第65話外出テスト

「っつーわけで、次はお前だな」


 親父は俺の前まで戻ってくると、自慢するようなどことなくムカつく笑みを浮かべながらそう言ってきた。


「そんなに遊びたいか。いい歳したおっさんがかまってちゃんかよ」

「まあそう言うなや。親子のふれあいは大事だろ? それに、俺にスキルを使わせることができたら願い事を一個叶えてやるよ」

「願い事? それって……」

「前から外に出てえって言ってただろ? 俺と戦うだけの力があるんだってんなら、ひとまずは外に出ても問題ねえだろってことだ」


 ……ああ、なるほどな。なんで親父が急にやってきて訓練だ、なんて言って引く様子を見せなかったことにちょっと違和感があったんだが、これは俺を見極めるための試験みたいなもんだったのか。


 もうカイルの態度にも話がついたし、そこそこ慣れることはできたんだが、それでも外に出たいという気持ちに変わりはない。

 この過保護で心配性な親父にスキルを使わせることができたら外に出られるってんなら、やってやろうじゃないか。


「っし、やってやろうじゃんか。けど、俺はスキル使わせてもらうぞ?」


 これは大事なことだ。正直言って剣だけで勝てるとは思えないからな。


「おーおー、好きなだけつかえ」


 親父は軽く返事をしているが、吠え面を描かせてやるからな。


 そうと決まると俺は椅子から立ち上がり軽く準備運動をして戦いに備える。


「ヴェスナー」


 準備運動を終えた俺は、親父の相手をするために先ほどカイル達の戦った場所まで移動しようとしたのだが、歩き出した俺にカイルはそう言うとさっきまで自分の使っていた木剣を俺に渡してきた。


 カイルから木剣を受け取った俺は親父の前に進み、向かい合うことになったんだが、親父はさっきと同じで剣を構えることがないどころか、警戒した様子を見せることもなくただ突っ立ってるだけだ。


 そんな親父に対して俺は剣を構え、俺の準備ができたのを確認した親父は口を開いた。


「そんじゃあ先手はお前に——」


 が、親父が何かを言い切る前に俺は走り出し、剣で斬りかかる。

 しかし、そんなことをしたところで不意打ちにすらならずに避けられそうになるが、そんなのは承知している。


 避けられると予想していた俺は振ったばかりの剣を切り返す。

 ここまではカイルと同じだが、その後は違う。ただ剣を振っただけでは避けられてしまうのはわかっているので、剣を切り返すと同時に足を踏み出し、タックルするかのように体ごと剣を押し出した。


 親父の技量であればそんな攻撃でも避けられたんだろうが、今回は受け止めることにしたようで、俺たちは鍔迫り合いをすることとなった。


「先手は譲ってくれるんだろ?」

「はっ。人の話を最後まできかねえたぁ、随分と行儀の悪い育ち方をしたもんだな」

「親が色々と問題があるやつなんでな。子は親を見て育つっていうだろ?」


 剣を押し合いながらそんな軽口を交わしているが、この状況は俺にとって不利でしかない。

 何せ体格が違うんだ。いくら親父が手加減をしたとしても、こういった力勝負のところでは加減なんてしないだろうと思う。


「親の真似をしてるにしちゃあ、随分としょぼい剣だな」


 事実、親父は俺の言葉にそう返すと力任せに俺を押し飛ばし、今度は自分から斬りかかってきた。


 押し飛ばされて体制を崩した俺はその剣を避けるために大袈裟なくらいに後方に飛びのいた。


 下がった俺を追撃しようと親父が一歩前進したが、俺は後ろに飛びのいた状態から着地をすると同時に今度は前へと飛び込んだ。そんなことをすれば折角離した距離が縮まってしまうが、それでいい。一瞬だけとはいえ、親父の反応を遅らせることができたんだから十分だ。


