第100話当主と報酬と乱入者
「お初にお目にかかります。ヴェスナーと申します。卑賎な身でございますゆえ、名前だけでのご挨拶申し訳ありません。こちらは私の旅の仲間であるソフィアです」
執務机の向こうに座る当主に向かって跪き、丁寧に礼をする。
相手は貴族だ。それも、あんな高慢ちきでクソッタレな娘をもってるようなやつ。ここで不興を買ったらいちゃもんをつけられて面倒なことになるかもしれない。
狙われたら応戦はするが、そもそも面倒事にならないようにできるのならそうするべきだろ。ここで跪いたところで特に悔しいとは思わないし、絶対に譲れない何かがあるってわけでもないんだからな。
そんな俺に若干遅れていたが、ソフィアも跪き礼をとる。
「ふむ? ……まあ良いか」
だが、そんな俺達の態度に何か感じるものがあったのか、目の前のアルドア家の当主様は僅かにではあるが悩むような感じがしてきた。
しかしそれも僅かな時間だけで、すぐに頭を切り替えたようで雰囲気が変わった。
「其方らの活躍により娘は無事に戻ってくることができた。そのことに礼を言うために呼んだのだ。そう畏まる必要はない。立ちなさい」
これが王様とかだったら一度目の言葉は無視して顔を上げたりしてはいけないとかマナーがあるんだが、ここは別にそういったマナーはないだろうし素直に立ち上がっても問題ないだろう。
なので、俺たちはその言葉を受けると顔を上げてスッと立ち上がり、改めて当主と向かい合うこととなった。
「私はこの街の周辺の領を収めているユーグスト・ディーア・アルドアだ。改めて、娘を助けてもらったこと、感謝する」
「はっ。私共といたしましても、アルドア家の方の一助となることができたことを喜ばしく思います」
「ついては何か礼をしたいと思っているのだが、何か望むものはあるか?」
「でしたら金銭を頂ければと。私共は旅の最中でありますので」
金ってのはいい。わかりやすく価値があるもので、誰にだってその価値がわかる。だから褒美として渡しておけば大体問題なく解決できる。
っつーか金以外もらってもなんの役にも立たねえし。勲章とかもらったとして、どうしろと? 売っていいの? 売っていいんだったら闇市で売ってくるけど、まあ普通に考えてダメだろ。
勲章なんて、持ってたら役に立ちそうではあるが、同時に面倒そうでもある。俺の今後の動き方次第では勲章なんて持ってない方がいいだろう。俺のためにも、この人のためにも。だって俺、王族だし。もし俺の生まれが明確になった場合、そんなやつに勲章を授けたとなったら、まあ面倒なことになることは容易に想像がつく。
じゃあ土地でも与えるのかっていうと、それもいらない。だって旅をしてる最中なんだ。もらったところで使い道ないし、売るしかない。
護衛や騎士として貴族の側近になるってのもお断りだ。命じられたとしてもどうにかして時間を稼いで、馬車を受け取り次第速攻で逃げる。
子爵は俺の生まれ云々なんて考えまでは読めなかっただろうが、俺が金を望んだことの意味を理解しているようで興味深げに俺を見ながら頷いた。
「ふむ。賢しいな。だが、やはり仕官は望まぬか」
「は。申し訳ありません」
「いや、良い。無理に仕えさせたところで意味はないのだ」
その言葉だけ聞くとすごくできる人というか、いい感じの人って思える。
というか、その言葉以外にも全体的に雰囲気はいい感じなんだよな。正直、この人単体で見れば十分に好感の湧く人物だ。……ただ、娘や使用人の件があるのでどうしてもその分マイナスで見てしまう。
そして、後ろ盾として選ぶのであれば、『個人』ではなく『家』として見なければならない。そういった点ではこの人はやっぱり後ろ盾としては相応しくないように思える。家格も、子爵家ってのは決して低いわけではないのだが、後ろ盾としては少し弱い。俺の母親の実家とのつながりも薄いだろうし……やっぱ微妙だな。
「では、褒美として相応しい額を用意しよう」
「ありがとうございま——」
だが、そうして話を進めていたところでドアの向こう側が騒がしくなってきて、しまいには俺の言葉を遮って勢いよくドアが開いた。
「お父様! あいつが見つかったって本当ですか!」
なんかさっきから廊下が少し騒がしいと思ったが、こいつのせいか。
どういう理由かはわからないが、言い様からして俺たちがここにきたってのを知ってやってきたようだ。
「エリス、落ち着きなさい。今、その彼と話しを——」
ユーグストは娘を落ち着かせようと声をかけたが、まあ聞かない。
お嬢様は俺に向かって両手を突き出し、昨日と同じような威圧感を放ってきた。これは魔力。魔法を使う時に感じるそれを放ってるってことは、こいつはどうやら何かしらの魔法を使おうとしているようだ。
だが、この状況で使うような魔法なんてない。攻撃も拘束も浄化も治癒も、今使うのはふさわしいとは言えない。
というか、相応しい相応しくないはともかくとしても、そもそも〝今は〟敵対していないわけだし、突然当主と客の話に割り込んでまでやってきて魔法を使うなんてのは論外だ。何を考えてんだこのバカは? 多分何も考えてないんだろうけどさ。
問題はそのバカの魔法にどう対処するかだけど、今の状況で魔法を使おうとしているのは無礼とはいえ、相手は俺——つまりは平民だ。多少の不作法があったとしても問題にはならないだろう。
当主も同席しているんだからそっちも無礼と言えば無礼なんだが、あっちは父親だからどうとでもなる。
