第69話故郷の名前だけど久しぶりに聞いた

 

「それから、冒険者としての基本的な規則だけど、聞く?」

「あ、はい。お願いします」


 一応調べられる範囲では調べてはきたんだが、なにぶん伝聞が多いので間違いがあるかもしれない。

 なので受付の女性の言葉に頷いて話を聞くことにした。


 だが、規則としては調べてものを変わらず、重要な話といったら俺たちみたいな未成年冒険者にかかる制限と、依頼の受け方。それから冒険者の階級についてだった。


「それじゃあ、怪我しないようにね。街の外に出る時は、くれぐれも気をつけるのよ?」

「ありがとうございました」


 話を聞き終えた俺たちは受付の女性に礼を言ってから身を翻して受付から去っていく。


「天職書かなくてよかったのか? 俺も一応お前のを見て書かずに提出したけど」

「まあ不遇職が冒険者って、絶対になんかしら問題起こるだろ」

「『なんでおめえみてえなのが冒険者やってんだ』、とかか?」

「そうそう。そんな感じ。後は天職なんてバレないに越したことはないだろ?」

「まあ、それもそうだな」


 カイルの言った展開も、それはそれで楽しそうだけどな。

 でもまあ、天職がバレればそれだけで不利になるわけだから、天秤にかけると隠した方がいいと考えたのだ。

 現状でわざわざ調べてまで俺たちを襲ってくる奴なんていないと思うが、それでも後のことはわからない。特に今の時点で公開する利点もないし、隠して置くのが無難だろう。


「おう、そこのガキども、ちょっと待ちな」


 そんなことを話しながら依頼の張り出してある掲示板に行こうと思ったのだが、その途中でなんだか声をかけられた。

 振り返ってみると一人の厳つい男が立っていた。多分この男も冒険者なんだろうが、その手には酒の瓶がある。


 なんで俺たちに声をかけてきたんだろう? これはもしかしてあれか? テンプレ的な展開ではないだろうか?


「さっきからちいっとばかし話が聞こえてたんだがよお、随分と冒険者ってもんをなめちゃいねえか? あ? ガキの遊びじゃねえんだぞ?」


 キターーーーーー!


 ギルドにくる前に、俺たちは子供だから子供が登録しようとしたら何かしら突っかかってくる奴がいるかもな、とは思っていた——というかきてくれないかな、なんて思っていたが、まさかのまさか。本当にいるとはな。


 正直言って本当に来るとは思わなかったんだが、ギルドカードの受け取りに続きこんな事態に遭遇できるなんて、心が躍るな。


「簡単に死ぬつもりはねえとか言ってやがったが、んなのは誰だって同じだ。死ぬつもりで依頼受けるやつなんざだーれもいやしねえ。それでも死ぬのが冒険者ってもんだ。それがわかってねえみてえだしよお、なんならこれから俺が冒険者ってもんを教えてやろうか?」


 この突っかかってきた奴はどう相手しようかな〜、なんて顔に出すことなく考えていたのだが、なんだか様子がおかしい。

 いやおかしいってほどでもないんだが、なんだかただの酔っ払いってわけではない感じだ。

 視線や声の質が酔ってる感じではないし、話している内容もそうだ。言葉は荒いが、内容だけで判断すればこっちを注意しているように思える。


 ……もしかしてこれ、酔ったふりをしてる? 

 それが真実だとして、なんでそんなことをしているのかって言ったら、まあ新人への注意とか警告とかそんなんじゃないだろうか。


 だとしてもまあ、それはそれでテンプレか。


 普通の新人ならこれで怖がったり、逆に口答えしたりと何かしらの反応をするのかもしれないが、『本物』達に囲まれながら生活してきた俺たちにとっては怖くもなんともないので反応を見せることはない。


 俺の心情的にはもはやアトラクションの一種だ。


「……これ、どうする? 勝負する流れだよな?」

「なんで楽しそうなんだよ。まあ俺かお前だろ。ベルはちょっとな」

「私もできます!」


 テンプレとの遭遇で少し高揚している俺の言葉にカイルは呆れたように答えたが、ベルは兄であるカイルの言葉に反論し、カイルを睨みつけた。

 見た目が可愛い感じの少女なだけに、睨んだところで怖くはない。それどころか微笑ましささえ感じる。


「何呑気に話してやがんだ! ああ!?」


 が、俺たちが話していると、舐められていると感じたのか男はダンッと一歩踏み出して叫んだ。


 ああ、すまん。舐めてるつもりはないんだが、正直怖くもなんともないし無視ってた。いや、それを舐めてるというのかもしれないが、まあすまん。


「ま、ここは護衛役として俺が行くべきだろ」

「そっか。それじゃあ任せた」

「早く終わらせてくださいね。カイル」


 俺がいってもいいんだが、それは護衛として認められないんだろう。

 カイルは軽くため息を吐くと俺たちに声をかけてきた男の方へと歩み出した。


 因みにだが、ベルは館で働くようになってからカイルのことを兄としてではなく、カイル個人として呼ぶようになっていた。


「あ? んだてめえ」


 まあそんな話はともかくとして、カイルが一人で前に出て来たことで男は厳つい顔を眉を寄せることでさらに厳つくし、訝しげな様子を見せている。


「正直気乗りはしねえが、まあこれも仕事だ。仕方ないから戦ってやるよ」

「あ゛?」


 そんな男に対してカイルは煩わしそうに軽くため息を吐きながら言ったのだが、そんなことを言われるとは思っていなかったのか、男は演技なんかではなく素で出てきたであろう声を発してカイルを睨みつけた。


