第83話決闘終了!

 


 なんか貴賓席から叫んでいたオグルとの会話を終えて少しすると、吹っ飛んだはずのジャックが立ち上がった。


「なんだ起きたのか。そのままぶっ倒れてれば良かったのに」

「ふざけるな! そのような無様を晒すわけに行くかああ!」

「すでに十分無様だと思うけどな」

「黙れ黙れえええええ! 《突進》!」


 怒り心頭な様子のジャックは、槍を構えると叫びながらスキルを使い、俺に向かって突っ込んできた。


 だが、俺にたどり着く前にスキルを切ったのか、その速度は見ていてわかるほどに落ちていた。


「《刺突》うううううああああ!」


『槍士』の第一位階スキル《刺突》。効果は単純に槍を突く動作に補正がかかるってだけだの基本技だ。


 けどそのコンボ、本来は突進中に使うもんだろ? 《突進》の勢いを槍にのせて強烈な一撃を放つ。それがそのスキルのコンボのはずだ。

 だってのに、足元を注意したのか直前でスキルを切って加速力を減らしてしまったら本来の力は発揮できない。


 だから俺は、持っていた槍を前に突き出すようにし、槍から手を離して後方へと跳んだ。


 物ってのは手を離したら重力で下に落ちるが、なにも手を離した瞬間に地面に接触するというわけではない。当然のことではあるが、手を離してから数秒は空中に滞空するのだ。

 そんな槍が残っている場所に勢いよく突っ込んでくるとどうなるかって言ったら、まあ自分から刺さりに行くことになるな。


「んぐうっ!?」


 自身の目の前に置かれた槍を避けるために強引に体を捻ったジャックだが、まあさっきも言ったように身体強化を施すスキルってのは結構繊細なんだよ。足元に落ちてたもんを踏んだだけでバランスを崩して転んでるような奴が走ってる最中に体勢を変えたらどうなるかなんてのは、言うまでもないことだろ?


「ガラ空きだっての」


 俺は後方に跳んだ後、すぐさま動き出してジャックに接近し、体勢を崩しているジャックの足を払った。


「ぶひいいいっ!」


 足を払って転んだところで、ジャックの背中に足を落として踏みつける。


 なんか豚みたいな声が聞こえたが、そのせいで力が抜けそうになるからやめてほしい。


 その後はガンガンと何度か踏み付けを行った後、立ち上がろうとしていた腕を蹴り払って再び地面に突っ伏させてから顔面を蹴って距離をとった。


 結構やったが、あっちは鎧を着てるんだし顔面の蹴りもダメージとしては大して入ってないだろ。


「これじゃあ路地裏にいるクソどもの方が強いぞ」


 実際、路地裏で人攫いや殺しをやってるような奴らは第四や第五のスキルを使って襲いかかってくるのでかなり危険な存在だ。しかもこいつみたいに未熟じゃなくてしっかりとスキルを使いこなして応用してくる奴らばっかり。

 そんな奴らに比べたら、こいつなんて怖くもなんともない。


 多分、こいつは型稽古とかスキル稼ぎしかしてこなかったんだろうな。まともな戦闘訓練なんてせず、したとしても相手が気を遣ってくれてる『接待稽古』だったんだろう。


「あああああああああああ!」


 このあとはどうすっかなと思いながら地面に散らばっている武器の中から手斧を一つ拾ったのだが、そこでジャックが叫びながら起き上がり、血走ったような目でこちらを睨んできた。


 そして叫んだままこちらに向かって走ってきたのだが、今度は《突進》は使ってこない。流石に学んだんだろう。


「《刺突》《刺突》《刺突》うううううあああああああ!」


 ジャックは槍の届く範囲に近づくと、とにかく一撃を当てようとでも思っているのか無闇矢鱈とスキルを放ってきた。


 でも、そんなに使っていいのか? 俺はスキル限界回数が四桁いってるけど、お前は多分百もいってないだろ? だってお前、あんな不快感を感じてまで鍛えるようなやつじゃないもんな。


 ……けど、これは面倒だな。こいつ程度の槍であればスキルを使っていようといなかろうと弾くことはできるんだが、本人が適当にスキルを使っているために狙いが定まってないからどこを狙っているのかわからずに弾きづらい。


