第73話初めての冒険からの帰還
「これでお願いします」
宿を出た俺たちは途中で見つけた適当な屋台で買い食いをしながら観光気分で街の外まで歩いて行った。
一口に『街』と言っても、かなり広さがあるので街の外に出るまで結構時間がかかることもある。
この街——ネイブルは、元々は通商の要所だったカラカスとの交易を行なっていただけあってそれなりに規模の大きな街だ。
直径五キロくらいのやや楕円っぽい形といえばわかるだろうか? 人の混み具合にもよるんだが、端から端まで行くのに長いと二時間くらいかかることもある。
そんな街を観光気分で歩いていたのだから街の外に出るまでもそれなりに時間がかかり、街の外に出た時には俺たち以外に街の外に出ようとする奴がいなかったくらい微妙な時間になってしまっていた。
だがそれでも俺たちは目的のものをそれなりの量集めることができたので、こうしてその採取したものを持って再び冒険者ギルドまでやってきたのだった。
現在は日暮れ前だが、まあ実際の作業時間はそれほどでもないのだからたくさん採れたと言ってもいいだろう。
「これは……全部採取指定のものですか?」
「はい」
「どうやってこんなに短時間で……」
だが、冒険者ギルドで俺たちの登録をしてくれた受付の女性に持っていくと、目を瞬かせて驚かれてしまった。
が、まあ非常識な自覚はある。何せ、ちょっとズルをしたからな。
どうやってこれだけの量を集めることができたのか、答えは簡単だ。そんなの、植物と『意思疎通』をすればいい。
植物ってのは、なんでか知らないけど全員自分の名前を知ってるんだよな。だから俺が呼びかけるとみんな自分がいることを教えてくれる。
まだレベルが低いので軽くしか『意思疎通』できないが、最初はそんな相手を採取——殺すことに思うところがないわけでもなかったんだが、植物達は自分が毟られても特に何も思わないらしい。
詳しく話を聞いてみようとしたんだが、やっぱりまだ意思のやり取りだけでははっきりと何がどうしてそう思う原因になっているのかはわからない。これはレベルが上がったらまた改めて聞いてみるしかないだろう。
だがまあ、そんなわけで、俺は植物相手ならそれがどこにあるかわかるし、こんな採取依頼があっても迷うことも間違えることもなく短時間で大量に手に入れることができるというわけだ。
俺が見つけてカイル達に指示を出す。もはやただの作業だった。
「とりあえず査定をお願いします」
「あ、はい。失礼しました。それではこちらの番号を持ってしばらくお待ちください」
受付の女性は裏から何名か呼ぶと、俺たちが山盛りで持ってきた薬草類を持って裏に下がっていった。まああれだけあると時間もかかるだろうし、受付で確認して終わりとはならないか。
仕方ないので受付札的なものを受け取って俺たちは建物内に置かれていたテーブルにつくことにした。
だが、俺たちがテーブルについてから数分ほどすると冒険者達が依頼の達成報告に現れ、それを皮切りにどんどん別の冒険者達も報告にやってきた。
これは多分時間的なもんだろうけど、俺たちはタイミングがちょうど良かったみたいだな。
「……やっぱお前のそれ、ズルくねえか?」
そんな増え始めた冒険者達の姿を見ながらボケーっとしていると、カイルが微妙そうな顔でつぶやいてきた。
「ズルくはねえだろ。力は俺の努力の証だぞ? 使えるものは使ってなんぼだ」
「まあそうなんだけどよ……」
俺は吐き気や頭痛や悪寒に耐えながら必死になってスキルを使い続けたからこそ、今の年齢で第三位階まで上げることができたのだ。
まあ第三位階で覚えるパッシブスキルが『意思疎通』なんてレアな方が出たことに関しては努力は関係ないかもしれないが、『鑑定(植物)』の方でも似たようなことはできただろうし誤差の範囲だろう。頑張ってスキルを鍛えたのは事実なわけだし、俺の努力の結果で間違いはない。
そんな俺の言葉に肩を竦めるカイルだが、そんな兄とは違ってベルは少し落ち込んでいた。
「今回はお役に立てなかったです……」
「あー、ほら、今回のは俺と相性が良すぎたんだよ。次から役に立てれば良いからさ、な?」
「……はい。次こそは頑張ります!」
そんなことを話しながら待っていると、俺たちの持っている受付札の番号が呼ばれたので受付に向かうことにした。
「お待たせいたしました。こちらが今回の報酬となります」
「ありがとうございます」
今回は討伐系でもないしそれほど稼ぎにはならないのだが、時間効率を考えるとそこそこの儲けだろう。特に疲れてもいないし、宿代と食事代を抜いてもお小遣い程度は稼げたわけだし初めての依頼にしては十分だろ。
「よし。それじゃあたいした金額でもないけど金も入ったことだし、夕食を食べに行くとするか」
そうして俺たちの初めての依頼は終わった。
──◆◇◆◇──
初めての冒険を終えた俺たちは数日ほど冒険者として活動しつつ観光をし、それから実家のあるカラカスに戻ってきたんだが、それから数日後、なんか知らないけどエルフがやってきた。
いやまあ、知らないって言っても、うちはエルフたちと繋がりができたんだし来てもおかしくはないんだけど、まさか引きこもりでビビリのエルフたちが森の外に出てくるとは思わなかった。
んでまあ、そのエルフ関連で何か話があるらしく俺だけが呼び出された。
まだ見習いとはいえ護衛であるカイルと従者のベルは置き去りって、何があったんだ?
