第62話ソフィアの想い
「ヴェスナー様」
「ん?」
普段仕事中はあまり話しかけてきたりはしないくせにやたらと俺のことを見てくるソフィアだが、今日は珍しく部屋に戻ると話かけてきた。いったいどうしたんだろうか?
「本当にこの街からお出になられるのですか?」
このタイミングでこの話題となると、ソフィアも親父と同じで俺が街の外に出て危険な目に遭うかもしれないと心配してるのか。まあ俺はまだ十三歳で見た目的にまだ子供だしな。
多分この街の奴らはいろんな種族の血が混じってるんだろうなと思う。獣人とかエルフとか。だから成長速度が純粋な人間とは少し違って、まだ成人してなくても大人顔負けなガタイをしてる奴もいる。カイルだって俺よりも背が高いし。
それに対して俺はどうにも俺は周りよりも少し幼い見た目な気がする。まあ一応純粋な人間だからな。成長速度が周りと違ってもおかしくない。何せ実の両親は王様と貴族の娘だし。
だが、周りから見てる者達としては俺は成長するのが遅いように見えることだろうし、心配する気持ちってのはわからなくない。
「あー、うん。まあ出るってほどでもないけどな。何も一生帰って来ないってわけでもないんだし」
「でしたら、私も連れて行っていただけないでしょうか?」
「ソフィアを? いやでも、お前は俺付きの従者だけど、一応親父の配下だろ?」
そう言ってソフィアへと振り返ったのだが、ソフィアは真っ直ぐに俺のことを見つめていた。なんだ?
「説得いたします。そもそも、ヴェスナー様さえ許可をしてくだされば、ヴォルク様は許可を出すかと思いますが」
「あー、まあそうかもな。あいつは部下に困ってないし」
でも、というかそこまで俺が心配か。そんなに弱くないと思うんだが……や、そういえばソフィアにはまともにスキルを使って戦いをするところを見せたことはなかったか? スキルの応用自体は見せたが、勝負に関してはいつも体術で負けてるところしか見られていない気がする。
……まあ、心配するのも無理ないかな?
だとしても、なーんか様子がおかしい気がするんだよな。不安に感じるのは仕方ないにしても、もっとこう違う……焦ってる?
だいぶ甘やかされた感はあるけど、それでもこんな街で育ってきたからな。他人の感情ってのはなんとなく理解できる。
その感覚によると、ソフィアは何かに不安や焦りを持ってるように感じられた。
だが、確かに焦っているように感じられるのだが、それと同時に何がしかの覚悟をしているようにも思える。
そんな不思議な感覚を覚えながら俺はソフィアのことを見つめ返すが、その程度では何もわからなかった。
「でも、なんでだ? 街の外に出たら魔物とかに遭遇することになって危険だぞ。街の中にいればそんな襲われる心配なんて……ないとは言い切れないのがあれだな。この街も大概危険だし」
「そうですね」
俺が冗談めかしてそう言うと、ソフィアはくすりと笑った。やっぱりどうにも普段のソフィアらしくない気がする。
別にそれが悪いって言ってるわけじゃないんだが、むしろ俺としては真面目に仕事しているだけのやつよりはよっぽど良いと思う。
ただなんでそんなに変わったのか不思議だなってだけ。前から少しづつ変わってきたかな、なんてことは思ったことがあるが、今日は輪をかけて変わっている気がする。これはさっき感じた焦りや何かの覚悟が関係しているんだろうか?
