第71話掲示板での宿探し

 

「ま、とりあえずは宿の情報ですね」

「あ。そうだった」


 なんて先ほどのエミールの行動について考えていると、エミールから声がかけられたので、そちらへと思考を移すことにした。どうせさっきのことについて考えても大した意味はないしな。


 それよりも、だ。ギルドには冒険者として登録しにきたってのは確かなんだが、それ以外にも宿の情報を探しにきたってのもあった。それなのについうっかり聞き忘れてしまっていたことを思い出して俺は受付へと振り返ったのだが、俺が受付に戻ろうとしたところでエミールから声がかかった。


「坊ちゃん。大抵はそういった情報は依頼のもんとは別の掲示板に張り出されてるもんですぜ」

「じゃあ受付に聞かなくてもいいのか?」

「聞いた方が色々教えてくれるってのはあるんで余裕があるんでしたらその方がいいんですけど、まあ最初は掲示板だけでいいんじゃねえですか? 探して、それでもなかったら聞けばいいと思いやすよ」

「そうか。じゃあそうするか」


 掲示板を見て情報を集めるってのもやったことがないわけだし、初めてなら掲示板の方にしておくか。今ならエミールがいるわけだから大きな失敗はないだろうし。


「色々あるな」

「ここには基本的にギルドと提携してる店の情報だったり、街や領、国なんかからの御達しが張り出されんですが、たまに個人でなんかしらの張り紙をすることもありやす」


 そんなわけで色々と張り出してある掲示板へとやってきたのだが、そこには雑多な情報が張り出されていた。


 ちなみに、この世界では紙は珍しいものではない。

 安いというほどでもないのだが、天職『司書』なんかはスキルで紙を作れるし、『錬金術師』や『薬師』なんかも自分で作った物のレシピの書かれた紙を生み出すことができる。

 なので、普段使いするのには向かないが、こうした情報のやり取りなんかでは普通に使われている。


「で、あっちが依頼用の掲示板か」


 視線を動かすと、そこには数名の冒険者が集まっていた。多分依頼を見ているんだろう。

 俺たちもこの後そっちを見に行くつもりだが、今はまず先にこっちで宿について決めてしまわないとな。


「宿は……このへんか。新人向けって書いてあるし」

「新人向けの宿は三つですね。『渡り鳥の唄』と『希望の光』と、あとは『新人の宿』」

「新人の宿なんて、随分とまんまな名前だな」

「わかりやすいし良いんじゃないか? この名前なら掲示板を見なくても狙いに合った客が集まるだろうし」


 宿を探す全員が全員この掲示板を見るってわけでもないだろうし、名前でどんな宿なのかわかれば自然と求めてる客層が集まってくるわけか。

 それは店側にとっても客側にとってもありがたいかもな。客側からすれば思っていたよりも高かった、なんてハズレを引くこともないし、店側としては一定の層の客しか来ないわけだから余分なサービスをなくすことができるだろうからな。


「まあ、それもそうか。なら、最初だしこの宿にしてみるか?」

「良いんじゃねえの? どこ選んでも大きなハズレはないだろうし」

「場所もここから近いみたいですし、ちょうど良いのではないでしょうか」


 エミールは何も言わないが、俺たち三人が意見がまとまったところでその宿で決定となった。


「あとはこっちか」

「依頼を受けるのか?」

「まあ俺たち一応冒険者しにきたわけだしな」


 依頼用の掲示板の前に来るとさっきまでいた冒険者達はいなくなっていた。


「さてさて、なんかいいのはあるかなっと」


 そんなふうに呟きながら掲示板を見てみたのだが、本当に色々と張り出してあるな。


「と言っても、俺たちはまだ討伐系は受けられないけどな」


 楽しげな様子の俺にカイルは若干呆れたようにしながらそう言ってきたが、確かに討伐系の依頼は受けられないが、何も魔物と戦って金を稼ぐことができないわけでもないんだぞ?


