第119話ソフィアの冒険者登録

「ここが王都か」


 この国の首都だけあって無駄に長い検問の列に並び、やっとの思いで街の中に入った俺たち。

 周囲を見回してみると今までの街よりもさらに活気があり、さすがは王都って感じだ。


「はい。……少し懐かしいですね」

「来たことあるのか?」

「数えるほどですが、天職が判明する前に」

「そうか」


 そういえばソフィアは十歳になって天職が判明するまでは普通の貴族の令嬢として暮らしをしてたんだったか。なら一度や二度くらいは来たことがあってもおかしくはないか。


「ヴェスナー様は何か覚えていないのですか?」

「て言っても俺、ここ出た時は生後三日経ってないぞ。何かって言っても、何も覚えてないって」


 あの頃のことを忘れたわけではない。むしろ今でも思い出すことができる。

 だが、それは景色を覚えているというわけではない。何せ転生したと言っても体は赤ん坊のままだったのだ。目なんてまともに見えないし、体もまともに動かすことができなかった唯一の救いとして耳だけはどうにか機能してくれていたが、それ以外は何か覚えるようなものはなかった。


「とりあえず宿を探そうか」


 そうして俺たちは例の如く宿を探すために適当に進んでいたのだが、途中で客引きに捕まってしまった。

 だが俺たちも迷っていたことだし様子を見てから決めようということで、俺たちはその客引きに従って宿へと向かっていった。


「よし、それじゃあ恒例のこの街に滞在中の活動についての話し合いと行くか」


 宿に着いて速攻でベッドにボフンと座り込んだ俺とは違って、ソフィアは部屋の中を確認するとお湯を沸かすための道具を取り出し準備し始めた。


「はい。飲み物は紅茶でよろしいですか?」

「ああ。……あ、菓子はさっき買ったこれがあるからそれに合う茶ってあるか?」


 宿に泊まる手続きをする際に、カウンターのそばに餅のような菓子が置かれていたのでちょっと買ってみたのだが、どうせならそれを食べたいと思い注文をしてみる。


「そうですね……いくつか茶葉を混ぜればできるかと思います」


 できるのか。別にどうしてもってわけでもなかったし、味の違いなんてあんまり気にしないからなんとなく言ってみただけなんだが、どうやら食べるものに合わせてのブレンドなんてものもできるようだ。

 いつも思ってたけど、ソフィアってかなり有能だよな。元が貴族の令嬢だとは思えない。いや、貴族の令嬢だったからこそできるのか?


「ただ、即興ですので失敗するかもしれません」


 失敗するかも、なんて言っているが、俺は多分失敗しないだろうなと思ってる。だってその動きを見てると迷いなんてものが全くないんだもん。それだけ自信ありそうなら大丈夫だろ。……まあ、世の中にはあたかも自信ありますよ感を前面に出してるくせに失敗する奴もいるからあれだけど、ソフィアはそんなことはないと思う。


「いいよいいよ。どうせ俺がやったとしても失敗するんだし、失敗したとしても死ぬわけでもないんだ。それもまた笑い話になるだろ?」


 それに、仮に失敗したところで飲んだら死ぬようなものが出来上がるわけではないはずだし、まずかったらそれはそれだ。一人だったら不味いものなんて飲みたくないが、誰かが入れてくれたものを誰かと一緒に飲むってのは、まあ楽しいもんだと思う。


「にしても、即興で茶葉のブレンドとかよくできるよな」

「これは貴族であった頃からの嗜みでしたので」

「貴族ってそんなことまでやるもんか?」


 一応俺もそれに準じた作法とか教え込まれたが、茶葉がどうこうなんてのは習ってないぞ。精々がどの国のが美味しいとか、季節によって味が変わるとかそんなん。


「私の場合は少し特殊でしたから。結婚の道具として相手に好かれそうなことは一通りこなせるように、と。天職が判明してからは実家の部屋から出ることはほとんどありませんでしたし、特にやることもなかったので時間だけはありましたから」

