第91話親子の話
一週間後。
「お前、こっから出てけ」
「は?」
俺は親父に呼び出されて親父の執務室へと向かったのだが、たどり着いて早々俺はそんなことを言われた。
なんで突然そんなことを言われたのか俺は訳がわからずにただ間の抜けた声を出してしまったが、理由としては思い当たらないことがないわけでもない。というか大いにある。
「………………ああ。やっぱ問題があったか。わかった」
その理由ってのは、まあついこの間あった件についてだ。
この間俺たちは均衡が保たれていたこの街の状況をぶっ壊した。
その首謀者というか、原因は俺だ。他の五帝達から何か……例えば俺を追放しろとか言われたのかもしれない。
親父がそう言われた通りに従うとも思えないが、残ってる五帝が全員的に回ったら反対するのも難しいかもしれない。
まあ、俺には甘い親父のことだから俺を捨てるんじゃなくて、俺を助けるためにこの街から離れろとかそう言った意味かもしれないけど。
だが、ある程度可能性として覚悟はしていたがそれでも育った街を——いや、この家を出て行けと言われるとちょっと〝くる〟な。
「ボス、それだと言い方が悪いっすよ」
「あん? あー……」
だが、そんなことを考えていると俺の後ろにいたエディがそう言って親父のことを嗜めた。
親父はそう言われて自分でもエディの言った通りだとでも思ったのか、眉を顰めて頭をかいた。なんだ?
「旅に出ろ。んで、世界を見て、経験しろ」
旅に出ろ? 街から出ていくのは一緒だが、それは追い出すという感じではない気がする。親父は何を思ってそんなことを言ってんだ?
「……旅? ……どういうことだ? それに俺、まだ十三なんだけど?」
「俺に傷を負わせられるんだったら油断でもしねえ限り問題ねえだろ。それに、成人してねえガキのうちに旅することに意味があんだよ。この間のことでお前を追い出そうって訳じゃねえから、んな泣きそうな顔してんじゃねえよ」
泣きそうなんてなってねえし。悲しさがあったのは確かだが、まだ泣いてなかったはずだ。
だが、そんな俺の内心なんて無視して親父は話を続けた。
「成人前と後じゃ、周りの対応は全く違うものになる。何かやらかしても、ガキだから仕方ねえってな。逆にガキだから来るんじゃねえって時もある。ガキだからって理由で絡まれる時もありゃあガキじゃねえんだからって理由で絡まれる時だってな。経験は力だ。成人前と成人後、両方の世間の対応ってもんを知ることでお前はもっと〝大きく〟なれる」
知ることで大きくなれる、ね。でも、言ってることは間違ってるわけでもないな。俺はまだまだいろんなことを知らない。
いつか母親に会いに行きたいと思ってそれなりに勉強はしていたが、それはあくまでも文字で覚えた知識であって、自分の身についているかっていうとそうではない。
「旅っつっても、永遠に帰ってくんなってわけじゃない。ただあれだ。ちょっと散歩してくりゃあいいだけだ。そんでその散歩の途中で住み心地のいい場所を見つけたらそこで暮らしても構わねえし、女を捕まえたら子を作ってもいい」
「……まだ成人してねえガキに子供を作れとか言うなよ」
「はっ。まあお前の好きにしろってことだ。好きにするためにも、世界を見ろ。そうすりゃあ、この間みてえなことは起こりづらくなるかもしれねえだろ。あれはお前がこの世界を知らず、舐めてた結果だからな」
そうだな。俺はこんな街で育ったにもかかわらず、親父に拾われてこの館で育ったからどこかこの世界に馴染めないで、まだ日本での常識やら何やらを持っていた。そのせいで情けをかけてしまい、相手からの攻撃を許してしまった。
俺はこの世界に馴染む必要がある。もう二度と選択を間違えたりしないために。そのためには旅をしてこの世界を知るってのはいい方法だろうな。
「………………はあ。わかった。どうせ、今回じゃなくても近いうちに何かしら理由をつけてこっからだそうとするつもりだったんだろ」
「おう、まあな。それに、いい機会だろ。今のお前はここにいてもうじうじうぜぇだけだしな」
「……それが本音だろ」
「二割方はな。まあお前らのためだってのも間違ってねえぞ。せっかくあいつらが守ったってのに、お前がグダグダ言ってるようじゃあいつらが体張った意味がねえだろ。いいかげん前向けクソガキ」
カイルとベルのことがあって以来落ち込んでいたのは本当なので、なんとも言い返せない。
それに、旅に出るのが俺のためになるってのも間違っていない。俺がうざい状態だってのも、体張って守ってくれたベル達に悪いってのもな。
今回の話は経験を積むってのの他に、気持ちに整理をつけて切り替えろって意味合いもあるんだろうな。
