第111話村の状況確認

 

 ソフィアがこちらに確認してきたので俺は頷いて答えると、ソフィアはスコットのことを解放した。


 スコットは解放されたことで掴まれていた首や腕をさすっているが、多少の圧迫感や違和感は残ってたとしても、怪我とかはないだろう。


「で、肝心の話なんだけど……」

「……ああ、わかってる。話すさ」


 スコットは一度目を瞑り大きく深呼吸をすると、目を開いて俺たちのことを見据え、話し始めた。


「最近、この村に賊が襲ってくるようになったんだ。金目のものを奪っていき、女を攫っていく。抵抗すれば殺される。奴らは月に一度村にやってきて言うんだよ。『金目のものか女を寄越せ』って。もうすでに何人も殺されたし、連れて行かれた。このままじゃいつか俺たちは食い潰されて死んじまう。そこにお前たちがやってきて……」


 そこで言葉を止めると、スコットの視線は俺たちから外れ、見たくないものから目を逸らすかのように顔が背けられた。

 だが、事情を話すと言ったからか、その話を続けるためにスコットは顔を背けながらもチラリとこっちを見て再び口を開いた。


「……お前たちを渡せば許してくれると……少なくとも今回の分は誰もいなくならずに済むと思ったんだ」


 ま、ある程度は想像どおりって感じだな。生贄役としてたまたま通りかかった俺たちが選ばれた。

 俺たちはスコットたちに言わせると金持ちっぽく見えるらしいし、そうでなくてもソフィアは元は貴族なだけあって控えめに言って美少女だ。金と女、どっちにしても価値はあるだろうから、生贄役としては十分すぎるだろうな。


 ただ、疑問がないわけでもない。


「俺たちをどうこうって話は置いとくとして……それ、領主とかには言わないのか?」


 普通はこういうことを言ったら領主の兵なんかが動くと思うんだけどな。この辺りだと前にあったアルドアの領主とは違うが、評判を聞いてる限りだと賊退治の嘆願を出しておけば退治してくれそうだと思うんだがな。


「言ったさ。だが、知らせを受けて騎士たちがやってきたその時は、数人の賊は捕まったが全員を捕まえることができなかった。騎士たちが帰ってから二週間くらいすると、また現れたんだ。そして、またこの村を襲いながら言ったんだよ。次になめたことしたらこの村を潰すってな」


 なるほど。それで村人たちは何をしても無駄だ。むしろ何もしない方がいいと悟って何もできなくなったのか。


「次の一ヶ月後っていつ?」

「今日だ」

「え、じゃあ今日これから来るってこと?」


 だがもう深夜だぞ? 日本にいた頃なら深夜であっても問題ないかもしれないが、この世界では月と星の明かりくらいしかない。松明や照明なんかもあるが、それでも深夜に襲撃を仕掛けるには相当の技量や統率が必要だ。そんなものを賊が持っているものか?

 そもそも、金目のものを用意させたり女を品定めするんだったら、陽の光があってはっきりと確認することのできる昼間じゃないとできないだろ。これからくるとは思えない。

 まあ今は深夜だからすでに日付が変わったのかもしれないから、『今日』っていうのも日が登った後の話かもしれないけど、なんとなく違う気がする。


「いや、今日は雨だからな。前にも一度雨の日でズレたことがあるから、今回もそれだと思う」

「ってことは明日か。……来る時間はいつだ? 夜か?」

「いや、奴らは昼にやってきて帰ってくんだ」

「なら、拠点はどれだけ遠くても二、三時間以内に辿り着ける場所か」

「多分な」


 一日で行き来できる範囲内で隠れられる場所って言ったら、まあ森の中だよな。そうなると、パッシブスキルを使いながら歩けばすぐに賊のアジトを見つけることができるかな。多分そう遠い場所じゃないだろう。だって遠いと育てた家畜の回収に来るのも大変だもんな。


 しかし賊ねぇ……ここ最近増えてるとは聞いてるけど、遭遇率高すぎじゃね? 俺ほんとにカラカス出てきたんだよな。なんでこんな賊なんてもんに遭うんだろう? 異世界ってこんなに賊が多いのが標準なのか?