「……そうか」

「そのことに今では感謝していますけれど」

「感謝?」

「はい。その時の経験があるからこそ、こうしてお役に立てているのですから」


 そんなことを話しているうちにお湯が湧いたのだろう。ソフィアは手早く行動し、お茶を入れ始めた。


「……なら、俺も感謝だな。その経験があったからこそ、俺もこうしてお前のお茶が飲めるわけだし」


 そうしてテーブルの上にはソフィアの入れたお茶と切り分けられた菓子が出され、俺はベッドから立ち上がるとそちらへと移動してそれらを口に運んだ。


「ありがとう。美味しいよ」


 俺が礼を言うと、ソフィアはふっと笑みを浮かべてから自身も俺の対面に腰を下ろし、自分の入れたお茶を飲むと満足げに頷いた。


「——で、これからの予定だけど、まず明日はソフィアの冒険者登録だな」


 今までついうっかり忘れていたが、ソフィアには身分証がない。貴族であれば家紋の入った何かが身分証になるが、今のソフィアの身分は奴隷だ。それも身分証になるにはなるんだが、主人が俺みたいな一般人だと役に立たないこともあるので、もっとしっかりとした身分証を用意しておきたい。


「そうですね。身分証を作るのでしたら早い方がいいですから」

「で、後は……まあその日の気分だな。一応やることはあるにしても、何から始めればいいかなんて分かってないわけだし」


 一応俺たちには、『俺の母親に会う』という目的があるわけだが、相手は王族だ。正直どこから手をつけていいのやらって感じだ。貴族に取り入るにしても、生半可な奴らじゃ意味ないだろうし、取り入ったところで一般人が王族に会える機会なんてない。身分というか出自を明かせば会えるだろうが、そうすると無駄に大ごとになる。

 できることなら今後についてを決めるまでは静かにいたいので、貴族を使うのは後回し、最終手段だ。そのためにこの間の……なんだっけ? ……ああ、アルドア家の時も無視してこっちにきたわけだし。


「ですが、ランクは早めに上げておいた方がよろしいのではないでしょうか? どうせあげるつもりなのでしょう?」

「あー、まあな。ランクが高い方が何かと問題が起こった時に解決しやすそうだし、最低でもD。できればBあったほうがいいかなー、とは思ってる」


 いくら冒険者になれば身分証が手に入ると言っても、なりたての新人であるFやEなんてのはぶっちゃけあってもなくても変わらない。まああれば何もないよりは役に立つんだけど、問題を払い除けることができるほどの力があるわけでもない。

 特にソフィアは控えめに言っても美少女だ。流石は元貴族ってだけある。だが、だからこそ目をつけられやすい。冒険者なんてやってれば尚更だ。

 だからこそ、ある程度は力があるんだと証明しておく必要がある。じゃないと変に絡んでくる奴らがいるだろうからな。


 しかし、冒険者の最高ランクとしてSがあり、その下にABCと続くのだが、どうしてSやAではなくBを狙っているのかと言ったら、その方が目立たないからだ。簡単にいうと、Sは規格外で、Aは常識内の頂点というのが世間一般の評価だ。どっちにしても目立つに決まってる。目立たず問題を起こさないために身分証を作るのに、目立ってしまっては意味がない。


「でしたら、ゆっくりするのは後にして先にランク上げの方をやりませんか? 問題が起きてからランクが高ければ、と後悔しても遅いですし」

「……まあ、そうか」

「一定までランクを上げた後にゆっくりすればよろしいのではありませんか?」

「だな。じゃあそうするか」


 そうして話がまとまると、まだ時間があるので冒険者ギルドへと向かうことになった。




 やってきましたザヴィート王国冒険者ギルド本部。王都なんて場所にできてるだけあって、今まで見てきた支部に比べるとすごいでかい。ぶっちゃけ木端貴族の館なんかよりも大きいし手入れが行き届いていると思う。


 そんな冒険者ギルド建物を前にして立っている俺たちだが、俺はチラリと横目でソフィアの格好を見てから、まあいいかと覚悟を決めてギルドの中に入っていく。


 メイド服なんてものを着て入っていけば何かしらの文句という、おかしな輩が絡んでくるかもしれないが、それはそれでもう仕方がないだろう。


 そんな覚悟を決めていたのだが、俺の考えに反して誰も何も反応しない。

 いや、反応しないのとは違うか。反応自体はしている。だが、その上で誰も近寄ってこないんだ。


 考えてみれば当然な話だ。ここは王都。地方の街とは違って貴族なんかがそれなりの数いるところであり、そんな街であれば当然ながら冒険者になりたがる貴族の子供もいる。そしてそのお目付役としてメイドがついてくることも珍しくはない。


