第112話盗賊の駆除

 

「……それにしても、随分と雰囲気が違うな」


 そんなわけで歩いて村を回ることにしたのだが、その途中でスコットがそんなことを言ってきた。


「ん? ああ。まあ初見では大人しい子供を演じた方が大人ウケがいいからな。こっちが素だ」


 人間なんて出会った時のイメージが全部と言っても過言ではない。なので俺はできる限り最初は愛想良くしている。得にはならないかもしれないけど、損にもならないから。

 まあよっぽど捻くれてるやつは笑ってる様子が気に入らねえとか言って難癖つけてくるかもしれないけど、それは少数だろう。全体として見れば愛想よくしておいた方が無難に終わる。

 だが、それは最初だけだ。愛想よくし続けることで得になるんだったら続けるが、演じる必要がないと判断したらすぐに切り替える。だって愛想よくしてるのってめんどくさいし。


 スコット達は、最初はこっちが雨宿りさせてもらう立場だったから丁寧に愛想よくしてたけど、今は俺たちが助けてやる立場だ。演じたところでもう意味なんてないのでやめた。


 そんなことを話ながら歩いていると、もうそろそろ村を一周しそうだな、と言うところで何やら木製のものをぶつけるような音が連続して鳴り響いた。


「き、来たぞ!」


 その音を聞いた瞬間スコットはびくりと体を跳ねさせ、勢いよく俺に振り返ってきた。どうやらこれが賊の来た合図らしい。


「そうか。なら……ソフィア、準備はいいか?」

「はい。いつでも問題ありません」

「ほ、本当に大丈夫なのか?」

「ああ、任せておけ」


 そう言って頷くと、俺たちは音のした方向へと走りだした。




「おいてめえら! 今日もきてやったぜ! さっさと金目のもん出しやがれ!」

「金がねえっつーんだったら女を差し出せ! そうすりゃあ残りは生かしておいてやるからよお!」


 賊は馬でやってきたが、そのうち数頭は馬車を引いていた。多分あの中に残りの賊が入ってるんだろう。

 降りてきたが、姿を見せた賊たちの数は二十程度。まあ話に聞いてた通りだな。


「よおスコット。今回の徴収分は——あ?」


 スコットは村長なだけあって賊達とは話をすることが多かったのだろう。顔を覚えられているからかすぐに見つかり、声をかけられてしまった。


 だが、その言葉の途中で不自然に言葉を止めた。多分、というかまず間違いなく俺がいるからだろうな。それ以外におかしな要素なんてないし。


「……んだそのガキとメイドは」


 スコットの隣に立っている俺たちに気がついた賊達は全員が俺たちへと視線を集めてきた。それだけで一般人なら怯えることになる圧力なんだろうが、俺から言わせて貰えば『その程度』と鼻で笑うようなものでしかない。


「こいつは——」

「いいよ。俺が話すから」


 スコットが話そうとしたのを遮って、俺はソフィアを伴って賊の前へと歩み出ていった。


「あ? んだてめえ。俺たちになんかようでもあるってーのか? ああ?」


 俺たちだけで前に出てきたのが不思議なのか、賊の一人が威嚇するように問いかけてきた。が、やはり怖くもなんともない。


「俺は旅人だよ。今回たまたまこの村に寄ったんだけど、村を襲ってる賊の話を聞いてな」

「はっ! それで正義感を出しちまったってわけかぁ? それとも俺たちと戦うようにでも言われたか? だとしたら残念だったな! スコットはお前を売ったんだよ! どうにかして欲しいからじゃなくて、自分たちの身代わりになって欲しいから引き留めてここに来させただけだ!」


 そんな賊の言葉が辺りに響き渡り、続けて他の賊達の笑い声も響いた。


 だが、こいつらとしては楽しいんだろうが、目の前で聞いてる俺としては雑音でしかない。ぶっちゃけうるさい。

 賊に限らず日本にいた時のチンピラとか不良もそうだったけど、品のない汚い笑い声を撒き散らしてるやつって迷惑だよな。あの時はまさかリアルで「ギャハハ」なんて笑う奴がいるとは思わなかった。

 こいつらの声もそれと同じで、聞いてて不快になるだけの笑いだ。笑うなとは言わないが、もう少し変わらないものだろうか?

