第87話襲撃の後
あの後のことだが、結果的に二人は助かった。
だが、しばらくの間はベッド生活を余儀なくされる。いくら治癒魔法なんてもんがある世界だとしても、一瞬で完全回復あんてわけにはいかないんだ。回復される側にもある程度は体力がないと効果がない。怪我を治す分の力はどこから来るんだって話だ。
今回のこれは俺の招いたことだ。立場や力を持ったからって甘く見たこと。敵対してる存在がいるってわかってたのに、一度勝ったからと舐めてたこと。
そのせいで俺は不意をつかれ、ベルとカイルは死にかけた。
「ヴェスナー様……。そろそろ休まれませんと。あなただって万全ではないのです。二人が起きるよりも先にあなたが倒れてしまいます」
「……ああ」
俺たちが襲われてから今日ですでに三日が経ったが、ベルとカイルは目を覚さない。それだけ大きな怪我を負ったんだから、生きているだけマシなんだろう。
俺は以前、信念とは何かって考えたことがあった。
俺らしく生きて、やりたいことをやる。その結果何が起きようとそれは自分の責任だし、そのことについて覚悟をするってな。責任と覚悟を持ってやりたいことをする。それがあの時俺が思ったことだったはずだ。
——やりたいこと、できてねえじゃねえか。
これが俺のやりたかったことか? 相手を侮って調子に乗って油断して、その結果守りたかったはずの仲間に守られて怪我をさせて……これが俺のやりたかったことかよ。
違うだろ。そうじゃないはずだ。
責任と覚悟をって、俺はこんな覚悟をしてたか?
いや、してなかった。仲間が傷つく覚悟なんて、俺はしていなかった。
今回の件は中央の豚共の仕掛けたことだが、さっさと潰すべきだったんだ。後の面倒だとか周囲の関係性とかそんなの関係なく、敵対した、ならさっさと殺しておくべきだった。そうする機会なんていくらでもあったんだから。
殺しはいけないことだとか言うやつはいるだろうし、俺だって今までできるだけ殺しは避けてきた。必要があれば殺すけど、できる限り穏便な方法で済ませたい、ってな。
けど、それじゃあいけないんだ。いくら何を言っても、何をしても反省しないやつはいるし、逆恨みをするやつだっている。
そんなやつを相手にして「生きていればいつか反省するから殺しはダメだ」なんてことを言っていられない。そんなことを言っているのは甘い、現実が見えていないだけだ。クズはいくら言ってもクズだし、殺す以外に襲われなくなる方法なんてない。
俺はカイル達だけじゃなくて、身内を守りたいと思った。笑っていてほしいとも。
だがどうだ。現実はこうして守ることができずに、むしろ守られてベルが代わりに倒れている。
それは、俺が甘かったからだ。日本にいた時の道徳心や常識なんかがあったからだろうな。今更言い訳でしかないけど、多分それに引っ張られた。だからあんなのをちょっと懲らしめるだけで終わらせていた。この世界の生きる難しさを知ってたはずなのに。
でも、俺が教えられてきた道徳心や常識、倫理観なんてものは日本でしか役に立たないものだ。命を狙われたのなら、殺さなくちゃ終わらない。この世界では自分の命なんて自分で守るしかないんだから。この街では特にそうだ。失いたくないのなら、やられる前にやるしかない。
だから——殺そう。
俺はあいつらを許せないし、許さない。これ以上何かされて身内を傷つけられる前に、俺はあいつらを殺す。
そう決めて顔を上げると、そこには俺のことを心配そうな表情で見ているソフィアの姿があった。
そうして俺はようやくこの三日間、ソフィアがここで項垂れてるだけの俺につきっきりでいてくれたことを理解した。
「……なあ」
「はい」
「……ありがとう」
それだけ言って立ち上がると、一度大きく深呼吸をしてからドアへと向かって歩き出した。
「親父のところに行く。二人を頼む」
「はい。いってらっしゃいませ」
ソフィアに見送られて俺は親父のいるであろう執務室に向かっていった。
「おう、どうした。やっと出てきたかよ」
