第90話中央、陥落

 


 俺の言葉を聞いて絶望に顔を染めた豚はまた逃げようとして残った右手と右足で床を這いずり回る。


 みっともなく逃げるあいつを追おうとしたところで、植物達からの意思が届いた。

 俺はその場で足を止めると、スッと一歩横にずれた。

 そのまま進んでいたら当たっていただろう。頭の横を矢が通過していった。


 植物たちからの意思でわかってはいたが、振り返るとそこには数人の武装した者達がいた。


「お、おおおおお! おおお前達! 殺せ! あいつを! あいつを殺せええええ!」


 豚の叫び声を聞いて視線を戻すと、前にも武装した奴らがいた。

 結構な数を倒したと思うし、親父達の相手をしていると思ったんだが、まだこれだけ残ってたのか。


「エディ」


 エディが対処のために動こうとしていたので、俺は声をかけて呼び止めると、ポーチの中に手を突っ込んで種を握りしめて取り出した。


「《播種》」


 そして前と後ろ、両方から来る敵を視界に収めながらスキルの名前を口にすると、視界内にいた全ての敵に向かって高速で種が放たれた。


 視認しづらいそれは、俺の手元から離れれば余計に認識することが難しくなり、結果として誰一人として防ぐことができなかった。


 だが、敵も不可視の攻撃が来ることは分かっていたようで、俺の種を食らっても小さく悲鳴をあげこそすれど倒れることはなかった。


 ——だからどうした。


 倒れなかったとしてもどうでもいい。元々それだけで殺せないのはわかってるんだ。それは今までもそうだったからな。

 だから俺も今まで通りスキルを重ねる。


「《生長》」


 そう呟いた瞬間に敵に向かって放った種は淡く光を放ち、殻を破って芽を出した。同時に、種の周囲にあった『土』に食い込むかのように根を張った。


 前までは芽が出るだけだったのだが今ではちゃんと植物っぽく双葉が出ていた。これは多分農家の位階がレベルアップしたおかげだろう。


 植物の根っこってのは意外と深くまで根を張るもんで、まだ小さいものだとしても二、三センチは普通に根を張ることができる。今ならもっと深く根を張っているだろう。


「《生長》《生長》」


 そこにさらにスキルを重ねることで芽が出ただけの種はさらに生長していき、もうはっきりと植物の形を見せていた。


 同じ植物相手に生長スキルを重ねたところであまり効果はないのだがそれでも全く効果が出ないってわけでもない。《天地返し》の範囲拡大と同じように無駄に疲れるから普段はあまりやらないが、この場では役に立つだろう。主に希望をへし折るという意味で。


 スキルを重ね、より深く根を張ることができるようになったことで、今までよりもさらに肉を食い破り、成長のために『土』から栄養を吸い上げる。


 その結果。今回種を食らった奴らはこれまでやってきた奴らよりも酷いことになり、体の表面がパサパサに乾き、萎びてしまっている。

 中身の肉や骨はしっかりしているのかもしれないが、表面だけミイラになったような感じだ。


「お……お、おおおおおおアアアアア!?」


 助けに来たはずの全員が訳のわからない攻撃を喰らって干からび、全身からなんだかわからない草を生やしたせいで、あの豚はわけがわからなそうに何度も頭を振って叫び出した。


「知らなかったかもしれないが、俺はそんなに性格良くないんだよ」


 そう言いながら俺は豚へと近づいていく。

 豚は恐怖からか震えて動けず、ただ俺のことを見上げているだけだ。


 そんな豚のそばにしゃがみこみ、でっぷりと肉をつけた顎を掴み、こちらを向かせる。


「や、やべで——」


 豚は何か言っていたが、そんなのは気にすることなく俺は豚の口の中に種を突っ込んでいく。

 ついでに俺が肥料に変えて空っぽになった右目にも種を突っ込んでおく。


 やることを終えた俺は掴んでいた手の力を弱めて離してやる。

 すると豚は必死になって飲み込んでしまった種を吐き出そうとしたり、眼窩に詰め込まれた種を取り出そうとしているが……


「《生長》」

「んぎいいいいい!」

「《生長》」


 飲ませた種は腹を突き破って芽を出し、右目のあった場所に埋め込んだ種は皮膚に根を張りながら『土』の栄養を吸い取っていく。


「ア……アア……」


 スキルを止めた後には、腹と口と右目から植物を生やし、呻き声をあげる不気味なオブジェが出来上がった。


「俺の仲間に手を出したこと、後悔しながら死んでくれ」


 まだ死んでいないが、あそこまで行くと死ぬのも時間の問題だろう。

 治癒なんてかけたところで、欠損は治ったとしても腹の中から生えた植物達は取り除けない。種のままだったらどうにかなったんだが、一度芽が出てしまった以上はそれが正常な状態と判断されてしまうらしい。


