第118話どこかの誰かの願い
——???——
この国は元々は我等のものだった。だが、現在王を僭称している者より三代前の王の時代で歯車がズレた。
始まりは当時の王が病で死んだことからだった。
病で死んだ王は後継者を指名しておらず、次の王は、と問題になった。
だが、男児がいたので周りはその者に王位を継がせようとした。元々王位は長男に継がせるのが慣例だったので、その考えは間違いではない。むしろ正しかっただろう。
しかし、その男児の姉がそれを許さなかった。
当時の王は、当初は男児が産まれずしばらくの間女しか生まれてこなかった。それ故に長女として生まれた者は、弟が生まれてくるまでは自分が王になるのだろうと考えていたし、周りもそう教えていた。
女性が王になるのは問題がないわけではないが、、誰かと結婚してしまえば問題らしい問題はないため、自分が王位を継ぐものだと考えられていた。そしてそのために必死になって勉強していた。
だが、男児が生まれてしまったが為に、長女は王位を手に入れることができなくなった。
周りからの期待は全て弟に移り、長女はおとなしくしていることを望まれた。
そこで何を思ったのかは知らんが、長女は言われた通りおとなしくしていたらしい。
しかし、その心の奥底までは変わってなどいなかった。ただ大人しくなったように見えただけ。
長女を縛っていた枷は王が死んだことで外れ、本性を露わにした。
長女は自身が王位を手に入れるために、本来の後継者である男児を事故に見せかけて殺したのだ。
そしてこの殺された男児こそが我が先祖。殺されたことにしながら生き延びていたのだ。そのまま出ていけばまた殺されてしまうだろうと考え、裏へと潜った。そして足掻き続けた。単に、自分を陥れた者どもに復讐するために。
これこそが私が王位を求める理由だ。本来はあの座は我らのものだった。それをあの盗人は我が物顔で座っている。
しかも、滑稽なことに現王は王位を奪った長女とはなんの血縁関係もない。笑える話だ。
長女は我らの先祖である正統な後継者の弟が死んだことで再び王位につくことになり、当時の有力貴族であり、軍部のまとめ役ともいえた騎士団長と結婚した。これによって騎士や兵士は長女のことを女王と認め、文官たちも当時は他に王族がいなかったためにその流れを認めるしかなかった。
だが、女王となった長女と結婚した騎士団長には愛人がいた。元々そのつもりがあったのかは知らないが、女王と愛人、その両方が同時期に子を孕んだ。
そして生まれた子供は同じ髪の色、同じ瞳の色をしていた。だから、入れ替わっても誰も気づけなかった。
そう。男はその愛人の子供と女王の子供を入れ替えたのだ。
つまりだ。現王には王家の血など一滴たりとも入っていないのだ。
これが女王の本当の子孫であればまだ許せた。多少とはいえ王家の血が流れているのだからな。どのみち王位を取り返すつもりではあったが、寛大な処置をしてやっても良いと思えるくらいにはなっていただろう。
だが、違う現王の父——先代の王の時点ですでに王家には王家の血が流れていないのだ。流れているのは騎士団長という地位にありながら王女と共謀して王位を簒奪した盗人と、どこの誰とも知れない馬の骨。当時のものが調べた限りでは、その愛人というのは侘しい農村の出だという。
ふざけるな。そんな者どもに王位を任せておくわけにはいかん。なんとしても我らが王の座を取り戻す。それこそがこの国のためとなるのだ。
そのために死ぬものもいるだろうが、正統な後継者へ戻るために必要な犠牲なのだから納得し、喜んで死んでいくだろう。
——だが、そんな思いから立てた計画は予想外の形で崩れることとなっていた。
「何なんだあれはああああああ!」
『調教師』の天職を第七位階まで上げたことで魔物も操ることができるようになった私は、どういうわけか当初の予定にはなかった行動をとっていた。
簡単に言ってしまえば、森の中を魔物の背に乗りながら突き進んでいた。
