第89話対峙、再び
俺が部屋の中に入るとずっと待機していたのだろう。俺が部屋の中に入って少し進んだ直後、部屋のドアの陰、左右から一人ずつ現れ襲いかかってきた。
だが、そんなのは予想通りだ。だって、この部屋の中に誰がいるのかなんて最初からわかっていたんだから。
『意思疎通』。一定範囲内にある植物と思考のやりとりをできるそのスキルだが、今もずっと使っていた。普段は雑多な意思なんてうるさいだけだからスキルをオフにしているが、今はうるささなんて無視してスキルを発動し続けていた。
そして、この部屋に限らない話だが、こういった金持ちの家ってのは大抵が花を飾っているものだ。うちの家もそうだが、この家もな。そして、この部屋の中にも観葉植物はあった。
簡単な意思しか送ることのできない植物達から状況を聞き出すのは手間がかかったが、その甲斐はあったってわけだ。
そんなわけで最初っから部屋の中に人が隠れているのはわかっていた俺は、襲い掛かられた瞬間数歩後ろに下がって襲いかかってきた敵の攻撃を躱しつつ、敵の姿を視界内に収めた。
そして、今までとなんら変わることなく敵に種を撃ち込んでから根を張らせた。だが、ここからは少し違う。
今までは敵一体につきそれなりの数の種をばら撒かないと殺すまではいけなかったが、今回は足止めさえできれば種はそこまで必要ではない。
俺は顔面に種を受けて動きを止めた敵に近寄り、その首に手を伸ばした。
「《肥料生成》」
そして、今日覚えたばかりのスキルを使った。
「あがああっ!?」
「ギイイ——」
スキルを発動した瞬間い俺の触れていた場所が腐っていき、奇襲を仕掛けてきた敵は悲鳴を上げた。
が、数秒と経たないうちに声を出せなくなり、ついには首の全てが腐り落ちた。
胴体と頭をつなぐ首が腐ってしまえばどうなるかと言ったら、まあ当然だが頭がとれておしまいだ。
「ひっ」
人の体が腐る、なんて光景を見たからだろう。目の前に立っている豚から短い悲鳴が聞こえてきた。
手を振ることで手についた汚れを軽く落としながら、俺は豚のいる方へと視線を向けた。
すると、豚を庇うようにして立っていた使用人の男女は小さく体を跳ねさせて緊張を露わにした。
だがそれでも逃げようとしないってことは、死ぬ覚悟はあるんだろう。
なら、問題ない。元々この家に与する奴は全員殺すつもりだったんだし、殺しても構わない。
「ぁ……ぁああああああ!」
俺が一歩、二歩と踏み出すと、使用人の片方——女の方が叫びながら襲いかかってきた。手に持っているのは短槍だった。無手の俺と武器持ちの相手ではリーチが違うのだから、このままぶつかれば相手の攻撃が先に届くだろう。
だが、俺はすでにポーチから種を取り出し、手の内に握っていた。そうなればリーチなんてもう関係ない。
レベルも上がったことだし、今なら多分百メートルぐらい離れていても放つことができる。
銃弾と同等以上の威力で自動追尾機能付き、ついでに弾無限で目視不可の攻撃なんて、防げるはずがない。
突っ込んできたメイドを的にしてスキルを使い、種を放つ。後はもう流れ作業だ。発芽させて根を張り、怯んだところを接近して頭部付近を掴んで肥料に変える。
だが、俺がメイドを攻撃したことでチャンスだと判断したんだろう。もう一人の使用人が拳を構えて突っ込んできたが、残念ながらチャンスでもなんでもないんだよ。
攻撃を仕掛けてきたもう一人に対しても種を放ち、流れ作業。
そもそもの話、俺の使ってる《肥料生成》って『俺に触れたもの』を肥料に変えるスキルなんだ。
素手じゃあ殴ろうと掴もうと、どっちにしてもその部位は二度と使い物にならなくなる。まあ、肥料に変えるまでに多少の抵抗があるから殴られた場合は実際にダメージを負うかもしれないが、それだけ。二度目はないし、多分殴ってる途中で肥料に変わるから威力事態もそんなに出ないと思う。
そうして護衛を片付け、二人の使用人も片付け、俺はようやくこのクソッタレな豚とまともに話すことができるようになった。
でも、いざ何か言うってなると何を言っていいのかわからなくなってくるな。
言いたいことは色々あったはずなのに、何も言葉が出てこない。
「……『槍士』だって自慢するくらいなら、ここで立ち向かうくらいの勇気を見せろよ。もう一回だけチャンスをやるからさ」
だからだろう、そんなことを言ったのは。ただ、この手で叩き潰すために、後悔させるために、俺はそう言った。
「ふ、ふざけるな! 俺はこの街の支配者なんだぞ! こんな事をしてタダで済むと思っているのか!?」
「支配者ってお前じゃなくてお前の父親だろ? それに、そもそもお前らはこの街の支配者じゃないし。強いていうなら支配者の一人だな。五人いる中の最弱だけど」
「違う違う違う! 俺はこの街の支配者で、いずれはこの国を支配する王になるんだ!」
こんな状況になってもまだ攻撃を仕掛けて来ようとはせず、目の前の現実を受け入れずに駄々をこねて夢物語を語っているだけの豚。
「……こんなバカのせいであいつらが怪我させられたって考えると、なんかもう笑えてくるよな」
怒りも呆れも通り越して、ただただ空虚な笑いしか出てこない。
