第63話新たな従者候補二人

 

 俺が親父に外に出たいと言った日から一週間後、俺の前にはカイルとベルが立っていた。


「それじゃあ、今日からこちらの二人が坊ちゃん付きの従者候補となりやすんで、よろしく頼みますぜ」


 そんな二人を紹介するかのようにエミールが二人のことを示した。


「この度従者として仕えさせていただくことになりました、カイルです」

「同じく、この度従者として仕えさせていただきますベルです。ヴェスナー様付きの従者となれた事を嬉しく思っています。これからは身を粉にして働くつもりなのでどうぞよろしくお願いします!」


 紹介された二人は以前のような気楽な挨拶とは違う態度で恭しく跪いた。

 ベルは格好こそ変われど態度は変わっていないのだが、カイルはもはや全くの別物と言っても良い様子に変わってしまっていた。


「一応護衛として必要なことは教えた。あとお前の奔放具合もな」

「奔放ってほど何かをした記憶はないんだけど?」

「つってもただの大人しい少年ってわけじゃねえのはあってんだろ」


 護衛業務に関しては普段から俺の護衛をすることの多いジートが教えたようでそう言ってきたのだが、それは、まあな。仕方ないことだ。


「ま、お前が期待を裏切らねえ限りは裏切られねえだろうし、俺たちだってまだそばにいるからな。安心しろ」

「坊ちゃん的には、ジートみたいなごついおっさんなんてさっさと離れて欲しいんじゃねえのかね?」

「はっ! ばかかよエミール。ヴェスナーに限ってそんなことあるわけねえだろ! なっ?」


 だが俺はそんなジートの言葉につい、と顔を逸らしてしまった。特にそうしようと思ったわけではないのだが、無意識というか自然とな。


「おいおい……。おいおいおいおいっ。えっ? まじか?」

「そりゃあ坊ちゃんも年頃の少年なんだから、ベルみたいな可愛い子の方がついてくれた方が嬉しいに決まってんでしょって話だわな」


 俺の反応に驚いたように目を見開いて困惑するジートに対してエミールが笑っているが、まあその通りだ。


 いや、ジートのことは嫌いじゃないんだよ? 嫌いじゃないんだけど、時々うざ——じゃなくて熱い時があるからな。見た目的にも面積とってるし、できることならもう少し自己主張の少ない、ついでに見ていて華のあるやつの方が嬉しい。いやほんと、嫌いじゃないんだけどな?


「ま、これからは今までみたいに俺たちの護衛は減ってカイルたちに任せることもあるでしょうけど、坊ちゃんは今まで以上に気いつけてくださいや」


 なんか知らないけど落ち込み始めたジートを放ってエミールが話を進めた。


「ああ。わかってるよ」


 俺が頷くと、エミールは肩を落としているジートの背を押して去っていった。


「それじゃあ、これから改めてよろしくな」

「はい」

「はい!」


 ジート達が部屋を出ていき、部屋には俺とソフィアとカイルとベルの四人だけが残された。

 だが、ジート達が消えてもやはりというべきかカイルの態度は変わらない。今までとは違う、他人行儀な態度だ。

 仕事だから、と言ってしまえばそれまでなんだが、俺はそれが気に入らなかった。


「……それから、カイル。その言葉遣いなんとかならねえ?」

「……何か不備がございましたでしょうか?」

「不備も何も、普段お前そんなんじゃなかっただろうが」


 だからそう言ったのだが、その声には自分でもわかるほどに不機嫌さが乗っていて、カイルの態度について考える頭の片隅で、俺は昔の自分との変化を感じ取っていた。


「ですがこれは……いえ、じゃあ俺たちだけの時はこれで行くってのはどうだ? 流石に他の人たちの前だと怒られる」


 カイルは一瞬だけそれまでのように丁寧に接しようとしてのだが、すぐにその態度を以前のものへと変えた。

 こんなにすぐに態度を変えることができるなんて、やっぱりこいつは頭いいっていうか、要領がいいよなって思わずにはいられない。


「ヴェスナー様。そちらの方はソフィア様でよろしいでしょうか?」


 以前のように変わったカイルの様子を見て満足した俺だが、そんな俺にベルが声をかけてきた。


 見るとベルがソフィアのことをじっと見ていた。

 ソフィアもそんなベルに応えるかのように見つめ返しているが……なにしてんだ?


