第117話魔物の群れ・殲滅

 

「これが群れか。確かに大群だ」


 しばらくすると、先ほど走り去っていった男の言ったように森の中から魔物の大群が一つの巨大な塊が蠢くかのようにして姿を見せた。


「数百と言っていましたが、本当に千を越えそうですね」

「と言っても、所詮は魔物。ただ突っ走ってくるだけならどうとでもなるだろ」


 最悪馬車を捨てて馬に乗って走れば逃げ切れると思うし。


「ですが、どうしてこれほどの数が集まったのでしょうか? 魔物といえど、本来は同種以外では争うもののはずですが……」


 ソフィアはそう言って思案げな様子を見せたが、それは俺も同じだ。ソフィアの言ったように魔物と言っても生物である以上は縄張りだとか種族間の対立だとかは存在している。草食動物が肉食動物に食べられたり、ってな。

 だが目の前に迫ってきている魔物達は見た感じだけど対立することなく、しかもバラけることなく一塊になって一直線にこっちに向かってきている。それは明らかな異常だ。


「物語的に言ったら、魔物たちを纏めてる黒幕的な存在がいるんじゃないか?」

「黒幕……。御伽噺の『オーレリアの悪夢』のように、ですか?」

「そうそう。そんな感じ」


『オーレリアの悪夢』ってのは、この世界の御伽噺だ。まあ、御伽噺って言っても実際にあった実話だけど。

 内容としては、確かオーレリアって王女を殺してなりかわった悪魔が魔物をまとめ上げて操り、国を襲わせたって感じだったはずだ。異種族でも対立することなく攻め込んできた魔物たちに国は蹂躙されていき、国としても対策を打ったが王女に化けられていたもんだから内々の情報や作戦なんかを知っていて、それを利用して逆に人間に痛手を食らわせたとかそんなん。

 最終的にはその国の首都と、その周辺の街が滅んだあたりで周辺国から勇者的な精鋭部隊が送り込まれて悪魔が討たれ、残った魔物たちは軍隊や冒険者たちが片付けたとかだった気がする。


 その御伽噺でも語られているように、種族の異なる魔物達が協力するということはないわけではない。


 ただ、その手のお話ってのはそれなりにあるもんで、黒幕の存在もその話ごとに変わっているので何が原因で〝こう〟なっているのかまではわからない。


「とりあえず、数を減らすことが大事だよな」


 後数百メートルで俺たちにたどり着くと言ったところで、俺は止めてもらった馬車の御者台に立ち、少しでも高い位置から見られるようにした。たいして変わらない気もするけど、気分的には高くなったので良し。


 森の中から出てきた魔物の群れ。俺は大きく深呼吸をしてからそいつらに手を翳し——


「《天地返し》」


 ——一言だけそう告げた。


 それだけでそこらかしこの地面がいくつも浮かび上がり、それによって魔物は転び、地面が浮かんだことでできた穴に突っ込んでいく。そして落ちた魔物によって穴が埋まりそうだというところで浮かび上がった地面がくるりと反転してから落下し、穴に落ちていた魔物達を踏み潰す。


 たった一言、たった数秒でそれまで何もなかった地面は荒れ果て、歪な凹凸を作ることとなった。


「自分でやっといてなんだけど、もうこれ『農家』ではないよな。今更だけど」

「役に立っているからいいのではありませんか?」

「それもそうなんだけどな?」


 さっきの一撃だけで数を減らすことはできたがそれでも全滅させるには程遠く、そんなことを話している間にも魔物達は倒れたり埋まったりした魔物達を踏み潰しながら前へ前へと進んできていた。


「私もできるでしょうか?」

「んー、どうだろう? やってみればいいんじゃないか? 周りを気にする必要もないわけだし」

「そうですね」


 そう言いながらソフィアも俺と同じように御者台の上に立ち、両手を前方の魔物達へと翳してスキルを発動させた。


 だが、俺と同じ『農家』の天職ではあるが位階が違うからか、その効果範囲には差があり、スキルで巻き込むことのできた魔物の数は俺の半分以下となっていた。


「それほど巻き込めませんでした。やはりヴェスナー様のようにはいきませんね」

「まあ俺とは位階が違うからな。位階が上の俺の方が効果は高いに決まってるさ」


 とはいえそれでも数十は巻き込むことができたんだから軍隊に配属でもされれば十分に成果を出せるレベルだと思う。深さもそれほど深いわけではないから殺せはしていないかもしれないけど、あれだけ足止めできれば十分だろ。


 そんなことを考えながら俺たちはスキルを使って地面をボコボコにしつつ魔物を退治していったんだが、なんだか魔物達の様子に異変が出てきたように感じられた。


「なんか、敵の勢いが増したか?」

「そう、ですね。はい。そんな感じがします」

「なんでだろうな?」

「なんででしょう?」


 すでに天地返しだけで魔物の半分以上は倒したと思う。普通これだけやられれば引き返したり散らばったりして逃げると思うんだけど、どういうわけか魔物達は一塊のまま俺たちに向かってくる勢いを強め、こちらに向かってきている。


