第86話帰り道の襲撃

 

 種をもらった後は特にやることもないので、道すがら潅水を使って森に水を与えながら村に戻った。少しでも聖樹からの印象をよくしておいた方がいいかもしれないからな。それがどこまで通用するのかわからないけど、やらないよりはマシだろう。


 だが、その後も村に着くと同じように水をばら撒き続けることを要求され、俺たちはさらに一晩村に泊まることとなった。


 そしてエルフたちの村からの帰り道、あと三時間も馬車に乗っていれば街に着くだろうと言うあたりで俺たちは賊に襲われた。

 道中が長すぎたので寝ていたのだが、なんとなく嫌な感じを感じると目を覚まし、直後にかけられたカイルの声で囲われていることを理解した。


「へへっ、お前らあっちから来たってことはエルフんところに言ってたんだろ? 当たりだといいんだけどな」


 ……こいつら、一体なんだ? 賊なのは間違いないのだが、この辺りで俺たちが襲われることなんてないはずだ。一応この辺は親父の領域だからな。

 この馬車には親父の所属だってことを示す紋章が掲げられている。あの街に暮らしている奴らなら五帝の紋章を知らないはずがないし、この辺で活動する奴らなら尚のこと親父の紋章を知らないはずがない。


 それでも襲ってきたってことは、親父のことが怖くない、もしくは親父に反抗しているってことか?

 だがそうなると……


 それに、『当たり』とはどう言うことだろうか?


「おら、こっちにきたってのはわかってんだよ! 馬車ん中にいるやつらも出てこい! じゃねえと馬車ごと焼いちまうぞ!」


 焼かれては困るので俺たちは外に出ていったのだが、一応ソフィアは馬車の中に残している。ソフィアは戦闘になった場合は戦えないからな。護身くらいならできたとしても、戦闘となると難しい。


 俺も隠れていた方がいいんだろうけど、多分向こうは俺が乗っていることをわかっていてこの馬車を襲ってるんじゃないかと思う。だって『当たり』を探してるらしいし、親父の勢力を襲ってまで探すような当たりなんて俺くらいしかいない。

 エルフを狙ってるのかもしれないと考えたが、それならエルフの森を直接襲えばいい。そうでなく馬車を襲ったってことは、馬車で移動するような奴を狙ったってことになる。


 なので俺を狙ってた場合は俺が隠れたところで意味はなく、ただ火を放たれておしまいだ。


「おーおー。やっぱ東のお坊ちゃんが乗ってやがったか」


 やっぱりか。

 こいつら、俺が乗っていることをわかってて襲ってきたってことだ。

 そんなことをする相手ってのは限られていて、まあいつものごとく西か中央なわけだが……さて、こいつらはどっちだろうな。


「お前ら、なんのようだ?」

「悪いけど、うちのボスの命令なんだわ。ちいっとばかし痛い目に遭ってもらうぞ」

「これっぽっちの人数でどうにかしようって思ってんのか?」

「強がんなよ。そっちのはめんどくせえが、お前ぇが『農家』なんつークソ雑魚なのはわかってんだよ。それに周りの護衛も少ねえ。ここにいる奴らで十分すぎるくれえだろ」


 確かに今回はいつものように大人数での移動ってわけじゃない。護衛はカイルを入れて五人しかいないので、狙いどきといえば狙いどきだ。

 だが、だからといって相手は五十人程度しかおらず、その程度の人数でどうにかなるものでもない。


 エディに目配せをすると俺はポーチに手を突っ込んで種を取り出し、目に見える範囲の賊達に向かって種を放った。それ単体で相手を殺すことができるほどの威力はないのだが、俺がスキルを放ったと同時にエディが動き出し、投げナイフと圧縮した水の弾丸で敵の急所を狙い、数を減らしていった。


 突然の俺たちの行動で相手が混乱したところで、カイル以外の他の護衛たちも動き出して残っていた敵を片付けにかかった。

 カイルは敵が接近してきたら排除、もしくは時間稼ぎなので俺のそばで待機しているので実質四人しか戦っていないのだが、それでも圧倒的と言ってもいいくらいの早さで敵が減って行く。


