、そんな! 助けてもらった上にそんなことはできません!」

「っつっても、放っておいたら死ぬだろ」


 別に死んだところで関係ないからどうでもいいっちゃいいんだが、だからって死んでほしいってわけでもないし、関わった相手がすぐに死ぬのはちょっとなー、って感じがする。


「受け取っておいた方がよろしいのではありませんか? 恩に感じているというのであれば、いつか成功した時に返していただければこちらとしてはいいのです」


 俺の援護をするようにソフィアが告げると、自分の置かれている状況故か、迷った様子を見せながらも最終的には俺の差し出した牙に手を伸ばした。


「で、ではひとつだけ」


 そう言って俺の持っていた切り取られた牙を受け取るが……


「うう……」


 さっきまで生きていたことを知っているからか、それともまだよだれがついていてヌメヌメとしているからなのか……なんにしても少女は受け取った牙を嫌そうな、でもそれを堪えようとしている表情をしている。多分だけど、もらった手前嫌がっている様子を出さないようにしているんだろうな。


 と、そこで俺が次に倒そうと目星をつけていた集団がこちらに向かってやってきたのがわかった。


「血の匂いでやってきたか」


 数は四。ちょうどいい感じに来てくれた。これで必要な討伐数は揃ったな。


「あ、危ないっ!」


 なんて考えていると、俺に向かってファングドッグたちが襲いかかってきた。

 棒立ちだった俺たちを見て少女が叫んだが、この程度ならなんの問題もない。


 一瞬だけソフィアに視線を送って合図をすると、ソフィアは頷き、動き出した。そしてそれと同時に俺も獣共に向かって走り出す。


 最初に飛びかかってきた二体のうち右側を俺が、左側のをソフィアが対処しにかかる。

 俺は噛み付いてきた鋭い牙をよけ、手で首を掴むとスキルを発動した。そうすれば俺の触れていた部分が腐りだし、どろどろと肥料へ変わっていく事となり、その後に続いていたファングドッグにも同じように対処する。


 二体の処理を終えるとソフィアへと顔を向けたが、そこには俺と違ってもっとスマートな感じで二体の獣を仕留めているソフィアの姿があった。

 ナイフかぁ、楽だからってスキル使ったけど、俺もそうしとけばよかったかな。スキルを見られることもないし綺麗に片付くし、何より臭くない。次からは気をつけよ。


「すごい……」


 四体のファングドッグを倒した俺たちはお互い怪我なんてないとわかっていながらも一応怪我の有無を確認し、ソフィアにいつものごとく俺の両手に浄化をかけてもらった。

 ……やっぱいちいちこうしてもらうのは甘えすぎだし、もうちょっと綺麗に殺しとこう。


「あ、す、すごかったです!」

「ん。ああ、まああの程度はな」

「あの、どうしてそんなに強いんですか?」


 少女は目を輝かせて俺たちを見上げている。どうしてって言っても鍛えたからなんだが……聞きたいのは多分そういうことじゃないんだろうな。


「スキルとか、普段どんな訓練をしてるかって、聞いても構いませんか?」


 スキルはどんな訓練をしてるのかって? そんなの、簡単で単純でとってもわかりやすい、やろうと思えば誰にでもできる方法だ。


「ああ、それは簡単だ。ぶっ倒れるまでスキルを使い続ける。それだけだ」

「………………え?」


 俺の言った言葉を聞いた瞬間、少女はまるで聞いてはいけないものを聞いたかのように動きを止め、呆然とした様子を見せた。

 うん。まあそうなるかもなぁ、とは思った。だって明らかに頭おかしいもん。一度でもスキルの使い過ぎで倒れたことのあるやつならその以上さがよくわかるだろう。例えるなら毒の耐性をつけるために死ぬほど苦しい毒を毎日飲む、みたいな話だ。正気を疑う。


「た、倒れるまでって……スキルの使用限界回数を超えて使い続けるってことですか?」

「ああ。天職が判明してからずっと続けてきたからな。かれこれ四年か」


 スキルを覚えてから今日まで、まあたまに限界まで使わない時もあったけど、基本的にはほぼ毎日気絶する日々を過ごしてきた。最近では夜寝る際はスキルを限界まで使うことで気絶して寝てるし。それは睡眠ではありませんとソフィアに文句を言われたが、まあ些細なことだ。しまいにはソフィアも理解してくれたんだろうな、何も言わなくなった。呆れただけかもしれないけど。