「ちなみに、それっていつからだ?」

「いつって……大体半年くらい前か?」

「そうね。けど半年は経ってないんじゃない?」

「まあそんなもんか」

「なるほど」


 スコットとマーサの会話を聞きながら俺は頷く。


 半年前か……アルドアでは特に半年前に何かあったって話は聞かなかったし、これから向かおうとしてたエルベイルで何かあったって考えるのが自然か?


「それで、き、協力って言ってたが……どうする、つもりだ?」


 俺が賊の原因について考えていると、スコットが恐る恐ると言った様子で訪ねてきた。まあこいつらにとっては賊の原因なんかよりも、目の前に迫っている賊の危機の方が重要か。


「ん。ああ、まあ雨宿りの礼もあるしそれくらいなら俺たちで処理してもいい」


 ぶっちゃけ大した労力ではないし、一日もあれば終わる。それくらいだったら手を貸してもいいだろう。


「……いや、処理ってお前、そんなことできるわけないだろ?」


 だが、スコットはなんと言っていいかわからないようで、顔を顰めながらそう言ってきた。


「何でだ?」

「何でってそりゃあ……お前みたいな子供が何の役に立つって言うんだ。確かにそっちの護衛は強いのかもしれないが、相手は何十人っているんだぞ? 勝てるわけがないだろ」

「護衛? ソフィアのことか?」

「私は護衛などではありませんよ。私はあくまでもただの従者です」

「は? だ、だがさっき俺を押さえた時の動きは……」

「あれは基本技能です」

「基本技能……?」


 そう、基本技能。あくまでのソフィア程度の体術ならうちで働くなら基本で、必須だ。


 けど、そう言いたくなる気持ちもわからないではない。子供だから侮っているスコットだが、それはしょうがないことだ。

 この世界にはスキルがあるが、そのスキルは年を重ねたものの方が位階が高くなりやすく有利なのだから、年齢が下のものを侮るのは無理はない。しかも、それがただ年下ってだけじゃなくて俺みたいにまだ成人もしていない子供に見えるような奴なら尚更だろう。


 だが、基本的には年齢を重ねた方が位階が高くなりやすいから有利だとはいえ、何事にも例外は存在する。


「まあ賊はこっちで対処してやるよ。もし俺たちが突っ込んでいって負けたとしても、元々いなかった奴らが勝手にいなくなるだけなんだ。問題ないだろ? それも金を残して消えるんだ。得はあっても損はないと思うんだが、どうだ?」


 俺がそう言うとスコットとマーサはお互いに顔を見合わせ戸惑った様子を見せている。

 だが、いうことはないのか、それとも何を言えばいいのかわからないのか……まあどっちにしても何も言われないのであれば問題はない。


「それじゃあ明日退治に行くから、今日は特に何もなしってことでいいか?」

「あ、ああ?」

「ならそう言うわけだ。今日はこのまま寝させてもらうよ」


 そう言って俺は灯りを消すと、納屋の中は開いた扉の外からわずかに入り込んでくる光だけとなり、ほとんど何も見えなくなった。

 これ以上の話は本当にする気がないと理解したのだろう。スコットとマーサは迷った様子を見せたが、すぐに納屋を出て家へと戻っていった。


 ……ちゃんと戻ったみたいだし、今度こそ俺たちも寝るとするか。




 翌朝。俺たちはマーサに呼ばれてスコットの家の中に入ったのだが、朝食をだされたのでそれをいただくことにした。


「それで、どうするんだ?」


 朝食を食べていると、まだ途中ではあるがスコットが俺たちの席の前に座ってこちらを見つめながら問いかけてきた。その様子は落ち着かないようで、しきりに俺とソフィアへと交互に視線を送っている。


「どうするって、何が?」

「何がってお前……賊を相手にするんだろ? だったらなんか作戦とかそういうなんかが必要なんじゃないか?」

「作戦ねぇ。いらないよそんなの。まあ多少の準備はするけど、特にこれといったことをする必要はないな」

「必要ないって……」


 正直的が千人以上いたところで問題ないと思っている。戦う以上侮るつもりはないが、それでも余裕なのは事実だ。

 賊は多いと言っても千人はいないだろう。千人でそれなんだから、それ以下の賊なんてどうとでもなる。

 これがなんか条件をつけられると難しくなるかもしれないが、殺してもいいんだったら問題はない。


「ああ、ただちょっと確認したいんだけど、賊の来る方向ってどっちか決まってるか?」

「それならあっちの森からだ」

「やっぱ森か。まあ、だよなって感じだな。他に逃げる場所なんてないし」


 平原の真っ只中に逃げるわけがないし、近くに森なんて逃げやすく隠れやすい場所があるんだからそこをアジトにするに決まってる。もしくは他の村を奪ってる可能性もあるが、なんにしても逃げた方向にあるっていう森に進めば何かしらわかるだろう。