 ま、こいつらが笑い方を変えたところで気にしないし、どのみち潰すんだけど。


「よくみりゃあそっちの女も上玉じゃねえか。その上着てる服。そりゃあ使用人の服だろ? だったら何か? おめえはどっかのおぼっちゃまか? だとしたらいいじゃねえか。こりゃあ大当たりだ! おいスコット! てめえよくやったな! 次の徴収ん時はちったあ加減してやんよ。感謝しとけよ」


 そう言って男はソフィアのことを舐め回すかのように見つめるが、俺もソフィアも賊達の言葉に反応することはない。


「——チッ。クソつまんねえガキだな。ちったあなんか言えや。それともビビって何も言えねえってか?」


 そんな俺たちの態度が気に入らなかったのか、それまで俺たちに話しかけていた賊の男は再度の舌打ちをしてから視線を外してスコットを見た。


 だが……


「それが最後のセリフでいいのか?」


 俺から視線を外した賊の男にそう問いかけると、男の動きはぴたりと止まった。


「……あ゛? ……てめえ、今何つった?」


 そして、怒気を露わにしながら再び俺へと視線を合わせた。


「頭だけじゃなくて耳も悪いみたいだな。人生の最後のセリフはそんなみっともねえ言葉でいいのかよて言ったんだよ害虫野郎」


 俺の言葉をきっかけに、それまでは多少なりとも聞こえていた話し声や笑い声なんかは辺りから綺麗に消え去った。


「——ハ。ハハハッ! あー、こいつあ傑作だ! てめえ俺たちが話ししてやってるからって調子に乗ってんなあ!」


 十数秒程度の静寂の後、俺と話していた男は大声で笑いだし……


「死ねや、クソガキ」


 剣を抜いて斬りかかってきた。


「そっちが死ね」


 だが、遅いよ。その程度の剣なんて、俺が今まで相手してきた化け物みたいな剣に比べれば子供のお遊びでしかない。


「なん——ぃ、ぎゃあアアアアア!?」


 鞘から抜くと同時に切り払ってきた相手の剣を避けることなく掴み、スキルを使って相手の手首を肥料に変えてやった。それだけで相手の攻撃は無効化され、俺は手首と一緒に賊から離れた剣を掴み取り、首を貫く形で本人に返してやった。


「——て、てめえ何しやがった!」


 そんな俺の行動が予想外だったのだろう。賊達はまたも黙り込んでしまい空白の時間ができてしまったが、今度は即座に動きだした。


「死ねやオラアア!」


 そう言いながら次の賊が槍を突き出してきたが、その攻撃も対して技量があるわけでもない。

 突き出された槍を避け、相手の懐に潜り込んだら腹に手を当てて肥料化させる。それだけでおしまいだ。


「ぶ、ぶっ殺せ!」

「《斬撃》!」「《刺突》!」「《怪力》!」「《射撃》!」


 俺みたいな子供に仲間が二人もやられたことで混乱したのだろう。賊達はそれぞれスキルを放ってきた。


 その攻撃はスキルを使っているだけあって先ほどの二人の賊達よりも危険なものだ。食らえば死んでしまうだろう攻撃。


 だが、その攻撃が俺に届くことはない。


「《天地返し》」


 俺がそう言葉にするだけで目の前、攻撃を仕掛けてこなかった奴も含めて賊たち全員の足元の地面が浮かび上がった。


 剣は振り下ろす前に賊が転び、槍も殴りかかってきたやつも同様で、矢はどこか別の方向へ飛んでいった。


 そして浮かび上がった地面はくるりと空中で反転すると、そのまま賊を巻き込んで落下していった。


「今回はそんなに深くしてないから生きてると思うんだけど……さて、どうかな?」


 今回は深さは⒈5メートル程度だから、全身が埋まるってことはないはずだ。まあ落下した高さで言えば三メートルくらいはあるから頭から落ちたら死ぬかもしれないけど。


「な、何が……くそっ」

「お、生きてるな」


 どうやら何人かは生きているようで、自分たちにかかった土をどかしている。だが、まだ這い出てくるには少しばかり時間がかかりそうだ。

 よかった。加減した甲斐があるってもんだ。


「て、てめえっ。何しやがった!」

「何ってちょっと土いじりしただけだよ。見ただろ?」

「土……くそがっ! こんなところに魔法師かよ!」

「あー、そっちでとるか。まあ一般的に戦闘に使う土操作系の技って言ったら魔法になるか」


 でも実際に戦闘で土を操って攻撃なんてされたら『農家』よりも『土魔法師』である可能性を疑うよな。俺だって最初っから普通に戦える魔法師とか戦士が天職だったら農家がこんなことするなんて思わないだろうし。


「まあいいや。そんなことよりも、聞きたいことがあるんだよ。素直に答えるなら生かしてやる」

「て、てめえ待ちやがれ! 俺らにてぇ出してタダで済むと思ってんのかよ!」


 なんてテンプレなセリフ。流石と言うかなんというか……。

 でも、タダで済むのかだって? そんなの、済むに決まってるじゃないか。


「思ってるよ。どうせ後十人とかそんなもんだろ? その程度なら余裕だって」

「ハッ! バカが! 十人だあ? あめえよ。五十人だ! 俺たちにはまだそれだけの仲間がいるんだ! こんな村なんてすぐに終わりだぜ!」

「五十? そんなにいるのか?」


 百はいないだろうなとは思っていたが、それでも百に迫る数はいるのか。ただの賊にしてはちょっと大きすぎじゃないか?

 でも、どこかの国が関与してるにしては国境から離れすぎてる。こう言うのって国境付近でチョロチョロやるもんなんじゃないのか?