「まあな。俺たちができるのは街の中か街の近くの採取系になるが……それだって抜け道がないわけじゃないんだが、さて、じゃあそんな抜け道はなんだと思う、ベル」

「え? えっと、依頼ではなく狩りをする、ですか?」


 なんとなく勢いでベルに聞いてみたのだが、ベルは少し戸惑いながらも見事に正解した。


「正・解っ! ——まあ、つまりはただ金を稼ぐために倒すんだったらわざわざ依頼なんて受けなくても魔物を倒してそれをギルドで売ればいいし、どっかの店に直接売ればいいってことだ。なんだったらギルドを通さないで依頼を受ければいい」


 ギルドは依頼を達成すると金がもらえるが、それ以外にも魔物の素材を買い取ってくれているし、それが依頼外の素材であったとしても買い取ってくれている。

 つまりは依頼を受ければその依頼の分の金がもらえるけど、依頼を受けなくても狩人みたいに魔物を狩って生計を立てることは可能なのだ。


「ギルドを通さない依頼をやりすぎると、ギルドからの印象は悪くなりやすよ。それに、ギルドを通さない店ってのはあまり『良い店』とは言い難い部分があるんでおすすめはしねえですぜ」


 ただ、そこでエミールから忠告が入ってきた。


「だろうな。わかってるさ。あくまでも最悪の場合だな。どうしても金が欲しい、けどギルドが買い取ってくれないって時だけだなやるとしたら」


 しかしそんなことはわかっている。ギルドを通さない依頼をするってことは、専属として自分の店について欲しいってことか、もしくはギルドを通したくない裏の事情があるからかのどっちかだ。


 で、俺たちは登録したばっかの新人なわけで、そんな奴に専属になって欲しいなんていう奴はよっぽど何か考えのある奴以外にはいないだろう。

 そんなわけで、今の俺たちにとってギルドを通さないで依頼をしてくるようなやつは何か『やばい』相手ってことになるので、できることならそんな依頼は受けたくない。

 金に困ってる奴らなら怪しくても金次第で依頼を受けるんだろうが、俺たちはそれほど金に困ってるわけでもないしな。


「ま、今日は無難に薬草採取でも行っておくか。それなら俺たちでも受けられるし」


 初心者の定番とも言っていい『クエスト』だ。冒険を始める際の採取系チュートリアルだな。

 しかしこのチュートリアル、ゲームでは簡単だが、実際に受けるとなると少々罠がある。


「無難にって、薬草系は見分けがつけられないと量を集めづらいんじゃないのか? そんな話を聞いたような気がするぞ」

「一応勉強はしてきましたけど、絶対に間違えない自信はないです……」

「なんだ、ベルは勉強してきたのか。良い子だな」


 そう。カイルとベルが言っているように、現実となっている世界では一口に『薬草の採取』と言っても、どこに目的のものがあるのか、なんて教えてはくれない。採取するのであれば自前で知識を身につけないといけないのだ。ついでに技術もだな。植物ごとに根っこごと回収するのか葉っぱだけ回収するのか違うし、採取時に傷つけてはいけないものなんてのもあるだろうから。


 だからこそ、魔物を倒す依頼が受けられるようになった冒険者達はこういった採取依頼をあまり受けようとしないのだ。だってめんどくさいから。

 わざわざ街の外に出て、魔物に襲われる危険性を警戒しつつ屈んで腰を痛めながら草をかき分けて目的の葉っぱをちまちま採取するなんて、冒険者になるような奴がやるわけないだろ?

 だから戦闘は認められていない子供達が依頼を受けるんだ。必要だけど誰も集めようとしないから、採取してくれば絶対に金になるからな。

 それが労働の対価として見合うかどうかは個人個人で変わるだろうが、その日の暮らしでさえきつい者達にとっては確実に金を稼げるいい方法なんだろう。


 まあそれはともかくとして、街のすぐそばとはいえ植物採取系はきついって話なわけだが、俺たちに関して言えば問題ない。


「でも安心しろ。ちゃんと探す方法は用意してある」

「方法? なんだよそれ?」

「まあそれはお楽しみってことで、今は宿にいこうぜ」


 首を傾げるカイルとベルに笑いかけながらその話を誤魔化すと、俺はカイル達を引き連れて宿に向かうことにした。

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