「で、でも、スキルって限界まで使うと気持ち悪くなったり頭が痛くなったりしますよね?」

「そうだな。それがどうした?」

「どうしたって……」


 俺の言葉に再度茫然として見せる少女。

 そんな少女を見て、ソフィアは軽くため息を吐き出すと口を開いた。


「この方は異常なので参考にしないほうがよろしいですよ」

「異常とはなんだ。俺はただ俺がそうしたいからやって来ただけだぞ」

「それが異常なのです」


 異常とはひどい。最近ではお前も似たようなことをやってるだろうに。

 俺は目標のために一生懸命頑張ってるだけで、目標のために頑張ることはすごく人間らしいことと思う。だって『目標を掲げる』ことも、その『目標に向かって努力をする』ことも人間にしかできないんだから。


 なので辛くても目標に向かって頑張ってる俺はすごく人間らしい人間で、模範的な人間と言えないこともないだろう。

 だから俺はおかしくない。もし俺がおかしいと感じるなら、それは周りの奴らが頑張りが足りないだけだ。気合いが足りなさすぎるんだよ。もっと頑張れば俺みたいなのが普通になるさ。


 そんなわけで結論。やっぱり俺はおかしくない。

「……辛くは、なかったんですか?」

「いや、辛いぞ? 毎日のように全身を這い回る不快感だとか痛みは慣れることなんてないし、できることなら一生味わいたくない辛さだ」


 しかもこの痛みって慣れることがないんだよな。普通に切られた殴られた程度なら何度も経験してれば慣れるもんだが、これは何度繰り返しても慣れなんて一向にやってこない。いつまで経っても最初と変わらない苦痛が襲いかかってくる。

 そんなことを毎日やってるやつがいるとしたら、まあ異常だな。頭おかしいんじゃないか?


「なら、どうして……」

「どうしてって……そんなの自分がやりたいからだ。言ったろ? 俺は限界を見たいと思った。この天職を限界まで育てるとどうなるんだろう、ってな。ただそれだけだ」


 ただそれだけ。今ではその力があれば好き勝手できる、他者の力に争うことができる、なんて考えているが、最初の願いはそう。ただ単純に、位階を上げたらどんなことができるようになるのか知りたかったから。ただそれだけだ。


 だがそのことを伝えても、少女はただただわけがわからないものを見るかのような目をしている。


 ……まあ、普通なら理解なんてされないだろうし、理解して欲しいと求めてるわけでもない。


「他人からすればどうでもいいような、狂ってると言えるような願いだって、俺からすれば大事なことだ。俺は俺のため、俺の願いを叶えるために辛さを耐えて鍛えてる。それだけだ」


 だから、たとえこの想いが誰にも理解されなかったとしても、俺は気絶してでも天職を鍛え続ける。

 所詮はただの自己満足、自分が良ければそれでいいんだ。だから、俺は誰に何を言われようが、思われようが、止まるつもりはない。


 そんな覚悟を込めながら少女のことを見たのだが、少女は俺の言葉を聞くと顔を顰め、そのまま俯かせてしまった。


「私には、とてもできません……」

「まあ人には向き不向きがあるから。俺も誰かに強制するつもりなんてないし」


 別にこうしろってわけでも、ああして欲しいってわけでもない。ただ聞かれたから答えただけだ。

 というか、そもそもなんでこんなこと話してるんだっけ? ……ああ、スキルの訓練法を聞かれたんだったか。


「でも、それくらいしないと強くはなれないんでしょうね……」


 助けたし討伐証明部位も上げたしで、そろそろ構う必要はないだろうからラスト1体を狩って帰るかなー、なんて思っていると少女は俯きながらの状態でそうつぶやいた。


 沈んだように聞こえるその呟きが俺たちに向けられたのかは知らないが、聞いてしまった以上はなんかしらの反応はしておいた方がいいだろうかと思って応えることにした。


「どうだろうな? ……でも、魔法師系の職を持ってるんだったら、副職だったとしてもそれなりの強さってのはあるもんじゃないのか?」

「わ、私、鈍臭くて……」


 鈍臭い……まあそんな感じはするな。間違っても優等生タイプではないと思う。


「まあ確かに接近戦ができるような感じじゃないか。でも遠くから魔法を放っていればそれなりに戦えたりするんじゃないかー?」


 もう離れる気満々だったので割と適当に答えながら、周辺に敵がいるかどうかを調べる。


 だが……


「そもそも魔法が使えないんです」


 その一言で思考がそれ、少女の言葉に改めて意識を向けた。

 魔法が使えないってどういうことだ?

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