そんな疑問を持ちながらも、エルフのいるらしい応接室にたどり着き、中に入るとそこには親父と向かい合うように座っているエルフの姿があった。
こいつとは初めましてか? ……いや、よくみるとあいつ前に見たか? 他種族の顔ってわかりづらいんだよな。いくら人間に似てるって言っても、虫や動物より分かりやすいだけでやっぱり判別しづらい。みんな同じような顔に見える。
けど、そういえば前にこの街でも見たことがあるわけだし、いること自体はそんなにおかしなことでもないか。
「あ、あの! 先日は申し訳ありませんでしたあ!」
以前にもあったことのあるエルフ——ルールーナが俺の姿を見るなり盛大に頭を下げてきた。
「いや、まあ、それはいいんだけど……」
こいつはこの家を襲ったりエルフの里に俺たちが行った時に襲ってきたりと色々あったから、そのことで謝られてるんだろうとは思う。それ以外に思い当たることはないしな。
……でも、なんでこんな態度変わってんの?
「なんでそんなに前と態度が違うんだ?」
「う……あー、えっとぉ……」
ルールーナに尋ねて見たのだが、どうにも要領を得ない。そもそも話になっていない。だが、その様子からすると怒られたから謝った、とかそう言う話ではないような気がする。
「こいつ、うちのやつと付き合いたいんだとよ」
さてなんだろう、と考えていると親父がルールーナのことを指さしながらそんなことを言った。
「付き合うって……エルフと?」
ルールーナのことを見てみるが、その様子はどう考えても前に見た時とはまるっきり違っている。
そういえば元々人間に振られたから反人間感情的なものを持っていたってそんちょ——エルフの女王が暴露してたっけか。
人間を拒絶してたのもそれが理由なのだから、人間と付き合うとなれば過去のあれこれに対する感情がなくなって素直になれた、とかそんな感じか? 元々エルフってなんかポワポワした性格してるし、ない話ではないだろう。
「おう。ほら、向こうに人を送ってんだろ? その一人とだそうだ。で、ここの頭である俺たちに迷惑かけたから謝ってるんだそうだ。特にお前は戦うことになったらしいしより一層、って感じだな」
「つっても俺は特に気にしてないしな」
確かにあのとき俺たちは戦うことになったが、それは俺の望んだところだった。
むしろあのとき非殺傷対人戦の実験台にしたことに関して多少悪いと思ったくらいだ。俺——『農家』の潅水スキルで出す水はどうやらエルフにとっては酒と同じで酔っ払う効果があるみたいだし、それを溺れるほどに浴びせたんだから、ちょっとなーと思うところがないわけでもない。
……まあそのことについては、今思い出したついでに罪悪感を感じたかもって程度だけど。ぶっちゃけ今の今までルールーナのことなんて忘れてたし。
「そーかそーか。ならまあ、問題はねえわけだな。——ってことだ。好きにしていいぞ」
「はい! ありがとうございます!」
ルールーナはそう言うと今にもスキップをし始めそうなくらい浮ついた状態で部屋を出て行った。
なんか、幸せの絶頂っていうか、当初のイメージが綺麗に消え去ったなあいつ。
「……あれと付き合うなんて、酔狂なやつだな」
エルフって確かに見た目はいいんだけど、付き合うとなると大変そうな気がするんだよな。俺の基準がリリアだからかもしれないけど、あいつはちょっと変わってるって言っても他のエルフ達と大きく差があるってわけでもないだろうし、大変なのは変わらないだろう。
「まあ個人の好き好きだろ。俺たちの関係を考えると役に立たねえってわけでもねえしな」
役に立つ、か……。
「言わんとしてることはわかるよ。結婚だなんだってのはわかりやすい友好の形だからな。ただ、それを世話したいかってーと、めんどくささが出てくるだろ」
「まあな。少なくとも俺は無理だろうな」
「知ってるよそんなこと」
俺がそう言うと親父はクツクツと笑い始めたが、それは親父自身認めているからだろう。
この男があんな世話をしてやらないとすぐに泣き出しそうな奴らと付き合ってられるかって言ったら、まず無理だ。殴らなければ上出来ってところじゃないか?
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