向かった先では、まるで俺が来るのがわかっていたかのように親父が俺を迎え入れた。部屋の中にはどういうことかこの街にきた時の初期メンバー達が集まっていたが、俺はそれを特に気にするでもなく親父に返事をするでもなく、自身の思いを口にした。
「親父、一日だけ自由にさせてくれ」
「あん?」
「その後はここを出てけって言われてもすぐにでも出て行くから。だから一日だけ止めないでくれ」
襲われたとはいえ、俺が中央を襲えば問題だ。その問題の責任の取り方としては、俺がここから出て行くのが——追放されるのが一番手っ取り早いだろう。
だが俺は、それでも構わない。ここはクソッタレな街だし、普通は暮らすような場所じゃない。それでも俺はこの街で育ってきたんだ。愛着だってある。
けど、それを捨てることであいつらを殺すことができるんだったら、俺はこの街を捨てる。
だが……
「……馬鹿が。出てけなんて言わねえよ。『これ』は『お前の人生』だ。思ったように動いて、思うがままに楽しめば良いんだよ。好きに生きろ。何か失敗したら尻くれえ拭ってやるからよ。それが親ってもんだろ」
その言葉には不思議な感じがした。なんだか特別な意味が込められているような、そんな感じ。
だが、その違和感よりも、今の俺には好きにしろと言ってくれたことが、それでも見捨てないと言ってくれたことが嬉しかった。
「ただし条件がある。——曲げるな、折れるな。それだけだ。おめえはおめえ〝らしく〟やりたいことをやれ」
「そうか……」
そして俺は部屋の中にいた奴らを見回してから改めて親父に視線を向け……
「——あいつらを、潰す」
そう宣言した。
「そうか。わかった」
「……止めないのか?」
今までの上っ面だけの、言葉だけのなんちゃってとは違って本気の覚悟を込めた言葉だったが、親父がなんでもないかのように頷いたことで思わず聞き返してしまった。
「言ったろ。〝好きにやれ〟って。この街じゃあお前を咎める法なんてねえ」
親父はそう言うと天井を仰ぎ見るように見上げ、大きく息を吐き出すと再び顔を下ろして俺を見つめてきた。
「それにな……むかついてんのはお前だけじゃねえんだ。止めるやつなんざあ、誰もいねえ」
そう言った親父からは隠すことのない怒りの気配が周囲に撒き散らされ、それは親父からだけではなくその場にいた全員からも同じように怒りの感情が放たれた。
「派手に潰すぞ」
「ああ」
そうしてこの日、五帝から一人脱落することが決まった。
──◆◇◆◇──
手下からの報告を聞いた俺は完璧だったはずの作戦が失敗したことを知った。
それはもう三日も前のことだが、今になってもまだ腹の虫が治らない。
「くそっ、クズどもが! あれだけの数がいながらも奴を殺すことができなかっただと? 何をふざけているのだ!」
俺はあいつら——俺に恥をかかせた東クズどもを殺すために奴らの動向を調べた。
そして『あいつ』がエルフの森に向かったということがわかり、俺は五十以上もの配下を用意し、襲撃をかけさせた。
『あいつ』は俺に勝ったことで調子に乗っていたようだからな。護衛の人数はかなり少なかった。
だからそこに何十という数で襲い掛かれば容易に殺せるはずだと考え、送り込んだ。
だが、実際はどうだ。
何十といた手下どもはたったの五人を倒すこともできずに全滅させられた。
まったくもって使えない。俺がせっかくたてた完璧な作戦だったというのに、それをグズ共の愚鈍さで潰されるとはな。
生き延びたのはわずかな者達だけ。それも怪我をし、逃げ帰ってくるような惰弱な者共だ。当然ながらそんなものに用はないので報告を受け次第殺した。俺の配下に雑魚はいらんのだ。
「まあいい。やつのお気に入りの部下の二人を潰すことはできたのだ。ならばそれで今回は良しとしておくとしよう」
『あいつ』自身を殺すことも、その護衛である奴らもろくに潰すことができなかったが、『あいつ』の側近である女と男は潰すことができた。
死んではいないようだが、それでも腕を失うような怪我をしたらしい。
作戦自体は失敗だが、これはこれでいい。これでやつは俺に逆らったことを後悔するだろう。
