第70話ハロルドという男
「そうかよ。ならまあ、そんだけ動けんのも納得だわな」
「ああそうだ。なんでこんなことしてるの?」
いやそうな顔をしながら呟いた男の言葉を聞いて、俺は先程までの勝負のことを思い出してその理由を聞いてみることにした。
「あー、この街はカラカスから近えだろ? だから他の街よりも物騒なことが多くてな。もちろんカラカスなんかよりはよっぽど安全なんだが、まあ犯罪率は高え。そんな場所で子供が冒険者になんてなったら……」
男は俺たちに気を使ったのかそこで言葉を止め、眉を寄せてから俺たちの顔を見回したのだが、なんで言葉を止めたのかは、うん。分かってる。
「依頼中の事故死に見せかけた殺人や人攫いが増える、か?」
俺が男の言葉に続くようにそう口にすると、男は小さくため息を吐き出してから頷いた。
「そうだ。お前らは大丈夫みてえだがな」
まあ大丈夫だろうな。何せあそこで何年も暮らしてきたんだ。今更こんなところに出る賊程度に襲われるような育ち方はしていない。まあ、油断していればわからないけど。
「まああそこじゃ殺人強姦誘拐薬、大体はなんでもあるからな。街を歩いて一時間もすれば初心者は半分くらいは死ぬんじゃねえの?」
「油断なんてしたら死ぬからな。多分あの街で一週間生き残るよりも、ゴブリン百匹相手した方が楽なんじゃねえかって思えるよな」
実際にゴブリンにあったことはないんだけどな。
でも、あの街にやってきた旅人は、誰の案内もなく初見の場合だと高確率でカモられる。それが金を巻き上げられるだけなのか、それとも命まで奪われるのかはそいつの運次第だが、基本的にろくな目に合わない。
それこそ道中で魔物や賊に襲われた方が良かったと嘆くことになるだろうと思う。それだけあの街は厄介なんだよ。何せ魔物と違って知性と悪意を持ってこっちを狙ってくるわけだし、ただ生きるために襲ってくる魔物の方がよっぽど楽だろう。
「私も誘拐されかけたことがあるけど、本当に突然だったもんね」
「あー、俺も襲われたことあるな」
カイル達は基本的に孤児院にいるし、あのあたりはカラカスの中でも治安がいい方だが、それでも治安がいいってのは最近の話だ。
親父が手を入れたことで治安は良くなっていったが、それでもそれ浸透させ、維持させる状態を作るってのは時間がかかるもんだ。
だから数年前までは孤児院であっても誘拐犯が侵入することがあったし、少し孤児院の外に出ればベルみたいな女の子は狙われる。
孤児院では身だしなみを整えるようになってるからその辺の子供より身綺麗だし、可愛く見えるから余計に狙われる率がアップだ。
だがそれがあの街の日常だ。油断すれば死ぬ。そんな場所で育ってきた俺たちが今更ただの賊程度にやられるわけがない。
「あるあるだな。まあ俺の場合は狙われたとしても賊が俺にたどり着く前に死ぬけど」
だって俺には常に護衛がいたし。護衛が離れたと判断しても、陰ながら守ってる奴らがいるもんだからどうしたって俺を攫うことはできなかっただろう。
「笑いながら言うことではねえよ」
俺の言葉にカイルとベルは笑いながら同意したが、男は呆れたように肩を落としながらため息をついた。
「にしても、さっきの動きは『格闘家』あたりか? あんだけ動けんなら、まあ問題ねえだろ」
「あー、やっぱりギルドの人?」
俺たちに聞かせるつもりはなかったんだろうが、それでもこれだけの距離にいれば特に気をつけない限りは聞こえてしまうもんだ。
で、その聞こえた言葉から察するに、俺たちの予想していた通りこの男はギルドの関係者なんだろうなと改めて思い、せっかくなので聞いてみることにした。
「ああ。……ああ、まだ名乗ってなかったか。俺はこのギルドで戦闘員として雇われてるハロルドだ。何か問題があったらすぐに対処できるようにギルドには最低でも一人は戦闘用の職員が常駐してるもんなんだが、今回みたいな子供が来た場合の対処も俺の仕事だ。規則として登録を止めることはできねえが、一度負けて鼻っ柱をおられときゃあ次からは多少なりとも警戒するからな」
「で、生意気そうな三人組がいたから声をかけたと」
「必要なかったみてえだがな」
男——ハロルドはそう言って肩を竦めたが、俺たちは無事に認められたようだな。
「今のでわかったと思いやすが、坊ちゃんたちは見た目でだいぶなめられるんで、そのことは考慮しといてくだせえ」
なんて思っていると、俺たちのことを見守っているはずのエミールがこちらに向かって歩いてきながら声をかけてきた。
「あ? あんたは……いや、入ってくる時にいたな。こいつらの保護者か?」
入ってくる時から視線を感じてはいたが、その視線の中にハロルドのものも混じっていたらしい。
冒険者ってのは縄張りに敏感で、新しい余所者の冒険者がやってきたら警戒したり様子見をしたりするって聞いてたんだが、それでもハロルドがエミールのことを意識に置いていなかったのは俺たちが一緒にいたからだろうか? 傍目から見ればここに入ってきた時のエミールは子供達を引き連れてるように見えただろうし、依頼に来たんだとでも思ったんじゃないかと思う。
「まあ、けつもちって意味じゃそうだわな。特に手を出す気はねえけど」
「あんたもやっぱカラカス出身か?」
「いいや? まあ今住んでるのはあそこだが、元々の出身は別の場所だな」
エミールは初期メンバーの一人だが、初期メンバーの中にあの街出身のやつはいない。
確かエミールはどこかの貴族だったんじゃなかったっけか。天職に貴族に相応しくない職が現れたからいなかったことにされた、みたいな……まあよくある話だな。実際に俺がそうなわけだし。
「そうか。……悪いんだが、ギルドのカードを見せてくれねえか? どうせ傭兵か冒険者かのカードはどっちか持ってんだろ?」
「そこまでする必要はねえと思うんだが、それは強制かい?」
ハロルドとしてはカラカスなんて危険な場所から来たやつの素性を確かめておいたかったのかもしれないが、そんなハロルドの言葉を聞いたエミールはフッと纏う空気を変えて答えた。
「……いや。ただのお願いだ」
「なら、悪いが見せるつもりはねえな。——それじゃあ坊ちゃん。行きやしょうか」
エミールはハロルドの言葉を拒絶したのだが、その様子はどうも普段の柔らかさの感じられるものではなかった。
突如変わったエミールの様子に、俺は思わず軽く腰を落としてからいつでも武器を抜けるように戦闘態勢へと移ってしまった。
だが、エミールは俺が警戒したことに気がついたのか俺のことを見ると肩に手を乗せてきて、俺の体をくるりと反転させるように動かし、そのまま軽く押して進むように促してきた。
エミールに押されたことで歩き出した俺は肩越しにハロルドの様子を伺ったのだが、その顔は緊張したように固くなったままだった。
「エミールって俺たち以外だと結構怖い感じだよな」
「そうですかい? まあ、外だとどうしても癖ってもんが出ちまうもんで。舐められたら終いでしたからねぇ」
それはそうなんだろうけど、あからさますぎる気がしたんだよな。普段のエミールならもうちょっと遠回しに伝えてる気がするんだけど……いや、俺が知らないだけでこんなもんか?
あとは、んー……調子に乗って俺たちに手を出すなよってハロルドだけじゃなくて周りにいた冒険者達にも伝えてたって可能性もあるな。エミールも初期メンバーの例に漏れず過保護な部分があるし。
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