第96話ソフィアのスキル訓練

 

「……ですが、そうなるとヴェスナー様は本当の第二王子ですか?」


 俺、そんなに信用度高かったのか……? なんて思っていると、ソフィアが突然そんなことを言ってきた。本当の第二王子?


「第二かどうかは知らないけど、どうしてそう思った?」


 産まれてすぐ、それこそ流産したと言われても信じられるくらいの状態で死んだことにされ、その後は誰かに会うどころではなかったので、俺は自分がどんな立場になるはずだったのか知らない。


 一応親父に頼んで城と王族に関しての情報を調べてもらったりはしたが、それもほとんど概要だけだ。それ以上のことは知りたいなら自分で調べろと言われてしまったのだ。

 なので、本来の、とか言われてもわからない。


「現在は第二王子もいらっしゃいますが、私が子供の頃、まだ貴族だった頃に第二王子となる筈だった者が流産した、と父が話していました。それ以外に王子が死んだ、或いは行方不明になったという話は聞いていません。そうなると……」

「必然的に『死んだはずの王子』を名乗る奴は元第二王子ってことになるか。それ以外に可能性のある奴がいないんだから」

「はい。或いは隠し子になりますが、そういうわけではないのですよね?」

「ああ。『農家』はいらないって国王が言ってな、それで俺を処分するように使い捨ての兵士に命じて殺そうとしたんだよ。まあその命じられた兵士ってのが親父だったんで、俺はそのまま殺されずに育てられたんだ」

「そのような話でしたか」


 あの時の会話は今でも覚えてる。赤ん坊の視界だったからあいつの顔は見えていなかったが、それでもあの声を忘れられるはずがない。そして、あの時の母親の声も涙も、忘れられない。


 正直なところ俺を捨てたことはどうでもいいが、それでもあいつには必ず報いを受けさせてやる。


「でしたら、侯爵領に向かうのは如何でしょう」


 そんなソフィアの言葉を聞いた俺は心の中に湧いた怒りを消して、ソフィアへと顔を向ける。


「侯爵領って誰のだ? ついでに、どうしてだ?」

「死んだことになっている第二王子の母はリエータ・アルドノフ。侯爵の娘です」


 そうだな。それは俺が知ってる情報とも一致する。でもよくわかるな。流石は元貴族として教育されただけあるってことか。

 一応俺もそう言った教育は受けたが、関係ない奴の名前がすんなり出てくるかと言われると怪しい。


「ああ。その領地に行けば母親に会えるかも、会えなかったとしても血縁は居るだろうし、なんらかの情報が入るかも、か?」

「はい」


 確かに城にいるであろう本人ではなく身内から攻めるってのは効果的だろう。だが、いきなり向かったとしても信じてもらえるかどうか、という問題がある。それに、俺たちの方が向こうのことを信じられるのかって問題も。


「んー。……まあ、それでいいか。特に目標はないわけだし」


 とはいえ方針としては悪くはないと思う。どうせやらないといけないことなんてないんだしな。もし危険な状態になったんだとしても、逃げ切るくらいはできるだろう。


「では明日からはそのように情報を集めましょう」

「ああ。と言っても、そんな急ぎじゃないんだ。一応世界を知るのがこの旅の目的なんだし、ゆっくり観光でもしながらいこう」

「はい」


 そうして俺たちはその日はそれ以上行動することなく、宿で食事をとって休むことにした。


 ……のだが


「ぅぅ……んぐ……くうっ……!」


 ベッドに横になりながら自分の母親やその家族——自分の血縁上の祖父母である者たちのことを考えていると、何やら隣のベッドで寝ているはずのソフィアからうめき声が聞こえた。


「ソフィア? どうした?」


 その声に気づいたまま放置することなどできないので、ベッドに寝転びながらではあったがソフィアの方を向いて問いかけてみた。

 だが、俺の問いかけに対してソフィアからの返事はなく、うめき声はそのまま続けられた。


 そこまで行けば流石に只事ではないと理解できる。

 俺は体を起こしてベッドから降りると、ソフィアの元へと急ぎその体を揺すった。


「あ——」

「大丈夫なのか?」


 体を揺すられたことでソフィアも俺が声をかけていたことに気がついたのだろう。どこか気の抜けた声を漏らしながらも体をおこして俺へと顔を向けた。だが、俺を見ているはずのソフィアの瞳は焦点が合っていない。


