第93話旅立ち早々のイベント

 ……前に、いつだったか願いや信念についてリリアと話をしたことがあった。

 他人からして見ればくだらない願いだって、それを最後まで張り続けることができればどんな英雄や偉人のすごい願いと変わらない願いになる。俺はそう思う。


 だから俺はこのままでいい。やりたいことをやって、やりたくないことをやらない。

 気まぐれで人を助けることもあれば、身内を傷つけた者を殺すこともある。それでいい。


 俺が俺らしく、自分の心を偽らずに思ったままに生きること、それが俺の信念だから。

 仲間はなんとしても守るし、敵対するのなら躊躇うことなく殺す。そこに世間体や他人の評価や常識なんて関係ない。

 仲間を守るのも、敵を倒すのも、俺がそうしたいからそうする。


 力には責任が伴わない。それが俺の考えだ。力を持つ者の義務だとか、力があるのならこうするべきだとか、そんなの知ったことじゃない。そんなのは力の無いものたちが自分を助けるために言っているだけのくそったれで身勝手な理屈だ。

 俺は俺のために鍛えてきたし、その結果得た力に義務なんてものは存在しない。俺は俺のやりたいようにやる。

 嫌なら止めればいい。俺は俺の幸せのために全部踏み潰して進むから。


 俺は俺だ。誰にも臆することなくやりたいことをやって、最後には幸せだったと笑って死ぬ。

 それが俺の願いで、絶対に曲げることのない信念だ。


 ……なんて、突然なんかそれっぽくかっこいいことを考えてみたのだが、改めて考えてみると少し恥ずかしい感じがするな。いや決意自体は間違ってないしその通りなんだけど、なんか厨二チックな感じがしてムズムズする。


 なんで俺がこんなことを考えたのかと言うとだ、目の前の出来事が関係している。


 目の前と言ってもまだまだ距離があるんだが、視線の先では馬車が襲われているのだ。


 なのでつまりは……どうすっかなぁ、ということである。


 正直に言うなら加勢するつもりはない。

 盗賊は悪だと世間はいうだろうし、それは確かにそうだろうと俺も思う。

 だが、よく考えて欲しい。彼らは悪だからといって、それを止めるのは本当に正しいことなのか?

 悪を倒すんだから正しいに決まっているという人はいるだろう。

 だが、彼らだって好きで盗賊をしているわけではないのかも——


「オラアアアア! 金目のもんをよこせええ!」


 ——好きで盗賊をしているわけではないのかもしれない。盗賊の大半は基本的には普通に暮らしている平民だ。それがどんな事情かはいろいろあるが、食べていくことができずに人を襲う。つまり彼らは生きていくために人を襲っているというわけだ。


 それに、もしかしたらあの馬車に乗っているものが悪徳貴族や商人だった場合、復讐のためかもしれないし、誰かを守るために襲っている可能性だってある。金目のものを探しているのだって、これまで不当に奪われた金を取り返そうとしているだけなのかもしれない。


 さて、そんな賊を倒すというのは本当に正しいことなのか? 

 人を襲ってるんだから悪い奴ら、と言い切るのはちょっとどうかと思う。


 それに、そもそも人間って誰だって同じようなことをしてるだろ? 人間は常に何かを奪って生きてきた生き物なんだから。


 人間は自分たちのために豚を飼い、牛を殺し、鳥から卵を奪っていく。

 自分たちのために森を切り拓いて動物達の住処を奪っていく。

 邪魔だから、危険だからという理由だけで必死に生きてきた者たちを殺し、それを成果だと笑っている。


 ほら、同じだろ? ただ対象が他種族に向けられるか同族かの違いだけで、やってることは同じ。人間なんてみんな賊なんだよ。


 でも、その行為は間違いでもない。所詮この世は弱肉強食なんだから。


 だったらどこかの誰かが勝手に決めた倫理観で彼らのやっていることを止めるのは筋違いというか、ちょっと待てって感じだ。


 これが生きるためじゃなくて娯楽のためなら止めなくもないが、もしそうではなく純粋に生きるためなら——


「ひゃっはああああ! いい女だぜ! えれえ美人じゃねえか。大当たりだ!」


 ——純粋に生きるためなら止めるつもりはない。……んだけど、これはどっちだろうか?


「どうされますか?」

「さて、どうしたものかね。賊から助ける義理も義務もないわけだし……」

「と、言っている間にもこちらのことを見つけたようですが」

「あー、来るかな?」

「はい。すでに来ています」

「だよなぁ」


 助けるか否かを考えていると、ソフィアの言ったように賊達は俺たちに気がついたようで指でこっちを示した後武器を手に走ってきた。


 とはいえ、こっちにきてる数は数人だけ。その程度なら問題ない。


「数は十か……。なら——《天地が」

「お待ちください」

「えあ?」


 なんて思って天地返しを使って賊達をまとめて片付けようと思ったのだが、そこでなぜかソフィアから制止の声がかかった。


 まさか止められるとは思わずつい間抜けな声が出てしまったが、そんなことは気にせずになぜ止めたのかを問うために隣にいるソフィアへと視線を向ける。


「ここは一本道です。土に関係する技を使えば少々問題かと」

「あー、なるほどな。ありがとう」


 なるほど。確かに言われて見てばこの道は一本道で、そんな場所で地面を掘り返してしまえば進むのに支障が出てくるだろう。

 やりたいように、とは言ったが、それでも無意味に誰かの迷惑になるようなことはしたくないし、そもそも俺たち自身が通りづらくなるので使わないほうがいいだろう。


「いえ、お役に立てたのでしたら我を通してついてきた甲斐があります」

「土がダメならこっちか——《播種》」


 ソフィアにスキルの使用を止められ、話している間にも賊達は近づいてきていたので、当然ながら俺たちとの距離は狭まっている。このままここに止まっていれば、後一分と経たずに剣を交える距離まで近づくことになるのだろうが、その前に俺は別のスキルを発動することにした。


