第104話ドラゴンは異世界の定番

 

「ではこのまま都に向かうとして、何事もなく進むことができた場合はおよそ二週間と言ったところでしょうか」

「そんなもんか」


 カラカスの街から離れたが、それでもまだ辺境と言ってもいい場所だ。王都に着くにはそれなりに時間がかかるもんだろう。

 なんて納得しながら頷いていると、ソフィアが苦笑いしながら言葉を続けた。


「これでも早い方かと思いますよ。私の生家は辺境とまでは行きませんが、それなりに首都から離れた場所にありましたので、行きだけで一月かかったそうですから」

「一月って、そりゃあまた大変だな」

「はい。ですが、街中のように道が舗装されているわけでもありませんし、直線で道が通っているわけでもありません。あとは襲撃にも備えなくてはなりません。乗っているものが貴族なので乱暴な強行軍というわけにもいかない、というのも理由ですね。そう言った諸々があるために時間がかかってしまい、領地の遠い貴族は基本的に都にある別邸で暮らすことがほとんどなのです」

「へえ〜。まあ行き来に何ヶ月とかかかるようじゃそうなるか」


 ああでも、この街からは二週間でもカラカスからの距離を考えると合計で三週間くらいはかかるな。そうなると一ヶ月かかるのも大して大袈裟ってわけでもないか。


「一部の高位貴族であれば飛竜を飼っていて、それに乗って行き来することも可能なようですが、基本的には一人、最大で三人までだそうなので、緊急時以外はあまり使われないらしいのですが」

「竜か。見たことないんだよな」


 存在しているのは知っているし、それを飼っている存在がいるのは知っているが、生憎と飛竜は金を払えば手に入るってもんでもない。


 飛竜なんかの魔物の中でも凶暴なやつを育てるには、『調教師』とか『支配者』とかの使役系の天職を持ってないといけないんだが、他の生物を操る系統の天職はレアだ。そしてレアだからこそ、というべきかどういうスキルが覚えられるのかあまり記録にない。


 その上、調教師の天職はレアってだけで第一と第二位階のスキルは基本的に役に立たない。一定以下の大きさの対象の好みがわかるスキルと、同じく一定以下の大きさの対象の状態がわかるスキルだそうだ。第三位階になると対象と精神を繋げることができるらしいからそこでどうにかすれば従ってくれるようになるみたいだが、直接的に服従させるようなスキルはないようだ。


 そして一定以下と言ったが、要は小物にしか通用しないってことだ。第一から第三位階までは小物で、第四から第六位階で中堅、第七位階以降で大物となるらしいが、断片的な情報からそうだろうなと判断しただけなので間違っているかもしれない。なお、小物だなんだってのは大きさではなく『格』の程度の話だ。


 ま、実際のところはどうでもいい。どうせ俺は『調教師』じゃないわけだし。

 それに、どうせ文献には書かれていない隠された使い方とかなんかそういうのだってあるだろうから、まともに考察したところでさほど意味はないだろう。考える必要ができたならその時に考えればいい。


 で、なんだったか。……ああ飛竜の飼い方だな。スキルなんかでの調教以外には、卵の状態で持ち帰って育てれば擦り込みでなんとかなるが、卵の回収は結構危険な作業だ。なのであまり、というかほとんど卵の回収なんて行く奴はおらず、そもそも供給が足りていない。飛竜からすれば子供を誘拐されるわけだから当然だけどな。


 そんなわけでうちでも飛竜なんて持ってなかったし、使ってるのを見たこともなかった。そもそも野生のものだってみたことがない。


「私もです。もっとも、見る機会があれば大半の一般人は死んでいると思いますので、見る機会があることが幸運かどうかはわかりませんけど」

「それもそうか。普通は遭遇イコール死だもんな」


 冒険者だって半端な奴らじゃ専用の装備を持っていても死ぬだろう。飛竜はドラゴンよりも格下の存在だが、それでも竜なのだ。弱いわけがない。


「でも、そのうちドラゴンとか見てみたいよな」


 せっかく異世界なんだからドラゴンは定番だろ。


「見てみたいとは思いますけど、生き残れなければ意味がないので無茶はしないでくださいね?」

「触ればいけると思うんだよな。ドラゴンも生きてるなら有機物なわけだし、《肥料作成》の効果範囲内なはずだから。それに、もし効果なかったとしても口の中とか眼球とか、あとは鼻の穴とかから種を放り込んで生長させればいけるんじゃないだろうかって思うんだが」


