第64話親子のふれあい
カイルとベルを従者として引き入れてからおよそ一月。
今の俺はスキルの修行をしているのだが、前まで修行に使っていた庭ではなく、そこからちょっと離れた第二の庭を使ってる。
なんで場所を変えたか? そんなの、こっちにしか井戸がないからだよ。
俺の第三スキルは水をばら撒くものだ。庭に水を撒き続けてみろ、びちゃびちゃの水浸しになるぞ。それを毎日となったら流石にまずいだろ。
そんなわけで、今の俺は井戸の横に椅子とテーブルを置きながら、井戸に向かって手を伸ばしてスキルを使い続けていた。
井戸の横に椅子とテーブル。ついでにメイドと護衛なんて優雅な感じがするが、場所が場所だけにミスマッチすぎるな。お嬢様のお茶会の背景を花園じゃなくて井戸に変えてみろ。多分似合わなすぎて微妙な顔になるぞ。
ただまあ、スキルの使用自体には特に問題もないし、倒れたとしてもテーブルに突っ伏すだけで終わるので安心だ。
「おーおー、今日もやってんなあ」
「ん? 親父か。どうしたんだ、こんなところに」
「ずっと机に向かってんのもあれだからな。元々俺ぁ事務方じゃねえんだから体を動かしたくなるってもんだろ」
いつものようにスキルの修行をしていると、なんか知らないけど親父がやってきたが、言いたいことは理解できる。親父、書類仕事とか向いてなさそうだもんな。
つってもそんなにやること自体は多くないはずだ。
何せこの街は無法者の街。決まりや暗黙の了解なんてのはあるけど、そんな書類にしてまで管理しなくちゃならないことなんて、あまりないんじゃないかと思う。
そりゃあ全くないというわけには行かないだろう。人の管理とか集金とか商売の収支とかな。
だがそれでも普通の街の領主とかよりは圧倒的に少ないだろうし、親父のところに回ってくる前にほとんど処理されてるはずだ。
とはいえ、それでも元々の性格的に向いていないことは確かだろうし、疲れるものは疲れるんだろう。
「久しぶりに稽古をつけてやんよ」
「いや、俺今スキルの修行に忙しいから」
「かー! お前はいつからそんなんに育っちまったんだあ? せっかくの親子のふれあいの機会を潰すたあ酷えじゃねえか」
酷えとはいうが、正直なところ親父と稽古しても意味がないんだよな。
普通は相手と打ち合ってるとそれなりに相手の個性とか隙とか見えてきて、そこを攻め込もうって戦術を立てることができる。そうやって考えて攻めて、しのがれて負けて、どうすればよかったのかなんて考察をして自身の動きを改善していくのが訓練だ。少なくとも俺はそう思ってるしそうしてきた。
だが、親父と戦ってると全く勝てるイメージが湧かないから動きようがないっていうか、手加減してんのはわかるんだけど、それでも攻めようがないから負けた時も何が悪かったのかわからない。
これが本当の武芸者やなんかだと圧倒的格上であっても何か感じるものがあったり攻略法を見出すことができるのかもしれないが、俺にはそこまで戦闘のセンスや才能なんてものはないからな。ある程度上限の見える相手じゃないとどうしようもない。
そう言った意味で、親父と戦うのは意味がないんだ。
「じゃあこれが親子のふれあいだ——《潅水》」
ただまあ、わざわざ木剣まで持った状態でここまできたんだからそんな言葉だけじゃ引かないだろうなと思って、ちょっとした悪戯として井戸に向けていた手とは逆の手を親父に向けてスキルを使い、指先から水を放つ。
それは以前にエルフの森で……誰だったか忘れたけどなんか先頭になった奴に使った放水車のようなものではなく、例えるなら水鉄砲のようなものだった。
それでも誰かを濡らすには十分なのだが……
「いきなり何すんだってんだ」
あろうことかこのおっさん、持ってた木剣で水を切って散らしやがった。おかしくね? なんでそんなことできんの?
