第99話お屋敷への招待(強制)

「一応聞くけど、理由と所属は?」


 どうせ聞かなくてもわかる。所属は昨日聞いていなかったので今聞いたところでわからないだろうしどうでもいいが、理由の方はどうせ『お嬢様のところについてこい』とかそんなんだろう。


「私はアルドア領第二親衛騎士団第三部隊所属のカーティスだ。前回はまともに挨拶をすることもできずに申し訳なかった。謝罪と、改めてあの時助けてもらった礼をしたい。それから……お嬢様がお呼びになっている。こちらとしても助けてもらっておいて心苦しいのだが、来てもらえないだろうか?」


 やっぱりな。このカーティスと名乗った男も申し訳なさそうだし、その後ろの者達の雰囲気も暗い感じだからこいつらの意思としては反対なんだろうが、それでも命令はこなさないといけないのが仕える者の悲しいところだよな。


「……あのくそチビ」


 そう暴言を吐いてしまったのは仕方がないだろう。

 俺の言葉に苦笑するような反応をしているが、それ以上のことをしてこようとはしていない。どうやらあいつに忠誠を誓ってるとかそんなんではないようだ。わかってたことだけど。


「それに、これはお嬢様の意思だけではないのだ。お嬢様はアルドア子爵家の次女なのだが、それを助けてもらった相手に礼を言っておしまい、というわけにはいかない。正直なところ我々としてもお嬢様の命令を無視したい気持ちは山々だが、そのお父君は別だ。どうかご当主様に会っていただくことはできないだろうか?」


 アルドア子爵家の当主ねぇ……まあ俺の母親の実家にいこうってんだから、その分家に関係を持った方が色々とやりやすくはなるだろうな。口利きをしてもらったり情報を集めたりって感じで。


 けど、今の状態で会いにいくのはまずい気がする。こっちは相手の子爵家のことを何も知らないからどう言った対応をすればいいのかわからない。

 それに、天職だってまだ第五までしか上がっていない。もし何か争いになったとしたら、と考えると悩まざるを得ない状況だ。


 一応今の状態でも十分に戦えるではあるんだが、守るだなんだって粋がったところで、じゃあ貴族たちを相手に大立ち回りができるかっていうと微妙なところだ。直接敵対した奴らを殺すだけならかんたんなんだけど、その後始末とかがちょっとな。指名手配でもされたらたまったもんじゃない。


 会うんだとしたら、俺がそれなりに世界の情勢やら何やらを色々知って、しっかりとした自分の立場を作った後が良かった。例えばどこぞで商会を作るだとか、貴族に取り入るとか……ありていに言えば信用できる後ろ盾が欲しかった。それからなら多少の無茶をしても逃げ切ることができる確率は上がるからな。


 だからできることならまだ会いたくないんだが……。


「ちなみに、断った場合はどうなる?」

「おそらくは後日街中を探す羽目になるかと」


 カーティスは申し訳なさそうな顔で言っているが、それは本当に行われるのだろう。


「……はぁ。わかった。ついていくよ」

「よろしいのですか?」


 ソフィアが未だ警戒を解くことなく問いかけてきたが、仕方ないのだ。ここはついていくしかない。


「どうせ馬車ができるまではここにいないといけないんだ。逃げ切れるとは思えないだろ」


 後ろ盾を作るにしても、どうせ最初の一歩はある程度は危険に踏み込まないといけないんだ。だったらそれがここでも構わないだろう。その危険に大小はあるけどな。


 アルドア家が信用できないと決まったわけでもないし、運が良ければこの家が後ろ盾になってくれるかもしれない。まあ、後ろ盾にするにふさわしい家だったら、だけど。今のところの評価はマイナスだな。だってあんな娘を育てるような家だし。

 でも、会うしかない以上は後ろ盾として使うことができるかどうかを確認するべきだろう。


「ありがとうございます」

「お互いに大変だな」

「旦那様は良い方なのですが、仕事熱心と言いますか、あまりお嬢様に手をかけていないと言いますか……。大事にしてらっしゃることは確かなのですが、少々甘いところがありまして……」


 仕事で忙しいから娘がわがままに育った、か。まあよくある話ではあるが、それは力を持ってるやつがやっちゃいけないことだろ。子供があんなんに育ったらそれは親の責任だ。力のない一般人の子供が好き勝手やったところで大した影響は出ないが、力あるやつの子供が好き勝手暴れたらその被害は甚大になるんだから。

 まあ、覚悟があるんだったらいいけど。子供が犯した罪を背負う覚悟や、最後まで子供の味方であり続ける覚悟。そんな覚悟があるんだったら子供をどう育てようが構わないが、ないんだったらせめて一般社会を知り、その中に溶け込むことができる程度の常識は身に付けさせるべきだと思う。

 でも、あんなんでも反面教師としてはいいかもな。あのお嬢様に限らずカラカスの豚もだが、それを見て俺はああはなりたくないって思ったし。


「ここか……」


 どうやらお嬢様を乗せた馬車は俺たちを待つことなく先に進んでいってしまったようで、カーティス達に連れられて俺たちは領主の館まで歩くことになったのだが、それももう終わりみたいだ。