王都から近い四方の街を順番に襲い、襲った街を占拠することによって包囲網を作り王都を干上がらせる。それが計画だった。同時ではなく順番に襲うのは、その方が奴らを消耗させられると考えたからだ。
まずは王都から見て西の街を襲う。ここを最初に選んだのは、怪しまれにくいからだ。できる限り相手の行動を遅らせたい我々としては、少しでもその可能性のある行動を取るべきだ。だから西側を初めの襲撃対象に選んだ。
西にある街は、現在数年前より賊の被害が増えている。それに対処するべく領主たちが動いているようだが、賊に対処していれば今度は魔物への手が追いつかないのが現状だ。
そんな状態で魔物の群れに襲われたとしても、誰も不思議に思わないだろう。「ああ、魔物への対処を間違えたのだ」と誰もが判断する。だからこそ本来は指揮官として前線に立つことのないはずの私がわざわざこの場にやってきたのだ。魔物を操ることのできる才というのは希少なのでな。そう数がおらず、いても私以上の位階のものはいなかったので仕方がない。
そうして魔物に西側を襲わせ、次に東、そして南と北を同時に、というのが私たちの作戦。成功すれば王都を包囲することができるはずだった。
——が、そんなのはうまく行くはずがないと誰だって分かっていた。だがそれでよかった。今あげた計画なんてものは、上手くいったら上等、程度のものだ。
今回のこれの真なる目的は民に不満を感じさせることだ。今回の計画のように現王の治世の中、国内で騒ぎが起こり、それを止めることができなければどうしたって不満は募っていく。
そこでこの国本来の後継者の一族である私が指揮を取ってゆけば、王の座を取り返すことも不可能ではない。
そう考えていたはずだ。そのはずなのだが、今の私はこうして逃げるようにしてあの場から離れていた。
魔物の群れを複数操ることは成功していた。そしてその群れを全て王都の西側に向けることもできていた。
だが、失敗した。
ありえない。あれだけの群れを倒せるものなど、あの場にはいないはずだった。
あの時あの場にいたのはほんの数人だけだ。森の中に探索に来ていた冒険者と、道を進んでいた商人。それからどこかの使用人と子供。その程度だ。魔物の群れを向ければなんの抵抗もすることができずに死んでいく。そのはずだ。失敗などするはずがなかった。
だが、失敗した。
ありえないという言葉が何度も頭の中で繰り返されるが、
「っ! はあ、はあ、はあっ……!」
だいぶ逃げた先で、もういいだろうと操っていた魔物を止めて木に寄りかかり腰につけていた袋を外して水を飲む。
「なんなのだあれはっ……!」
先ほどの様子を思い返す。
途中までは上手くいっていた。魔物を操り、途中にいたものたちを踏み潰しながら進んでいた。
冒険者を一人逃したが、その程度ならどうでも良いと見逃した。
だが、逃げた先に二人の奇妙な組み合わせの男女がいた。片方はどこかの使用人で、もう片方は平民の服を着た子供。
その二人は魔物の群れを前にしても動じることはなく、子供の方が魔物の群れに向かって手を向けると地面が抉れて浮かび上がり、そして上に乗っていた魔物ごとひっくり返って落下していった。
それだけで魔物たちは動けなくなった。
今回用意した魔物は数を優先したためにそれほど個体の力は強くはない。だからこそ、あのように穴のあいた地面に叩きつけられ、上から土を被せられてしまえば出てくることなどできなかった。
土を操ったということは、天職が『土魔法師』だということだ。副職ではあれほどの威力はだせまい。
だが、土魔法師で有名なものというと、『大地母神』や『地割り』などだが、思いつく有名どころは今はこの国にいなかったはずだ。
であれば、世に出てこなかった実力者か、最近になって力をつけた新参者となるか。
「……どちらにしても我々の邪魔をしたのだ。そう遠くないうちにその報いは受けてもらうぞっ」
今すぐに、と言えないのは口惜しいが、必ず報いは受けさせる。その時のためにも、今はまず退くこととしよう。
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