第106話わがままの結果・前
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「まったく! 何なのよあいつは!」
お父様に部屋にいろって言われたけど、そんなのはどう考えても納得できなかった。
だから私は、私を馬鹿にしたあいつに文句を言うために、そしてどっちが上なのかを理解させるために、翌日の昼過ぎに部屋を抜け出して街へと向かった。
正直なところ一人で街に降りたことなんてなかったから不安はあった。でも探さないままでは終われない。私の気がおさまらない。だから探しにいった。普段なら『探してこい』と命じておしまいなのだけれど、騎士たちに命じたところでお父様がだめだと言ったから手伝わないでしょうし、自分で行くしかなかった。
多分大通りを見張ってれば見つかるだろうとは思っていたけれど、予想よりも早く見つけることができた。これも私の考えが正しいからね。
けど、見つけた後のあいつの行動は私をさらに苛立たせるものだった。
私はあいつを見つけたけど、あいつは私に気がつくなり逃げ出したの。私が向かってあげたことに気がついたんだから素直に私の元に来るのが常識でしょうに。
しかもよ? それだけに留まらず、私はこれまでの不敬を償わせるためにお仕置きとしてあいつに魔法を使った——いえ、使おうとしたのに、あろうことか邪魔してきた。それも、顔に石なんて投げてきたのよ。私のっ、顔にっ、石なんてっ! ふざけているとしか言えないわ!
あいつみたいな平民は大人しくしていればいいのよ。大人しく私の言うことを聞いて、大人しくお仕置きを食らっていればいいの。なのに抵抗なんて生意気だわ。
「にしても、勝負……」
そう、勝負。あいつは私の魔法を邪魔した後、なんだか屁理屈を捏ねて勝負を持ちかけてきた。馬鹿にしてるわ。
でも、ああも馬鹿にされて勝負を挑まれたのに、逃げるなんてことはできない。たとえそれが平民からのものだったとしても……いえ、平民からのものだからこそ、逃げることはできない。
もちろん常識や法律で考えれば私の方が正しいのだから勝負なんて受ける必要はない。けど、それで逃げたと思われ、言いふらされるのは気に入らない。
だから調子に乗ったあいつの鼻っ柱をへし折ってやる必要があった。
……ただ、勝負を受けるにあたって不安がないわけでもない。いえ、不安というよりも、懸念かしらね。
この街に住んでるんだから街や街の周りの情報を知らないわけがない、なんて言われてつい否定できなかったけど、実際のところ私もこの街にそんなに詳しいわけじゃ無いのよね。
普段から住んでることは間違いない。けど、平民たちの暮らすところなんていかなかったし、街の外だってほとんど出たことがなかった。この間の巡検に一緒に出てたのは、お父様からたまには外を見ろ、なんて言われたからで、そうじゃなかったらあんな不便でつまんないことをするはずがない。
けど、あいつらはどう見ても平民。それも聞いたところによるとかなり質の悪い孤児や浮浪者の巣窟みたいなところから出てきたみたい。この街は初めてだって言っても、多少の有利は向こうにある。
それに、向こうは二人もいるのだから、私はすごいから負けることはなくても、もしかしたら苦戦することがあるかもしれない。その人数さがあるからこそこの勝負を持ちかけてきたのでしょうし。
でも、それはだめ。この勝負は私とあいつらの格の違いを見せつけるための勝負なんだから僅差での勝ちなんて認められない。大差をつけていないと意味がない。
けど……いえ、そうね。
「あっちは二人いるわけだし、こっちも兵を用意しても構わないわよね。そ、そもそも! この勝負が一対一だなんて入ってないわけだし、兵力を揃えることができるっていうのも十分に私の力よ! 兵を使って勝つことで我が家の素晴らしさや凄さを理解させることができるんだから、それでいいのよ!」
あっちが二人でやるなんてことをするなら、こっちはさらに兵力を用意して勝負に挑めばいい。
「勝負は一週間……なら、今すぐに動く必要もないわね。兵に通達して、明日には動いてもらえば大丈夫よ。私が言うんだからすぐに集まってくれるわ」
そう考えてメイドに言伝を頼んだ私は部屋の中にいた使用人たちを全員下がらせてベッドに倒れ込んだ。
夕食の時間になって食堂へと向かったのだけれど、以前ならここにお姉さまやお兄さまもいたことを考えると少し寂しい気持ちになる。けれど、二人とも貴族として国のために立派には勤めているのだから仕方がない。お兄さまは今年で学園を卒業するから、そうすればまた領地に戻ってくる。だからそれまでの我慢としましょう。
まあ、来年になれば私も王都にある学園に行かなくてはならないので離れることになってしまうのだけれど。
「——エリス。騎士たちから話を聞いたのだが、どう言うことだ?」
なんて考えながら夕食を終えた私だったけれど、どういうわけか今日に限ってお父様がそんなふうに話しかけてきた。
珍しいことです。普段なら軽い挨拶とその日の軽い報告をして、お父様は「そうか」と一言言っておしまい。それが私たちの日常でしたから。
お父様のことは嫌いではないけれど、あまり好きでもないというのが正直な気持ち。昨日だって私の方が正しいのに、謹慎なんて命じて訳がわからない。それでも当主相手に文句なんて言ってはならないから言わないけど、不満は当然ある。
とはいえ、はっきりと嫌いというわけでもないし、問いに答えたくないというわけでもない。
「どう、というのは?」
ですが、私には思い当たることがありません。
この言い方では昨日のお小言の続きというわけでもないでしょうし……なんでしょうか?