「戦うんだろ? そのために出てきたんじゃないのか?」

「……そんなにボコされてえなら、存分にボコしてやんぜオラアアアア!」


 睨みつけてくるだけの男にカイルは挑発とも取れるようなことを言ってのけたが、事実それは挑発であった。


 カイルの挑発に対して、まさかそこまで舐められた態度を取られるとは思っていなかったのか、男は顔をピクピクと痙攣させながら答え、その流れのままに拳を振るった。


「あめえよ」


 だが、そんなフェイントもない真っ正面からの単純な攻撃はカイルには意味がない。それどころか、カイルだけではなく俺やベルにだって効果はない。そんな攻撃を喰らってるような鍛え方はしていないからな。


 男の拳を避けたカイルだが、その動きは最小の動きでギリギリ躱す、なんてことはしない。

 だってそんなことをしたら相手が暗器を持っていた場合食うことになるからな。それに、スキルだって使い方次第では強引に拳の軌道を変えることができるんだ。余裕を持って避けるのが対人戦での常識ってもんだ。


「ぐっ、このガキ!」


 拳を避けられたことで男はカイルのことを睨み、さらに拳を振るうが、その全ては余裕を持って避けられている。

 掴みかかろうとしてもはたき落とされ、蹴ろうとしてもその蹴りを利用されて転ばされそうになっている。

 どう見てもカイルと男とではカイルの方が優勢だ。


 筋力やスキルのレベルに関しては男の方が上なのかもしれない。だが、男とカイルでは人間を相手にする際の経験値がまるで違った。当たり前だ。あの街よりも対人戦——それも命がけの戦いの経験を積める街なんてあるわけがない。あったとしてもこの辺にはないだろう。


「クソがっ……避けてばっかかよ!」

「なら、今度はこっちから行くぞ」


 男の言葉に反応してカイルが呟くと、それまでの動きとは一変した。


 避け、逸らすことで攻撃をやり過ごしていたカイルは、突如男の懐に入り込んで拳を叩き込む。


「ぉぐ——っのお!」


 カイルに殴られながらも懐にいるカイルに向かって手を伸ばすが、あそこまで接近されると体格の差の関係上すごく戦いづらいと思う。実際、男の攻撃は先程までの動きとは違ってどこかやりづらそうにしている。


 そうして戦っていき、コツン、と本当に軽く当てるだけの攻撃を顎に入れた時点でカイルは男から距離をとって拳を下ろした。


「で、俺たちは合格か?」


 ……ま、そうだよな。

 俺が気づいていたように、カイルもこの男のおかしさに気がついていたようだ。

 そしてこの男がなんで攻撃を仕掛けてきたのかと言ったら、これは俺たちが冒険者としてやっていけるのかっていう選別のようなものなんだと考えたんだろう。


「……なんだよ。バレてたってか。……てめえらもか?」


 カイルの言葉を聞いた男は俺たちのことを見ながら舌打ちをしてきたが、俺はその言葉に頷きながら答えた。


「最初っからな。受付の人の視線があからさまだったし、言動に対して体の動かし方や視線が酔っ払いに相応しくなかった」

「後は筋肉のつきかたが、ただトレーニングでつけた見せかけだけじゃないのもだな。スキルも使ってなかったし」

「他の方に比べて身だしなみがしっかりしてましたし、床や机に食べかすを落としていませんでした。何より悪意も感じ取れませんでした」


 俺、カイル、ベルと三人から連続で言葉を投げられた男は呆れたように息を吐き出したが、直後、ふと何かに気が付いたかのように眉を顰めた。


「悪意? ……お前ら、もしかしてだがカラカスの出身か?」

「カラカス?」

「あのクソッタレな街の名前だよ」


 男が口にした名前にカイルが首を傾げていたので教えてやる。


『カラカス』というのは、俺たちの拠点にしている街——悪性都市とか犯罪者の街とか呼ばれる場所の本来の名前だ。故郷の名前だけど久しぶりに聞いたな。


「あー、そういや聞いたことあったな。ほとんど『この街』『あの街』で終わらせてたから忘れてたな」

「まあ、普通はあそこから出ないやつの方が大半だからな。街の名前なんてほとんど使わないだろうし、おかしな話でもないだろ」


 俺を含めてカイルもあの街に住んでいるが、基本的に街から出ないためにカイルはあの街の名前を忘れていたようだ。

 まあ今回の旅で初めて壁の外を見たくらいなんだから、街の名前を知らなくても仕方ないかもしれない。


 それに、聞いた話じゃ自分たちの住んでいる村や町、果ては国の名前すら知らないやつってのはこの世界ではそう珍しい話ではないそうだ。辺境の村なんかに行くとその村の中だけで一生を終えるものなんてザラにいるそうで、そういう場所で村の名前を知っているのは村の外にものを売りに行ったりする一部の者だけなんだとか。


 実際俺も知ってはいたがそんな名前を呼んだことなんてなかったからな。大抵が『この街』とか『あそこ』なんて呼び方で終わってた。


 だからそんな村なんかに比べると、忘れていたとはいえ街の名前を知ってただけでもカイルは物知りと言えるかもしれない。

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