「つっても、なんかしらの目的がねえとお前も動き辛えだろうし、旅の目的をやるよ」
目的? 確かにただ旅に出ろって言われても何をどうすれば良いのかわからない。
……わからないけど、なんでお前はそんな真剣な顔してんだよ、クソ親父。
「母親に会え」
「おい……」
「どのみち十四になったらそうさせるつもりだったんだ。もう理解してんだろうが、お前の立場ってのは微妙だ。微妙っつっても悪い意味じゃねえ。選択肢が広いっつー意味だ。お前がやりたきゃ国王にでも乞食にでも、なんだってなれる」
親父の言った通り、確かに俺はなろうと思えば国王になることだってできるだろう。実際に王の血は引いてるんだ。ならそれを証明することさえできれば、まるっきり不可能というわけでもないだろう。
だがそれは……
「だが、それも十五の成人を超えちまえば選択肢だって狭まる。成人前だったらなんとでも言い訳して王族に戻ることだってできるだろうが、成人後だと難しい。だから母親を探せ。んで会え。そうしてお前の今後ってやつを決めろ」
貴族は成人になると正式にお披露目をするらしい。それは多分王族も同じなんだろう。それこそが成人前であれば王族に戻ることもできるって言ってる根拠なんだと思う。
そのためには国王を説得するなりどうにかするなりしないとだが、可能性という意味では不可能ではない。
でも、それで俺が本当に王族に戻ったら……
「一年しかねえが、お前ならできんだろ。できなきゃその程度だったってことで王族として返り咲くのは無理だったってことだ」
「……それが、残りの八割かよ」
俺は呆れたように言ったが、内心は口調とは程遠いものだ。
だってさ、俺が王族に戻るんだとしたら——あんたたちはどうすんだよ。
城になんて行ったら、子や弟として育ててくれたあんたたちとは会えなくなっちまうじゃないか。
「……お前が何考えてんのか、まあ多少なりともわかってるつもりだ。だがな、だからこそ旅に出ろ。そんでお前がどうしたいのか、どうすんのかを決めろ」
そう言われたが、俺はここの奴らが大事だ。すんなりとは決められないし、親父たちや他の奴らと離れるようなことなんて想像できない。
旅だなんだっていう多少の離れることくらいはいいさ。その程度で騒いだりはしない。
だが、この選択で一生会えなくなるかもしれないってなると……
「金はやる。それで旅支度も自分で整えろ。何が必要か、欲しいものはどうやって手に入れるのか、そっから勉強だ。まあ、この街は特殊だから参考程度に思っとくのがいいがな」
母親に会いたい気持ちはある。だが、旅に出たくない気持ちもある。旅に出てしまえば、ここを出ていかなくちゃいけないことになるかもしれないんだから。
だがそれでも、行くしかないんだろう。
「……そりゃあこの街が世間一般の普通だったら、国なんてとっくに崩壊してるからな」
それがわかってるからこそ、俺はなんでもないかのように答える。
「ちげーねえな」
俺の言葉に親父は笑っているが、この街を基準にして考えると絶対に何かやらかすに決まってる。
一応日本で生きてた経験や冒険者として活動してきた経験から普通の街ってのは予想がつくが、どう考えてもこの街の常識を当てはめちゃいけないとわかる。
欲しいものがあったら武力で脅すとか、値切り交渉で威圧するとか、喧嘩になったらナイフを抜くとか……他にもいろいろあるが、そんなことやってたら絶対に捕まる。
「それが支度金だ。それ使って準備して、一週間以内に旅に出ろ」
親父は机の上に置いてあった中身の詰まった袋を俺に向かって放り投げてきた。
が、その袋は結構重い。硬貨が詰まってるんだから当然かもしれないが、中身が詰まってなきゃこんなに重くはない。これ結構な額だろ。
中を見てないからしっかりとしたことは言えないが、持った感じだと平均的な一般男性の稼ぎ半年分くらいは入ってると思う。こんなに渡してくれるのは態度とは裏腹に結構心配してるからだろう。
「随分と急だな。もっと前もって知らせるもんじゃねえか?」
できることなら考える時間が欲しい。旅に出るのを少しでも先延ばしにしたい。
そんな俺の考えは親父には簡単にわかることだったんだろうな。
「準備なんて無駄に時間を使っても意味ねえだろ。どうせなんか足んなくても金さえありゃ死にゃあしねえんだ。さっさと出てった方がいい経験になるってもんだろ。それに、十五までそんな時間があるってわけでもねえんだ。動ける時間は多い方がいいだろ」
そうして俺は金を受け取って、一週間後の出発に向けて準備をすることとなった。
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