「ぐっ!」


 使ってる武器も普段のものとは違って手斧だってのもあるんだろうが、俺はジャックの放つ槍の一撃を肩に擦めてしまった。


「あああああはははははああああああ! しねえっ! そのまましねえええええ!」


 擦っただけとはいえ俺に一撃入れることができたからか、ジャックは叫びながら出鱈目な攻撃を続けた。


 このまま戦ってれば傷だらけにはなるだろうけど、そのうちジャックがスキル切れで動けなくなるだろう。

 だが、それじゃあつまらない。俺だってこいつにイラついてるんだから、いいようにやられてばっかでいられるかってんだ。


 なので、俺は武器を手放してスキルを使うことにした。

 だが、スキルと言っても『農家』のスキルではない。


「《紐切り》」


 これは『盗賊』の副職の第一位階スキルだ。効果は触れたものに直径一センチ程度の切り傷をつけること。

 ぶっちゃけるとものすごく弱いんだが、盗賊なので仕方がない。本来はこれは戦闘に使うものじゃなくてスリをするときに巾着の紐を切る技だし。


 それに、俺のは天職じゃなくて副職だからな。天職に比べると効果は落ちる。天職本来の力は、『指先から十センチ以内にあるものに切り傷をつける』だが、俺の場合は直接触らないといけない。

 これは結構な差だが、『盗賊』の天職はレベル上げをしていなかったので第一位階のこれしか使えないのだからこれで戦うしかない。『農家』のスキルは使うつもりないしな。


 ——でもまあこれで十分なわけだが。


「くううっ!?」


 槍を放ったジャックの手に触れながらスキルを発動すると、触れた場所からつけている手甲を貫通して一センチの深さの傷ができた。そのせいでジャックは槍を取り落としそうになるが、慌てて掴み直すと俺から距離をとった。


「何をしたああ!」

「何をしたかって答えるバカはいねえと思うんだが、どう思う?」


 俺がそう答えると、ジャックは歯軋りの音が聞こえてきそうなほどに歯を食いしばって俺のことを睨みつけてきた。そして……


「《突き》いいい!」


 ま、止まらないよな。


「あんまし調子に乗んなよな」


 再び槍を構えてスキルを使って攻撃してきたジャックに対し、俺は後方に逃げる——かと思わせたところで前に出てジャックの懐に潜り込んだ。


 俺が後ろに逃げると思ったのだろう。突然前に出てこられたことで槍の狙いとタイミングを外されたジャックはろくな対応をすることもできず、放った槍はただ俺の横を通過させることしかできなかった。


「《紐切り》十連」


 ジャックの突きをくぐり抜けて懐に潜り込んだ俺は、ジャックの利き腕である右腕の付け根部分に触れてスキルを発動させた。


 触れた部分に深さ一センチ幅一センチの傷を作ることしかできない『紐切り』スキルだが、逆に言えばそれだけの傷は確実に作ることができるんだ。

 本来は指先で相手の巾着に触れて紐を切るスキルだが、それを手のひら全体で相手に触って使ったら、なおかつそれが十回分同時発動となったらどうなるか。それが今の結果だ。

 本当は10個じゃなくて100個くらい傷をつけてもいいんだが、流石にそれだと回数的に怪しまれる。ここまで農家のスキルを隠すことができてきたんだ。だったらどうせなら回数の方も隠しておきたい。


「いぎっ、やああああああああ!?」


 あまり痛みに慣れていないからだろう。今までの衝撃とは違って明確に傷ができたからか、大袈裟なくらい大袈裟に痛がっている。


 ああでも、もしかしたら大袈裟じゃないのかもな。

 俺は鎧に防がれないように脇の下から装甲の薄いところを選んで触れたが、もしかしたら神経とか筋肉を傷つけたかもしれない。

 深さ一センチの傷って結構だからな。場所を選べば骨だって切ることできるんだから、神経まで達していたとしてもおかしくはない。神経を切られた痛みがどんなもんか知らないけど。


