第94話貴族のお嬢様
「道の真ん中で倒れているわけですし、どうしようもないのではありませんか?」
「大回りするのはどうだ?」
「馬のことを考えるとやめたほうがいいかと。短距離であれば問題はないかと思いますが、道があるのでしたらそちらを進むのが無難でしょう」
周囲に視線を巡らせると、それなりに背丈のある草が生い茂っている。だいたい一メートルないくらいか?
ろくに舗装もされていないので道以外は草が生えまくってるし、その中を進むのはそれなりに危険がある。枯れ枝が馬の脚に刺さったり、草むらに潜んでる何かに襲われたりな。だから道があるのならそこを進んだほうがいいってのは確かにその通りなんだが……。
「無視するってのは……」
「させてくれるといいですね」
改めて視線を賊達へと向けると、そこには戸惑いながらも武器を手にこちらを向いている賊達がいた。どう考えても見逃してくれるような状況ではない。
「仕方ない。いくぞ」
「はい」
そうして俺たちは賊と襲われている人たちの元へと進んでいったのだが、俺たちが近づき出したことでにわかに賊達が騒ぎ出した。
それによって明らかな隙ができたのだが、残っていた兵士達は動こうとしない。今なら絶対にとは言わないが、それでも先程までなんかよりもよっぽど高い確率で賊たちに勝つことができるだろうに。
それでも動かないあたり、この場はやり過ごして俺たちになすりつけようとでもしているんだろうな。
まあ俺たちに倒されたことで賊の狙いは明らかにこっちに向いてるしな。しかも賊を倒した俺たちは無傷どころか、大した苦労もしていない様子。ここで下手に手を出すよりも、様子を見つつ行動した方が利口だろう。
「てめえ、何もんだ!」
聞きながら攻撃してくるなよ。聞く気ないだろ。
賊達のリーダーらしき男が俺たちに問いかけてきたのだが、それと同時に賊達が弓やらナイフやらを放ってきた。
これは、ちょっとまずいか?
そう判断すると、俺は即座に馬の背に立って馬の前方に降り立った。
その際に身につけていたマントを広げるようにしながら払い、飛んできた攻撃を防ぐ。飛んできた攻撃は俺の振るったマントに絡め取られてその威力を失くして地面に落ちた。
そのせいでマントが穴だらけになったが、まあこの程度なら問題ない。
だが、分かったことがある。遠距離攻撃ってのは俺の弱点の一つとなり得る。
ぶっちゃけ俺を狙っている攻撃ならどうとでもなるんだが、馬に攻撃が当たったらダメだし、ソフィアを狙われてもダメだ。これからは遠距離攻撃の様子が見えた瞬間に攻撃することにしよう。
「何もんもなにも、ただの通行人だ。襲われたから返り討ちにした。それだけの話だ」
実際、襲われなければこいつらの仲間を倒したかどうか怪しい。むしろあのお嬢様の態度を見た限りだと助けなかったかもしれない。
だって面倒だし、あんな態度の娘がいるってことは父親もまともではない可能性が高いからな。この賊達は貴族に虐げられたから襲った、と言われても納得できただろう。そうであれば俺はたとえ襲われているんだとしても助けなかった。
だが、こいつらは襲ってきた。それが間違いだったな。
「くそがっ! やるぞ!」
そう言って賊達のリーダーが新たに弓を構えた瞬間、俺はスキル《播種》を発動させて種を放った。
「いぎいいい!?」
「ぐがっ!?」
種による視認することのできない攻撃を受けた賊達はその場で蹲ったり顔面を押さえたりして動きを止める。
あとはそいつらを倒せばいいのだが、いかんせんここからは少し距離がある。走ったところでその間に体制を立て直されてまた遠距離攻撃をされる可能性はあるし、それは馬に乗って行っても同じだ。
なので……
「そこの兵士! さっさと動け! 動かないようならお前達も賊とグルだと見做して攻撃するぞ!」
俺がそういうや否や、俺の言葉を聞いていた兵士たちはハッとしたように顔を動かし、一人の兵士へと視線を向けた。多分だが、あれがあの部隊の隊長なんだろう。
「か、かかれええ!」
隊長は一瞬だけこっちを見たが、すぐに持っていた武器を掲げて叫び、仲間に指示を出した。
