第116話観光と異変

 

「すみませーん。これってどうやって作ってるんですか?」

「あ? ああ、それか。聞いて驚け、そいつに使ってる食材は——スライムだ」

「すら……」

「……いむ?」


 答えてくれるかな? と思いながら尋ねてみたのだが、返ってきた言葉に俺たちは思わず絶句するしかなかった。だってスライムだぞ? あれ、食べて平気だったのか?


「……スライムって、食べられるものだったんですか?」

「おう。まあちっとばかし特殊な工程が入るが、ご覧の通りってもんさ」


 普通はこう言った料理はレシピを秘するものが多いんだが、ここの店主は気前よく教えてくれている。だが、その悪戯っぽい笑みを見れば材料を聞いた客が驚く様子を楽しんでいるのだろうな。


「魔物由来だからって嫌う奴もいっけど、そう言う奴は一回食ってみりゃあいいのさ。そうすりゃあ認識も変わるだろうにな。実際ちゃんと食えただろ?」


 確かに食材自体には驚いたが、料理としては面白いものだった。


「ええ。面白い食感でした」

「ただ味がちょっとね」

「あー、そりゃあ仕方ねえよ。何せ元がスライムなんだからよ。これが甘いスライムとかいたらもっと違った感想になると思うんだが……ま、そんなんはいねえわな」


 そりゃあな。スライムが自分の体を甘くしてなんの意味があるんだってんだ。まあ木の蜜とか果物を食べ続けたことで甘くなることはあるかもしれないが、少なくとも今のところはそういった事例は確認されていないはずだ。いや、ただ単に誰もスライムを食べようとしてこなかったから甘いとかわかってないだけかもしれないけど。


「意外や意外。スライムって食材だったんだな」

「普通は倒すと溶けて消えますからね」


 スライムはピンポン球程度の大きさの核があり、その周りに酸性の粘液を纏わらせているという、まあ定番な魔物だ。

 だが、そんなスライムはこれまた定番だが核を壊されると死ぬ。むしろそれ以外に殺し方がない。

 周りの粘液を火で炙ることはできるが、それだと核は残ったままなのでそのうち再生するし、粘液をどうにかした後に核を焼くんであっても、結局は核を壊していることに変わりはない。


 で、そんな核を壊すと死んでしまうスライムだが、死ぬ際には粘液は溶けて消えてしまうのだ。まあ普通に考えて粘液が動くなんてことはないわけだから核が魔法的なあれであれしてるんだろうし、核がなくなったら動かなくなってただの液体に戻るのも納得だ。


 そんなスライムから液体を取るのは結構難しいと思うんだが、どうやらやればできるようだ。そこに至るまでには試行錯誤があるんだろうな。


「まあ、俺も教えてもらったんだけどな」

「そうなのか?」

「ああ。王都にいる親戚にな、教えてもらったんだよ。あっちはゲテモノってーわけじゃねえんだけど、魔物料理専門店でな。そこの料理には出さねえような小物を教えてもらったんだ」

「じゃあ王都の方でも食べられるのか」

「いや、教えてもらったつってもこっちも完パクじゃねえからな。この味は俺んところだけだぜ」


 なるほど。この味はここでしか食べられないってことか。なら、これだけでも街を歩いた甲斐があるってもんだ。なんにもないと思ってたけど、あるところにはあるもんだな。


 にしても、魔物料理専門店か。行ってみようかな?


「後は何か見るものはありますか?」


 その後はぷにぷにの屋台を離れて再び街の散策へと戻っていった俺たち。


「種屋だな。まあ多分同じような品揃えだろうけど、持ってないものは集めたいからな」


 ある程度の種類はカラカスにいた時から集めてきたが、もしかしたら希少な種を見つけることができるかもしれない。

 ……そういえば、まだ聖樹の種は植えてなかったな。あれはちょうど時期が悪かったから植えなかったんだが、もらった以上はちゃんと育ててみたいし、そのうち……まあ一年以上後だろうけど、育てる時が来たらちゃんと育ててやることにしよう。


 そんなことを考えながら俺は観光を続けることにした。


「——面白いものもあったはあったけど、そろそろ見るものも無くなってきたな」


 しばらく歩いていると夕方となり、もうすぐ完全に日が落ちそうな時間になったので俺たちは宿へと戻ることにしたのだが、宿に戻ってから今日の反省というか総評というか、まあ話し合っていたわけだけど全体の評価としてはそれだった。

 大道芸とか家庭料理を売ってる屋台とかは内容に多少の変化はあったけど、やっぱり基本的には他の街と変わりないので対して見るものはなかった。強いていうならぷにぷにくらいだな。


 一応イベントとしては賊に襲われるというイベントが起こったのだが、適当に処理して終わりだった。警邏に突き出せば金にはなるが、その手間がめんどくさかったのでそのままお亡くなりになってもらった。

 というか、結局襲われたな。夜になったら気をつけろとか言われてたが、関係なかったみたいだ。


「明日あたり出発するか? それとも何かやりたいことってあったりするか?」

「いえ、特にこれといった用はありません。王都はこの街から二日程度と近いですから、食材などもそれほど買い込む必要はありませんし、すぐにでも出発できます」

「なら明日出発ってことで」

「はい」


 そうして俺たちは翌日エルベイルを出て行くことを決めて、その日はいつも通りスキルの訓練なんかをしてから就寝となった。


「こっからまっすぐいってればいいんだよな?」


 そして翌日。俺たちは昨日決めた通り街を出て王都を目指すことにし、馬車での旅を再開していた。


「はい。途中で森に入るルートと森を迂回するルートに分かれますが、今回は森の中を進んでいこうかと思ってます」

「その二つの違いは?」

「単純に危険度と時間ですね。最近は特にですが、賊の被害が多いようですので森の中を進むルートは避けられがちのようです」

「賊……今更だなぁ。結局この街でも襲われたし」

「はい。ですので、どちらを選んでも大差はないかと」


 安全な道を選んでも襲われそうな気はするし、だったら早く進める道を選んだほうがいいよな。


「それにしても……なんでピンポイントで襲われるんだろうな? 他にも街には人が居たってのに、なんで俺を狙ったんだろう? 見た目は普通の市民的だと思うんだけど……」

「確かに一瞬見ただけでしたらそうかもしれません。ですが、よくよく見てみるとヴェスナー様の服は質の良いものですので、それなりの目利きができればわかるのではないでしょうか?」