 けど、まあその辺は俺の預かり知ることではないな。もしどこかの勢力が関わっているんだとしても、国の方で勝手に対処してくれ。俺はただこいつらを処理するだけだ。


「そうだ。ビビったか! しかもボス達はあの犯罪者たちの街カラカス出身だ! 勝ち目なんてあるわきゃねえんだよ! だが、どうだ。俺を生かして返すってんなら、このことはうまく宥めてこの村を襲わねえように言ってやる。だから……!」


 あー、なるほどな。どこの国も関わってなかったか。関わってたのはカラカス。つまりは俺の故郷だ。


 犯罪者の集まるあの街だが、一定以上の能力がないとやっていけないのでしょぼい賊程度じゃあの街に行っても食い物にされておしまいだ。

 だからカラカスの出身のやつってのはそれなりに能力がある——みたいな話を前にエミール辺りから聞いた気がする。


 こいつらを率いてるのはそんなカラカスでやっていくことのできた、それなりに実力のある奴らなんだろう。


「でもさ、それってあの街から逃げ出した雑魚ってことになるだろ」

「なっ……!」

「だって、あそこでやっていけるだけの力があるならこんなところでみみっちい賊なんてしなくてもいいわけで、それでもこんなところにいるってことは、あの街から逃げ出したってことだろ?」


 そう。あの街でやっていけるほどの能力があるのならこんなところで賊なんてやっていない。だってあっちの方が儲かるし、国や領主から追われる心配だってないんだから。

 なのにこんなところでチンピラまとめて賊なんてやってるってことは、あの街に残り続けることの出来なかった敗者ってことだ。

 つまりは雑魚だよ雑魚。


「それにさ、お前が何を言ったところで意味なんてないよな。だってお前これから死ぬわけだし」


 俺はそう言いながら未だ地面に埋まったままの賊へと近づいていく。

 自分に向かって進み始めた俺の姿を見たからだろう。俺と話していた賊は地面から抜け出そうと慌てて土をどかし始めた。


「手を出したらどうなるか? もう手ェ出してんだから遅いだろ。お前がうまく宥める? んなことで収まるわけねえだろ三下風情が。どう考えたって報復に来るに決まってる。だから——」


 だが、そんなにすぐに抜け出すことができるはずもなく、俺は男の前までたどり着いてしまった。


 男の前にたどり着いた俺はその場でしゃがみこんだのだが、男はチャンスだとばかりに腕を伸ばして掴みかかってきた。

 多分俺の首でも掴んで脅すかなんかするつもりなんだろうが、俺は逆に伸ばされた手を掴んでスキルを使った。


「——お前を生かしておく理由なんてないんだよ」


 俺に掴まれた部分は腐り落ちてドロドロとした肥料へと変わり、それより先にあった手首はボトッと音を立てて地面に落ちた。


「うがあああああああ! 腕がああああああ!?」


 逆の腕も同じように肥料化し、男の悲鳴はさらに大きなものへと変わった。


 そうして泣き叫んだ男だが、俺が男に手を伸ばしていることに気がつくと懇願するように涙と涎で顔をくしゃくしゃにしながら叫び始めた。


「いや、いやだ! や、やめっ、やめてくれええ!」

「そう言われてやめたことないくせに、自分だけ助かるわけないだろうが」


 口の中に手を突っ込んで舌を溶かす。一緒に口の中も溶けたかもしれないが、仕方がないと諦めてもらうしかない。


「ンンンンーーーーーーー!」


 舌が完全に溶けて消えた男はまともに声を出すことはできず、ただ音を出すことしかできなくなってしまった。


「さて、次は誰かなっと」


 そう言いながら立ち上がると俺はあたりを見回し、今しがた話を聞き終えた男と同様に完全に地面には埋まっていない者の元へと歩いていった。


「——色々話は聞けたし、もう十分だな」


 今話を聞いた奴らは……まあ放っておいても平気だろ。地面に完全に埋まってるわけじゃないから逃げようと思えば逃げられるんだろうが、逃げたところで多分生き残れないし、生き残っても何もできない。


 けど、そうだなついでに水でも撒いておくか。完全に体が地面に埋まってる奴らはいるが、一度の天地返しだけじゃ完全に生き埋めにはできないだろうし、水を撒いておけばちゃんと窒息するだろう。


「大地の肥やしになりやがれ」


 ちょうど肥料も作ることができたし、ちょうどいいだろ。土に埋まってる奴らは死んだ後は肥料になるわけだし、いいことをしたな!

 まあ、こんなところで畑を作るのはなんか呪われそうな気はするけど。だって死体はそのままになるわけだし。


 ……気にしなくてもいいか。気になるならここの奴らがなんとかするだろ。


「地面に埋まって窒息するのと、体が溶けて死ぬの。果たしてどっちがマシなのかね?」


 俺はどっちもごめん被るけど。

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