それからは事の進みも早かった。敵は俺だけだと油断していたのだろう。兵士たちのことを意識の外に置いていた賊達は、負傷から立ち直ることもできずに切られていった。唯一族のリーダーは多少抵抗していたがそれも数人がかりで斬りかかられれば一瞬だった。
「これでよし。問題ないな」
「あとはこのまま通れるのか、ですね」
そうだな。ソフィアの言ったようにそこが心配だ。多少の礼やら挨拶やらは別にしても、なんかイチャモンでもつけられたらたまったものではない。
が、敵もいなくなった事だし進むしかないので、何も起こらないでくれよと願いながら先に進むことにした。
「やっぱ俺も馬車を用意しておいたほうが良かったか? そっちの方が色々と楽そうだよな」
倒れた馬車を見ながらそんなことを呟いてみる。
実際馬車があれば楽は楽なんだろうな。馬って乗ってるのも結構疲れるもんだし。
最初は俺一人での旅の気分でいたから、一人旅で馬車を使ってるなんてのはおかしいってことで馬車を使わずに馬に乗ることにした。
だが今はソフィアと一緒に行動してるんだし、馬車を使ってもおかしくないんじゃないだろうか。
「そうですね。ですが元々はお一人で旅をされる予定だったわけですし、仕方ないかと。……ただ、買うのであれば早めの方がよろしいでしょう。この子達も、今なら癖がつく前に慣れることができるでしょうし」
「癖ね。そっか。純粋な乗馬用と馬車用では色々と変わってくるか」
「はい。歳をとる前に馬車に慣れさせないと、後からではうまく馴染めないかもしれません」
「じゃあ、次の街で馬車を買うか」
「すみません。私がついてこなければ不要なものだというのに」
旅立ちのときには買わなかったのに、結局旅に出た後になって馬車を用意することになった。
ソフィアはそのことで迷惑をかけたんだとでも思っているのか少し沈んだ声で言ったが、俺はその言葉に首を振る。
「いや、元々俺も馬車は買おうと思ってたんだ。ただ、一人で使ってると目立つってのと、使うのがめんどくさそうだったから諦めただけで。ソフィアがいてくれれば馬車を使っていてもおかしくないだろ? それに、一人旅って寂しそうだったし、ソフィアがいてくれると助かるよ」
こっちでの旅は日本にいた時のものとは勝手が違うし心細いものがあるしで、いてくれて助かるってのは本当だ。
俺が感謝を伝えると、それが本心からのものだとソフィアも理解したのか笑みを浮かべた。
さて、そんなことを話していると、ついに倒れた馬車の目の前にまでやってきてしまった。
馬車の前、なんか知らんがまだ喚いてるお嬢様のことを俺たちから守るような位置で立っている兵士たちとその隊長。
俺たちはそんな隊長と向かい合い、馬の足を止めた。
「あ、あー……ご無事ですか?」
「は、はい。危ないところをありがとうございました」
お互いに緊張しながらの出だしとなったが、その影響か隊長はどこかほっとしたように小さく息を吐き出した。多分俺たちが敵対しないことを喜んでいるんだと思う。
「いえ、襲い掛かられたので返り討ちにしただけですから」
「それでも助かったのは事実です。何かお礼を——」
「どうして! どうしてもっと早く助けてくれなかったのよ! そうすればこんな目に遭わなくても済んだのに!」
「お、お嬢様!? こ、この方達は賊を倒してくださった恩人です。もっと——」
「だから何? 恩人って、そいつらは平民じゃない。私を襲った賊も平民。なら私を助けるのは当然のことでしょう? だって平民の起こした問題なんだから平民が片付けるべきだもの。違う?」
隊長含め兵士たちはこのアホの言葉に驚愕しながらもなんとか大人しくさせようとしているみたいだが、その言葉を聞いて俺はこのバカなお嬢様に丁寧な対応をするのを放棄した。
「どうしてって言われてもな。二人しかいないのに勝てると思うか? 賊の集団に突っ込んでくやつはバカだろ?」
「倒せたじゃない!」
「そりゃあ結果論だろ」
「うるさい! 私を誰だと思ってるのよ!」
「知らん」
誰だと思ってって、そんなこと知るわけないだろうに。
