第95話出自と母親

 

「待てって言ってんでしょ! 《炎よ集え・我が意をここに示さん》!」


 声がかけられると同時に背後から威圧感を感じ、魔法の詠唱が聞こえてきた。

 これは『炎魔法師』の第二位階スキルだろう。先ほどの詠唱が二節だったこともそれを証明している。

 魔法は使用する位階よって詠唱の長さが違う。第二位階なら二節、第十位階なら十節みたいな感じだ。

 これだって他のスキルと同じでやろうと思えば無詠唱もできるはずだが、このお嬢様は呪文を唱えないと使えないらしい。


 が、それはそれとして、俺たちが止まらないからか、それとも先ほどの水をかけられたのが頭に来てるのか……まあ両方だとは思うが、どうやら俺たちに向かって魔法を使おうとしているようだ。


 炎魔法師の第二位階スキルって何だっけ? 確か……炎の球の射出だったか?


「《——ファイアーボール》!」


 お嬢様へと振り返りながらそんなことを考えたのだが、その考えを肯定するかのようにお嬢様の手元には空中に投影された魔法陣が存在し、その中央には炎の塊が形成されていた。そして、それは俺たちに向かって勢いよく放たれた。


 しかし……


「《天地返し》」


 そう口にした瞬間に俺のスキルが発動した。

 俺は襲いかかってきた炎の球の進路予想地点の上に発動地点を設定し、天地返しのスキルを使ったのだ。


「なっ!」


 それで何が起こったのかというと、突然地面が持ち上がって放たれた炎の球を防いだのだ。


 俺のスキルによって指定された範囲の地面は初めて使った時とは天と地ほどの差と言えるほど素早く持ち上がり、その場で滞空。やってきた炎の球は射線を遮るように浮かんでいる土の塊にぶつかって盛大に炎を撒き散らしたが、俺のスキルで浮かんだ地面はその程度では砕けることもない。

 そして浮かび上がった土塊は何事もなかったかのようにくるりと反転し、いつものように地面へと落下していった。


 これが今起こった一連の流れだ。

 道を荒らしてしまったが、もう俺たちは通った後だしどうでもいい。強いていうならあいつらは困るだろうしその後からくる人たちも困るだろうが、それはそこのお嬢様のせいなので諦めて欲しい。文句があるならそいつに言え。


「悪いけど、もう油断なんてしないことにしたんだ」


 敵対し得る存在が近くにいるときは、俺はパッシブスキルを使うことにしている。背後から狙っている奴がいたんだとしても、その敵意、敵対行動は周りの草花が教えてくれるから不意打ちなんて意味はない。

 そうでなくてもさっきのは敵意が強すぎて何もしなくても分かったけど。あんなバレバレの威圧感を出してりゃカラカスの人間だったら誰だって気づくに決まってるさ。気づけなかったら死んでるか売られてるからな。


「それで? お前は敵か?」

「あ……その……」


 殺気を込めて威圧するとそれだけで何も言うことができなくなったようで、尻餅をつきながら口をパクパクさせている。


「手を出すな。何もしなければ殺さずにいてやる」


 それだけ言うと俺は視線を進行方向へと戻し、馬を歩かせ始めた。


 でも次に攻撃してくるようだったら殺そう。こいつはあの中央区の豚どもと同じ感じがするからな。殺したら殺したで面倒なことになりそうだが、その時はその時だ。


「よろしかったのですか?」

「命は助けたんだ。他にも生き残ってる奴らがいたし、どうにかするだろ」


 ソフィアが聞いてるのはそう言うことではないだろうが、この考えはあえて口にする必要はないだろう。

 そんな俺の考えをソフィアも理解したのか、それ以上は何も言うことなく俺の横で馬を歩かせた。


「にしても、旅を始めてから一週間も経ってないのに騒ぎに巻き込まれるなんてな」

「ですが、事前に聞いたり調べた限りではこんなものだそうですよ。だからこそ護衛として傭兵や冒険者というものが商売として成り立っているわけですし」

「あー、まあ言われてみればそうか。問題を起こす奴がいないんだったら護衛なんて要らないわけだし、護衛が仕事として成り立ってる以上はそうなるだけの問題が転がってるってことか」


 そんな他愛のないことを話しながら、俺たちは目的の街へと向かって進み続けた。




 しばらく進んでいると、もうすぐ日が暮れそうだというあたりで街に着くことができた。


「やっとついたな。調子に乗って途中の村を素通りするんじゃなかった」


 途中の村によっても見るものなんて特にないだろうし、だったら街に早くついたほうがいいだろうと思って途中にあった村々を無視して進んでいた。

 そのおかげで予定よりも早く着くことができたのだが、同時にそのせいでまともに休める機会が減ったため、結構疲れている。

 加えて、水はスキルで出せるから問題なかったんだが、食料の方が微妙だった。まだある程度は残ってるんだけど、それでも余裕があるかって言われるとどうかなってくらいしか残っていない。


「そうですね。ですが、やはり馬車を買ったほうがいいかもしれませんね」

「だな。ちょっと予定外のことでも起こったら食料が尽きそうだ。葉っぱだけならどうにかなるんだけどな」

「それもだいぶありがたいことですけどね。普通は野草などを食べるわけですから」


 種をまいて生長させれば、小さいけど青菜の類は用意できる。これでもっと位階が上がって《生長》スキルで勢いよく育てることができればな……。例えば芋を育てられればそれだけで食料問題は解決だ。やっぱり旅の最中だからってレベルアップ作業は手を抜くことはできないな。