 下がったはずの俺が飛び込んできたことで親父は一瞬だけ訝しげな表情をして動きを止めた。

 俺はそんな親父に向かって剣を振るうが、当然ながらそれは避けられる。

 剣を切り返しても避けられ、勢い余って姿勢が崩れたところで親父が剣を持っていない方の手を伸ばしてきた。

 だが、その手は俺に届く前に引っ込められ、さっきまで親父の手があった場所に俺の手が通過し、空を切った。


 その後も剣を体術を交えて親父に攻撃を加えていくが、これは先ほどのカイルの真似だ。

 剣を振り、その隙を埋めるように拳を放ち、また剣を振るう。


「他人の猿真似したところで、お前にゃ完全に再現なんてできねえぞ」

「んなこたあわかってんだよ!」


 カイルは天職と副職に格闘家と剣士なんてもんがあるからあんな動きができたんだ。俺がやろうとしたところで、見様見真似にすら届かない不出来な動きしかできない。

 そして当たり前の話だが、そんなカイルの攻撃が通用しなかったのに俺の攻撃が届くわけがないんだ。


 だからその時が来るのも無理のない話だった。


 カイルは十分以上も続けることができた戦いだが、俺はその半分どころか三分でギブアップだった。


 疲労で動きの鈍った俺の振った剣に対して、親父はその剣を弾こうと自身の剣を振るう。


「その動きは、さっき見た!」


 だが、そこで俺は振り下ろされた剣を受け流し、そのまま親父の懐に飛び込んで剣を振るう。


 このためにあえてさっきと同じ状況を作ったんだ。ただこの一撃を引き出すためにカイルと同じ戦い方をして、同じ疲労状態になって、同じ体勢で剣を配置した。


 だが……


「ほー、やるじゃねえか。可愛い部下を生贄にしたのか」


 完璧とはいえないまでも、完全に間に合わないタイミングになるように剣を逸らしたってのに、親父は俺の振るった剣に自身の剣を間に合わせて体の間に割り込ませた。……まったくどんな反射神経してんだよこいつは。


 しかし、それも想定内といえば想定内だ。この一撃で決められればそれでよかったんだが、何せ相手は親父だからな。防がれることもあるかもしれないとは思っていた。


「人聞きの悪いことを言うんじゃ——ねえよ!」


 だから、俺は両手を剣から離して親父の腹に向けて突き出し、第三位階スキル『潅水』を使った。


 それは最初に親父に使った水鉄砲とは違う。百回分のスキルをまとめて手のひらから放出する放水車の如き水圧だ。まともに食らえばいくら親父でも踏ん張ることなんてできないだろう。


 そう思ったのだが、俺の手はいつの間にか跳ね上げられて天へと向かい、噴水の如く水を出すことになっていた。


 何が起きたのか分からずに親父のことを見ていたのだが、すぐに失敗したんだと悟ると俺は思い切り後方へと下がった。


 ……何が起きた?


 今起きた状況を説明するとしたら、多分だが俺がスキルを使う瞬間に親父が俺の腕を蹴りあげたんだと思う。

 だが、そう考えられたとしても認められるかは別だ。

 戦闘系の天職は『身体強化』なんてスキルがあるが、親父の様子からしてそれを使ったってわけでもなさそうだ。


「どうした? 戦いの中で惚けてるなんて随分と余裕だな?」


 何が起きたのか考えていたのだが、動きを止めていた俺に向かって親父は楽しげな笑みを浮かべている。


 ……本当は潅水だけでどうにかするつもりだったんだが仕方ない。


 俺は左足を引いて半身になり、右手で持った剣を構えながら左手を親父の視線から隠す。親父に蹴られた腕が痛むが、まだ剣は握れるからいけるだろう。


 突然だが、一つ改めて確認をしよう。スキルっていうのは天職の位階が上がるごとに新しいスキルを覚えていくが、同時に今まで覚えたスキルも強化されていくものだ。


 俺も天職のレベルが上がったことで、今まで覚えたスキルも多少効果が上がっていた。

 播種もそうだ。今までは触っていた種だけしかスキルの対象に選べなかったけど、今では『十分以内に触ったことのあるもので一メートル以内にある種』であればスキルを発動することができるようになっている。