「ご心配おかけして、申し訳ありません」


 しかしそれも十秒程度のことで、ソフィアはすぐにその視線を俺に定めると頭を下げてきた。

 だが、それでもまだ完璧にいつも通りというわけでもないようだ。どこか虚というか、意識が半分飛んでいる感じがする。極度の疲労状態や発熱の時だとこんな風になるだろうという感じだ。


 ……って、どれだとソフィアは熱か何かがあるのか? そこまで疲労を感じるようなことはしていないわけだし。


「いや、それはいいけど……何か病気でもあったりするのか?」

「いえ、本当に問題ありません。ただスキルの使用をしていただけですので」

「スキル? ……回数稼ぎか」


 天職や副職の位階を上げるにはスキルを一定回数使うことが求められるんだが、自分の限界以上の回数を使おうとすると頭痛や吐き気や全身の痛みと疲労感。そう言った諸々の症状が出る。それは確かに呻き声を出してしまうほどの苦しみだろう。むしろ呻き声だけで収まっているのはすごいと思う。あれは何というか……全身の皮膚の下や脳みその中をムカデが這いずり回ってるような不快感を十倍にしたくらいの不快感と苦痛があるからな。


「はい。流石に気を失うまでやりますと翌日に関わりますのでできませんが、翌日に支障がない程度で使おうかと」


 なるほど。それなら呻き声を上げたのもどこか虚な感じなのも十分に理解できる。それぐらいの辛さはあるからな。


 確かに位階を上げるにはスキルをたくさん使わなくちゃいけないんだが、普通それは不快感を押し殺してまでやることではない。それが世間一般の常識だ。


 俺は頭おかしいのを承知でぶっ倒れるまでスキルを使い続けているが、普通は不快感を感じた瞬間にストップするものだ。


 だというのに、こんな旅の中でもわざわざ苦しみを押し殺してスキルを使い位階を上げようとするというのは、もしかして俺と一緒に旅についてくるためではないだろうか?

 元々俺は一人で旅に出る予定だったが、ソフィアはついてくることを選んだ。そのせいで『わがままを言ってついてきたのは自分だ、だから役に立たなくちゃ』とでも思っているんじゃないだろうか? だから無理をしてでも位階をあげようとしているのかもしれない。


「……そんな無理をしなくてもいいんだぞ? 置いて行ったりしないし」

「いえ、これはあなたについていくためにやっていることではありますが、それでも私がやりたいからやっているのです」


 だが、そう考えて言った俺の言葉は、先ほどまでとは違ってしっかりとした目つきで俺のことを見つめているソフィアによって否定された。

 スキルの使いすぎによる苦痛ってのはそうすぐに抜けるもんではない。だから今のソフィアは意識なんてはっきりしてないだろうに、それでもそんな目で見られながら言われたら止めることなんてできないだろ。


「……そっか。なら、俺が止める筋合いはないな」


 それに俺はソフィアのことを心配しているが、俺だってぶっ倒れながらスキルを鍛えてソフィアたちを心配させたんだからおあいこだろう。むしろソフィアは翌日に響かない程度を見極めて使ってるのに対して、俺は翌日の影響なんて考えずに実際にぶっ倒れながら使ってたんだから俺の方が貸しは大きい気がするので、どのみち止めることなんてできないな。


「心配をおかけするかもしれませんが、今まで心配をかけられたのでおあいことしておいてください」

「まあ、今まで散々倒れてきたしな。わかった。でも、無理はするなよ?」

「はい。最大でもあなたと同じくらいに留めておきます」


 いや、それってぶっ倒れるまでやるってことだよな? だって俺は実際にぶっ倒れたし。

 まあ、揶揄うように楽しげに笑っている様子からするとそんなことはしないだろうとは思うけど。


「にしても、前よりも気軽な感じになったな」

「一緒にいるのならもっと気軽に、と言ってくださったので。……いやですか?」

「いやじゃないよ。これからどれくらいになるかわからないけど、一緒に旅をするんだ。変に固い関係なんかよりはよっぽどいい」


 まだ従者としての矜持とでもいうものがあるんだろう。友達のように、とはいかないが それでも家にいた時よりもずっと緩い感じで接してくれている。


「改めて、これからよろしく」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

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