第105話お嬢様との勝負

 

「……あれ、昨日のお嬢様か?」

「……そう、ですね。どうしてこんなところにいらっしゃるのでしょう?」

「護衛はいない感じだし……あー、なんか嫌な予感がする」


 あのお嬢様はお嬢様のくせに今日は護衛の1人も連れずに辺りをキョロキョロと見回している。どう見ても何かを探している様子に見えるんだが、問題は何を探しているのか、だ。これが迷子になってしまったから護衛を探している、とかならいいんだけど、なんとなくそうじゃないような気がする。具体的には……


「私たちを探している、とか?」

「やっぱり? なんかそんな感じがするよな」


 そう。俺たちを探しているんじゃないかな、と思えて仕方がないのだ。


「辺りを見回していますし、何かを探しているのは間違い無いかと」

「これで護衛と逸れてしまったから探してる、とかだったら楽でいいんだけど……」


 それはないだろうなってのが俺の考えだ。

 どうせあのお嬢様のことだ。護衛と逸れたとしてもそのまま歩き続けるか、護衛と逸れたところか目立つところで待機してるだろう。

 なのに今あいつは自分から何かを探している。十中八九護衛を探しているわけではないだろうから、そうなると誰を探すのかって言ったら俺たちくらいしか思いつかない。


「どうされますか?」

「逃げよう」


 ソフィアの問いに俺は迷うことなく即答した。


 俺たちを探している理由はわからないが、殺意を持って襲いかかってくるわけではないだろう——とは思うが、どうだろうか? まあなんにしても面倒ごとだってのは変わらない。

 本気で襲い掛かられたらたとえ貴族が相手でも殺す覚悟はあるが、それはそれで問題がないわけじゃないし面倒だ。俺だって殺しが好きだってわけでもないし、むしろできることなら殺しはしたくない。

 自分から問題に首を突っ込んでいく必要もないわけだし、避けて通れるの問題なのなら避けていったほうが楽だ。


 だが、どうやらその判断は遅かったようだ。視線の先ではお嬢様がこちらを向いていて、俺たちに気がついたようで軽く目を見開いた後に笑みを浮かべた。


「……どうやら遅かったみたいですね」

「あんたたち、やっと見つけたわ!」


 ソフィアが告げるのと同時にお嬢様が叫びながら人ごみをかき分けて俺たちの方へと進んできた。


「逃げるぞ」


 そういうや否や俺は人混みを避けて走り出し、ソフィアもその後に続いた。幸い先払いなので、この場所の会計自体は済んでいるから問題ない。


 だが、走るなら人混みの中よりも路地の方がいいだろうと思ったのがいけなかった。


 路地に入って最初の角を曲がろうとした瞬間、背後から炎の球が飛んできた。


 まさか、と思って振り返るが、そこにはまだあのお嬢様の姿はなく、俺たちが振り返ってから少ししてから人混みの中から姿を見せた。


 どうやらこのアホは今の魔法を人混みの中からおおよその予想で放ったようだ。街中で攻撃魔法を使うのもそうだが、対象のいる地点とその周囲が見えない状態で魔法を使うとか馬鹿じゃないのか? もし俺たち以外にも人がいたらそいつは死んでたかもしれないんだぞ?


 だがお嬢様はそんなことを気にしていない、というよりも気にするという考えが頭の中にないようで、俺たちに追いつけたことで腰に右手を当て、満足げに笑っている。


「自室で謹慎食らってるはずじゃなかったんですかねぇ」


 正直なところもうこいつに関わりたくない。一応血縁があるからそのうち会うことになるのかもしれないが、今の立場的にあっても面倒なことにしかならないのは昨日の出来事で目に見えてるからな。