「そっかー。でも荒い服を着ると肌触りがなぁ」


 ポリエステルとかの人工繊維的なものがないから安いものを買うとゴワゴワするんだよな。日本での服と、それから親父の用意した高い服で慣れてしまってる現状だと本当に一般市民が着るような服はできることなら着たくない。


「それに何より……」

「ん?」

「使用人の服を着た女を連れているなんて、どう考えてもお金を持っている証左ではありませんか?」

「……忘れてた」


 それで良いって認めたし今更すぎることだったから気にしてなかったけど、そうか。まあそうだよな。ソフィア、メイド服だったわ。そんなん襲われるに決まってんじゃん。だって絶対にハズレを引かないくじみたいなもんだもん。まあ、金銭とは別の意味でハズレなんだけど。


 そのことを思い出してから改めてソフィアの服装を確認するために上から下へと視線を動かしたのだが……


「まあ、いいか」


 結局はそのままでもいいかと認めることにした。


「よろしいのですか?」

「ああ。だってそれが着たいんだろ? 原因が分かったわけだし、それを前提に考えてれば特に問題はないだろ」


 俺だってどうせなら可愛い服を着てもらってた方が見ていて楽しいし。旅をしてるって言っても、やっぱ華は必要だと思うんだよ。うん。


「ってわけで、そろそろ行くか」

「はい」


 別れ道で停車していた俺たちは、森に続くという近道の方へと進んでいくことにした。


「森が近くなってきたな。……賊に遭うと思うか?」

「まず間違いなくそうなるかと」

「まあ、警戒しておくしかないか。パッシブスキルの訓練にちょうどいいと思っとこう」


 そんな話をしながらほのぼのと進んでいたのだが、その平穏は壊れることとなった。


 前方から何やら人が走ってくる様子が見えた。どうにもその人物は慌てているようで、まさに着の身着のままとでもいうような格好——つまりは服以外には何も持っていない格好で走っている。

 その走りはかなり速く、多分だが移動系のスキルかなんかを使ってるんだろうと思う。


 そうまでして走るとは何事だと思って馬車の速度を緩めながら進んでいたのだが、向こうも俺たちに気が付いているようで手を振りながらこちらに近づいてきた。


「あ、おいお前ら! だ、だめだ。この先は行くな!」

「何かあったんですか?」

「魔物だよ! 魔物の大群が森から出てきやがったんだ! このまま進めば避けきれねえ! 逃げるしかねえんだ!」


 近寄ってきた男は、俺たちのところまでたどり着くとその足を止め、呼吸を荒くしながら何が合ったのか事情を教えてくれた。


 だが、魔物か。賊の騒ぎがあったと思ったら今度は魔物とは……ついてないな。

 けど、賊の件も魔物の件もある程度は情報として知っていたのでそう驚くことでもない。大方、賊の方に意識をやりすぎて魔物の駆除が想定以上に遅れていたんだろう。その結果の大繁殖って感じだと思う。


「群れの数はどれくらいでしたか?」

「どれくらい? どれくらいって、そんなのとにかくたくさんだよ! 数えてる暇なんてなかった! あれは数百……いや、もしかしたら千はいたかもしれない!」


 千か……最大でそれ——いや、最悪を考えるならその五倍くらいはいると考えるべきか?

 五倍……五千かぁ。まあ、無理な数でもないかな。


「わかりました。止めてしまってすみません」

「ああ。俺はこのまま街に報告に行くが、お前たちもすぐに逃げろ!」


 男はそう言うと再び走り出していった。多分本人が言った通町に報告に行ったんだろう。


「どうされますか?」

「相手によるけど、千くらいならなんとかなるだろ」


 けど、その報告は無駄になるだろうなぁ、なんて思わざるを得ない。だって、その程度の魔物の群れなら俺が殺すから。

 一度対軍戦の経験は欲しかったんだ。なってほしくはないけど、最悪の場合はそういう機会もあるかもしれないから。

 俺の立場を考えればわかるだろ? 死んだはずの——いや、殺したはずの王子が生きてたんだ。もう一度命を狙ってくることは十分に考えられるし、暗殺しようとしてダメなら俺が拠点にしている場所に軍を送り込むくらいのことはされるかもしれない。その時、対軍経験があるかどうかで変わると思う。

 ないに越したことはないけど、経験は無駄にはならないだろうし、今回の魔物の群れってのはちょうどいい。


「では、このまま進路変更はなしでよろしいですね?」

「ああ」


 それに、今更道を変えても時間がかかるし、一旦道を戻ってから大回りする道に変えたところで、そちらでは戦闘が起こらないなんて保証はない。

 だったら素直にこのまま突っ切ったほうが早いし安全だろう。一塊になってる時に殲滅できてしまえばバラけた魔物たちから奇襲を受けることもないだろうし。


 そう考えて俺たちは警告してくれた男の言葉を無視して先に進んでいった。

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