「……壁の外への外出のことだ。騎士を集めて魔物を狩りにいくと言う話を聞いたのだが、それは事実か?」
お父様は私の言葉を聞いてそう言ったけれど、どうしてか目頭を押さえている。まあ書類をずっと見つめてるわけだし、目が疲れたのでしょうね。そういうことがあっても仕方がないでしょう。
「ええ。お父様も嬉しいでしょ? 魔物が減ればそれだけ安全になるのだもの」
「なぜ急にそんなことを?」
どうしましょうか。正直に言ったらまた謹慎中に外に行ったことも、あいつに会うなという言いつけを破ったこともバレて怒られてしまうでしょうし……。
「別に。ただ急に魔法を使いたくなったの」
「……はぁ。わかった、許可しよう」
お父様はわずかな時間私のことを睨みつけていたけれど、最終的には大きく息を吐き出してから許可を出しました。
一瞬嘘がバレたんじゃないかと思ったけど……よかったわ。これで兵力の確保は確実なものになったもの。
「ありがとうございます」
「ただし、無茶はするな。護衛の騎士たちの言うことはしっかりと聞いておけ。もし単独行動をしようものなら、その後の行動に制限をつけることになる」
「そんなに心配しなくても平気よ。無茶なんてしないわ」
そもそも私が無茶をしなくちゃいけないような相手なんてこの辺りにはいないもの。あいつみたいに私の詠唱の途中で石を投げたり水をかけてきたりなんて卑怯なことをされなければ、私の魔法で燃やせない物なんてないんだから。
強いていうなら森を燃やすかもしれないけれど、それはそれで魔物の数や盗賊の住処がなくなっていいことよね。
そして翌日。私は屋敷の庭に集められた騎士と兵士たちを引き連れて馬車に乗って街の外へと出ていった。
「さあ行くわよ! 魔物なんて私の手にかかれば余裕なんだから! 狩って狩って狩り尽くしてやるわよ!」
狩場にたどり着いた私は馬車を降りると騎士たちに向かってそう宣言し、騎士たちは私の言葉を聞くなり即座に動き始めた。
そう、これよ。これでいいのよ。私が言ったらその意図を汲んですぐに動く。それが正しいことなのよ。決して逆らったり反攻的な姿を見せるべきではないの。
「そろそろ私も動くかしらね」
狩場についてから一時間くらい経ってから、私はそう言いながら杖を持って森を見据えた。
兵に任せておいてもいいのだけど、それだと何だか私が勝ったとは言えない気がして……じゃなくて、つまらないから。だから私も戦ってあげるの。
まあ、この程度の魔物なら私の手にかかれば余裕なのだけれどね。
「それにしても、お父様ももっと兵をよこしてくれてもいいのに」
今回お父様が私のために用意したのは騎士が五人と兵士が二十人なんて小規模なものだった。
今は兵士たち二十人は周囲に散らばって魔物を狩ってるけど、騎士の五人は私のそばに残っている。
本当なら子爵家の令嬢である私の護衛にたった五人ぽっちなんてことはありえないけれど、兵士達を残すとなると効率が悪くなってしまう。
まあ、今回は急だったから、と納得することにしておきましょうか。たった五人だけでもこの辺りなら問題ないでしょうし、たった二十人程度の数だったとしてもあいつとの勝負には十分なわけだし。
「お嬢様、まだ続けられるのですか?」
「当たり前じゃない! 言ったでしょ、狩り尽くすって。もっと狩るのよ!」
そうして馬に乗りながら森の中を進んで狩りをしていたのだけれど、その途中で騎士の一人がそんな馬鹿みたいなことを言ってきたので、私はそれを一喝した。
けれど、私に声をかけてきた騎士はそのまま引くことなく言葉を重ねた。
「ですが、もうそろそろ皆疲労が溜まっています。これ以上は不足の事態があった場合に対応しきれないかと」
だらしないわね。そんな根を上げて腑抜けたことを言い出すなんて。
まったく。この程度で疲れるなんて本当にだらしがないわ。あなた達にお金を払ってるのは誰だと思ってるよの。受け取ってるお金の分くらい働きなさいよね。
……けどそろそろ日が傾いてきたことだし、お腹が空いてきたのも確か。夕食の時間はまだだけれど、少しお菓子か何かでティータイムを取りたいところね。
「……まあいいわ。明日もあるんだし」
「あ、明日も、ですか?」
私の言葉に騎士は驚いたように言ったけど、馬鹿じゃないの。勝負は一週間あるんだもの。大差をつけなくちゃいけないんだし、明日もやるに決まってるじゃない。
……あら? そういえば勝負の事は言ってなかったかしら? ……まあ、どうでもいいわね。あなたたちはただ私のいうことを聞いて魔物を狩っていればいいのよ。それがあなたたちの仕事なわけだし、構わないでしょ?
「当たり前でしょ? 明日も明後日もやるのよ。文句ある?」
「……いえ、かしこまりました」
その返事を聞いた私は馬車へと戻ることを命じ、馬を引かせて馬車へと戻ったのだけれど……
「う……」
馬車の周りには狩った魔物の死骸が置かれており、その光景も漂う臭いも気持ちの良いものではない。
魔物を倒した証拠として死骸が必要だというのはわかるけれど、せめてもう少し馬車から離れた場所に置きなさいよね。最低でも私から見えない位置に置くのが礼儀というものでしょう。
ほんと使えない。もう少し配慮というものをしなさいよ。
気の利かない馬鹿な兵士達のせいで顔をしかめてしまい、淑女にあるまじき顔をしてしまった。
けど、何かを言おうと口を開けば臭いが口の中に入り込んでしまうので、私は何も言わずに馬車の中へと戻っていった。そして屋敷へと戻るために馬車が進み出した。
はあ。最後に嫌な気分にさせられたわ。気の利かない部下を持つと大変よね。お父様にはしっかりと言っておかなくちゃ。
けど、この調子で魔物を狩っていけば私の勝利は確実よね。
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