「そんなの抜け出したに決まってるじゃない! なんで私が謹慎を受けなきゃならないのよ。ありえないでしょ!?」

「お前の頭ん中がありえねえよ」

「なに? 何か言った?」

「いや……それで何のようだ? わざわざ俺たちを探してたみたいだけど?」


 父親の言ったこととその理由を全く理解できていないこいつの様子に思わず呟いてしまったが、俺は話を進めることにした。

 どうせ言ったところで意味はないだろう。むしろさらにこいつを騒がせる原因を作るだけになるんだから、最初から諦めて話を進めたほうが楽だ。


 人生怒られているうちが華だっていうけど、本当にそうだよな。見捨てられ、怒ってくれるような奴がいなくなったらおしまいだよ。どうでもいいけど。


「何のよう? そんなの決まってるじゃない。私に無礼を働いたあんたを倒すためよ!」


 お嬢様はそう言うと両手を前に突き出し、例の如く威圧感を漂わせながら魔力を操り始めた。


「《炎よ集え——ファイ……痛っ!」


 そして魔法を使って俺たちを攻撃するために詠唱を始めたのだが、まあこんな目の前でやられて邪魔をしないわけがないだろ。


 俺はお嬢様が両手を突き出した時点で拾った小石を、お嬢様の顔面目掛けて投げた。


 まさか詠唱中にそんなものが飛んでくるとは思っていなかったのか、お嬢様は避けることどころか反応することすらできずにまともに顔面で受けた。

 もしかしたら攻撃されると考えていなかったのではなく、小石そのものが見えていなかったのかもしれない。飛んでくる小石なんて訓練しないと見えないやつもいるだろうし。


「何するのよ!」

「何するはこっちのセリフだっての。父親に禁止されてるんじゃ無いのか? こんなところで魔法なんて使ったら、今度こそ謹慎じゃすまないんじゃ無いのか?」

「お父様はわかっていないだけよ! 私たち貴族が平民如きに舐められてるようじゃ我が家の品位が落ちてしまうわ!」

「品位……。品位ねぇ。落としてんのはどっちだよってな」

「私は悪くない! 悪いのは全部あんたたちでしょ!」


 こいつの言い様が気に入らなくてつい口を出してしまったが、やっぱりそんなものに意味はなく、ただ騒がしくしただけの結果となった。


 しかし、どうしたもんかな……。どうせこのまま別れようとしたところで言うことを聞くわけがないだろうし、真っ向からぶっ潰したとしても余計騒ぐことになるだろうことはあの中央区の豚の時に理解した。この手合いは叩き潰した程度じゃ動くのを止めないんだ。確実に殺さないと、自分の思い通りにするために周囲のやつを巻き込無用な行動をする。

 だから殺すしかないわけだが……はあ。ここで殺せば、たとえこいつに非があったとしても俺は罪に問われるだろう。そうなってしまえば面倒なことになるので、今の状態では却下だ。


 ……待てよ? いっそここで殺せばバレないか? 全身を肥料化させてしまえば誰だかなんて判別できないだろうし……いやだめだな。そういやこいつさっき自分の名前を叫びまくってたわ。俺を追いかけてる姿も見られてただろうし、絶対にバレるな。


 だがこの街にいる間ずっと絡まれ続けるのもいやだし……ん? あー……そう、だな。うん。そうするか。


 このお嬢様の相手をするいい方法が思いついたので、俺はお嬢様へと顔を向けて口を開いた。


「よし、じゃあこうしよう。俺と勝負しないか?」

「勝負?」


 俺の言葉にお嬢様は不思議そうに眉を寄せて顔をしかめているが、それを無視して俺は話を進める。


「そうだ。この辺には狼なんかの動物系の魔物やゴブリンなんかの魔物がいるわけだが、そいつらを狩ってこよう。その総数が多い方が勝ち。期間は……そうだな。一週間でどうだ?」

「一週間? 何でそんなに時間をかける必要があるのよ」

「俺たちはまだこの街に着いたばかりだからな。街の周辺の地理もだが、この街にだって何があるかわかってないんだ。そっちはこの街に住んでるんだからこのままだと不公平だろ? まさかこの街に住んでて知らないってわけはないだろうし。だから一週間だ。その間に俺たちは街周辺のことを調べて狩りをする。その間にお前の成果なんて超えてやるから覚悟しとけ」

「……ふ、ふんっ! いいわ。その勝負、乗ってあげる。けど覚悟しておきなさい。一週間後にあっと言わせて跪かせてあげるんだから!」


 お嬢様はそう言うと肩で風をきってどこぞへと消えていった。多分家に帰るんだろうが……どっかで誰かに襲われねえかな。拐ってくれるとありがたい。そうすれば俺たちが絡まれることなんてなくなるから。


「——はあ」

「よろしかったのですか? 一週間後というとすでに出発している予定でしたが……」


 去っていったお嬢様の背を見送ってため息を吐き出しただが、そんな俺にソフィアが不思議そうに、そして少しだけ心配そうに声をかけてきた。


 確かに俺たちは後数日で完成する馬車を受け取ったらこの街を出て行くことになっていた。だが、こうして勝負することとなると予定が崩れることになる。

 急ぐ旅でもないのだから予定が崩れたところで問題ないのだが、ソフィアはあんなのに時間をかけて本当に良かったのかと疑問に思っているのだろう。まあ普段の俺じゃあ勝負なんてしないだろうしそう思っても無理はない。


 けど……俺だってなんの考えもなしに勝負を持ちかけたわけでもないんだよ。


「そうだな。だから出発すればいいんじゃないか?」

「……勝負を捨てるつもりですか?」


 ソフィアは俺の言葉に目を丸くしながらそう言ったが、そもそもの前提からして間違っている。

 捨てるも何も、この勝負は別に勝たなくてもいいんだ。


「別に何も賭けてないんだ。負けたからって罰があるわけでもないし、そもそも今後会わなければ何も無いんだから、真面目にやる必要あるか?」

「無いですね」

「だろ? あとは適当に観光を続けて、馬車を受け取ったらすぐに街を出ればそれで終いだ」

「ひどいですね」


 俺の言葉を聞いてソフィアは呆れたように笑ったが、否定はしない。当然だ。ソフィアだってあんなのと関わりなんて持ちたくないと思ってるだろうし、関わらずに出て行けるのであればそれに越したことはないのだから。


