第98話馬車の注文

 

「ここが馬車の工房か?」

「そのようですね」


 やってきたのは壁に囲われた街の中でも端の方にあるあまり日当たりの良くない場所だ。何でこんなところにきたのかっていうと、ぶっちゃけ人気がなさそうだったから。だって、言っちゃ悪いけど人気がなければ待ち時間もなさそうだし早く終わりそうだろ?

 ただ、日当たりは悪いし場所も悪いんだが、だからこそというべきなんだろうか。それなりに広さのある建物だ。簡単に言えば一軒家4つ分くらいはある。壁に囲われている街の中で端の方とは言えこれだけの広さを持つってのは結構難しいんじゃないだろうか?


「はいはいいらっしゃい! どのような御用件でしょう!」


 工房のドアを開けるとドアについていたベルがカランカランと鳴り、その音を聞いたんだろう。店員らしき人物がすぐにやってきた。こんなにすぐ、食い気味にやってくるってことは思ってた通りな感じあんまり儲かってないんだろうが、むしろここまでだとちょっと心配になってくるな。一応事前調査というか軽くは調べたんだけど……どうだろうな?


 とりあえず中に入ろうかと思って建物の中に進むと、建物の外見よりもはるかに小さいスペースしかなかった。どうやら建物の大部分が客用のスペースではないようだ。


 でも、まあそんなもんか。何せここは馬車の工房だ。展示するものなんて馬車くらいなもんだろうし、そんな大きなものをいくつも展示してたらどれだけ場所があっても足りない。むしろ作る方にスペースを使った方がいいだろうというのは少し考えればわかるもんだ。

 多分だが、この広い工房ののほとんどが馬車の作業スペースなんだろう。


「馬車が欲しいんだが、二頭だてのもので用意できるものってのはどんなのがあるか教えてもらうことは可能か?」

「ええ、二頭だと……これか。ああ、はい。こちらが二頭用の馬車になります。印のついているものは中古ですがちょっとした調整をするだけですので大体が一週間以内でお渡しできます。もちろん新品が欲しいと言うのであればお作りいたします」

「新品だとどれくらいでできますか?」

「そうですねぇ……今ですと予約は入っていませんし、材料にこだわりさえなければこちらも一週間以内には完成するかと。お急ぎでしたらその分追加料金をいただきますが、半分ほどの日程に削ることは可能ですね」


 一週間か。まあそれくらいなら下手に中古を買うよりも一から作ってもらったほうがいいかな?

 意見を聞くためにソフィアの方を向くと彼女も頷いているので、ここは新品にしておくか。


 急ぎはいいかな。どうせこっちは予定なんてない気ままな旅なんだ。時間なんて気にする必要はないだろ。

 ……それはともかくとして、何というかまあ、やっぱり予約は入ってないんだな。


「そうだなぁ……値段的にはこの辺までか」

「荷物はそれなりに多く詰めた方がいいですよね」

「できれば乗り心地もどうにかしたいが……」

「そうなると結構な額になってしまいますから、今はやめておいた方が良いかと」

「だよな」


 親父から事前に金を渡されたし、カイル達と冒険者活動もどきをしていたことで多少は金があるが、それだって無駄遣いをしていられるほど有り余ってるってわけでもない。

 どうせ使うならできる限りいいものを用意したいという気持ちは当然ながらあるんだが、予算との都合を考えると色々と切り捨てないといけないものが出てくるのは仕方のないことだ。


「失礼します。馬の方は用意しなくてもよろしいので?」


 カタログを見ながらソフィアと相談しつつ悩んでいると、店員の男が尋ねてきた。


「馬はもう二頭いるんだが、それに牽かせる車体がなくてな」

「もう馬がいるとなると、今まではその馬達に乗っていた、って感じですか?」

「ああ」

「そうなると、この辺はやめておいた方がいいでしょうね。慣れていないのが牽くと負担になりますから」

「あー、やっぱそうか」


 店員の男は俺の言葉を聞くとカタログに載っている絵を指さしながら説明をし始めた。


「じゃあこの馬車を用意してくれ」


 最終的には、予算の都合上で貴族なんかが乗るような座席のしっかりしている『人間が乗る用』のものではなく、荷馬車の両脇に長椅子を固定したような簡単な作りのものとなった。これなら座ることも寝ることもできるし、荷物もそれなりの量をおくことができる。


「こちらですと……少々お待ちください」


 俺たちの要望を告げると、それを聞いた店員の男はカタログを手にしてカウンターの奥にあった扉をくぐり裏へと向かっていった。

 そしてしばらくすると出ていった時よりも多くの書類やら何やらを持って戻ってきた。


「お待たせいたしました。確認して参りましたが、五日あれば用意できるとのことです」


 予定としては一週間以内って言われてたんだし、そんなもんだろ。


「じゃあそれで」

「かしこまりました。ではこちらの書類にサインをお願いします。それと前金として半額を支払っていただきたいのですが、よろしいですか?」

「どうぞ」


 店員の言葉に従って金を出そうとしたのだが、その前にソフィアが金を出してしまった。

 別にどっちが金を出そうと構わないんだけど、後でしっかりと補充しておいてもらうぞ? 自腹なんてさせないからな。


 ソフィアが金を出し、それを受け取った店員を横目に、俺はペンを取って書類を読んでサインをしていく。


「ありがとうございます。では失礼をして——はい。ちょうど頂きましたので、こちらが引換証となります。一週間後にきていただければ、料金の残り半分と引換証で馬車を受け取ることができますので、それまで無くさないようにお願いします。ああそれと、受け取りに来る際には馬車を牽く馬も連れてきてください」