 時折こっちに向かってなんか飛んできたりするが、全部カイルが弾き落としたり切ったりして無効化している。


「なんか、襲ってきたわりにあっけなかったな」

「っすね。けど、こうして襲われた以上は警戒しないとっすよ」

「わかってる。さっさと帰ろう」


 そうして全ての敵を倒し、馬車に乗り込もうとしたその時。


「ヴェスナー様!」

「え——」


 俺が何かを言う間もなくベルが俺を押し倒すかのようにして覆い被さり、爆発が起きた。


「うぐあっ!」


 かなり近くで起きた爆発によって俺は吹き飛ばされた。

 爆発の衝撃と熱、それから吹き飛ばされた後に地面に打ち付けられた痛みで声が漏れる。


 身体中が痛いし耳もよく聞こえない。頭もなんだかぐらついた感じがする。

 だがそれでも、幸いにも頭にダメージは少なかったので何があったのか状況を理解するために頭を動かしていく。


 敵を倒した。だがそれによって油断していたところに近くで爆発が起こり、それによって吹き飛ばされ——。


 と、そこでハッと直前の状況を思い出した。俺はベルに押し倒されたのだ。

 あれが庇うためなんだとしたら、実際に俺と爆発の間に割り込んで俺を庇ったベルはどうなった?


「べ、ベル!?」


 ベルのことを思い出した俺は慌てて周囲を見回すが、俺から数メートルほど離れた場所にベルが倒れていた。


 慌ててベルの方へと駆け寄ったのだが、近づいて見たその背は服なんて消し飛び、変色し、いくつもの破片が刺さっていた。


「あがっ、があああ!」


 倒れていたベルの姿を見て放心していた俺に、カイルの声が少し離れた場所から届いた。


 カイルも俺たちのそばにいたんだ。だったらあの爆発を食らっていて当然だ。だから離れた場所から声が聞こえるのはおかしなことではない。

 だが、その聞こえてきた声が叫びなのはどう言うことだろうか?


 俺は慌てて声のした方へ振り返ると、そこには爆発のせいか右腕が焼け焦げているカイルの姿があり、全身に何本もの矢が刺さっていた。


「カイル!?」


 俺は特に考えることもなく、反射的にカイルの方へと足を踏み出したのだが、そこで何者かにタックルを喰らうかのように押し倒された。

 見るとエディが腕に矢を受けながらもホッとしたような顔をしていた。

 訳がわからないながらもエディを見ているとその後ろ、先ほどまで俺の立っていた場所を通過するように幾つもの矢が通り過ぎていった。


「坊ちゃん! 伏兵がいたんす! 心配なのはわかっすけど、今はこいつらの対処を! 終わんねえと医者にも見せられねえんすよ!」


 俺はその言葉でハッとし、慌てて上半身を起こして周囲を見回すが、先ほどまで戦い、倒れている奴らとは別口で先ほどまではいなかったはずの男たちが立って俺たちに弓を向けていた。


「《天地返し》!」


 そいつらの姿を見た瞬間に敵だと判断した俺はスキルを発動させ、視界内にいる全員の足元の土をひっくり返した。


 急いでいたので掘り返した土のサイズは初期設定の深さ一メートル程度のものだが、それでも突然足元の地面が浮かび上がりひっくり返されれば驚くようで、賊たちのほとんどは対処できずに穴に落ち、上から土を被せられていた。


「《播種》!」


 だが、なんとか穴に落ちずに済んだ奴らもいるようだったので、俺は穴に落ちてるとか落ちてないとか関係なしに、とにかく目につく奴ら全員を標的にしてスキルを使う。


 ポーチから種を取り出す時間すら惜しくてポーチに手を突っ込んだままスキルを発動させ、種はスキルを発動した瞬間にポーチを突き破って俺たちを囲んでいた奴らに向かって飛んでいった。


 全身に高速で飛んでいった種を食らい、その衝撃で倒れた男たちだが、敵を全て視界内に収められていたわけではないので一度のスキルでは全員を仕留めきれなかった。そのためさらにスキルを重ねて残っていた敵全員に種を放ち、怯ませたところでさらに別のスキルを重ねる。


「《生長》!」


 阿鼻叫喚とはまさにこのことだろう。

 俺がスキルを発動した瞬間に、さっき俺が放った種たちが賊たちの体に埋め込まれたまま種から芽が出て体を食い破って根を張った。


 まだレベルが低いからスキルの効果はそれほどでもないが、二、三センチくらいは根を張ることができる。

 今のは俺の持っている種を全部使い果たすつもりでスキルを使ったんだ。その総数は一人当たり千は下らない。

 一部は鎧に防がれたりもしただろうが、顔面に当たったものだってあるはずだ。そんな種が一気に芽を出し、根を張ったら、それがどれほどの痛みになるのか知れたものではない。