「じゃあまともに勝負した方がいいか?」

「いえ、出て行ってしまっても構わないかと」


 そもそも勝負したとしても、勝っても負けてもどっちにしても意味がないと思う。俺たちが勝った場合は別の勝負を仕掛けてくるだろうし、負けた場合は俺たちに言うことを聞かせるために絡んでくるだろう。


 な? どっちにしても意味がないだろ? だから勝負なんてするだけ無駄。一番いい方法が時間を稼いでさっさと逃げるだ。


「それじゃあ、変なのも去ったし観光の続きと行くか」

「はい」




それから四日後、俺たちは約束の日となったので工房に行って馬車の車体を受け取りにいった。


外観は箱型のものではなく幌のついただけの荷車だが、ただの荷馬車ではない。軽く、でも安全なようにするために、幌の部分にはいくつかの種類の布を使ってある。


何種類使ったところで布は布だと思うかもしれないが、布ってのは結構防御力があるもんだ。ナイフで突き刺そうとしても、布一枚で止めることができることだってあるし、マントで背後からの矢を防ぐことだってできる。木の板で囲ってあるものよりも場合によっては安全だろう。何せ木の板って結構防御力ないからな。


木の板って言うのは乾いてるからか弾性が低く、斬撃ならともかく刺突や衝撃には結構弱い。矢だって簡単に刺さるし、槍を突っ込めば簡単ではなくても貫ける。それに対して布は形なんてあってないようなものだから弾性という意味では完璧だ。

問題はそれに防御力があるのかって点だけど、棚引く旗を思い浮かべてほしい。その旗に矢を放って突き立てることができるのかって言ったら多分無理だ。よほどの達人ならできるかもしれないが、弓を引けるようになった程度の素人じゃまず無理。


まあ、この世界にはスキルなんてものがあるんだから木の壁も布の壁も大した差はないかもしれない。それでもスキルを持っていないその他大勢の攻撃を防げるって意味では十分に効果があるだろう。


ただ、水に濡れると重くなるのでそこだけが問題だな。定期的に防水加工したりソフィアの浄化で水分を飛ばしたりしないとだ。それでも常時鉄板で加工してある馬車を引いてくよりは軽いけど。


で、後は内装だが、馬車の内側両サイドには長時間座っていても尻が痛くならないようにするためにクッション性の強い長椅子を置いてある。これで日本の時のようにとはいかないだろうが、まあ多少はマシになるだろう。


「これがご注文の品になります。扱い方なんかの指導もしていますが、どうしますか?」

「いえ、一通りは学んでいますので問題ありません」


俺も家にいたときに少しだが馬車の扱い方を学んでいた。と言っても本当に少しだからいざって時に動かすことができる程度だけど、ソフィアは孤児院でも館でも従者としての教育を受けたときにしっかりと学んでいたようで、店員の言葉に首を振った。


「そうですか。一応こちらの木板に手入れなんかについて簡単に記してありますので、何かあったらそちらを読んでみてください」


馬車内にの壁に吊るしてあった木の板を示しながら言った。この世界は紙が高いってわけでもないが、長時間旅をしていると紙なんてすぐに使い物にならなくなる。よほど管理が徹底していれば問題ないだろうけど、ああして壁にかけるんだったら紙は向かない。だが木の板なら紙とは違ってすぐにヘタレないから、こういう注意書き的なものにはちょうどいいんだろう。


「はい。かしこまりました」

「それでは馬と車体の接続が終わったようですので、どうぞ」

「ありがとうございました」


そう言って俺が軽く馬車の様子を確認している間にソフィアは残りの料金を支払い、そうしてようやくこの馬車は俺たちのものになった。


その後は俺もソフィアも御者席に乗り込み、最後に店員に軽く頭を下げてから俺たちは出発した。


「このあとは予約してた荷物を買ってそのまま出発か」

「はい。買って、と言ってもすでに代金は払ってありますので、回収するだけですが」


昨日の時点ですでに食料品なんかは買ってあった。だが、持ち帰ったところで馬車はないし、食料品系は一日でも長持ちするように新鮮なものが欲しいので、昨日の時点では予約だけで、今日受け取りに行くことになっていた。

食料品の他にも種や道具なんかも買っておいたのだが、それらの回収もだ。本来ならそういった日にちを気にしなくてもいいものは前日のうちには運び入れておくものなんだが、あいにくと馬車の受け渡しが今日だったのでどうしようもない。

それなら出発を遅らせれば、と言いたいところなんだが、お嬢様との勝負の件があるのでそれもどうしようもない。

お嬢様との勝負の期日にはまだ余裕はあるが、それでも早く出発するに越したことはないだろう。

俺たちは面倒ごとを求めているわけではないので、何かしらが起こる前に少しでも早くこの街から出て行きたいのだ。


「そうだったな。ま、何にしても出発だ」


そうして俺たちは馬車を走らせ始めた。

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