第92話旅立ち

 

「カイル」


 旅に出ることが決まってから六日。明日で約束の一週間となり、俺はこの街を出ていくのだが、その前に俺はカイル達の部屋に向かった。


「ここを出てくんだってな」

「ああ。つっても、永遠にって訳じゃねえけど」

「……本来なら、俺も一緒にいくべきっつーか、行くはずだったんだろうな」

「……だろうな」


 多分、俺が冒険者やりたいって言った時にも、迷いはしたが最終的に認めたのは今回みたいにそのうち出すつもりだったからなんだろう。丁度良い、みたいなこと言ってたしな。

 まあ、親父の予定ではもう少し後だったのかもしれないけど。

 で、その時にカイル達も一緒に旅に出そうと思ってたんじゃないだろうかなんて思う? だから従者を作れなんて押し付けてきたんじゃないか?


「ああ。でも、これだからな。行っても足手まといにしかなんねえか」


 カイルはそう言って自身の右腕を上げて見せたが、その手には包帯が巻かれている。それは襲撃を受けた際に負った怪我だ。


「治るんだろ?」


 襲撃を受けてから今日でおよそ二週間経ったが、あれだけの重症だ。そんなにすぐってすぐ治る訳がない


「時間をかければな。今だって重要なやつは治っちゃいるんだ。……けど、ベルは違う」


 そうだ。カイルも大怪我ではあったが、こうして普通に生活できる程度には回復している。


 だが、ベルは違う。俺を庇ったせいで衝撃をまともに受けたためにその怪我は酷く、左腕が半ばからちぎれてしまっているほどの怪我をした。


「ベルは……」

「治るさ。ただ、あっちは完全に部位の欠損が起こってるからな。他の怪我もあるし、再生させるまでに時間がかかるらしい。大体半年くらいって言ってたな」

「それでも、治るんだったらよかった」

「ああ。だな」


 地球では治らなかった部位の欠損だが、こっちの世界では高位階の治癒スキル持ちなら治すことができる。そう言った奴らはいろんなところで重宝されているので大抵は貴族や王族、或いは教会の所属だが、まあうちにもいる。

 政争に巻き込まれて主家が潰れたやつだとか、教会の権力争いに負けて叩き出されて命を狙われてる奴とか、高位のスキル持ちでも結構狙われたりするもんだ。そういう奴らはここに流れ着くことがある。


 だから、部位の欠損であっても治そうと思えば治せないことはないのだ。ただ、ベルの場合は全身の怪我もあるのでかなり時間がかかることになるようだ。

 だが、それでも治るならよかった。


 そこで俺たちの会話は途切れ、部屋には沈黙が訪れた。


「……帰ってくるんだよな」

「ああ。それがいつかはわからないが、少なくとも十五になった時に、最低でも一度は戻ってくるはずだ」

「そうか」


 カイルは俺の言葉にそう返事をすると俯き、そのまま話し始めた。


「……忠誠を誓うだとか守るだとか言っておいてこのザマなのは笑えねえよな」

「んなことねえって。あれは、俺が半端なことをした結果だ。『こいつ程度ならどうとでもなる。できることなら殺しはしたくねえし、生かしておいてもいいか』ってな」

「いや、だとしても、俺のせいでもある。従者なんだ。まずいと思ったらそれを言うべきだったし、まずいと思えなかったんならそれは論外。今回俺はあいつを処理しておかなくてよかったのかって思ったのに、それをお前に言わなかった。なら、それは俺の責任だ」


 多分、どっちの言い分も正しいんだろう。俺は間違っていたけど、カイルも間違えていた。その結果が今だ。


 またも部屋に沈黙が訪れたのだが、何を思ったのかカイルは目を瞑って何度か深呼吸をし始めた。


 そして、目を開くと真っ直ぐに俺を見つめてきた。


「次はもっと強くなってやる。次こそは絶対にこんな無様を晒さないから。だから、頼む。またお前がここに戻ってきた時、その時はもう一度チャンスをくれ。今度こそ守り切ってみせるから」


