第74話仲間の結婚の話

 

「ただ、問題がねえわけでもねえ」


 だが、親父は突然それまでの笑いを消すと、真剣な表情で話し出した。

 そんな親父の様子に俺も改めて親父へと意識をむける。


「これまでこの街にはエルフがいるだろうとは分かっちゃいたが、敵だと思われてた。それがこうして恋仲になるほどの状態になるってーと……」

「他の奴らが黙ってない」

「そうだ。特に中央のバカだな。自分の立場を知らねえでイキってるあのバカどもがどう動くかわかんねえ。だが動くことは確定してると言っていいだろうよ」

「でもそれはあらかじめわかってたことだろ? 親父もあの時は対処のために色々動いてたみたいだし……」


 そうだ。エルフと友好を結ぶことになった俺たちはまず初めにあいつらの保護のための環境づくりから始めた。あの村に俺たちの仲間を置いたり、いざって時にエルフ達が逃げ込めるような隠れ家を用意してやったりな。


 それらが終わったあとはエルフを見ても襲わないようにって通達を出したりもした。

 通達に関しては他の地区の奴らが従うかは分からないが、そうして関係性を見せた以上は手を出してくるだろうってのは予想していたことだし、だから保護の準備を終えてから通達を出したわけだが、まあそんなこんなで準備だけは色々としていたはずだ。


「だが、予想外の動きをするのが『本当の馬鹿』ってもんだ。覚えとけよ。賢い奴にとって本当の敵は優秀な敵でも無能な味方でもねえ。道理に沿わねえでわけわからねえ動きをする部外者だ。優秀であっても敵なら敵として対処すりゃあいいし、無能な味方でも目の届く範囲にいりゃあ手の打ち様はある。厄介なことには変わりねえがな。だが、あいつらは俺たちの目の届かねえところで身勝手な理論を振りかざしてっからな。それがどこにどう影響して何が起こるのかなんて、いくらなんでも読みきれねえんだわ」

「あんたもそう賢いわけでもねえだろ」


 俺がそう言うと、親父は抗議の意味なのかテーブルの上に置かれてたナッツを俺に弾いてきたが、掴んで投げ返してやった。

 親父は顔面に向けて投げ返されたナッツを手ではなく口で受け止め、そのままぼりぼりと食べた。


「ま、どっちかってーと俺も力押しのバカな方だからな。ただ、気いつけろってのはマジだ。最近では中央のバカ息子の方が視察とか言って兵を引き連れて街中を歩き回ってるみてえだしな」


 街中歩き回ってるって、他の地区もかよ。馬鹿じゃねえのか?


「……それ、文句言われねえのか?」

「まあ文句なんて言ったところで聞かねえだろうからな。それに、理由はともかくとして、別に街中を歩くだけならルール違反じゃねえからな。問題を起こしたら別だが、それだって数人死んだ程度のことなら問題にならねえのがこの街だ。歩き回るだけなら文句は言えても手ェ出すこたあできねえ」


 ……まあ確かに他の地区って言っても歩くだけなら、問題はないといえばない。ただ、それは歩くだけで終われば、の話だ。敵対している地区のやつが歩いていたら争いに発展する可能性は十分にある。

 特に中央区のバカはバカだから周りに敵を作りまくってるからな。東区はともかくとして、他の地区をまともに騒ぎなく歩けるのか、って疑問はある。


 だが現状で何か騒ぎがあったってことは聞いてないし、本当に何も起きていないんだろう。奇跡だな。


 とはいえ、これから何か怒らないとも限らないので、警戒する必要はどうしたって出てくる。


「今迄以上に気をつけろってことか」

「ああ。何かしてくるとは思いたくねえが、マジでわからねえ」

「分かった」


 エルフに関してのちょっかいに、中央区のバカな息子のお散歩……。どっちもめんどくさいが、いつ何が起こるのか、そもそも何か起こるのかすらわからない現状ではただ警戒し、何かあった時に備えるしかないだろう。


「——まあそれはともかくとして、件の付き合うことになったやつにはおめでとうって言った方がいいのか?」

「あ? 別に言う必要もねえだろ。今後どうなるかなんてわからねえわけだしよ。今なんかしら言ったところで意味ねえだろ」

「そんなもんかね……まあいいけど」

「実際に結婚するってことになったらそんときゃなんかしらあるだろうけど、そん時までは特に気にするこたあねえよ。変に周りが騒ぐもんでもねえだろ」


 ああ、だからカイル達は置いてこさせたのか。変に意識させないためっていうか、関係を崩させないように気を使ったんだろう。ルールーナだって話すときに人が多いよりは少ない方がいいだろうし。




「……なあ」


 とまあ、最後にそんな話をしてから俺は応接室を出て自室へと戻って行ったわけだが、自室に戻る途中で俺は護衛役でついてきているエディに話しかけた。一つ、聞いてみたいことがあったのだ。