もう行こう。バカの相手をするのは疲れる。『バカ』という分類だとリリアも馬鹿だったが、あれは考えなしなだけで性根が腐ってるわけじゃない。だがこいつは違う。これ以上いると不快にしかならない。
向こうの隊長は手を顔に当てて空を仰ぐようにしているが、まあ頑張ってくれ。
「待ちなさい! 私はアルドア子爵家の娘なのよ! 無視していいと思ってるの!?」
へー、すごいすごい。すごいけど僕たちこれで行きますねー。それじゃあお元気でなくてもいいけど、お元気でー。
「行こうか」
「はい」
なんて適当なことを心の中で思いながら道の端に逸れ、兵士達の合間を縫って馬を進めることにした。
……ん? アルドア? ……確かアルドアって、俺の母親である王妃の実家の分家筋だったっけ? 前に母親について調べるときに家系については一通り調べたが、確かそんな感じだった気がする。
もっとも、分家なんてのは大きな家になればそれなりの数がいるから、ここで遭遇してもおかしくはない。ただ、母親の実家からここまではそれなりに距離があるはずだ。ってことはこいつの家は大した家でもないだろう。分家の中の下っ端みたいな感じだと思う。
……まあ、無視でいいだろ。どうせこっちの身元なんてわかんないだろうし、わかったところで何がどうできるってもんでもないからな。生みの親も育ての親も、どっちにしても手を出せるとは思えないし。
「ま、待ちなさいよ!」
待たない。待ったところでめんどくさいことにしかならないのは知ってるから。
だがそれでもお嬢様は俺たちを止めたいようで、去ろうとしている俺たちに向かって追いすがり、ソフィアの服を掴んだ。
「《潅水》」
「きゃあっ!」
その瞬間ソフィアは手をお嬢様に向けて突き出し、スキルを口にして突き出した手のひらから水を放った。
普通なら貴族相手にそんなことをしたら罪になるんだろうが、俺はそんなことよりもソフィアの使ったスキルのことの方が気になっていた。
「あれ? ソフィアって第二位階じゃなかったっけ?」
たしか前に確認した時はまだ第二位階の《播種》までしか使えなかったはずだ。一緒に訓練したんだから間違いない。
だが今ソフィアは第三位回のスキルを使った。いつの間に使えるようになったんだ?
「ヴェスナー様ほどではありませんが鍛えていましたので、先日第三位階に上がりました」
「ああそうだったのか。おめでとう」
「ありがとうございます。あいにくと常時発動型スキルの方は『植物鑑定』でしたが、それでもより一層お役に立てるように励みます」
第三位階では通常覚えるスキルとは別にパッシブスキルを覚えるんだが、ソフィアは俺の『意思疎通』とは違って『植物鑑定』だったようだ。
「でも、副職はどうなったんだ? 確か『従者』だったよな」
従者として仕えてるんだからてっきり副職だけど『従者』を育てるんだと思ってたが、天職の方を第三位階まであげたとなると副職の方は大して育ってないだろう。実際俺だって『農家』にかかりっきりで『盗賊』の方は無視してるし。
「はい。とりあえず常時発動型……パッシブスキル、でしたか? そのために第三位階まではとっておこうかと思いまして。便利ですよね。毒草で悩むことはなくなりましたし、洗濯の時に水を汲みに行く必要がなくなりました」
まあ二つの職のどちらも第三位階まで上げるってのはそう珍しいことじゃない。パッシブはスキルの使用回数を消費しないで使えるから便利だしな。
「その水って農業用じゃなかったっけ?」
「人が飲めるほどに綺麗なのですから問題ありません。むしろ汲んだ水よりよほど安心できます」
「まあ、毒や病気の心配をする必要ないしな」
何が入ってるのかわからない水を飲むよりは、スキルで生み出した水の方が安全だろう。寄生虫の類は絶対にいないわけだし。それに、エルフ達なんて喜んで浴びてるしな。衛生面で言ったら問題ないだろう。
そんなことを話しながら俺たちは先に進むべく馬を進める。が、そこで背後から声がかかった。
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