 そんなことを言われなくても、俺はカイル達を従者として認めているし、そばにいて欲しいと思っている。

 だから戻ってきたらまた一緒にってのは構わない。

 だが……


「それはそん時になったら考えてやる。だから、離れないでくれって俺から頼むくらい強くなってみせろよ。農家だってあんだけできるんだ。お前にできないはずがねえだろ?」

「……ありがとう」


 なんとなく俺はこの場では認めることはせず、挑発的に笑って言ってみせた。ここで頷くよりも、その方がいいんじゃないかと思ったから。


「——まあ、お前のはもう農家じゃねえ気がするけどな」


 そして、そんな俺の態度にカイルは俺の言葉を噛み締めるような表情をすると、いつものような笑みではなくどこか陰りのあるものだが、それでもカイルは笑いかけてきて、冗談めかすように口を開いた。


「いやいや、農家だって。種まいて水出して植物を育てる。ほら、農家だろ? それに、農家じゃなかったらなんだって言うんだよ」

「さあな。魔王とかじゃねえの? 種を飲み込ませて人間の腹から植物を発芽させるなんてこと、農家がやるかよ。この街の馬鹿どもだってそこまでの事をするやつは少ねえと思うぞ」


 確かに今回は少しやり過ぎた感がある。後々思い出すと結構な絵面だった気がする。

 この街の人間は殺しはやるけれど、殺しておしまいだ。殺しの際に無意味に嬲るやつもいることはいるが、だとしてもよほどのやつじゃないとあそこまではやらないだろう。まあ、あんな人間花壇なんて普通のやつは作れないと思うけど。


 けど、だとしても、だ。魔王だなんて、ないだろ。俺は農家であって、魔王なんて大層なもんじゃない。


「……吸血樹とか育ててれば人間を使うことだってあるんじゃねえの?」

「吸血樹を育てる農家なんているか? あれ、発見次第殺せって言われてるような魔物だぞ?」

「世界は広いからな。きっとどこかに一人くらいはいるさ」

「その一人はきっとお前だな。魔物の栽培をするようなやつなんて魔王でいいじゃねえか」

「……まあ、呼び方なんてどうでもいいんだよ」


 このまま話していても負けそうだと判断した俺は立ち上がり、ドアに向かって歩き出した。


「期待してるぞ」

「ああ。思いっきり期待しとけ」


 最後にそんな言葉を交わしてから俺はカイルの部屋を出て行った。




「準備はできました」

「ああ、ありがとう」


 部屋に戻ると、ソフィアが荷物をまとめてくれていた。散らかした部屋もきれいに片付けてくれているし、有能だよな。


 でも、明日っからはソフィアもいないんだよな。ここ最近一人で行動してなかったからか、一人でいないといけないとなると妙に寂しく思える。


 俺はそんな弱気を振り払い、もうすぐ見納めとなる部屋の中を見回してみると、ふととある荷物に気がついた。


「そっちのはなんだ?」


 明日持っていく俺の荷物はすでにまとめてあるのだが、それとは別に何か旅装のようなものがまとめられていた。


「私の荷物です」


 その言葉を聞いて俺は思わずソフィアの顔を見るが、ソフィアはいつものようにすまし顔をしているだけだった。だが、いつもとは違ってその視線が俺に合うことはない。


「……お前もいくのか?」

「はい。以前言ってくださいましたよね。次は連れていく、と。今回が『次』ですよ」


 確かに襲撃前、エルフの村に行く際にソフィアは留守番ってことでおいていったし、次にどこかに行くときは連れていくって約束もした。そこから考えると、確かに今回の旅は『次』だろう。