「ん? ああ、そうだ。俺の側付きの教育係兼侍女のソフィアだ。基本的に孤児院に行く時は連れていっていなかったから会った事ないだろうけど、これからはよろしくな。ソフィアも、なんか色々と教えたりしてやってくれ」


 なんでお互いのことを見つめ合っていたのかは謎だが、とりあえず話を進めることにした。


「はい」

「かしこまりました」


 二人はお互いのことを見つめ合っていたのだが、俺がそう言うとどちらからともなく視線を逸らしてこちらへと顔を向けてきた。

 だが、視線はお互いから外したはずなのに、なんかあそこだけ空気が熱いきがする。


 ……こんなことを思うと自意識過剰みたいになるかもしれないんだけど、もしかしてだが、これはラブコメ的な展開のあれだろうか? ベルは前から好意を隠してなかったし、ソフィアはこの間好意をぶつけられた。

 二人とも俺に好意を寄せていてそれをお互いに見抜いたからマウントを取ろうとしている、みたいな。


 こんなラブコメ的なことをマジになって考えることでもないような気はするが、状況的にそう思えて仕方がない。


「……まあ俺付きって言っても、基本的には館ん中でおとなしくしてるだけだからそんなにやることはないけどな」


 とりあえず今は話を進めることにした。問題の先送りともいうが、どうせ今考えても答えなんて出せないんだからいいだろう。


「……大人しく?」


 だがそんな俺の言葉に、ソフィアが僅かに首を傾げながら声を出した。


「なんだソフィア。そんな胡乱げな目をして」

「いえ、大人しいことは大人しいのでしょうけれど、微妙に悩む所ですね」

「いやいや、悩むまでもなく大人しいだろ」


 俺はそんな暴れ回ったりしていないし、権力を振りかざしてもいない。護衛を煩わしいと思ってもそれを振り切って逃げようとは思ってないし、思いつきで街に繰り出したりもしていない。

 それらを考えると、俺は十分に物分かりがよく大人しい子だと思うんだが?


「でしたらスキルを倒れるまで使い続けるのはどうにかして欲しいものですね。いつものことではありますが、突然倒れられるのは心臓に悪いです」


 そこを言われると辛い。確かに自身の主が突然倒れたのであれば、それは大変なことだろう。

 倒れるだろうなとわかっていても、もしかしたらスキル以外の要因で倒れたんじゃ、なんて考えが頭によぎるかもしれないし、全く不安に思わないということは難しいだろう。


 だが、それがわかっても俺はやめる気はない。だって天職も副職も極めようと思ったら毎日千回づつ使っても数年かかるぞ。

 最近ではもうそろそろで二千回ってところまで使えるようになったから多少は両方ともマックスレベルの十にするまでの時間は短くなっただろうけど。


 まあ、普通は人生を賭けて極めるもんだから、俺は十分に早いペースなんだけどさ。普通は鍛える時はぶっ倒れる限界までしかスキルを使わないし。ぶっ倒れながらスキルを使い続ける俺が異常なんだろうってのはわかってる。


 それにあれだ。最近ではもうそろそろぶっ倒れながら使わなくてもいいかな、なんて思い始めてるし、実際に倒れずにスキルの修行を終わらせることも多くなってきた。

 当初は一秒に一回のスキル使用を可能に! なんて考えてたが、ぶっちゃけそこまでやらなくても十分じゃねのか、とも思ってるんだよ。


 だから、まあ、なんだ。……ごめんなさい。


「……すまん」


 俺がそう言って頭を下げると、ソフィアは仕方のない子供を見るかのように優しさというかなんというか……慈母的(?)な視線を感じる。


 くそぅ〜。俺たち五歳しか違ってないのに、なんだかソフィアがやけに大人びて見えるぞ。


「お前、本当にそんな生活してたんだな」


 そんな俺たちを見てカイルは呆れたように呟いたが、まあ口で言ったところで実際に信じられるもんでもないよな。倒れながらスキルを使ってるなんて。スキルを限界まで使った時のあれ、マジできついし。

 頭痛吐き気目眩倦怠感悪寒痺れに全身の痛みと何かが体を這い回るような不快感その他諸々……。間違っても何度も体験したいものではない。俺の頭はちょっとブレーキのぶっ壊れた車の如き出来をしてるから、そんなきつい状況に何度も突っ込んでいってるけど。


「そんなわけで、二人とも知っているでしょうけれど、ヴェスナー様は頻繁に倒れます。それこそほぼ毎日のように。原因はわかっていますし、言っても聞かないので倒れたら対処するしかないのですが、その際は速やかに動くようお願いします」

「「はい!」」


 ソフィアの注意に対するカイルとベルの頷きがやけに心に突き刺さるというかなんというか。


「ヴェスナー様も、できる限り私たちを心配させないように心がけていただけると嬉しく思います」

「……はい」


 これからはもう少しぶっ倒れる回数を減らそう。

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