 ただ、それでも全部が全部こっちにってわけではなく、雑魚と呼べる程度の魔物達の中からは逃げようとして群れから離れていった奴らがいるのがちらほらと見受けられた。


「まあ、向かってくるんだったら同じようにやるだけだ」


 こんな異常な事が起こってるってことは多分魔物達は操られているんだと思うが、それでも向かってくるなら容赦はしない。


「距離が近くなった分スキルの範囲も設定しやすくなったし、今度は全滅まで持っていけるといいんだけどな」


 視界内にいれば一応発動することができるんだが、どうしても大雑把になりやすいし、設定もミスることがある。半径十メートルで設定したと思ったら五メートル程度しか発動しなかったとかな。

 それに遠い場所だと神経も使うし、近寄ってくれた方が色々とありがたい。


 そんなわけで、俺は近寄ってきた魔物達を今までと変わらずに天地返しで地面の下に叩き込んでいったのだが、まだそれなりに残っている。あれは……大型の魔物か。周りの魔物達と比べるとサイズが違う。


 大型の魔物と言っても、ドラゴンや巨人ではない。サイクロプスとかオーガとか、人よりも少し大きいってくらいの魔物だ。そんな奴らはどうにかして残ったようでこちらに向かってきている。まあ小物たちがはいるような穴では大型のだと少し小さかったかもしれないな。深さは五メートル程度で設定してたから、大型なら頑張れば出て来れる程度の深さだし。


「お見事です」

「でも、まだ四分の一程度は残ったな」


 大型の魔物達とその周りにいる小物達。合わせて大体二百から三百いない程度だろう。そんな集団なんて数えたことないからはっきりとはわからないけど、多分それくらい。


「十分ではありませんか? 当初は千いたと仮定して、それを一人で二百程度まで減らしたのですから、戦功としては十分すぎるものかと」

「それを言ったらそのうち百程度はソフィアが倒したんだから、お前も十分な戦果だろ」

「……そうですね。昔の私では考えられないことです」


 まあそうだろうな。昔のソフィアは無気力っていうか、天職が『農家』だってことで厭世観のようなものがあった。そんなソフィアに『農家』がこれだけの戦果を挙げただなんて言っても、ソフィアだけではなく他の誰だって信じないだろう。多分俺だって他の戦闘系の天職についてたら「何言ってんだこいつ」と思ったかもしれない。


 だが、今は違う。それは精神的な面でもだが、当然実力的な面でもそうだ。百の魔物を相手に遠距離から一方的に倒す。それは誰にだってできることじゃないはずだ。


「努力の甲斐があったな」

「はい!」


 なんて話しているがここはまだ戦場。まともな戦闘はしていない気がするが、とりあえずは戦場なのだ。気を抜いて攻撃を受ける、なんてことになってもくだらないし、残りもさっさと倒してしまおう。


 そう思って改めて前を向いたのだが……


「——っと、残りの敵がまだいるんだった……んん?」

「あれは逃げているのでしょうか?」


 生き残っていた大型の魔物達の何体かはこっちに向かってきているが、それは周りの取り巻きのような小物と合わせて百程度しかいない。残りは反転し、森の中へと戻っていっている。


「作戦……ってわけでもなさそうだな」

「追いますか?」

「いや、そこまでする必要はないだろ。撃退してやっただけでも十分じゃないか? 仮に今突っ込んできてる奴らが俺たちを抜けても、最初よりかは数は減ったはずだ。この程度の数なら、さっき森に引っ込んでいった奴らが加わって街を襲っても大丈夫だろ。街の方でも準備はしてるだろうし」


 当初は千近くいた魔物が残り二百にまで減ったんだ。あの走っていった男には悪いけど、準備している側としては拍子抜けって感じだと思う。


「んー?」


 森の中に真っ直ぐ進んでいくように見えたあれはなんだろうか? もしかして、本当にあの魔物の群れを操っていた黒幕がいたのか?


「どうかされましたか?」

「ん? あー……いや、なんでもない」


 まあ、あれが黒幕だったとしても無視でいいだろ。邪魔をするなら殺すけど、今のところ俺が狙われたわけでもないし。というか今から追うのはできないわけじゃないけど、ものすごく面倒だ。


「ただまあ、あれだよな。このまま進むと森に入るわけで、結局は追って行く形になるんだよな」

「そう言えばそうですね。引き返しますか?」

「それだったら最初から戦う意味なかったじゃん。大した危険でもないし、このまま進んでいいんじゃないか?」

「そうですね。ではこのまま進みましょうか」


 ソフィアはそう言って馬車に座ろうとしたが、まだやることはある。


 前を見ると、こちらに向かって進んできている魔物の一団がある。それを倒してからじゃないと進めない。


「その前にあれを倒してからな」

「そうでした」


 とはいえ大型の魔物と言っても、くることがわかっているのなら専用の攻撃をしてやればいいだけで、顔面と手足の関節に《播種》と《生長》をやって動きを止めてから深さ十メートルくらいの穴に叩き込んでやればそれでおしまいだ。なんか暴れているが、そのうち大人しくなるだろうし、仮に穴から出てくるんだとしても、最低限俺たちが通り抜けるまでの時間が稼げればそれでいい。