このままこんなのと話していても意味なんてないだろう。いくら何を言ったところでこいつは後悔なんてしないし、反省もしない。そんなことをしたところで許すつもりなんてなかったけど、いざ実際に目の前にしてみるとなんとも言えない虚しさが出てくる。
「とりあえず、死ね」
俺はそう言うと一歩踏み出し、豚へと近寄っていく。
「く、くるなああああ!」
護衛達が死んだ様子を見ていたからだろう。自分もそうなりたくないと思ったのか、豚は叫びながら俺に向かって槍を突き出した。
「し、《刺突》うううああああ!」
スキルののったその一撃は普通なら人を容易に殺すことのできる一撃だった。
だが効かない。こいつ程度の槍なんて、避けるのは容易い。視線と手元と肩の動きを見てれば、戦闘系の天職を得ていない俺だって避けることぐらいできる。
「馬鹿の一つ覚えみたいにやったところで、それは前に対処された技だろうが。もっと他になんかねえのかよ」
そうは言ったが、こいつは俺と違ってまだ位階が上がっていないだろうからできることなんて限られているだろうな。こいつは純粋な技術を磨くタイプってわけでもないし。
俺の言葉を聞いた豚は前の時と同じように狙いなんてつけず、がむしゃらにスキルを使って槍を突き出してきた。
「アアアアアアアアアア!」
それでも豚はただただ《刺突》スキルを繰り返すだけ。
前回の決闘騒ぎの時、乱雑に放っただけの攻撃で俺は怪我をしてしまった。あの程度の攻撃だったのに当たってしまったことで、俺は改めて槍使いを相手にした時用に鍛えたんだ。
もう、こいつの攻撃なんて喰らってやるものかよ。
そうして豚の攻撃を避けながら一歩、また一歩と進み、ついには槍の間合いの内側に入った。そうなれば突きなんて放てるはずもなく、豚は槍を横薙ぎにしてきた。
「くるああアアアアア!」
槍を払った本人は興奮しすぎているのか涎を撒き散らしながら血走った目をしている。
だが、その一撃は刃を立てることどころか、そもそも刃の部分を当てようとすらしていないただ払われただけでしかなく、俺はその槍を掴み止めるとスキルを使って柄の部分を腐らせた。
「あ——」
槍が折れたことで本来想定していたであろう衝撃は起こらず、豚は槍を振った勢いのまま体勢を崩した。
俺はそんな豚に近づき、槍を握っていたその腕を掴んでスキルを発動させた。
「——あああああああっ!?」
一瞬呆けたような目をして俺のことを見て、それから自分の腕をみた豚だが、右腕の肘から先がなくなっていることに気がつくと絶叫をあげた。
「う、腕! 俺の腕があ!?」
肉は溶け、骨は塵になって形を失った腕はべちゃっと音を立てて床に落ち、豚は持っていた槍の残骸を放り捨ててその場にしゃがみ込んだ。
そして腐り落ちた腕を拾い、それを腕にくっつけるが、そんなのでつくわけがない。仮に治癒をかけようとしても傷口そのものは腐ってるんだから意味がない。
治すんだったら、かなり上位の治癒術使いに部位欠損を再生するスキルを使ってもらうしかないが、ここにはそんな奴はいない。
「きっ、きさまあああ! よくも俺の腕をおおおお!」
「腕が嫌なら、次はここでどうだ?」
掴みかかってくるが残っているその手には先程自分で拾った左手が持たれているので、それを捨てない限りは俺のことを掴んだりはできない。まさかこいつが自分の手を投げたりして攻撃することもないだろうから、攻撃したりすることもない。
なんでそんな意味のない行動をしたのかは疑問だが、多分本人はろくに考えていないんだろ思う。ただ俺に掴み掛かろうとでもしたんだと思う。
豚の顔面に手を伸ばして掴むと、右目の眼球を瞼ごと腐らせる。
「ぎゃあああああ!」
先程拾った腕を放り捨てて豚は自身の顔面を押さえるが、そこにはヘドロ化したナニカがあるだけで、もう目としての役割を果たすことはない。
豚は俺から逃げようとしたのか足に力を入れたみたいだが、ふらついて倒れてしまっている。
何度目かの挑戦で倒れずに走り出した豚だが、そんな鈍い動きじゃ追いつけるに決まってんだろ。
逃げられるわけがない。逃すわけがない。俺はもうお前を殺すって決めてんだ。そこには良心の呵責も倫理も何も邪魔するものはない。何があろうと、誰が止めようと、俺はこいつを殺す。
「ひ、ひいぃぃぃ!」
逃げる奴の後を追って蹴り倒し、足を掴んでスキルを発動させる。
「ひぎゃああああああ!?」
それだけで俺に掴まれていた足は服ごと腐り、体から切り離された。
「た、たすっ! たす、たしゅけっ! たしゅけでぐれ!」
涙と涎と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながらみっともなく懇願する豚。
そんなこいつを見下ろしながら俺は問いかけた。
「そんなに生きたいか?」
「いぎだい! いぎだいでず!」
そう聞いたことで俺が助けてくれるかもしれないとでも思ったのか、豚はその顔に希望の色を乗せて俺のことを見上げてきた。だが……
「そうか……」
俺はその場にしゃがみ込み、先ほど豚から切り離した足を手に取り、それを豚の顔面に放り投げた。
「でも諦めろ。俺はもう、お前を殺すって決めたんだ」
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