 確かに思い返してみると人間の腕の脇あたりには神経とかが集中してるとか聞いたことがあるような気がする。ほら、風邪を出した時には脇の下を冷やせとか言うし。


 まあ、仮に神経を傷つけたとしてもこの世界には治癒師なんて存在がいるんだしなおるだろ。治らなくても知らん。どうでもいい。


 けど、結果としては満足なんだが、問題が一つ発生した。

 脇の下に手を当ててスキルを使ったんだが、どうにも手がねちょってる。汗なんだろうけど、すっごい気持ち悪い。


 手についた汗を落とすためにゴシゴシと服で擦るけど、なんかまだ感触が残ってる気がする。どうしよう……。


 とりあえず、今は無視してこの勝負を終わらせようかな。これ以上あいつの脇の下に手を突っ込みたくないし。


 そんなわけで、俺は喚いているジャックに近寄ると槍を奪いとろうと手を伸ばした。


 だが、まだ戦う意思はあるのかジャックは俺に槍を掴まれても離そうとはせず、むしろ自分の懐に抱え込むかのような動きを見せた。

 このまま力勝負をしてもいいんだけど、それは面倒なのでさっさと終わらせるために槍から手を離してジャックの頭に手を当て、兜を剥がした。


「負けを認めろ。じゃないとさっきのやつを頭に叩き込むぞ」


 兜のなくなった頭に手を当てながらそう言うと、ジャックは徐々に体を震わせ始め、嗚咽を漏らすようになった。


「ま、負けだ……俺のまけ……」


 そして、俺が降参を勧めてから一分経たないくらいで、ジャックは涙を流しながら、つぶやくように自身の負けを宣言した。


 それを聞いた俺は息を吐き出すとジャックから手を離して立ち上がり、親父達がいるであろう貴賓室へと視線を向けた。あとはこの勝負

 しかしそのまますんなりと終わらなかった。


『ふ、ふざけるな! み、認められるかそんなこと!』


 第二位階になった『槍士』が『農家』である俺に負けたのがよほど信じられないのか、オグルは拡声器に向かって叫んだが、その声には最初の説明にあった余裕や尊大さというものがなくなっていた。


『貴様何をした! あ、あり得ないだろ! たかが『農家』ごときが『槍士』に勝つなど——』

『はいはい。みっともない真似はおよしよ。これ以上ないくらいに勝負はついただろう? 何より本人が負けを宣言してるんだ。あんたの息子の負けだよ』


 オグルは俺の価値を認めたくなかったようで叫んでいたのだが、それを誰かが止めた。どうやら聞いた感じでは女性のようだが、俺のあったことのない相手のようだ。

 だが、誰なのかは予想ができる。オグルと同じ部屋にいて、なおかつ言葉を遮ることができる女性と言ったら、そんなのは一人しか思いつかない。


『あー、主催者に変わって私、南のカルメナが宣言させてもらうよ。この勝負、ヴェスナー坊主の勝ちさね』


 俺の予想した通りの人物が名乗りを上げ、勝負の決着を宣言した。

 主催者を放ってそんなことを知ってもいいのかと思ったが、まあその辺りは向こうでどうにかするんだろう。


 だがそうして俺の勝利宣言があったことで、今回の決闘騒ぎはお開きということになった。


──ヴォルク──


「ま、これで今回はお開きってところかねぇ?」

「ですかね。これ以上は何もない……と言うよりできないでしょうし」


婆さんが終いの宣言をすると、オグルは椅子を蹴り倒しながら部屋を出てどこぞへと消えていった。

んでその後少しすると、今度はアイザックが大きくため息を吐いてから立ち上がり、オグルの倒した椅子を蹴り付けて壁に叩きつけてぶっ壊すと、ドアも壊してそのまま出ていった。


「イラついてたねぇ」

「ですね。まあどちらも『黒剣の息子』が倒されることを望んでいたみたいですし、そんなものでしょう」


俺を馬鹿にするつもりだったのにそれができなくて不満です、ってか。

何をどう思おうと勝手だけど、そんな回りくどい事しねえで俺に直接来いよとは思う。まあ、来ねえだろうけどな。


「いやいや、面白いものを見せてもらったねぇ」

「ですね。あれがこれから台頭してくるとなると、考えるものが出てきますね。頭は親よりもいいみたいですし……はあ。損が出そうだ」


椅子から立ち上がり、体をほぐすようにのびをした婆さんと、なんらかの金勘定をしたであろう眼鏡に続いて俺も立ち上がった。


「あんな子供なら、今のうちに唾つけといた方がいいのかねぇ?」

「ま、好きにすればいいんじゃねえのか? 俺は止めねえぞ」

「おやまあ。いいのかい?」

「あいつが死ぬようなことになったら流石に手ェ出すが、そうじゃねえだろ? あいつの人生だ。いつまでも俺が口出すのはちげえだろ」

「……あの黒剣が、随分と『親』をしているものですね。この街にきた時は随分と乱暴だったくせに」

「あん時は大変だったねぇ。まあ、ちょうどいい祭りでもあったけど」

「こっちとしては一部の商売を切り替える必要があったので大損が出ましたけどね」


そうして俺たちも部屋を後にしてそれぞれ別の方向へと分かれることになったんだが、去り際に一つだけ教えおいてやろうかね。


「ちなみに、だがな。あいつが本気になったら、五帝なんて一晩で死ぬぞ」

「……は?」

「戯言……ってわけでもなさそうだねぇ。それはあんたでもかい?」

「ああ。寝てる最中に暗殺されて終いだ」

「……待て。だがあの少年は天職が『農家』なんだろ? どうやって……副職か? いや、でも……」

「せっかく教えてやったんだ。〝上手く〟使えよ」


これでこの二人はあいつに損が出るようなちょっかいは出さねえだろう。


さて、帰ったらどうすっかね。ここはいっちょ親らしく褒めてやるべきか?

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