 十分とか一メートルなんて縛りがあると対した緩和でもないかもしれないが、全く意味がないと言うわけでもない。ようはこれまでと同じで、使い方の問題というわけだ。


 まあそんなわけで、小細工というか準備を終えた俺は再び親父に向かって走り出した。


 親父はそんな俺のことを訝しんでいるようで眉を寄せているが、どうでもいい。このまま実行するだけだ。

 親父との距離が五メートルを切ったところで、俺は先ほど半身になった時に親父から隠した左手で種を掴んでいた。

 その掴んでいた種を親父の足元に向かってばら撒いた。多少距離が足りないが、まあ十分だろう。


 親父は俺が何をしようとしているのか分からなかったようで顔を顰めたが、すぐに理解できたようで目を見開いた。

 だが、今気づいたところでもう遅い。俺は親父に斬りかかると同時にスキル《播種》を発動した。


「ごっ——」


 その瞬間、俺は腹に衝撃を感じて吹き飛ばされた。


 多分蹴られたんだと思うが、よく分からない。わかったのは俺の口から変な声が漏れたってのと、なんか衝撃を感じながら視界がぐるぐると動いているってことだけだ。


 それが蹴られたことによって地面を転がったせいだって理解できたのは、完全に転がるのが止まってからだった。


「チッ。一発食らったか」


 親父のそんな言葉を聞いた俺は痛む腹を押さえて体を起こしたのだが、親父は悔しげに自身の脚を見下ろしていた。

 だが親父は悔しそうにしているが、俺としては何言ってんだこいつって気持ちだ。


「あれだけやって一発しか食らってないことに驚きだよ」


 悔しそうな親父の様子からして流石に今度はスキルを使わせることができたみたいだが、それでもあんだけやって一発だけしか食らわせられないって、マジでバケモノだろ。全部切りましたってか?


「っつーか1ついいか?」

「なんだ?」

「最後にどうして足元に投げたりした? んなことしなくても目潰しみてえに種を相手にぶちまけりゃあ避けようがなかっただろうに、なんでやらなかった? おめえのことだから、思いつかなかったってわけでもねえだろ?」


 確かに親父の言う通り、思いつかなかったわけじゃない。相手の顔面に投げつけてから発動すれば、どうやったって避けられるはずがないからな。防ぐとしたら純粋な硬さだけでどうにかしなくちゃならん。

 だが……


「……まあ思い付いてはいたけどさ、それっていくらなんでもやりすぎだと思うんだよ。殺し合いならともかくとして、模擬戦で使う技じゃねえだろ」


 そう、これはあくまでも模擬戦だ。いくら相手を確実に倒す方法がるんだとしてもそれを実行するかどうかは別の話。俺は勝ちたいとは思ったが殺したいと思ったわけじゃないんだから。

 まあ、さっきのは常人なら殺していてもおかしくなかったけど、この親父なら大丈夫。怪我はするかもしれないが、少なくとも死にはしないだろと思ってたからやったんだ。


「そうかよ。ま、しゃーねえな。負けたのは事実なんだから、認めるしかねえか」

「っ! そうだった。それじゃあ俺は外に出てもいいのか?」


 スキルを使ったらか、親父に一撃入れることができたら外に出てみてもいいって約束だった。

 親父はスキルを使ったんだし、怪我もした。ならその約束を果たしてもらうのはおかしなことではないんだが、途中から勝つことを意識しすぎて忘れてた。


「ああ。つっても、流石に外に行くってんならその二人以外にも今まで通り誰かつけるぞ」

「わかってる。流石にそこまで求めちゃいないさ」

「まあ、それもおいおい外してやってもいいが、そのうちな」


 本当の意味で自由行動が許されたわけじゃないが、それはこの街の事情を考えれば仕方がないだろう。

 だがそれでも、今日から俺の行動範囲は一気に広がることになった。

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