第88話逆襲

 親父に許可をもらった後、俺は準備を整えて中央区にある豚の館へと向かった。

 俺の周りには親父の部下がついてきており、その数は百は超えている。


 そんな数を引き連れていけば隠密行動なんてできるはずもなく、街中を歩いている俺たちのことはすぐに広まったようで、目的地にたどり着いた頃にはすでに相手もそれなりの数を揃えて戦闘態勢になっていた。

 だが、それでもまだ集まりきっていないんだろう。まだいろんなところから集まってきていると周囲に生えている雑草や植木達から報告がきた。


 俺たちはそいつらから少し離れたところで止まり、睨み合うこととなった。


「てめえらなんのようだ! ああん!?」

「んだよ。戦争でもしようってのかあ!?」


 敵方の集団の先頭にいた男達が俺たちに向かって怒声を上げているが、今更こんなものでビビるはずがなく、止まるわけもない。


「そうだよ」


 だから俺は、周りにいた奴らにどいてもらって部隊の前へと姿を見せた。


 俺が姿を見せたことで訝しげにしていた奴らもいるが、そのうちの何割かは俺のことに気がついたようでこっちを見ている。


「んだあ? てめえは東の——」

「てめえらのことを雑魚だからって侮った結果友達を殺しかけた馬鹿野郎だよ」

「あんだって?」


 俺の言った言葉の意味がわからないのか男は問い返してきたが、俺はそれに応えることはなく、ただ前方に集まった敵を見回して状況を確認するだけだった。


「結構揃ってきたな。そろそろいいか」


 もうだいぶ『敵』は集まってきただろう。これ以上は放っておいても問題ない小物のはずだ。

 だから、もういい。やろう。


「坊ちゃん」

「ああ、ありがとう」


 俺が動く気になったのを理解したのか、カイルに変わって今日の俺の護衛をしてくれているエディが俺に向かって皿を差し出してきた。

 その上には種が乗っており、エディのすぐそばには中身の詰まった麻袋が置かれている。


 これは俺の武器。

 今日は自重なんてしない。誰にばれようが構わない。ただ確実にあいつらを潰す。そのためにエディには種の詰まった袋を持ってきてもらうことにしたのだ。


「《播種》」


 そして俺は差し出された皿から種を掴むと、それをばら撒きながらスキルを発動した。


 その瞬間、ばら撒かれた種は前方に集まっている敵に向かって飛んでいき、装備の隙間に刺さり、あるいは装備を貫通して人体へと埋まった。


「《生長》」


 敵は種という小さすぎて視認することのできない攻撃を受けて悲鳴を上げていたが、それで終わらせるつもりはない。


 俺はスキルを重ねて撃ち込んだ種から芽を生やす。

 種を割ってでた芽と根は撃ち込まれた人間の体を食い破っていく。


 そうして敵が叫びを上げたところで、俺は今度は別のスキルを使う。


「《天地返し》」


 やっていることはこの間の襲撃された時と同じことだ。種を撃って足止めし、発芽させて隙を作り、土をひっくり返して敵を埋める。それだけだ。

 だが、今回は規模が違う。


 普段は疲れるだけだからあまりやらないが、今回はそんなことはどうでもいい。

 俺は敵の足元の地面を指定し、範囲直径十メートル、深さ三メートルほどの土をその上にいた人間ごと持ち上げ、ひっくり返した。


「ぎゃああああ!」

「なんなあああああ!?」


 突然のことで敵は悲鳴を上げながら浮かび上がり、反転した土と一緒に再び地面へと落ちていく。

 それを同時に十箇所ほどで行なった。


 終わってみれば先ほどまで敵の立っていた場所には何もなく、ただ地面が耕されて少し盛り上がっているだけとなっていた。


 そんな光景を見たからだろう。敵も味方も、誰も何も話すことはなく、その場は一時的にだが静まり返っていた。


 そんな中、俺は拡声の道具を使って自分の声を届ける。


「行くぞお前ら。全員殺せ」


 俺の宣言と共に親父の部下達は雄叫びをあげ、突っ込んでいった。

 それに応えるために敵も叫び、武器を構えるが、どことなく士気が薄い。まあ一方的にやられてるのを見たらそうなるだろうな。

 だが、どんなに敵側にやる気がなかったとしても、俺は止まらない。


「エディ。お前にこんなことさせるのは悪いけど、今日は荷物持ち頼むな」

「っす」


 俺は突っ込んでいった仲間達の様子をどこか冷めた目で見ながらエディに声をかけてから歩き出し、エディはそれ以上は何も言わず、種の入っている袋を持ちながら俺の後をついて歩き出した。