 つまり、メイドに限らないが、使用人らしきやつを連れている者に変に絡んだりすればそれは貴族に喧嘩を売るのと同じ意味となる。

 これが地方都市であれば貴族の数もそこまで多いわけではないから、使用人がいるって言っても貴族ではなく、商人や豪族のような金を持っているだけの一般人である可能性の方が高い。

 まあ、使用人がいるような相手に絡むのはどっちにしても馬鹿だと思うけど。


 だが、そんな地方に比べて王都は違う。高位の冒険者であれば貴族とのちょっとした諍い程度ではどうにかできるだろうが、ここで屯している程度の奴らにとっては貴族なんて関わりを持ちたくない相手だろう。

 だからみんな見てるだけで何もしてこない。


 まあ、俺は貴族じゃないんだけどな。


 しかし何もしてこないというのならありがたい。俺たちはソフィアの登録をするために受付にへと向かっていった。


「はい、どうもこんにちはー。今日はどんな……。え……メイド?」


 それがマニュアルだったのだろう。途中まではスムーズに紡がれていた言葉だが、俺たち——というかソフィアの格好を見ると受付の女性は言葉を止めて訝しげに首を傾げた。


「何か問題でも?」

「え? あ、いえ……何も問題はございません」


 俺が声をかけたことでやっと俺の存在にも気がついたのだろう。受付嬢は俺とソフィアに何度か視線を行き来させると、固い様子で頭を下げてきた。


 緊張した感じだが、多分俺のことを貴族かなんかだと思ってんだろうな。まあメイド連れてるし、そう思っても仕方ないか。


「あ、あー……本日はどのようなご用件でしょうか?」

「新しく冒険者登録をしに参りました」


 緊張した様子の受付嬢にソフィアが答える。


「と、登録ですか? そちらの方は……」

「不要だ」


 俺は貴族ではないが、そう勘違いしているなら面倒ごとは少なくなりそうだし、そう思わせるような演技でもしておくかな。演技って言っても無愛想にしてるだけだけど。

 ぶっちゃけ黙っておくだけで勝手に話が進んでいく。


 そんなわけで俺が黙ったまま大人しくしていると、貴族の相手をしていたくないのか俺が冒険者ギルドに入った時よりも早くギルドカードを作ることができたようで、それをソフィアに渡していた。


「こちらが冒険者ギルドの所属を示すカードとなります。えっと……い、依頼などに関しての説明は必要でしょうか?」

「ええ、お願いします」


 一応俺も知っているが、ソフィアとしては改めて聞いておきたいのだろう。

 だが、ソフィアが頷いたことで受付嬢は一瞬だけ目を見開いて驚きを見せた。多分できるだけ早く俺たちを追い払いたかったからなんだろうな。内心では「なんで頷くんだよ。そんなこと聞くんじゃねえ!」とでも思っているんじゃないだろうか?


「そ、それでは説明させていただきます」


 受付嬢は深呼吸をするとコホンと咳払いをしてからソフィアに説明をし始めた。その笑顔はちょっと引き攣ってるように見える気もするけど、きっと気のせいだろう。


「新人の方はまずあちらに張り出してある常設依頼をこなしてください。あちらは受けるたびに依頼書を受付に持ってくることはせず、倒した成果を後で報告していただければその分の金額をお支払いいたしますので」


 常設依頼ってのはあまりにも依頼として出す回数が多すぎるために常に張り出してある依頼のことだ。具体的には治癒ポーションに使う薬草採取だとかゴブリン退治だな。その地域ごとに常設依頼は変わるんだが、大体この二つはどこの支部でも張り出されているらしい。まあゴブ達はどこにでもいるし、薬草類は常に足りてない状況だから仕方ないんだろう。


「それを一定数こなすことができれば、晴れて一人前として扱われ、Dランクへの昇級となります。Dランクに上がってからは通常の依頼を受けていただき、その成果によって上がることとなっています」


 なお年齢制限があります、ってね。俺みたいな未成年はいくら倒してもランクは上がらない。


「……以上、です」


 間違えずに言うことができたからか、受付嬢はそう言うとホッとしたように小さく息を吐き出した。うん。お疲れ様。


「そうか。いくぞ、ソフィア」

「はい」


 そう言うと俺たちは受付の前から離れていき、依頼の貼ってある掲示板の前へと向かった。そこには何人か冒険者達がいたが、俺たちが向かっていることがわかったのだろう。そそくさとその場を離れていった。

 なんだか悪い気もするが、見ないわけにもいかないので仕方がない。すまんな。

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