「とりあえず、街に入ってなんか見るしかないか」


 そう言いながら俺たちは街の中に入るため、街を囲っている壁についている門へと進んでいった。


 俺みたいな子供とメイド服を着たソフィアの二人旅だったからか多少訝しまれたが、門自体は問題なく通ることができ、街の中に入ることができた。


 あとは……とりあえず宿を取ってから決めればいいか。今すぐに何かをしなくちゃならないってわけでもないし、ゆっくり行こう。


「さて、これからだけど……どうしようか?」


 宿を取った後、俺たちは今後について話をすることにしたんだが、今更になってやっぱり二部屋取った方が良かっただろうかと思ってしまう。

 今回俺たちは二人部屋をとったんだが、ソフィアと同じ部屋で寝るってのは、なんというか、気になる。

 ソフィアは一部屋でもいいと言ってくれたが、俺がよくないんだよ。


 で、まあそれはさておき俺たちの今後について話をしよう。


「どう、とは旅の目的のことでしょうか?」

「ああ。ソフィアには詳しく話したことはなかったけど、実は俺の母親は生きてるんだよ」

「……存じております」

「知っていた……いや、そもそもこの旅の目的が母親に会いに行くことだし、絶対に秘密ってわけでもなかったからおかしくはないか」

「はい。お屋敷にいるときにも幾度かそのような話を聞いたことがありました。それに、ヴェスナー様ご自身からも」

「……言ったような気もするな」


 俺が親父の実子ではないってのはソフィアも知っていることだ。だが、その理由までは知らない。

 おおよそのこと——父親に捨てられたってのは話したことがあったが、それがどこの誰だとか、詳しいことは話してない。話すようなことでもないからな。


 だが、俺は父親に捨てられたが母親はそうでないってのは知ってるし、前に母親に会ってみたいと言うのは口にしたことがあった。ソフィアに直接言ったわけではないが、それでもそのことを忘れていなかったんだろう。


 でも、なら話が早い。この度は母親に会いに行くこと、そしてその後の身の振り方を考えるのが目的だが、そのためには当たり前だがまず母親に会わなければならないわけだ。


「……まあ、それでだな。母親に会いに行くのが目的ではあるんだが……あー……」


 だが、俺は母親に会いたいんだが、だからって会おうとして会えるものでもない。何せ相手は王妃様だ。死んだことになってる俺は城に行ったところで門前払いだろうし、そもそも何の策もなく姿を見せたらまた殺しにかかってくるだろう。何せ自分の子供を殺すような輩だ。やらないわけがない。


 なので、どう答えたらいいのか反応に困ってしまった。俺の身分というか出生に関してって、ソフィアに話してもいいもんなんだろうか?


「言いづらいことであれば、言ってくださらなくとも問題ありません」


 俺が何と答えたか迷っていると、ソフィアは申し訳なさそうな顔をしてしまった。

 それは従者としては正しい反応なんだろう。主人である俺を不要に悩ませたり不快にさせたのなら、それは頭を下げるのは間違いではない。


 しかし……


「いや、いいよ。言いたいこと聞きたいことがあったら言ってくれ。そんな遠慮してるような関係じゃ一緒にいてもつまんないだろ」


 せっかく一緒に旅をするようになったんだから、もっと気楽にしてもらってもいいと思う。と言うかそうして欲しい。


 元々今の話だってそんなに話したくないってわけでもないんだ。ただどう話せばいいのか、そもそも話してもいいのか迷ったからってだけで、そこまで申し訳なさそうにされるほどではない。


「……そう、ですね。はい。ありがとうございます……ふふ」


 だが、俺が少し慌てながら言ったからだろうか。ソフィアはわずかに目を瞬かせた後、ふっと優しげな笑みを浮かべた。

 その笑みはどこか妙に艶かしくてなんと言っていいか分からず、俺は気づかなかったことにした。


「……それで、えーっと俺の母親の話だけど……まあ、ソフィアならいいか」


 これから一緒に行動するわけだし、絶対に隠さなくちゃいけないってわけでもないんだ。ソフィアにも俺の親について話してもいいだろう。どうせ母親に会うんだったらそのうち話すことになるんだろうし、話さなかったとしてもバレるに決まってる。そもそも旅の目的なんだからずっと話さないってわけにはいかない。だったら最初っから話してしまっても構わないだろ。


「これから俺の出生の秘密を教えるが、誰にも言うなよ?」

「はい。命に変えても」

「いや、命に関わりそうだったら言ってくれても構わないぞ?」


 出生の秘密とは言ったが、正直そこまでのものでもない。

 いや大したことなんだが、仲間の命をかける価値があるのかと言ったら、そんなものはない。秘密を守って死なれるよりも、秘密を暴露して助かってくれた方が嬉しい。


「で、俺の生まれだが……あー、俺、実は王子様ですって言ったら信じるか?」

「はい」

「まあそうだよな。普通はバカ言ってるって思うもんだし——なんだって?」

「信じます。あなたが嘘をつくなんて思っていませんから」


 正直自分でもすぐには信じられないだろうってことを言ったと思ったんだが、どういうわけかソフィアははっきりと頷いた。

 そのせいで思わず聞き返してしまったが、それでもソフィアは何のくもりのない瞳で真っ直ぐに俺を見つめながら答えてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る