なんてことを一瞬考えたが、とりあえず話を進めることにした。
「けどまあ、こんな街でも親父の配下として活動してる分にはそんなにこれと言った問題はないと思うんだよ。だってのに、どうして自分も連れて行けなんて言うんだ? まさか俺に惚れたからなんてのはないだろ?」
この街は他の場所から見たら確かに危険な街だろう。街中を彷徨いていれば速攻で何かしらの事件に巻き込まれるし、とてもではないが安全とは言えない。
それでもソフィアは親父の配下としてここにいるんだから滅多に襲われることはないはずだ。
しかし襲われないのはこの敷地内だけで、街の外に出てしまえば賊に襲われることはあるだろうし、賊だけではなく魔物に襲われる危険性もある。安全性だけで言えばここに留まっているのが一番良いのだ。
ソフィアもそれはわかっているだろうし、わかっていてもなお危険を冒して俺についてこようとするってことの理由としては、自身を捨てた親への復讐をしたいから、もしくは俺と一緒にいたいから、なんて考えた。
だが、ソフィアの様子を見ている限りでは復讐なんて考えているようには思えないし、仮にそう言うことを考えていたとしても、その部分にはあまり踏み込まない方がいいだろうと考えた。
結果としてソフィアが俺についてこようとしている理由について「俺に惚れたのか」なんて冗談を口にしてみた。
「どうでしょう?」
だがそんな俺の冗談に対してソフィアは誤魔化すように笑いながら首をかしげた。
どうでしょうって、どっちだよ。そんなふうに聞きたかったが、俺は聞くことができなかった。
仕方ないだろ? 冗談に対してこんなマジみたいな答えが返ってくるとは思ってなかったんだから。
今のソフィアの答えはどっちにも取れる。惚れているから、という俺の言葉を肯定しているとも、否定しているとも。
その様子は誤魔化しているようで、でもなんとなく真剣味も混じっているように思えてしまった。
「……」
だからこそ、俺はなんと答えていいものか分からずに口をつぐんでしまった。
「ただ……ついていきたいという気持ちは本当です」
だが、時間にしてどれほどだろうか。俺たちの間に流れていた静寂を破るようにしてソフィアが口を開いた。
「以前にもお話しいたしましたが、貴族として生きていた私は、親に捨てられたことで生きることを諦めていました。捨てられる原因となった天職を与えた神を恨んだこともあります。ですが、私と同じで不遇とされている天職であり、同じような理由で捨てられたはずのあなたは、それでも楽しそうに前を向いていました。その姿が、私には輝いて見えたのです」
……確かに、以前そんな話をしたことがある。
だが輝いて見えたって言っても、俺とソフィアでは状況が違うんじゃないだろうかなんて思う。
親に捨てられたってのは俺も同じだが、俺は生まれ変わったことで親に愛着なんてなかったから、捨てられるということがわかった時だって悔しくはあっても特に悲しくはなかった。
まあ俺を抱きながら泣いていた母親に関しては悲しいと思ったが、それは引き離されることに対しての感情で、父親に捨てられたことそれ自体はどうでも良いと思ってる。
それに、俺には前世の記憶としてある程度の知識というか、天職やスキルに対する疑問と好奇心があった。だからこそスキルを極めようなんて考えた。
農家の天職を極めようと思ったこともだが、そのためにやったことも含めて考えると正直言って俺は頭おかしいと思う。まあ、元々一般人とはちょっとズレた考え方をしてたような気もするが。
しかしまあ、そんなわけだ。俺は転生者でソフィアは一般人。そもそもの土台が違うんだから同じとは言えないと思う。
だから「自分と同じ境遇でも輝いている」というソフィアの言葉をうまく受け入れられずにいた。
だがそれは目には見えないもので、他人が状況だけ見れば同じような物だと言えなくもないと言うのも、まあ理解できる。
「あなたのそばであなたのことを見ているのが私の願い。ですから、どうか私も連れて行ってはくれないでしょうか」
そんな告白のようなことを言って俺を見つめたソフィアの目は真剣で、何故だかわからないがつい顔を逸らしてしまう。
俺だってこんな子供みたいななり——と言うか実際に子供だが男なわけだし、告白では無いにしてもこんなわかりやすい好意を寄せられて嬉しくないわけじゃない。ソフィアは元貴族の娘ってだけあって十分に美少女の範疇に入ってるしな。
だが、なんだろうな。なんというか、突然の状況に混乱してるってのもあるが、なんとなく後ろめたさって物がある。
それはやっぱりさっき考えた転生したかどうかってのが関係してるんだろうが、今の状況で混乱した頭ではよくわからない。
それがなんだか、なんとも言えない感じがして俺はまたもソフィアから視線を外し、顔を逸らしてしまった。
「連れて行くって言っても、俺はまだこの街を離れるってわけじゃない。冒険者として登録したいとか街の外を歩きたいとか思ってるけど、ここを拠点にして動くってのは変わらない。だからお前を連れて行く必要なんてないだろ」
そして、俺は顔を逸らしたままソフィアに向かってそう言った。
「……はい。申し訳ありません。弁えぬ事を言いまし——」
「ただまあ……そう遠くないうちにはいつか、な」
「はいっ」
少しだけ声が弾んでいたのは気のせいだと思う。
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