 まあ、あのお嬢様と一緒の馬車になんて乗りたくなかったから別にいいんだけどな。絶対に一緒に乗ったらうるさいに決まってる。


 で、そんなわけでたどり着いた領主の館だが、ぶっちゃけウチよりも小さい。いやまあ装飾とかは綺麗だし清潔感もあるいい建物だよ? 街の雰囲気もいいし、調和もとれてる感じだ。

 ……でも、規模や装飾の多さや質で言ったらカラカスで使ってた館の方が豪華だ。

 金をかけてればいいってもんでもないし、あそこは館と周りの調和なんて全くと言っていいほど取れてなかったから全体で見ればこっちの方がいいのかもしれないが、この館単体で見ると驚くほどでもない。


「こちらに」


 そんな館を微妙な目で見ていると、カーティスが手で指し示したのでそちらに進んでいくことにした。先ほどまでは門前で止められていたのだが、どうやら話がついたようで門番達も俺たちのことを見ているものの何も言わない。


「旦那様にご連絡を頼む。客人を連れてきた、と」

「ああ。それでしたらどうぞ。旦那様からは連れて来しだい自分のところに寄越すようにと仰せつかっておりますので」

「そうか。わかった」


 そうして進んだ先は建物の玄関だが、そこでも待っていた使用人と軽い問答をカーティスがし、ようやく建物の中に入ることができた。


 だが、どうやらカーティスの案内はここまでのようで、この建物内は俺たちのことを待っていたこの老執事が案内を担当してくれるようだ。

 まあ、カーティスは外から帰ってきたばっかりだったし、襲われた件もあって結構な汚れがあった。そんな汚れた格好をした兵士に案内させるのは失礼な話ではあるから、案内役を交換したのは当然と言えば当然か。そうでなくても建物内のことは兵士ではなく使用人達の領分だから、そう言った意味でも不思議はない。


「そういうわけですので、これから旦那様に会っていただきたいのですが、よろしいですか?」

「ええ」


 老執事は明らかにこちらのことを見下していて、俺たちが了承を示すと「結構」とでも言わんばかりに鷹揚に頷いてからくるりと背を向けて歩き始めた。


 いやまあ、確かに俺は特にこれと言って身分を持ってるわけでもないし、この家からしたら格下どころか勝負にすらなっていないってのは理解できる。


 そんなわけだからこの執事の行動や態度も分からなくもないよ? 俺みたいな何処の馬の骨ともわからないやつを侮るのも、家格を比べた際に格下である俺たちを持ち上げてはいけないってのも、理解はできる。


 けど、仮にも招待されてきた客だぞ? そんな態度はどうかと思うんだけどな。たとえ相手が正式な客じゃないとしても、それでもまともに対応するのが執事としての仕事だろうに。過度に持ち上げろとは言わないが、少なくとも見下すようなことがあってはならないと思う。


 ……なんか、この家あんまり良くなさそうな感じだな。娘は仕方ないにしても、使用人までこんなんだと後ろ盾として期待できそうにない。


「失礼いたします旦那様。トーマスです。件の方々がお越しになられましたのでこちらにお連れいたしました」


 この老執事、トーマスっていう名前なのか。どうでもいいけど。


「入れ」


 トーマスの言葉に続き、扉の向こうから少し低い成人男性の声が聞こえた。きっとこれが当主の声なんだろう。


 その声が聞こえるとトーマスは扉を開き一例をしてから一歩下がる。その所作はさすがは貴族に使える者といった様子だが、その視線は変わらず俺たちのことを侮っている感じだ。


 だが、そんなことを気にしていても仕方がないので、俺は後ろでトーマスに対してうっすらと敵意を放っているソフィアを軽く小突いてから部屋の中へと進んでいった。


「……小さいな」


 中に入るとドアからみて左方向から声が聞こえてきた。見るとそこにはいかにもな執務机と、その奥に座っている成人男性がいた。

 歳のころは四十過ぎといったところだろうか? 髪は金まじりの茶色で、所々に白髪が見えるのは年齢のせいだろうか。

 あまり若いとは言えないが、貴族家の当主と言ったらこんなもんなんだろう。


 それ以外にも部屋の中には武装した者が立っているが、あれは護衛だろう。流石に当主と俺たちを三人だけにするようなことはないみたいだ。当然だけどな。


 さて、人物観察はこの辺にしておくとして……で、さっき聞こえてきた小さいってのは俺のことだろう。何でそんなことを言ったのかわからないが、多分予想ではもっと大人を想像していたのかもしれない。何せ俺たちは兵士たちでも梃子摺り、死にかけた賊を倒しているんだ。それがまさか成人していない子供だとは思わないだろう。よしんば報告がしっかりいっていたとしても、もう少し大柄な者を想定していただろう。

 もしくはしっかりと報告が届いていたとしても、本当にそんな子供が倒したのか、と疑問に思ったのかもしれない。


 まあ、どっちにしても俺たちには関係ないか。どっちの考えだったとしても、だからって何が変わるってわけでもないんだし。


 とりあえずこの場で取る行動としては……

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