これが魔法なのは確かだとしても攻撃かどうかはっきりと決まったわけではないし、魔法を止めるためとはいえ実際に危害を加えられる前に攻撃して貴族のお嬢様を傷つけたとなったら問題が出てくるかもしれない。
相手が話のわかる貴族なら問題にはならないかもしれないが、問題になるかもしれない。
確実な安牌を選ぶなら、あっちに攻撃をさせた後にあいつを傷つけないように対処するのが確実だ。
本当はこれ以上の面倒を避けるために殺した方が楽だとは思うが、流石にこの状況でそれはやっちゃいけないだろ。
「あなた、昨日はよくもやってくれたわね! 《炎よ集え・我が意はここに——ファイヤーボール》!」
バカの目の前に魔法陣が出現し、それに伴ってバカが魔法の詠唱を終えると、その掌に小さな炎の球が生まれた。
まさかとは思ったが、まじで魔法を使って俺のことを攻撃して来やがったこのバカ。
でもまあ、この程度なら問題ない。
ファイヤーボールは第二位階の魔法だ。室内ということもあって多少は加減したのか、その威力はさほど高くはない。それでも人に直撃すれば火傷したという程度では済まない攻撃だが。
しかし、この程度ならどうとでもできる。
俺はこの後飛んでくるであろう炎の球に対処するべく手を前に突き出し、そうしたところで俺に向かってお嬢様の生み出した炎の球が放たれた。
——潅水。
その言葉を口にすることなく心の中で念じ、スキルを発動させる。
「きゃあああ!」
「エリス!」
その瞬間、俺の手のひらからはバカの放った炎の球を飲み込んであまりある量の水が吐き出され、炎の球は無事消化された。
それと一緒にお嬢様を飲み込んでドアの向こうに突き飛ばしたが、それは仕方がないことだ。
しかし、貴族のお嬢様を攻撃されて〝仕方ない〟ですまない連中がいることも確かだ。
部屋の中にいた者や、お嬢様と一緒にやってきた者達は即座に剣を抜き放ち俺たちに突きつけ、ぐるりと俺たちの周りを囲った。ドアの向こうからはガシャガシャと金属音が響いてることから、多分今の騒ぎを聞きつけて援軍なんかがやってきてるんだろう。
だが……
「武器を向けるのはいいが、先に無礼をしたのはそっちだ。かかってくるなら覚悟しておけ」
俺はいつでも戦闘に移れるようにパッシブスキルを起動させて部屋の中にあった観葉植物と生花から情報を集めて死角をなくす。
それと同時に右手だけをポケットの中に突っ込んで種を握り、いつでも取り出せるようにしながらも、左手はそうとは気付かれないよう懐に仕込んだ短剣を取り出せるように構える。
俺の態度や言葉から威圧感でも感じたんだろう。実際殺気をこめて睨んだし、間違いじゃない。
そのせいで剣を構えて囲い、有利なはずの兵士たちは怯み、僅かに声を漏らしたり後ずさりをしている。
普通なら子供相手に何をやってるんだと思われることだろうが、その判断は正しい。正直この程度の練度のやつが相手じゃ余裕で勝てる。スキルが無しだとちょっときついが、それでもよっぽどの想定外がない限り死ぬことはない。
「……君は、何者かな?」
そんな俺のことが気になったのか、ユーグストは娘から視線を外し、俺にまっすぐ視線を向けて向かい合った。
「カラカスで育った、といえば理解していただけますか?」
「っ! ……そうか。あの街で。ならばそれにも納得ができるな」
短い言葉ではあったが、それだけで俺のいった言葉の意味をはっきりと理解したようで、ユーグストは驚き、眉を寄せながらも頷いた。
この程度の殺気ならあの街の出身で一定以上のやつは全員できる。
だが、それが普通じゃないってのは知ってるし、ユーグストもそれを理解している。だからこうもすぐに納得したのだろう。
けど、やっぱこいつらは〝ナシ〟だな。後ろ盾として使うのならそれなりに関わりが増えるし、顔を合わせる機会も増えるだろう。ユーグスト本人はいいとしても、その娘と会うたびに今回みたいなことが起こっるようじゃ話にならない。元々どうしても欲しいってほど強力な後ろ盾ではないし、見送って構わないだろ。
「このようなことを言いたくはありませんが、ご息女への教育はしっかりした方がよろしいかと。もし相手がお忍びの王族などであれば問題となっていたことでしょうから。そうでなくても、なんの非もない人間に突然の魔法を放つなど、恨まれ殺されても文句は言えませんよ」
「そうだな。ああ、忠告感謝する」
ユーグストは俺の言葉に頷くと、俺の放出した水に全身を濡らしながら床に座り込んでいるお嬢様へと近づいていった。
そして自身の娘の姿を見下ろしたのだが、その表情がどんなものなのかは分からないが父親であるユーグストに恐怖を感じたようでお嬢様はびくりと体を震えさせた。
ユーグストの雰囲気からして、まあ優しげなものではないのは確実だろうな。
「エリス。魔法を使う際はよく考えろと言っただろ」
「で、ですがお父様! そいつらは私に水をかけたのですよ!? この私に! 許せるわけありません!」
ユーグストの言葉を受けても自分が侮られたのが気に入らないのか、お嬢様は勢いよく立ち上がりながら父親ではなく俺たちに視線を向け、叫んだ。だが……
パアァン! そんな、その場にいる全員が聞き逃すことができないくらいに大きく渇いた、何かが破裂するような音が響いた。ユーグストが娘の頬を叩いた音だ。
「お、おとうさま……?」
「……はぁ。お前にはしばらく謹慎を命じる。——連れて行け」
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