 殺すだけなら多分なんの問題もなく殺せると思う。ドラゴンの鱗はかなり硬い、なんてのは定番だが、それでもブレスや咆哮をする際に口の中に種を投げ込んでしまえばそれでおしまいだ。そうでなくても爪の間とか尻の穴ん中を目標にして種をばら撒けば多分効果はあるだろう。

 つまりは倒す方法がないわけでもないのだ。


「だとしても、わざわざ会いに行こうとはしないでください。確実に通用する保証などありませんし、危険なことには変わりないのですから」


 俺としては大丈夫だと思うが、ソフィアは本気で俺のことを心配しているようで眉を顰めている。

 ……慢心して危険な目に遭ったばかりだし、舐めるのもほどほどにしておいた方がいいか。それに、ソフィアに心配かけさせるのとドラゴンを天秤にかけたらソフィアの方に傾く。ドラゴンへの興味がないわけではないが、仕方ない事情がない限りはやめておくか。


「……はあ。まあ、それもそうだな。ただ生きてるだけのドラゴンを殺しに行くってどうなの、って思わなくもないし。相手の住処に侵入して殺してなんか色々奪ってくって、普通に考えて強盗だよな。ついでに死体をバラすってだいぶ猟奇的だろ」

「それを言ってしまったら冒険者もですけれど、御伽噺全般の登場人物が犯罪者になってしまいませんか?」

「万人殺せば英雄、なんて言うけど、それも見方次第だよな。殺される側からしたら、英雄なんてただの犯罪者だ」

「それは……そうですね。殺人に限らず全てのことに言えますが、相手にとっての正しさなど、その切先を向けられる側からしてみればくだらないものでしかありませんからね」


 そんなことを話していると話にひと段落つき、会話が途切れた。それによって視線を動かし、なんとなしに通りの景色を見ていたのだが、やっぱりカラカスとは違って平和な様子が見えるだけだった。


「——なんにしても、この辺りは平和なわけだし、道の心配はしなくてもいいってことだな」

「そうですね。するとしたら天候の心配の方が重要でしょうか。雨もですが、この時期ですと雪に降られてしまうとどうしても遅れが出てしまうでしょうから」

「あー、雪かぁ。この国で雪ってあんまり見たことないんだけど、降ると思うか?」

「どうでしょう? この国は暖かいので雪自体降ることが稀ですし、私も見たのはそれほど多くありませんから。ですが、雨の方は途中で一度は降ることになるかと思います」

「まあ二週間もあれば一度二度は仕方ないだろ」


 今の時期は冬だ。この辺は地理的なもんで雪はあまり降らないが、雨は普通に降る。そして今は乾期ってわけでもないんだし雨が降ることはおかしなことではない。むしろ二週間も雨が降らなかったらそっちの方が珍しいだろう。


「でも雨か……濡れることを考えるとちょっと憂鬱だな」


 街から出てしまってから雨が降ったら、どこかで雨宿りを、なんてことはできない。何せ周りには建物なんてないんだ。雨に濡れながら目的地まで進むしかない。


「どこか雨宿りできる場所にたどり着けさえすれば、私の《浄化》で水分を飛ばすことができますのでご安心を」

「マジか。そんなこともできるのか」


 水をとばすことができるんだったら雨に降られても風邪をひきにくくなるだろうな。雨宿りできたとしても濡れたままだと意味ないわけだし、水をとばすってのは結構重要だ。


「はい。お皿の水切りや洗濯物に便利です」

「へぇ〜。でもそれってさ、《浄化》っていうくらいなんだし、水切りだけじゃなくて皿洗いや洗濯そのものをスキルで終わらせた方が楽なんじゃないか?」

「確かにそうなのですが、まだ位階が低いからでしょう。私の場合は副職だから、というのもあるのでしょうけれど、スキルだけですと完全に汚れが落ちないのです。できることはせいぜい水を落としたりちょっとした泥汚れを消すことくらいです」

「なるほどな——ん?」


 ソフィアの話しを聞いて頷いていた俺だが、思わずその動きを止めてしまった。


「どうかしましたか?」

「いや……あれ」

「え?」


 ソフィアに問われた俺は指を差しながら言ったのだが、多分その表情は初対面の相手が見てもわかるほど歪んでいるだろう。

 その指の示した方向を向くソフィアだが、俺と同じようにその先にあるものを見つけたのだろう。動きを止め、眉を寄せた。

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