第85話聖樹の種
「先日手紙を送ってこられましたよね? なのでそれを読んでこっちに来たんです」
「え? でもあのお手紙は送ったのが……えっと……三日ぐらい前でしたよね? もっと時間がかかると思ってました」
「三日が早いと言うのには同意しますが、エルフの時間感覚とは違いますから。流石に一年とかそんな時間はかかりませんよ」
「あ、いえ。私も人間さんについて学びましたから、一年はかからないだろうなって思ってたんですけど、一ヶ月くらいはかかってくれないかな〜、って思ってたんですけど……」
一ヶ月でも十分に長いと思うんだが、前のエルフの感覚からしてみれば随分とマシにはなってるな。
ああでも、貴族同士のやり取りと考えれば一ヶ月は普通か? 返事をするにも決まり事やらなんやらありそうだし。
「あ、ちょ、ちょっと待ってください! 今飲み物の用意をしますから!」
と、そこでレーレーネは俺たちに何も出していないことに気が付き、慌てて立ち上がると転びそうになりながらも奥へと引っ込んでいった。
のだが、そもそも俺たちはまだ家に入る許可をもらっていないんだが、これは入っていいんだろうか?
「ああ! 席! 席どうぞ! 座っててください!」
なんて考えていると部屋の奥から戻ってきたレーレーネが慌てながら俺たちに家の中に入るように促した。
「あー、お構いなく。急に来たのはこっちなわけですし、そんな慌てないで落ち着いて行動してくれて構いません」
一応はそう言ったのだが、それでも返事は返ってくることはなく、たぶん今はお茶かなんかを用意してるんだろう。
なので俺たちは家の中に入ろうとしたのだが、そこで今まで案内してくれたエルフの存在を思い出し振り返ると、いつの間にか手に持っていた桶を突き出してきた。……なんだこれ?
これはくれるってわけじゃないよな。たぶんだが、水をよこせってことなんだろう。
そう判断した俺は桶に向かって潅水を使い、水を入れてやった。
するとそのエルフの表情は嬉しそうなものへと変わり、水が満杯まで入るとお礼を言ってからその桶を抱えながら走り出していった。
……あ、転んだ。
足元を見ていなかったんだろう。抱えていた桶は宙を舞い、転んだエルフの上に落ち、エルフは盛大に水に濡れることになった。
転んで泣くかと思ったら、水を浴びることができたからなのか笑っていた。そしてどこぞへと走り去っていった。
……まあ、本人が楽しそうにしてたからいいんだろう。
そう考えると俺たちは家の中に入ることにした。
にしても、相変わらず貧相——じゃなくてえっと……欲のない建物だよな。
一応ここは自称女王の家だってのに、基本的に他の家と変わらない作りをしている。
玄関から入って直でリビングに繋がってるってのも権力者の家としてはありえないと思うが、この家はそんなありえない作りをしている。
本人は女王って名乗ってるけど、やっぱ村長の方が似合ってる呼び名だな。
……でも、そう思うとリリアって不思議なんだよな。
これは前から考えていたことだが、リリアは『姫様』なんだよな。まあそう言う風に呼ぶようにリリアかレーレーネが頼んだってのはあるかもしれないけど……。
「ただいまあー!」
なんて考えていると、ドアを勢いよく開けて聞き慣れてしまった声が聞こえてきた。
「おかえああああ!?」
帰ってきたリリアに反応しようとしたのだろう。なんか奥からものを倒すような音が聞こえてきた。
「……あの、私が手伝ってきてもよろしいでしょうか?」
「……ああ。頼む」
ソフィアの言葉を受けて俺は許可を出す。このままでは話が始まらないと思ったのだ。
「——あ、美味しい」
俺たちが土産に持ってきたお菓子とソフィアの用意したお茶出され、俺たちはテーブルを囲む事となった。
「それで、頂いた手紙の件についてですが……」
「あ、はい。聖樹の種ですね。はい、大丈夫です」
出されたお菓子を食べていたレーレーネは食べる手を止めてこちらを向いた。
「今回はいつもよりちょっと早いんですけど、たぶん森に回す力に余裕ができたからだと思います」
「森に回す力、ですか?」
「はい。前回森に水を撒いてくださいましたよね? それのおかげです」
ああ、エルフ達に頼まれてそこら辺に潅水を使いまくったあれか。あれ、そんなに意味あったんだな。知らなかったが、なんかいい感じに役に立ってるならそれでいいだろう。
「なので、種を取るにはその前にちょっとやることがあるんですけど、今からでも取りに行けますよ。どうします?」
俺たちとしてはできるだけ早い方がいいんだが、それはやることなくて暇だから、と言う理由でしかない。特に急ぎでもないのについてそうそう連れて行けってのはちょっとどうなんだって感じがするよな。
「では、明日でいかがでしょうか?」
「はい。わかりました。ではそのようにしましょう」
そうして重要な話が終わったからか、レーレーネは目の前に置かれているはずのお菓子に手を伸ばそうとして、そこで動きが止まった。テーブルの上に置かれていた菓子達はそのほとんどが消え去っていたのだ。リリアの手によって。いや、手というか腹か? なんにしても菓子達は綺麗になくなっていた。残っているのは最初の一割もないだろう。
「ああああああ!」
なくなった菓子をみて悲鳴を上げたレーレーネを宥めるために追加の菓子を差し出し、その場はなんとかなった。
そしてまた水まきやら生長やらをやらされた翌日。俺は聖樹の種を採りに行くこととなったのだが、今はそのための打ち合わせというか話し合いをしていた。
だが、どういうわけか護衛達はついてこないでほしいとのことだった。
どうやらあまり人が入りすぎると森の流れが乱れるんだとか。流れとはなんぞやって感じだが、無理して入る必要もないしここは俺一人でもいいだろう。
「行くのは俺と女王陛下だけですか?」
「いえ、リリアを連れて行きます」
「リリアを?」
できる限り人がいない方がいいってことだったから、てっきり二人で行くことになるのかと思ってたんだがどうやらそうでもないようだ。
だが、リリアの方を見てみるとソフィアの作ったお菓子を食べているだけで話を聞いている様子が全くなかった。
「ふぇ?」
「正直言ってこいつが役に立つとは思えないんだが?」
「むっ。何よ、私だってすごいんだからああああああ!?」
胸を張って後ろにのけぞったところでバランスを崩して椅子を倒した。
倒れた拍子に床に頭をぶつけたんだろう。頭を押さえて悶えている。
「……役に立つとは思えないんだが?」
「それは、えっと……いえ、役に立つはずです。リリアならやってくれます!」
「ママ!」
母親に「できる!」とはっきりと断言されたからか、リリアはパアッと嬉しそうに笑った。
「……たぶん」
「ママ!?」
だが、その後に視線を逸らされながら呟かれたレーレーネの言葉を聞き、「裏切られた!」と言わんばかりに驚きをあらわにしたが、まあリリアの評価ならそんなもんだろ。
「まあ、そう言うなら連れていったほうがいいんだろうけど、それはこいつじゃないとダメなのか?」
誰かを連れて行く必要があるんだとして、それはどうしてもこいつじゃないとダメなのかと思ったんだが……
「はい。残念ながら、私にはもう権限がないので」
「権限?」
「あ、はい。えっと……えーっと……うーん……」
どうにもリリアじゃないといけない理由があるらしいが、それをどう説明したものかと唸っている。
「えっと、聖樹のお友達の権利?」
「お友達……」
「聖樹は気に入った人を一人選ぶんですけど、それがリリアなんです」
俺の呟きに答えたレーレーネはどうだとばかりに自信満々に笑みを浮かべている。
「まあ、行けばわかる、か?」
「はい!」
このまま聞いていても埒があかないだろうと判断し、俺はそれ以上を聞くのをやめた。どうせこれから実際に観に行くわけだし、こいつらが罠に嵌めるとも思えないから基本的には問題ないだろうし大丈夫だろう。
「こっちです」
そうして護衛達を置いて俺とレーレーネ、それからリリアの三人で森の中を歩いていたのだが、一時間はたっていないだろうけどそれに近い時間は歩き続けた。
こいつらが行き来できる距離ってなるとそんなに遠くないんじゃないかと思ったんだが、結構あったな。
だがようやくレーレーネが前方を指差して聖樹が近いことを示した。
「ここです、ここ。あれが聖樹です」
そのまま進み続けたのだが、そこからさらに二、三十分くらい歩かされたところでようやく聖樹の姿を拝むことができた。
聖樹は森の中にあった大きな泉の中央にポツンと立っていた。その樹の周りには陸地なんてなく、水の中で生えているものが水中から抜け出しているかのようだ。だが、それは水草のような姿ではなく、しっかりとした地上に生えているものと同じ形をしている。
「あれが……」
でかいな。それに、なんていうんだろうな。この森に来てから感じてた感覚がかなり強まった。エルフにも感じてたことなんだが、なんか惹かれるような、親近感のわく不思議な感覚。それを目の前の大樹から感じていた。
「リリア。それじゃあお願い」
「種を貰えばいいんでしょ?」
「ええ、そうよ」
初めてみた聖樹から感じる感覚に意識を奪われていた俺をよそに、何度も見たことがあるんだろう。レーレーネたちは聖樹に近寄りながらなんてことないかのように話していた。
そしてレーレーネが泉の縁から少し離れた場所で止まり、リリアだけが泉に向かって進んでいった。
リリアが近づくごとにまるで歓迎しているかの如く聖樹は幹から光を放ち、泉はその光を屈折させて周囲を煌びやかに照らした。
そんな泉と聖樹に近づいていくリリアの後ろ姿は、まるで絵画になってもおかしくないと思えるほどに綺麗な光景で、普段のリリアの様子など俺の頭からは吹き飛んでいた。
——のだが、なぜかリリアは途中で足を止めるとこちらに振り返ってきた。
「あ、そうだ! ねえねえ、種を採ってきてあげるんだから、後でまたお菓子ちょうだいよ!」
そして雰囲気をぶち壊すかのようなことを言ってきた。
「こんな時までお前は……ああわかった。やるからさっさとやれ」
「やったあ!」
ボケたことを言ってきたリリアだが、俺の答えに満足すると再び泉に向かって歩き出した。
だが、その先には泉しかなく、どうするつもりなのかと思っていると聖樹から蔓が伸びてきた。
蔓と言っても、その大きさは聖樹サイズ。つまりはかなり大きい。断面は直径一メートル以上あるだろう。
蔓が動いたことで驚いた俺とは違って、リリアは何にも臆することなくその蔓についていた葉の上に乗り、リリアが葉の上に乗ると蔓は勝手に動き出してリリアを聖樹の幹まで運んでいった。
遠目だからよくわからないが、リリアが聖樹に手を当てて何かを話すと聖樹の放っていた光は強まっていき、幹だけではなく葉や泉の中に張り巡らせてあった根っこまでもが光を放つようになった。
光を放つ、と言ってもそれは眩しいと感じるほどではなく、強いが優しいとでも言うような幻想的な光だった。
「……ああ、だからか」
その光景を見て俺は思わずそう呟いていた。
前々から不思議に思ってたんだ。
ここはエルフの『里』と言っているが、実態は『村』だ。リリアの母親も、女王と名乗っているが他の住民からの呼び方は『村長』。
それに対して、村長の娘でしかないはずのリリアは何故か『姫様』なんて呼ばれている。
この差はなんだ? リリアを姫と呼ぶのなら、その母親は女王でもいいじゃないか。だが実際にはリリアだけが特別扱いだ。
その理由がわからなかったし、そういう流れとか雰囲気だったから呼んでるだけだって可能性もあったが、そうじゃなかったわけだ。
多分エルフにとっては聖樹ってのは俺たち人間が思っている以上に大事なものなんだろう。
だからこそ、その聖樹と心を通わせることのできるリリアが特別扱いされている。そう言うことなんだろう。
そして、放たれた後はただ真っ直ぐ進んでそのうち消えるものであるはずの光がその進行方向を変え、集まり、いくつもの光の帯が出来上がった。
それは聖樹を中心として渦を巻くかのように動き、次第に一つへとまとまっていき最終的に一本の光輪ができた。
だが、それは完成してしばらくすると砕け散った。
失敗か、と思ったが、すぐにそれが思い違いだということがわかった。
聖樹の周りに散った光はその輝きを増すと、まるで流れ星のように聖樹へと目掛けて飛んでいき、ある一点——リリアの真上に集まっていった。
集まった光は次第に収まっていき、完全に収まると光の集まっていた場所からポトリとリリアに向かって何かが落ちた。多分、あれが種なんだろう。
その後は光の収まった聖樹と何事かを話すとリリアは再び蔓の上に送られてこちら側に戻ってきた。
「どーよ! どうどう? これが聖樹の種よ! すごいでしょ!」
「……ああ、本当にすごいな」
先ほどまでの幻想的な姿を消していつものように話しかけてくるリリアだが、俺は純粋に褒め言葉を口にした。それぐらい本当に綺麗だったし、すごいと思ったのだ。
「え、そう? えへへ〜」
俺からの褒め言葉が意外だったのか照れたように顔を逸らしたリリアだが、手に持っていた種に気がついたのかそれを俺に向かって差し出してきた。
「これあげる! 大事にしてよね!」
その種は拳2個分くらいか? 結構大きさがあるが、聖樹本体の大きさから考えるとそれほど大きくもないとも言える。
俺は差し出された種を受け取ったのだが、受け取った瞬間誰かに見られているような……違う。見られてるんじゃなくて、探られてるのか? 俺の内側を覗くかのような、心の底まで調べるかのような不思議な感覚が感じられた。
そしてそれは、手に持ったばかりの種から感じるような気がした。
これは……随分とやばいものを手に入れたのか? 真面目に育てないと後で聖樹本人……本人? から文句言われそうだな。
思っていた以上の存在を手に入れたことで若干心が乱れたが、それを鎮めるかのように一度大きく深呼吸をしてからリリアとレーレーネに顔を向けた。
「それじゃあ、戻ろうか」
そうして俺は聖樹の種を手に入れた。
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