第61話外出のお願い
「親父、街の外に行きたいんだが、だめか?」
カイル達を従者として館に呼んだ日の翌日、俺は親父に外に出たいんだと伝え、出してくれるように頼んでみることにした。
「あー? ……あー、前から言ってたな」
「まあな。俺って街の外に出たのってエルフんときだけだろ? もうちょい外に出たいっつーか、まあそういうのだ」
親父にはそう言葉を濁したが、俺は少し気晴らしがしたかったのだ。
カイル達との関係の件で少しだけ悩み、たまには気晴らしでもしたいなと思ったのだが、そこで頭に浮かんだのはこの前のエルフのお姫様脱走事件の際に見た街の外の様子だった。
この街は頭のおかしい奴らしかいない空気も治安も悪い街だが、それでも壁を超えて街の外に出てしまえば街の中とは別世界のように澄んだ空気の世界が存在していた。
見渡す限りに何もない草原、なんてのは前世と今世を合わせても見たことがなかった。
一応赤ん坊の頃にはここにきた際に見たことがあるんだろうが、あの時は視界なんてほとんどまともに見えてなかったから見たうちには入らない。
あの場所をバイク——こっちだと馬か。もしくはエルフ達の使ってたぶーちゃんなんかを使うんだろうが、なんかそういうのに乗って思い切り走れたら楽しいんだろうなと思う。
そうすれば、多少はもやもやした気分も晴れるんじゃないだろうか?
だが、そんなことを考えたところで俺は自由に外に行くことはできない。過保護な親に止められてるからな。
「気晴らしか。……まあそういう気持ちもわからねえでもねえがな。ここは基本的になんでもありだが、だからって完全に自由ってわけでもねえからな。特にお前の場合は状況やなんかのせいで息苦しく思うこともあるだろうし、ガキなら尚更ってか」
「ん……まあ感謝はしてるよ。こんな街で俺みたいなのが調子に乗れば速攻で拐われるか殺されるからな。自分の状況も理解してるし、贅沢させてもらってるのもわかってるから、ありがたいとは思ってんだ」
そもそもこの街で生きる死ぬ以前の問題として、俺は赤ん坊んときに殺されかけてたんだ。
それを親父達が助けてこの街まで連れてきてくれたから俺はこうして生き延びることができているわけだし、この街についてからだって俺が死なないようにと目をかけてきてくれた。そのことには感謝しかない。
「ただまあ、それでもちょっとな。それに、冒険者ってのもなってみたいしな」
「冒険者ねぇ……まあ子供の憧れの定番っちゃ定番か。つってもこの街にゃあねえからなぁ。なるとしたら隣の街にまで行かねえとだな」
親父は顎に手を当て、不精髭ってほどでもないがそこそこには伸びてる髭をいじりながらそう言った。
親父の言ったように、この街には冒険者や冒険者達の集まるギルドなんてものは存在しない。ついでに言うなら傭兵関連の施設もない。
なんでか。そんなの意味がないからだ。
以前リリアに言ったような気がするが、この街は親父を含めた五帝なんて呼ばれてる奴らが自分の領域を仕切ってる。
そこで起きた問題はその地区を仕切ってるボスの不手際となるため、各自で兵を用意し、問題の解決を行なっている。
だから冒険者が動くまでもなく問題は解決するし、傭兵が働くまでもなく戦力が揃っている。
それにそもそも、冒険者に依頼する、なんて行儀の良いことをここの奴らはしない。
物が欲しければ自分たちで用意するし、誰かが何かを盗んだとなれば自分たちで片をつける。
最も、その用意するルートが正規の方法とは限らないし、盗んだ相手を見つけたら相手がどうなるかはわからないが、それはもう仕方ない。だってこの街だから。
あとはギルドなんて開いても、そこの職員の安全を確保しなくちゃならないんだからそれなりの戦力を用意する必要があるので、どうしたって赤字になるだろう。
そんなわけで、冒険者や傭兵なんてものはこの街には存在せず、なるのだとしたらここではないどこか別の街に行く必要があった。
「まあそうだな……俺としても、お前がここに残るにしても出て行くにしても、近えうちに一度は外に旅させねえとならねえって思ってたからな。タイミングがいいっちゃいいんだが……」
だが親父はそう言うとそこで言葉を止め、座っていた椅子の背もたれに寄りかかると頭に手を持っていき乱暴に髪をかき上げた。
そんな親父の様子を見て俺は口を開く。
「親父が何心配してるかわかってるつもりだ。あんたたちは過保護だからな。どうせ俺が死なないように、とかそんなん考えてんだろ?」
「……ま、そうだな。この辺は特に治安が悪いからな。隣町っつっても、こっからそう離れちゃいねえ以上はどうしたって他ん所よりは危険が高まる」
「でも俺はそれくらいなら対処できる」
俺は『農家』なんていう非戦闘系の天職を持っているが、それでも戦えないわけじゃない。むしろ手の内がバレていないと言う意味では他の天職よりも優位に立てていると思う。種をまくためのスキルを使って攻撃してくるなんて誰も思わないだろうし。
それに、俺はスキルなしでも戦えるようにって親父達に鍛えられてきた。その辺のチンピラ相手じゃ仮に相手がスキルを使ってきたとしても勝てると思う。
戦えるとか勝てるなんて思っているのには多少の慢心はあるかもしれない。だが、全く根拠のない自信ものというわけでもないと思う。
「——一度坊ちゃんの力を確認してからでいいんじゃねっすか?」
「エディ?」
親父は悩んだ様子を見せていたのだが、そばにいたエディが徐に口を開いて俺の加勢をするようなことを言った。
親父は突然のその言葉でエディを睨みつけるようにして見たが、まああれはただ元々の顔が厳ついからそう見えるだけで、疑問に思ってるだけだろうと思う。
「俺が見た限りだと、坊ちゃんは外に出しても問題ないくらいの力は持ってると思うんすよ。少なくとも、坊ちゃんがなんでもありで本気で殺しに来たら俺は勝てる気しないっすからね」
「可愛い子には旅をさせろ、でしたっけ? 確かそんな言葉を勇者が残してやしたね」
不思議そうな、だが一般人が見れば明らかに怯むような怖い顔をして自分のことを見てきた親父に対して、エディはそのまま怯むことなく言葉を放ち、それに続くようにエミールも口を開いた。
二人からそんなことを言われたからか、親父は一度舌打ちをしてから机の上に置いていた右手の人差し指を使ってトントンと机を叩いて何かを考えるような姿勢を見せた。
そして十数秒程度の時間が経ったのだが、それが無駄に長く感じられ、なんとなく落ち着かない気持ちになっていると親父がこっちを見て口を開いた。
「……まあ、考えといてやるよ」
どうやら今すぐに外に出られると言うわけではないが、少なくとも一歩前進したらしい。
でも、どうせならできるだけ早く街の外に出られるようになるといいんだけどな。なんて思いながらも、今日は引き下がることにした。
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