「いぎゃああああ!?」

「め、目があああああ!?」


 ポーチの中に手を突っ込んで種を取り出すといつものようにスキルを発動し、種はこちらに向かって近寄ってきていた賊達の顔面に突き刺さった。

 その痛みによって賊達は顔面を押さえながら盛大に転び、全員が地面に倒れることとなった。


「お見事です」

「街でて早々こんなのに出くわすと思わなかったよ」

「普段はこの辺りには出るという話は聞かないのですけれど……」

「特別ななんかは……あったっけ?」

「いえ、なかったかと」

「まあ、次の街に着いたらなんかしら情報集めをしてみるか」

「そうですね。それがよろしいかと」


 俺とソフィアはそんなことを話しながら倒れた賊達の元へと進んでいく。種を撃ち込んだだけじゃ死なないからな。こういった輩は確実に殺しておかないと。


 そうして転んだ賊達の元へと辿り着くと、数人の賊が顔面に片手を当てながらも立ち上がり、俺のことを睨みつけた。何をされたのかはわかっていないだろうが、それでも誰がやったのかは理解しているんだろう。


「てめえ何しやがった!」

「っざけてんじゃねえぞオラア!」

「ぶっ殺してやる!」


 立ち上がり、俺を睨みつけていた賊達は俺に向かって持っていた武器を振おうとするが……


「《生長》」

「ぎゃあああああ!」


 再び顔面に走った痛みで動きを止めざるを得なかった。

 先ほどはただ種を撃ち込んだだけで終わっていたが、今はその撃ち込んだ種を生長させた。それによって種が芽を出し、人間の体を『土壌』として根を張った。


 その痛みがどれほどのものかはわからないが、まあ碌でもないことだってのは奴らの悲鳴を聞いていれば理解できることだろう。


 俺たちのことを襲おうとしていた賊達は悲鳴を上げながら地面を転げ回るが、俺は馬を降りてからそんな賊に近づいていき、その顔面を掴んだ。


「《肥料生成》」


 そして追加で新たにスキルを発動させると、掴まれた男の顔はすぐさま溶け出し、ヘドロのような物体へと変わった。最後に残ったのは頭部のなくなった死体のみ。

 スキルを使用したことによって生じた臭いに顔を顰めるが、まあいつものことで、今更だ。


 このスキルを使うと臭いもだが、手につく汚れの感触が不快に感じる。

 汚れなんて洗い落とせばいいことなんだが、今洗ったところでまだ処理する相手が残ってるんだからまた汚れるだけだ。汚れを落とすのであれば全て処理し終わった後にするべきだろう。


 というわけで、俺は残りの地面に転がっている賊達を処理していくことにした。


 だが、途中で俺がやっていることに気がついたのか、それまで悲鳴を上げながら転げ回っていただけの賊の中から逃げ出そうとしたものがいた。


 しかし逃すわけもなく、種を足に向かって放てばそれだけで再び転んでしまった。元々おぼつかない足取りだったしそんなもんだろ。


 で、俺はそんな逃げようとしたやつへと近寄っていき、他の奴らと同じように処理しておしまいだ。


「《浄化》。お疲れ様です」

「ありがとう。大したことない奴らだし、楽なもんだったよ」


 いつの間にか馬から降りていたソフィアは、スキルによって作った肥料で汚れた俺の手に触れながら『従者』のスキルを使って俺の手についた汚れを消し去った。


 そのことに礼を言ってから俺たちは再び馬へと乗ったのだが……


「あちらの残りと、襲われていた方はどうされるおつもりですか?」

「あ……あー。どうしよう?」


 まだこいつらで終わりじゃないんだよな。

 視線の先では横倒しになった馬車と何人かの兵士、それからなんか着飾ってるお嬢様っぽいのが賊に囲われている。

 本来ならそのまま兵士を殺してお嬢様を拐うとかするのかもしれない。


 だが、賊達も兵士たちも、誰もがその手を止めて俺たちのことを見ている。まあ今やったことを考えると当然かもしれないけど。


 けど、本当にどうしようか。異世界で襲われている馬車を助けるなんてのはテンプレではあるが、ぶっちゃけめんどくさい。この世界は街の外に出たら危険がいっぱいだってのは分かりきったことなのに、それでも出てきたんだから襲われたとしても自業自得だと思う。嫌なら街の外に出てくんな。


 まあこうして目についたんだし、ここまで手を出したんだから残りも片付けてもいいとは思うんだが……どうにも面倒な予感がするんだよな。


 だってあのお嬢様っぽいやつ、この状況でも賊達なのか兵士たちなのか、あるいは俺たちに対してなのか、何を誰に向けてるのか知らないけど大声で喚いてるんだもん。この状況でだぞ? 頭おかしいんじゃないのか? 関わりを持ったらどう考えても面倒なことになりそうだ。

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