「これでやつもどちらが上なのか理解できたことだろう。これ以上俺に逆らうことはないはずだ。仮に逆らってきたとしても、今度こそ殺せばいいだけだ」
今回の作戦で手下は減ったが、どうせあの程度で失敗するような輩などすぐに集めることができるのだから構いはしない。
次は俺の作戦を完璧に実行できる奴らを集めよう。もっとまともな奴らを集めることができれば、仮に『あいつ』が逆らってきたとしても今度こそ殺すことができるはずだ。
「あんな風に俺に醜態を晒させたことを後悔させてやる」
あの時の、卑怯な手を使って決闘を侮辱し、俺は醜態を晒すハメになった。そのことを許すつもりなどない。せいぜい苦しんで後悔すれば良いのだ。この町の支配者に逆らった罪は軽くなどないのだと教え込んでやる。
だが、今回の件でやつは側近を失い、腑抜けているという。よほど怖かったのだろうな。所詮は『農家』よ。あの時のような遊びであればそれなりに動けるのかもしれんが、本当の戦いとなれば覚悟ができていなかったのだろう。引きこもっていればいいものを、調子に乗るからそうなるのだ。
だが、このままであれば俺に逆らったことを後悔して、もしかしたらそのうち向こうから謝罪に来るやもしれないな。
クク、そうなったら許してやろうではないか。ただし、逆らった事実は存在しているのだから、存分に痛めつけてからになるがな。その過程で死んだとしても、それは知らん。その程度で死ぬのが悪いのだから構うまい。
と、そんなことを考えていると俄かに部屋の外から騒がしさを感じた。
「なんだ、騒がしいな」
またどこかのバカが仕掛けてきたのか?
我が家はこの町の支配者なだけあって、常日頃からその地位を狙うバカ共が襲ってくる。身の程を弁えんていないそいつらは最後には必ず死ぬのだが、それでも俺を煩わせる程度の騒ぎを起こすことは多々あった。だから今回もその一つだろう。
それとも父がどこかへと襲撃をかけるのだろうか?
あまりないことだが、父は時折どこかの街へと出かけている。その時には百以上の数を引き連れて向かうのだから騒がしくなる。
今回はどちらだろうかと思ったが、何か怒声のようなものが聞こえてくるので前者だろう。
だが、どうせそのうち終わるだろう。結局はいつもと同じことだ。
そう思って一般人では買えないような高価な椅子に腰を下ろして部屋の隅で待機していた奴隷の女を呼びつける。
さて、今日はどんな風にして遊ぼうか。
奴隷が俺の前にやってきて、その怯えたような表情を見ているだけで嗜虐心が湧き上がってくる。
とりあえず脱がせるか。服を脱ぐように命令すれば奴隷はその通りにせざるを得ず、その時の羞恥心に染まった顔がなんとも唆られる。
そうして奴隷は途中で手を止めたりしながらも最後まで服を脱ぎ終え、不安そうに俺のことを見てくる。
そんな奴隷に、俺は蹴りを入れた。
奴隷は腹を蹴られてうずくまり、呻き声をあげる。が、それでも俺は蹴るのをやめない。
だが、そうして何度も蹴っているとついには反応がなくなってしまった。つまらん。この程度で潰れるとは。
仕方ないので次のを、と呼ぼうとしたところでまだ騒ぎが続いているのに気がついた。
「……これはどういうことだ? いつもであればすでに終わっていてもおかしくはないだろうに。なぜまだ騒がしいままなのだ?」
疑問に思って耳を傾けてみると、どうにもその騒がしさの規模は今までのものとは比べ物にならない。規模も、質も。
そして、その騒ぎは徐々に大きくなり、しばらくすると何かが叩きつけられ、破壊される音が響いた。
「なんだ? 何が起きている!」
騒ぎは屋敷の中まで響いてきている。
どういうことだ! 誰かが屋敷の中まで侵入してきたとでもいうのか!?
ありえない。そう思いながらも俺は壁にかけてある槍を手に取って部屋で待ち構える。
来るなら来い! 返り討ちにしてくれる!
そしてついには……
「ようクソッタレ。こんなところにいたのか」
感情の見えない瞳をし、能面のような無表情を貼り付けた子供——ヴェスナーが姿を見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます