第84話エルフの里・再び

 

「ヴェスナー。エルフ達からなんか招待来てんぞ」

「招待? なんのだよ」


 決闘騒ぎが終わってから二ヶ月近くが経ち、季節としては秋を終えて冬になって一月ほど過ぎたところだった。

 そんなある日、親父がまた招待状を持ってきた。今度はエルフ達からだから面倒なことにはならないだろうけど、そもそもあいつらが手紙だなんてなんのようなんだと首を傾げてしまう。


「いや、お前が言ったんだろ? なんか知らねえけど、種ができたからどうたらって言ってたぞ」

「種? ……あーあー。そういや言ったな。そうか、もう半年か」


 以前にエルフの森に行ったときに、「聖樹の種が欲しい」とねだったことがあったのだが、それは時期ではないから半年後であれば構わないと返事を受けていた。

 まだ半年には少し早い気もするが、まあ大体半年に近いのでこんなもんだろう。


「んで、どうすんだ?」

「行くよ。指定日とかはあるのか?」

「ねえな。明日にでも向かえばいいんじゃねえのか?」

「いいのかそんな急で?」

「いいんじゃねえの? どうせあいつらに聞いても覚悟を決めるまで一ヶ月なんて余裕でかかると思うぞ。あいつらにとっちゃ一日だろうが一ヶ月だろうがたいして変わんねえだろ」

「……ああ。まあ、そうか。……そうだな。じゃあ明日向かうとするよ」


 親父の話を聞いた後、俺はいつものようにカイル達を引き連れて自室へと戻っていった。


「にしても、もう半年経ったんだな……」


 部屋にたどり着いた俺はソファに乱暴に腰をおろしてカイル達に話しかけた。


「あと一ヶ月程度で試用期間は終わりだな。お前はどうする? このまま俺の従者としてやってくれたりするか?」


 半年といえば確かにエルフ達との約束の日なのだが、それ以外にも気になることがあった。それがカイル達との契約だ。

 カイル達は俺の従者として仕事をしているが、まだ所詮『候補』でしかない。

 半年経ってから正式に従者とした取り立てることになっていたんだが、エルフ達との約束をしてから半年ってことは、エルフ達よりも一月程後に結んだ契約も同じだけの時間が流れてるってことで、もうすぐ従者『候補』として扱うのも終わりだってことだ。


 俺としては友達だと思っているカイルが従者——俺の下に着くってのは嫌なものがあったんだが、俺の立場を考えると仕方がないと思うし、やってみたら存外そう悪いものでもなかった。


 なので、俺としてはやっぱりこのまま俺の従者として続けて欲しいのだが、実際にカイルがどう答えるのかはわからない。


「……なあ、ヴェスナー」

「あん?」

「俺、お前に言わないといけないことがあるんだ」


 なのでわずかながら緊張して待っていたのだが、カイルは俺以上に緊張した様子で話し始めた。


「俺がお前と仲良くなったのは……お前に近づいたのは……」

「俺が親父の息子だから、だろ」


 途中で止まりながらも話すカイルの言葉を遮って俺はそう言った。


 カイルは驚いたように目を見開き俺のことを見ている。

 だが、そんなのは分かり切っていたことだ。


「知ってたさ。ベルは……まあ純粋に好意だと思うんだが、お前は最初から打算ありきの瞳をしてたもんな。まあ孤児院で成り上がるには年の近い俺に気に入られるのが一番簡単で安全な道だからな。妹を守るんなら最適の方法だろ」


 俺たちが最初に出会ったのは、俺が七歳の頃だ。今では結構この地区は整備できてるし孤児院なんかもそれなりに機能しているが、そのころは東区も他の地区と同じようにまだまだ荒んでいた。そんなわけで、カイルは他の一般的な子供達と同じように危険に晒されながら育ってきたわけだ。妹を守りながらな。


 俺と出会うしばらく前に孤児院に拾われて暮らすようになったらしいが、それでも妹を守ろうという思いは消えなかったんだろう。孤児院も完全に信じ切ることができず、どうすればこの場所でも安全に過ごすことができるのかと考え、その結果として俺に媚び売って取り入ることを考えついたんだと思う。

 孤児院の経営者の息子に気に入られれば、少なくとも孤児院にいる間は安全に生きていけるだろうから。


 多分だが、カイルはそんなことを考えていたんだと思う。当時すでに精神年齢だけは成人していた俺からしてみれば、取り入ろうとする者を見分けるのは簡単なことだった。それがカイル達みたいな子供なら尚更だ。

 だが、俺はわかった上でカイルを友人として選んだのだ。妹を——家族を守るために必死になるやつが悪いやつなはずがないから。


「だから、知った上で聞いてやる。『今のお前』はどうしたい? どう思ってる? まだ俺とは友達になってくれないのか?」


 俺の言葉が意外だったのか、カイルは顔を逸らして俺から視線を外すと、そのまま視線を彷徨わせてからしばらくして再び俺に視線を合わせた。


「……いいのかよ。裏切ったようなもんだろ?」

「言ったろ。最初からわかってたって」


 わかってて友達になったんだから、後はカイルの気持ち次第だ。

 俺はそんな風な思いを込めてカイルのことを真っ直ぐ見つめ、少しだけ挑発的に笑った。


「——私の忠誠をあなたに捧げます。まだまだ未熟な身ではありますが、この身はあなたのために」


 カイルは観念したのか覚悟を決めたのか、なんか適切な表現が見つからないが、とにかく俺の前に跪いて恭しく宣言をした。


「そうか。その覚悟を受け取ろう。だが、一つ命令だ。——その言葉遣いはやめろ。普段通りでいいっての気持ち悪い」

「……そうかよ。ならそうさせてもらうぞ馬鹿野郎」

「雇い主に随分な口の利き方だなあおい」

「あいにくと、俺の雇い主はお前の父親だ」


 俺の言葉を受けてカイルは普段通りの口調に戻ると立ち上がり、俺に軽口を返してきた。


「——っと。で、ベルは……」


 カイルと話していた俺だが、途中でベルの存在を思い出した。カイルの話が終わったことでなんか終わった気になっていたが、そういえばまだ従者候補から正式な従者になるための了承を得るために話している最中だった。

 だが……


「ベル?」


 顔を向けた先にいるベルの様子はどうにもおかしい気がする。いや、どこがどうってわけでもないし、いつも通り笑顔なんだが、なんか笑顔に凄みが混じってると言うのかな。背後に守護霊的なアレとか炎のエフェクトてきなソレとかが見える気がする。


「カイル。ちょっといい?」

「な、んだ……?」


 カイルもそんなベルの様子には気がついているのだろう。自分のことを呼ばれておっかなびっくりと言う感じで返事をしながらベルへと視線を合わせ……


「えいっ!」

「いっ!? っ〜〜〜〜〜〜!」


 可愛らしい掛け声とともにベルはカイル——兄の股間を蹴り上げた。


「いや、ベル……それは……」


 なんで突然そんなことをしたんだと問いかけようと思ったんだが、なんかこう、ヒュン、と感じるものがあって最後まで言い切れなかった。


「お仕置きです」

「お仕置き……」

「はい。あんな生活から救ってもらったのにヴェスナー様達を利用しようなどという思いを抱くなんて、我が兄ながらみっともないです。私を守るためだというのはわかっていましたが、それでも……」


 そう言ってベルは眉を顰めながら小さくため息をこぼした。


 だが、すぐに頭を横に振ると意識を切り替えたようで真剣な表情で俺のことを見つめ、先程のカイルと同じように俺の前で跪いてきた。


「私、ベルはヴェスナー様に永遠の忠誠を誓います。私の全てはあなた様のために」

「あ、ああ、はい。よろしく頼むよ」


 向けられた意志と笑みに怯んでしまい、俺はそんな間抜けな返事を返す事しかできなかった。


 だがまあ、なんにしてもこれで半年後の試用期間が終わった後も二人は俺の従者としてそばにいてくれることになった。


 ──◆◇◆◇──


 翌日。俺はエルフの里へとやってきていた。

 と言っても俺一人ではない。当然ながらいつもの如く護衛がついているし、その中には当然のごとくカイルとベルもいる。今回はソフィアも一緒だ。最近ではたまに行く冒険にも一緒についてくるようになったし、割と一緒にいる頻度は高くなった。

 まあ、冒険にも一緒に行くって言っても、そう大した冒険なんてしないけどな。一応俺たちは討伐系の依頼を受けられないことになってるし、狩りの延長みたいなもんだ。


「お水ください!」


 エルフの村に着くなり俺のことを見かけたエルフが寄ってきてそんなことを言ったが、水ってのは《潅水》のことだよな?

 こいつらにとって潅水スキルの水は酒みたいなもんだしそんなにホイホイ与えてもいいものかわからなかったんだが、なんか徐々にやってくるエルフの数が増えてきて考えるのがめんどくさかったんで、辺りにぶちまけることにした。


 すると、集まってきたエルフ達は降り注ぐ水を浴びてわーきゃー言いながら楽しげにはしゃいで俺から離れていった。


 俺たちはそんな光景を見ながらそんちょ——女王の住んでいる家へと向かうことにした。


「そんちょー。そんちょー! お水の人が来ましたよ! 姫様は今誰かが呼びにいってまーす!」


 お水の人って俺のことか? ……いいけどさ。


 レーレーネの住んでいる家に向かっていたのだが、エルフ達は気にしなくても流石に俺たちだけで行動するのもダメだろうと言うことになったので、途中で出会った比較的まともなエルフに案内を頼んだのだが……まあまともって言ってもやっぱりエルフだったな。


 姫様はリリアのことだけど、誰かって誰が呼びにいってんだよ。それ、「あいつが呼びに行くから私はいいや」って全員が思って結局誰も呼びにいかないパターンじゃないか? 会いたいわけじゃないから来なくてもいいんだけどさ。


「女王ですぅ。お水の人って誰ですか?」

「私です」

「ふぇ? なんでいるんですか?」


 レーレーネは窓から入ってくる日差しを浴びながらお茶を飲んでいたみたいだが、どうやらこの人は突然の村長呼びでもそれを訂正することができるようだ。たぶん反射的なんだろうな。


 だが、反射的に答えたものの『お水の人』ではわからなかったようで、問い返してきたので俺が前に出て答えることにしたのだが、レーレーネは俺の姿を見ても何もわかってなさそうにぼんやりした表情で首を傾げた。

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