 その上、種はスキルによって急速な生長する際に周囲の『土』から栄養を奪うようで、賊達の皮膚から瑞々しさが失われていった。ひどいやつに至ってはミイラの手前ぐらいまで干からびている。

 これは一つ一つに奪われる栄養はさほど多くはないが、千もの種が栄養を吸った影響だろう。


「《天地返し》!」


 だが、そんな種を食らって動けなくなった賊たちの動きを確実に封じるために、俺はもう一度土をひっくり返して賊達を地面に埋めた。


 そうして新たに湧いてきた賊達を倒したところで俺はほっと息を吐き出し、俺のそばにいたエディはすぐに動き出した。


 そんなエディを見てから俺は周囲の光景を見回し、そこで倒れているカイルの姿を見てハッと状況を思い出した。そうだ、まだ何も終わっちゃいないんだった。


「カイル!」


 俺は自分の友人の名前を叫びながら走るが、爆発で吹き飛ばされた時にひねりでもしたんだろう。足が痛い。


「カイルッ、無事か!?」


 だが、そんな痛みを無視して俺はカイルの元へと駆け寄李、声をかけた。


「あ、あああ……ヴェス、ナー……?」


 右腕が焼かれ全身に何本も矢を受けながらも、カイルはまだ生きていた。普通なら死んでるんじゃないか思うほどの怪我だが、これはカイルが戦闘系の天職に目覚めているおかげだろう。戦闘系は総じて頑丈になったり生命力が高くなったりするから。


「俺は、平気……ベルを……」


 そこでベルも倒れていたんだと言うことを思い出した。

 俺はカイルの言葉を受けて慌てて立ち上がると今度はベルの元へと駆け出すが、やっぱり足の痛みでまともに走ることができずもどかしい。


「ベル! おい、助けにき——」


 だが、それでもできる限り急いでベルのそばへと駆け寄り、体勢を崩しながらもなんとか倒れ込むようにしながらベルのそばに座り込んだ。


「ベ……ル……」


 そうして見たベルの姿は手足に矢を受け、先ほど見た時には気づかなかった——いや、理解できなかったが左手はちぎれていた。

 背中が焼け焦げた上何かの破片が刺さっているし、口や目からは血が流れ、口元にあった地面を赤く染めている。

 微かながら聞こえている呼吸の音はおかしく、とても弱々しい。


 だが、それでも呼吸の音が聞こえると言うことは生きているのに違いはなく、俺は恐る恐るといった様子でベルに手を伸ばして、その頬に手を伸ばしたところでベルがうっすらと目を開けた。


「——あ……ヴェス……ナー……さ——」


 ゴポッと音を立てて口から血を吐き出した。


「ごめ……なさ——」


 何かを謝ろうとして、だがまたも血を吐き出した。


「しゃべるなバカ! 大丈夫だ。うちには治癒師がいるんだから、すぐにでも治してやるからな。だから死ぬな。諦めるな。まだ大丈夫だ!」


 治癒のための薬なんてのも馬車には用意してあるし、今回は副職だが『治癒師』を持ってるやつも同行している。だから大丈夫だ。


「わたし……」


 喋るなと言ったのにそれでもしゃべろうとしたベルだが、そこで言葉を止めるとベルは俺に向かって笑いかけてきた。


「<じょ、う……か>」


 そして、ベルは何を思ったのか俺に対して『従者』のスキルである《浄化》を使い俺の体の汚れを落とした。


「——だ、い、すき……です」

「べ、ベルッ!」


 ベルはそう言うと目を閉じた。


「坊ちゃん!」


 治癒師がやってきてベルに向かって手を伸ばしながらスキルを使う。刺さった破片なんかはそのままだけど、まずは命をつなげることの方が優先なんだろう。


「いき、てる……?」


 俺は光に包まれているベルの様子を見て安堵とともに息を吐き出してから頭に手を当てて、そのまま掻きむしる。何度も何度も掻きむしる手に力がこもっていき、ついには血が出るくらいになったが、それでも俺の心は鎮まらなかった。

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