 どうせ最後まで見る必要なんてないわけだし、見ていても特に気持ちのいいものではない。

 ムカついたしやり返さないままではいられなかったから、また何かされたら鬱陶しいから、だから今回はこんな大きく暴れたが、基本的に人をいじめて喜ぶような趣味はないのだ。


 ただ、それでもこいつは許せないほどに調子に乗りすぎた。

 だから俺は憂さ晴らしに報復に来た。それだけだ。


 いくらやっても憂さが晴れることはなかったし、ここまでやってもこいつのことを許したわけではない。今後も許すつもりもない。

 だがここまでの姿を見るとなんとなく虚しさがあった。


 これ以上ここにいても意味はないと判断し、俺は最後に小豚の脇腹を蹴ると奴に背を向けてその場を離れることにした。



 ──◆◇◆◇──


 豚を殺した後は玄関から外に出ていったのだが、先頭にいた俺とは違って襲撃部隊の中央付近にいた親父が玄関前の壁に寄りかかりながらタバコを吸って待っていた。

 普段はタバコなんて吸わないが、今日は特別なんだろう。


 その足元には何やら太った人間の体が横たわっているが、その体からは首がなくなっていた。

 明らかに死んでいる様子だが、その見た目からしてここのボス——オグル・ロードなのだろう。


 親父は俺の姿に気がつくと片手をあげ、タバコを捨ててその火を踏んで消した。


「親父……ごめん。迷惑かけた」

「気にすんな。ケツを持つっつったのは俺だし、親ってのはそういうもんだろ。それよりも、ちったあ気が晴れたか?」

「……どうだろうな? でも、多少はマシになった、と思う」


 これだけの騒ぎを起こしたがそれでもまだ完全に気が晴れたというわけではない。


「そうかよ。まあいいさ。とりあえずやることは終わったんだ。帰るぞ」


 親父は俺の頭に手を置いてわしゃわしゃと乱暴に撫でると、周りにいる仲間達のことを見回して叫んだ。


「撤収―! おら、お前ら解散だ。帰んぞー!」


 親父がそう言った瞬間に、その声を聞いていたもの達は動き始め、すぐさま建物の外に出て少し離れた場所で待機し始めた。


 だが、それでいいのか? 全員帰るってことは、この拠点を管理する奴がいなくなるってことだ。それだと西の奴らなんかが代わりに制圧してはばを効かせるようになるんじゃないのか?

 一応今までは中央区が緩衝地帯になってたわけだし、それがなくなって西の奴らがこっちに進出し、互いの領域が接するようになると面倒なことになりそうな気がする


 攻める、なんて思いつきで後先考えないことを提案した俺がいうことじゃないかもしれないけど、こういうのはひとまず親父がこの場所を管理して近いうちに他の五帝達を集めて会議をして決める、みたいな感じにするべきなんじゃ……。


「いいのかよ。ここは放っておいて」

「んなもん誰かが欲しけりゃくれてやんよ。……ただまあ、このままってのもそれはそれで面倒だし、多少は細工もしてっけどな」


 そう言って親父が指で示したのでその方向を見ると、何やら絵画だとか美術品の類や、何かしらの書類を回収している奴らがいることに気がついた。


 確かに、あれだけ持ち出されれば管理は面倒になるし、旨味も減るだろう。

 だが、拠点としての役割はまだ果たせるわけで、その辺りはどうするんだろうか? なんて思っていると、親父は仲間達の元へと歩き出したので俺もその後をついて歩き出す。


「全員いるかー? まだ残ってるバカはいねえかー?」


 親父が仲間達に問いかけると、言い方はさまざまではあるが、「全員いる」と返事が返ってきた。


「うっし。そんじゃあ火ぃ放て」


 親父はその返事に頷くと、仲間達に向かってそう宣言し、先ほどまで俺たちのいた館に向かって炎の魔法や火矢なんかが放たれ、館は炎に包まれた。


「こうしときゃあ誰も欲しがらねえだろうし、欲しかったとしても再建すんのに時間がかかんだろ」


 確かにこうしておけばすぐに使うことはできないが……


「帰んぞ」


 それでいいのだろうかなんて思っていると、親父に背中を叩かれた。


 その勢いで俺は数歩ほどたたらを踏むように歩き出したが、帰っていく親父達の姿を見てから俺もその背を追う様に歩き出した。


 だが、そこで一旦足を止めると振り返って焼ける館の様子を眺めた。

 焼ける館の周囲には人が集まっており、魔法使いだろうか、水を撒いたり土をかけたりして火を消そうとしていた。


 そんな光景を軽く眺めた後、俺は再び館から視線を外し、親父達の後を追って歩き出した。


 そうして俺は家へと帰っていった。

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