 だが、それはちょっと適用外というかなんというか……。


「いや、それは、あれだろ」

「どれですか?」

「いや、だってお前……本当に着いてくる気か?」

「はい。私の楽しみはあなたの姿を見ていることですから」

「危険な場所に向かうかもしれないぞ」

「この街よりも危険な場所は早々ないと思いますが?」

「それは……」


 まあ、それを言われるとちょっと言い返せない。だってこの街は犯罪者の街だし。歩いてるだけで事件発生率九割を越える街だし。


 だが、俺が言い淀んでいるとソフィアは楽しげに微笑みながら俺のことを見ているのに気がついた。

 その様子から、何を言っても諦めないんだろうと理解できてしまい、俺はため息を吐き出した。


「……諦めるつもりは?」

「ありません」

「親父の許可は?」

「すでにとってあります」


 すでにって、お前俺が何言ってもついてくる気じゃん。


「なら、頼む」

「はい!」


 ちょうど一人じゃ寂しいかもと思ってたところだし、初めての旅ってことで、不安もあった。だからまあ、一緒に来てくれるのは正直なところありがたい。


 一緒に来る以上は危険な目に遭うこともあるかもしれないが、今度こそ守ってみせる。だって、俺にはそうできるだけの力があって、そうしたって思ったんだから。



 翌日の朝。俺は必要だと思うものを揃えてカバンに詰め込み、馬の鞍に取り付けて準備を終えた。

 馬車を用意しようと思ったんだが、俺一人で旅するのに馬車はどう考えてもおかしい。なので今回は馬を一頭だけ用意して、それに乗っていくことにした。


「ヴェスナー」


 そうして準備を終えて親父に出発の報告をしようと思ったところで、親父本人がやってきた。


「餞別だ。金なんかが必要になったら傭兵ギルドで使え」


 親父はそう言いながら何かのカードを差し出してきた。言葉とカードに書かれてる内容からして、これは傭兵ギルドのものなんだろう。


「それから……〝好きに生きろ〟」


 差し出されたカードを親父から受け取る瞬間、親父はそう口にした。


「俺はお前を拾ってから……まあなんつーか、幸せだった。だが、それでお前を縛るつもりはねえ。んなつまんねーことしたかねえ。これはお前の人生で、お前の幸福だ。お前を縛るものなんざ何もねえ。お前はお前のやりたいようにやれ。悩んで足掻いて、そんで掴めよ、自分の幸せってやつをよ」


 その言葉が、すごくありがたかった。


「わかってるよ——ありがとう」


 俺はそう返しながら受け取ったカードを無くさないように服の内側へとしまった。


「ただ、あれだ。お前はもうわかってっと思うけど、お前の母親はアレだから、会う時は気いつけろ」

「ああ。まあそのうち会いたいとは思ってたし、精々適当に頑張るさ」


 相手は王族だ。調べようとするのなら最新の注意を払う必要がある。俺みたいなのが一人で旅をしてたところで、そう簡単に会えるもんでもないだろうし、情報を手に入れることもできないだろう。

 だから、会うんだとしたらそれなりに覚悟が決まってからじゃないと。

 だが、本気で知りたいと思ったら、会いたいと思ったのなら、今度はもう油断なんてしたりしない。やると決まったら完璧にやってみせる。


「最後になんか聞きてえことはあっかよ」

「聞きたいこと? ……ああ、なら一つだけいいか? 西の奴らはどうすんだ? 中央が消えてバランスが崩れた。襲ってくるんじゃねえの?」


この間は精神的に色々と不安定だったからそんなこと考える余裕はなかったが、こうして旅立つにあたっていろんなことを考えていたんだが、そのことが気になっていた。親父ならうまくやるんだろうとは思ったが、聞く機会があるんだから聞いておきたい。


「しばらくの間は動かねえ、ってか動けねえよ。他の二人がいるんだからな。それに、もし動いたとしても、この場所と手柄くれえは残しといてやるさ」


場所はいいんだけど、別に手柄は残してくれなくても構わないんだけどな。俺、戦いが好きなわけでもないし。どっちかってーと喧嘩じゃなくて研究とかしてるタイプだぞ。


しかしなんだな。場所を〝守る〟じゃなくて〝残す〟か。その言い方は親父らしいっちゃらしいな。


「あとはそうだなぁ……」


親父はそこで言葉を止めると俺の頭に手を置いて、髪をぐしゃぐしゃにするように乱暴に撫でた。

そして……


「俺があんな奴らに負けると思ってんのかよ」


……だな。ああ、馬鹿なこと聞いてたな。そんなこと、聞く必要なんてなかったってのに。


「それじゃあ、行ってくる」

「おう」


 最後に親父とそう言葉を交わして、俺は馬に乗って故郷を出て旅立っていった。


 ………………あ、リリアに連絡するの忘れてた。けど……まあいいか。

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