 ソフィアの払った金を数え終えた店員は今まで以上ににこやかな笑みを俺たちに向けてきた。多分、馬車が売れたってのがよっぽど嬉しいんだろうな。予算の都合上削るものはあったとはいえ、それでも結構高めの設定で頼んだし。


 店員から差し出された引換証の木札を受け取ると、俺はそれを無くさないようにするためにソフィアに渡した。俺が持ってるよりも無くす率は低いだろ。どうせここには物取りの類は少ないだろうし、いてもあの街よりは拙いと思うから多分ソフィアでも防げるはずだ。


 そんなわけで諸々の手続きを終えて馬車という大物の買い物を終えた俺たちは、その後は適当に街を巡るために歩き出したのだった。




「——そろそろ戻るか」

「はい」


 街を歩いておおよその地形を把握した頃になると日は沈みかけていた。わかり切ってはいたが、やっぱりこう言った大きな街だと一日やそこらで回りきれるものでもないな。何せ直径五キロはありそうな広さの街なんだ。この街の住人だって全部を見たことがあるものはいないだろうし、ちゃんと見て回ろうとしたらとてもではないけど時間が足りない。


 しかしだ。どうせ今日だけしか観光しないってわけでもないんだし、今日はもう切り上げてもいいだろう。そう思って俺たちは宿に戻ることにした。


 その途中で大通りを歩いていたのだが、何やら金持ちが乗ってそうな馬車を発見した。何やら武装した護衛——というか兵士? もいるのだから、あれは単なる金持ちっていうよりも貴族ではないだろうか?


 まあ、どっちでもいいか。どっちにしても関わりなんて持つことないだろうし。


 ……そういやあ、昨日遭遇したあのお嬢様達は戻ってこれたんだろうか? 馬車が横転してたし、馬も怪我をしてたみたいだから時間かかりそうだったけど、そろそろ戻ってきてもいい感じだとは思う。——というかあれがそうじゃね?

 よくよく見てみれば何だか見覚えのある家紋のような気がしてこないでもないし、兵士たちの鎧にもどことなく見覚えがあるような気がする。気のせい——


「あれは昨日の方々のようですね」


 ——なわけがないよな。うん。知ってた。


 単なる俺の勘違いであって欲しいと思っていたのだが、ソフィアの言葉で儚くもその希望は崩れ去った。


 正直、会いたくない。当たり前だろ? あんな別れ方をしたんだ。あのお嬢様ならまだ恨んでいることだろう。次に敵対したらもっと酷い目に合わせるし、最悪殺すつもりだとはいえ、できることなら殺したくないし争わないならそれに越したことはない。


 この人混みの中からピンポイントで俺たちだけを見つけるのは難しいんじゃないかと思うが、それでも見つかる可能性を考えたらさっさとこの場から離れた方がいいだろう。


 そう考えて俺たちは本来進むはずだった道を外れて裏道へと逃げていった。


「……ソフィア」

「……はい」


 だが、どうやら当たってほしくない思いというものは当たるようで、裏道へと入っていった俺たちの後ろを何人かの武装したもの達が追ってきた。

 裏に入ってきた一般人を狙う賊だったら対処は簡単なんだけど、状況的に考えてもまあさっき見た兵士たちだろう。ガシャガシャ音がしてるし。


 そしてソフィアもそのことは気がついているようで、俺が声をかけると少し緊張した様子で返事をした。


 不慣れな場所だから仕方ないことではあるが、裏道に入ってしばらく進んでいると行き止まりにぶつかってしまった。

 そして背後からは先程までよりも近くに聞こえるガシャガシャとうるさい音。


 そして、そこに決定的な声が聞こえてきた。


「そこの二人。昨日以来だな。すまないが、我々に同行願いたい」


 その声を聞いた俺とソフィアは顔を見合わせ、お互いにため息を吐き出してから覚悟を決めて後ろへと振り返った。


 そこにはかけられた言葉通り、昨日遭ったばかりの兵士の男が兜を外して立っていた。そのさらに向こう側には男以外にも数人の兵がいるため、男の横をすり抜けて走り去るというのは不可能だった。


 周辺に視線をめぐらせると左右の壁にはそれなりに突起物があるので逃げようと思えば逃げられるだろうが、ソフィアはそれについて来れるかわからない。最低限の護身術は学んだようだが、逃走術まではどうだろうかという感じだ。


 なので逃げるという選択は後回し。とりあえずいきなり襲いかかってくる雰囲気ではないし、話を聞いてから対処を考えてもいいか、と話を聞くことにした。

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