「なんすか? 坊ちゃんもリリア嬢と結婚したいんすか?」

「それはねえわ」


 エディとしては、さっきのエルフと人間の恋愛話を聞いた俺が悩ましげに話しかけてきたからそう考えたのかもしれないが、それはない。思わず反射で答えてしまうくらいにはありえない。ありえない。


「じゃなくて、ちょっと聞いてみたいことがあってな」

「聞いてみたいことっすか? いいっすよ。この俺がどーんと答えてあげちゃうっす!」

「じゃあ聞くけど、なんで親父もだけど、エディ達は結婚とかしないんだ? モテないってわけでもないだろ?」


 そう。こいつらは結構遊んでる奴もいるし、中には結婚しようなんて声をかけられてる奴もいるって噂も聞いたことがある。

 だってのに、親父も含めて結婚している奴も、しようとしている奴もいない。前々からそのことを不思議に思っていたんだが、丁度いいので今聞いてみることにした。


 だが、俺が聞くとエディは突如動きを止め、いつものようなへらりとした態度から一転した。


「……あー、そうっすねー……あー……」

「あー……なんか悪い」

「いや、別に聞かれて困るってことでもないっすから。それに、坊ちゃんとしては気になるのも当然と言えば当然っすし」


 言い淀んだエディの様子から、それが言いづらいことなんだろうというのは理解できたので言わなくてもいいよ、と意味を込めて謝ったのだが、エディは首を振った。

 そして……


「多分、怖いんすよ」

「怖い?」

「俺たちは今までいろんなことをしてきました。みんないろんな身分や過去がありますからね。農村生まれに貴族生まれ。誘拐や没落や放逐。全く同じとはいきませんけど、同じような体験はしてきたはずです。その中には盗みも殺しも放火も、そして親殺しも。……まあ色々とあります」


 そう言ったエディの表情は何かを思い出しているのか目の前にいる俺のことなど見ておらず、遠い何かを見ているかのような目をしている。


「俺はボスにボコされてから一緒に騎士なんてものになりましたし、そこで出会った奴らもいます。騎士なんてのは俺たちからすると場違いもいいところでしたし違和感もありましたけど、居場所ができたみたいでそれなりに嬉しかったんです。今までみたいないろんなところを転々とするんじゃなくて、帰るところができたんだって」


 当時のことを思い出しているのか、エディは少し楽しげな笑みを口元に浮かべて笑った。


「……けど、そうして落ち着くことができると、こうも思うんだ。『自分達が幸せになっていいのか』って。いままで殺してきた奴らの恨みが聞こえてきそうになる時がある。いつか自分も今まで自分たちが殺してきた奴らと同じように殺されるんじゃないかって不安になる」


 だが、先ほどまでの笑みを消して今度は自分の手のひらを見るように視線を落としながらそう呟いた。

 その言葉が普段のものとは違っていることにエディは気づいていないんだろう。多分これが素の言葉……本心から出た言葉なんだろう。


「だからみんな一夜限りの関係は持っても、そいつとずっと寄り添うことなんてしない」

「今以上に幸せになると、それが壊れてしまいそうで怖いから、か」

「……っす。はっきり聞いたことはねえっすけど、多分みんなそんな感じだと思うっす。まあ、ボスはなんかちょっと違う感じがするんすけど、似たようなもんだと思うっすよ」


 俺が声を出したことでようやく俺がいたことに気がついたのか、エディはハッとしたように顔を上げると、いつものような軽い態度で笑いながら答えた。


 正直なところ、俺にはエディ達が何を思っているのか理解できない。当然だろ。だって俺は親から捨てられはしたものの、親父達に拾われたおかげで特に苦労したわけでもないし、殺しや盗みをしたことはないんだから。

 それに、多分だが俺は殺しをしたところでこんな風に迷ったりはしないだろう。誰彼構わず殺しなんてしないけど、それが必要なら迷うことなく殺すし、実際に自分の意思で殺した以上はそこに後悔を持つことはないと思う。


 だからエディ達の気持ちを本当の意味で理解することなんてできない。

 だが……


「……こう言ったら怒られそうだからなんだが、俺はお前らがそんなんで良かったと思ってるよ。じゃねえと俺は城から放り出された時に死んでたからな。俺の父親はヴォルクってことになってるが、俺にとっちゃああの時いたお前ら全員が命の恩人で、兄で父で、まあ……家族だ」

「坊ちゃん……」

「気にすんなとは言わねえよ。それはお前らが自分でケリをつけることだし、ぬくぬくと育ってきた俺が何か言えるわけじゃない。でも、俺がお前らに助けられたのは事実で、幸せになってほしいと思ってるのも事実だ」


 言いたいことは言った。あとはそれをどう受け取るのか、どう判断するのかはこいつ次第。

 ガラにもなくなんか恥ずかしいことを言った様な気がするが、これは俺の本心だ。


 ただ、何かを聞くのは恥ずかしいので、俺はエディが何かを言う前に部屋に戻るべく歩き出し、それに少し遅れてエディの足音が後ろからついてきた。

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