 流れとしては、賊たちが攻めてきたらそれを迎撃。少しばかり情報を吐き出させてからアジトのある方向に向かい、その周辺の植物と《意思疎通》をして詳細な情報の確認。で、アジトがわかったら殲滅。これでおしまいだ。


 ……あ、そうだ。賊を退治してやるんだから多少の被害は問題ないだろうけど、やってから文句を言われるのもあれだし、一つ聞いておこうかな。


「後もう一つ確認なんだけど、賊が襲ってきた場合、村の中、もしくは周辺の地面がちょっと荒れるかもしれないけど平気か?」

「荒れるって……まあそれくらいで被害が収まるってんなら平気だけど……」

「そっか。ならいいや」


 そう言うと俺は席を立ってマーサに礼を言ってから家の外へと出ていく。


「おい、どこいくんだよ」

「ちょっと確認だよ。一度も村の状況を把握しないで戦うつもりはないからな」


 基本的に初撃で終わらせるつもりだが、もし万が一逃げられたり、俺自身が逃げなきゃいけないような状況になった時に周りの地形を把握していないのは問題だ。


「なら俺もいく。知らない奴が出歩いてるのは、今の状況だと勘違いされかねないからな」

「ああ、それもそうか。なら頼むよ」


 そうして俺とソフィアにスコットを加えた三人は村の状況を確認するために歩き出した。


「いつもはこの辺に来るんだ」


 最初に案内されたのは賊たちがいつもやってくるという場所だった。

 周りには傷ついた建物が多く、穴が開くほど破損している家もある。あれでは雨風を凌ぐことができないだろうと思って、壁に開いていた穴からちょっと家の中を覗いてみたのだが、誰もいない。それどころか、家の中に植物が生えだしたり汚れがあったりと、ここ最近使った形跡がない。


「その家は、賊に抵抗して死んだ奴のだ。他にも、この辺のはそういうやつが多い」


 穴から顔を離して改めて周囲を見回すと、確かにスコットたちのいた辺りの家よりも寂れている感がする家が多い気がする。


 なんて話していると、一人の男性が俺たちの方へと近寄ってきた。


「スコットさん。その子供は……?」

「あ、ああ。昨日の雨で雨宿りに来た旅人だ。村を見たいって言うんでな」

「それって……いえ、何でもないです」


 その男性はスコットの話を聞くと驚いたような顔をし、続いて罪悪感に顔を顰めるとスッと顔を逸らしてから足早に俺たちから離れていった。


「あれは生贄にしようとしてるのがバレてる感じか?」

「そうだろうな。この村の奴らは大なり小なり似たようなことを考えたことがあるはずだ。『自分たち以外のやつを用意すればいい』ってな」


 もしくは『自分以外の奴』かな。同じ村の住民であっても、他人の命よりは自分の命の方が大事だろう。


 去っていった男の背を見ていた俺は、男から視線を外すと改めて周囲へと視線を巡らせた。


 ……元はどこにでもあるような普通の村だったんだろうな。


 別に悪事を働くなとは言わないが、限度ってもんがあるだろ。狙うなら街や村の外に出てるやつや、金持ちにしとけよ。村に留まって平穏に過ごしてる相手から奪うってのは……ああ、気に入らない。


 俺は正義の味方じゃないけど、人々の平和に貢献しようかね。


「もう一度確認するけど、この辺は荒れてもいいんだよな。具体的には耕したみたいになっても構わないのか?」

「ああまあ、それは構わないけど……耕すって、ここをか?」

「そうだ。まあ土以外に被害は出ないと思うからそこは安心しておいてくれ」


 俺が何をするつもりなのか疑問なんだろう。スコットは首を傾げているが、まだ秘密だ。


「後はそうだな……とりあえず村を一周しておくか」


 賊が来る場所はわかったし状況もわかった。だが、それ以外が全くわからないようでは話にならない。もしかしたら今回に限ってここではなく他の場所から来るかもしれないしな。

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