 そうして俺たちは馬車に乗ると、周囲を警戒しながら目的地へと向かって進み始めた。


「王都に着いたら時間はできるだろうし、ゆっくりしようか」

「それは嬉しいのですが、大丈夫ですか? また何かしらの問題が起きたり、なんてことは……」

「嫌なこと言うなよ」


 俺が顔を顰めて文句を言ったが、ソフィアは楽しげにくすくすと笑っているので冗談だったのだろう。

 だが、今までの俺の経験からすると何かしらの問題が起こりそうではあるんだよな。ただでさえ場所が王都だから何か起こりそうな感じはするってのに。


 そんなことを考えながら道を進んでいたのだが、周辺には魔物のうめき声や地面を伝わる振動なんかが感じられる。

 まあ地面の下にいるだけだしな。まだ生きてても不思議ではない。けど、改めて殺しはしないけどな。経験値なんてもんがあるわけでもないし、殺す意味がない。


「それにしても、これだけの数の魔物から素材が取れないのは、少し残念ですね」

「まあそうだな。それがこの技の欠点だな。掘り返せば取れないこともないんだろうけど……」

「そこまでやる労力を考えると微妙ですね」

「実際に『これを狩ってこい!』って言われてればそれなりの倒し方をするんだけど、今の俺だと年齢制限で冒険者ギルドで依頼を受けられないから、そんなことを頼まれることなんてないんだよな」

「年齢はどうしようもないですよね。まさか老化する薬なんてものを探すわけにもいきませんし」

「あったとしても使いたくないしな」


 後一年待てば俺は十五になるんだから、冒険者がやりたいのならその時まで待っていればいい。どうせ、冒険者として魔物を狩りたい! なんて思ってるわけでもないんだ。そう言う気持ちが全くないわけでもないんだが、無理をしてまでやる必要はない。


「一度だけエミールに依頼を受けてもらってそれを俺やカイルなんかでやったことはあったけど、今はエミールいないしできないよな。まあ依頼を受けなくても狩った魔物は普通に売ればいいんだから金を稼ぐ方法はあるっちゃあるんだけど、せっかくなら正式な依頼分の報酬も欲しいし、冒険者としての格もあげておきたいよな」


 冒険者として登録していれば、依頼を受けていなくても狩った魔物を提出することで買い取ってくれる。なので、俺たちも依頼は受けられずとも金を稼ぐ方法はあるんだが、それだと冒険者としてのランクが上がらない。しかも本来依頼を受けていればもらえたであろう報酬も受け取れない。


 まあそもそもの話、冒険者はFからSのランクがあるが、年齢制限のせいで俺は最底辺のF以上は上がらないんだけど。


 だが、旅をするのであればそれなりのランク……まあD程度は欲しいところだ。AやSなんてもんになると面倒ごともありそうだが、Fのままでも面倒なことは起こる。なので一般的な冒険者の階級であるDになっておきたい。そうすれば依頼も堂々と受けることができるし、多少は冒険者ギルドからの信頼も得られるようになるからな。

 まあそれも年齢制限が外れたらなんだけど。


「そうですね。……? ……あの」


 と、話していたところで、ソフィアが何かに気がついたようで首を傾げた。


「ん?」

「それって私ではダメなんでしょうか?」

「ソフィアではダメって、何がだ?」

「ヴェスナー様に代わって討伐依頼を受ける者です。私であれば年齢制限にかかることはありませんよ?」


 ………………あれ?

 もしかして、エミールの代わりにソフィアに依頼を受けて貰えばいいのか?


「……あー、ソフィアは俺の五こ上だっけ。ならまあ年齢は大丈夫だけど、冒険者じゃない……って、それは新しく登録すればいいだけか」

「はい。それでしたら〝私〟が依頼を受けて〝私達〟で依頼をこなせばいいのではないかと思ったのですが……」

「確かに、今までエミールが保護者がわりしてたから勘違いしてたけど、別に依頼を受けるのは誰だっていいんだよな」


 今更ながらにそのことに気がついたが、そうだよな。何もエミールでないといけないってことはないんだし、ソフィアが依頼を受けてランクを上げていれば、それがどこかで役に立つかもしれない。


「ソフィア、ナイスだ。なら、王都についたら早速登録しておくか。受ける受けないは別にしても、登録しておけば使い道はあるわけだしな」

「そうですね。身分証として使えますし、門などで止められることも減るでしょうから」

「というかなんで最初っから思いつかなかったんだろうなって感じだな。門で止められたんだから身分証を作ろうって思っとけよって過去の自分に言ってやりたいよ」

「私も、もっと早く気づいておけばよかったと思います」


 ソフィアは奴隷に落ちた時に身分証を失った。それからは俺たちの奴隷としていたし、カラカスからほとんど出なかったから身分証なんて必要なかった。

 でも、これからは旅をするわけだし、身分証はあったほうがいいだろう。


 なんにしても、王都に着いたらだな。早く着くといいんだけど……気長に待つしかないか。

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