 今回の作戦は簡単だ。俺たちが大通りを進んでまっすぐ敵の拠点に向かう。

 そうすれば敵は拠点前に集まるだろうから、俺が最初に攻撃し、その後は仲間たちに敵の拠点までの道を作ってもらい俺がそこを進む。

 そうして敵の拠点に入ったら豚を見つけて潰すだけだ。


 当初の作戦通り俺が攻撃した後は突っ込んでいった仲間達が道を作ってくれたので、俺はそこを進んでいく。

 途中何度か襲われたが、全部播種と《生長》で倒れていった。

 効率的に倒すコツは、相手の眼球と脳みそに向かって種を蒔くことだ。そうすれば頭蓋骨なんて貫通して脳みそに届き、そこで芽を出すし、眼球を穿たれたことで敵は動けなくなるから攻撃できなくなるし、そのうち死ぬことになる。


「あ? ——ああ、こりゃあちょうどいいな。このタイミングでレベルアップか」


 そうして敵の館にたどり着き中に入ったのだが、階段を登る途中でスキルが使用回数に達したのか俺の天職の位階がレベルアップした。


 それと同時に頭の中には新たに覚えたスキルの内容が浮かび、俺はそれを試すために左手で階段の手すりを掴み、スキルを口にした。


「《肥料生成》」


 俺がその言葉を口にした瞬間、俺の掴んでいた手すりは形を失い床に落ちていった。


「木の手すりが腐った……いや、名前からして肥料化したのか?」


 の割にはなんかドロドロとヘドロ化してるんだけど、肥料ってこんなもんだったか? なんかもっとぱさついてるっていうか、泥とか土っぽかった気がするんだが。それに、なんだか臭いもある。

 完全に腐ればそんなに臭いもしなかったはずだし、腐りかけか? ……なら、これはレベル不足のせいだろうか?


「まあいい。使えそうな力でよかった」


 第五位階スキル《肥料生成》は、その名前の通り触れたものを肥料へと変えるスキルだ。

 確認する必要はあるだろうが、これが思った通りに使えるのなら、今回のこれで役に立ってくれるはずだ。


「クソガキがああああ!」


 そう思っていると、館の中の警備だろうか。武装した男達が突っ込んできた。


「《播種》。《生長》」

「いぎっ——ぎゃあああああああ!?」


 が、そんなのは今まで通り対処すればいいだけの話。今までと何も変わらない。

 強いていうのなら天職のレベルアップの影響か、生長で育った種も前より大きくなってる気が、まあそれくらいだ。


「ちょっと実験に付き合ってもらうぞ、クソ野郎」


 生長度合いに関しては後で確認するとして、今は先に調べることがある。

 その調べごとのために俺は今し方襲いかかってきた男の腕を掴んでスキルを発動させる。


「《肥料生成》」

「ぐぎっ、ぎいいいいい!? アアアアア! 手! 手が!」


 俺がスキルを使った瞬間に、先程の手すりと同じように俺の触っている部分がドロリとした粘性のある黒い物体に変わった。肥料化したのだ。


「よし。人間にも有効か」


 さっきまでの家具や建物に使った時よりもちょっと抵抗があった気がするが、それでも問題なく肥料化することができた。


 改めてスキルの結果を見てみると、それは服も肉も骨も関係なく、等しく溶け落ちている。

 だが、腕についていた装飾品だけはその場に残っている。どうやらこのスキルは非金属……と言うよりもスキルの名前からして有機物か? それだけを肥料化できるようだ。


 発動範囲は触った部分だけだが、『有機物を腐らせて肥料として最適な状態に整える』とかそんな感じの能力だろう。頭の中に流れた説明は『触れたもので肥料を作る』だけだったからな。不親切にも程があるが、まあ能力自体は歓迎しよう。能力自体もちょうどいいタイミングで来てくれたしな。


 まだ詳細がわかったわけでもないが、それは道中で確認しながら進むとしよう。




「ようクソッタレ。こんなところにいたのか」


 そうして能力の確認をしながら襲いかかってくる敵を潰し、俺はなんだか他の場所とは違って豪華な扉へとたどり着いた。

 俺は奴がここにいるのを確信しながら扉を開けたのだが、そこには俺の期待通り目当てとしていた人物が武器を構えて待っていた。


 他には背中から血を流している少女と、全身にあざのできている少女。それから部屋の隅には怯えたように縮こまっている数人の少女がいた。

 後は使用人だろうか。庇うようにして豚の前に武器を構えて立っている。


 だが、そんなのは知ったことではない。誰が何人いようとも関係ない。

 俺は両手に握ってある種を確認するとそのまま部屋の中に足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る