「だからふれあいだよ。スキルの修行もできて親父と遊んでやれるいい方法だろ?」
「これのどこがふれあいだってんだよ。普通なら水でびしょ濡れになってんぞ。おっさんを濡らして何が楽しいんだよ」
「普通じゃねえからいいじゃん」
水鉄砲程度とはいえ、それでも自身に向かってくる水を切るなんて芸当は普通はできないだろ。
水を横から叩いて散らすってのは、まあ理解できる。だが叩いたんじゃなくて切って勢いを殺したあたり十分バケモノしてると思う。水一滴分も濡らせなかったってどういうことよ? どう考えてもこのおっさんは普通じゃねえだろ。
「おいおい、こんな中年に向かって酷え言い草じゃねえのか? 俺のどこが普通じゃねえって?」
「水を切っておいて何ぬかしてんだか。どう考えても普通じゃねえだろうが。……そんなに暇ならカイルと遊んでろよ。それが終わったら俺も遊んでやるから」
このままじゃ諦めないだろうな、と思った俺は親父の願いというか遊びの提案を受けることにした。
けどそのまま受けるのもなんとなく癪だったので、視界の端に映ったカイルをだしにした。
「ほー? 言ったな。なら準備しとけよ?」
これで諦めてくんねえかな、と思ったんだが、まあそううまくはいかないよな。
親父はニッと笑うと俺からカイルへと視線を移した。
「そういうわけだ。ちっと運動相手になってくれや」
「は、はい!」
カイルは突然の親父の呼びかけに緊張した様子を見せたが、まあいい経験になるだろう。カイルには俺と違って戦いの才能ってもんがあるだろうし、負けてもタダでは負けないと思う。
「っし、いつでも来いや」
親父から木剣を受け取ったカイルは親父から少し離れた位置で剣を構えていたのだがその様子は硬く、親父から声をかけられても剣を構えたまま動けないでいた。
だがそれでもここで立ったままでいるのはダメだとわかっているからか、カイルは短く息を吐き出すと親父に向かって走り出した。
カイルの天職は『格闘家』だが、副職は『剣士』だ。なのでそのための訓練をしているので、俺なんかよりも遥かに剣の扱いはうまい。
だが、それでも親父には届かない。
剣を構えることなく立っていた親父は一見すると隙だらけに見えるのだが、そんな親父に突っ込んで行ったカイルが振り下ろした剣を、親父はスッと右足を引くことで難なく避けた。
だがカイルもそれは想定していたのだろう。避けられはしたが、カイルの攻撃はそのまま止まることなく続けられた。
振り下ろした剣を強引に切り返したが、その攻撃も避けられてしまい強引に剣を振った影響でカイルの体がわずかに流れる。
親父はそこを突くために剣を持っていない方の手を伸ばしたが、その手は途中で引っ込められた。
直後、それまで親父の手のあった場所にカイルの拳が通過し、拳が空を切った。
だが拳を振っただけでは終わらず、カイルは今度は剣を振って攻撃を仕掛けた。
天職が格闘家だからだろう。カイルは剣だけではなく拳や脚を使って戦い、剣を振るった際の隙を消している。
流石は天職も副職も戦闘系に目覚めるだけあって、カイルの動きはなかなかのものだ。少なくとも俺にはあんな動きはできない。
だが、それでもずっと隙をなく攻撃を続けるなんてことは無理なわけで、攻撃が途切れたその一瞬、親父が剣を振るった。
見え見えの攻撃。特に力が入っているようには見えず、剣を振るう速度も速くはない。だがタイミングと角度が絶妙すぎてカイルは避けることができなかった。
だがそれは避けられなかっただけで、親父の攻撃をカイルはしっかりと剣で受け止めることはできた。——が、なんの問題もないように思えたカイルは剣を弾かれた。
これだ。これが謎で訳がわからないんだよ。
親父の攻撃は、なんでか知らないけど力が入っていないように見えてかなり〝重い〟んだ。そのためにまともに受けようと思ったら弾かれることになるし、重いのを承知で防ごうとすると今度は見かけ通りの軽い攻撃になる。
あれでスキルを何にも使ってないってんだから反則だと思う。
一度なんであんなことが起こるのか真面目に考えたことがあるんだが……攻撃の威力ってのは詰まるところ重さ×速さだ。銃弾は軽いけど速い。だから威力が出る。
親父の体重を仮に成人男性と同じくらいの六十キロとして、それを全部乗せて攻撃を繰り出せばたとえ速度が無くても銃弾と同程度、もしくはもっと上の威力が出せてもおかしくない。要は遅いが重い攻撃だ。
とはいえ、実際に攻撃に乗せることができる重さってのはそのうちの何%かだけだ。体重の全てを乗せることなんてできない。
だが、もしそれができるとしたら? 攻撃が当たるタイミングで自身の体重全てを剣に乗せることができたのなら、それは銃弾とは逆の、遅いが重い攻撃が繰り出せることになる。
……なんて考えたんだが、実際にそれをできるのかって言ったらわからない。少なくとも俺には無理だ。親父は知らんが、多分できるんだろうよ。現状から考えるとそうとしか思えないしな。
「見事なまでに負けてんなぁ」
親父の無茶苦茶っぷりを改めて見ているのだが、最初は勢いのあったカイルも今では押されてしまっている。まあわかってたことだけどな。
「ボスにはそう簡単に勝てないってのは坊ちゃんもわかってやしたでしょう?」
「まあな。でも親父も遊んでるからか、結構続くもんだな」
当初はもう終わってるだろうと思ってたんだが、予想以上にカイルは生き残っている。これは親父があまり真剣にやっていないというか、遊んでいるからだろう。大前提として遊びについていけるだけの実力がカイルにあるってことなんだがな。
「遊んでるってーよりは、教育じゃねえですかね」
「教育ねぇ……」
そんなことをエミールと話しているとカイルの持っていた剣が弾かれた。そうなってもまだ拳でなんとかしようと抗うが、疲労から動きの鈍ったカイルではどうしようもなかったようで勝負は終わり、カイルが膝をついた。
「っし、これで終いだな。筋は悪かねえしやる気もある。まあそこそこにはなるんじゃねえのか?」
「あ、ありがとう、ございました……」
「おう」
息も絶え絶えなカイルとは違って、親父はろくに汗もかいていない。この程度じゃ準備運動にもならないってか? 全くもってふざけてる話だよな。
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