第60話カイルとベル
「おいヴェスナー。お前もそろそろ専属の護衛とか従者をつけろ」
エルフのお姫様事件、もしくはポンコツエルフとの同盟の日からおよそ一月後。
最近ではエルフ関連のあれこれも落ち着いてきたようで、なんの問題もなくいつものように朝食を取っていたのだが、そこで後からやってきた親父が突然そんなことを言い出した。
護衛と従者? 護衛にはジートやエディがいるし、従者にはソフィアがいるんだが、それじゃダメなのか?
「なんだよ急に」
「お前ももう十三になっただろ。いつまでもエディやジートがついて回るってわけにもいかねえし、そいつらももうおっさんだからな」
「俺らがおっさんならお前もだろうがよお」
「俺はボスよりも五歳も若いんでまだまだ若者っすよ」
「うっせえよ。エディも若者って歳じゃねえだろ。お前今三十過ぎだろ」
「まだ三十すぎじゃなくて三十丁度っすね」
「どっちにしても若者じゃねえだろうが」
親父の言葉に、俺の前で朝食を取っていたジート達が文句を言って親父と言い合っているが、その会話でなんとなく言いたいことは理解した。
要は自分と同年代の護衛や従者を作っておけってことだろう。このまま順調に進めばジート達は俺よりも先に死ぬわけだし、そうでなくても体がまともに動けなくなってから代わりの護衛を探すようでは遅いからな。
「ま、歳以外にもこんな街だからな、いつ死んでもおかしくねえ。その前に引き継ぎやらなんやらを済ませて問題なく行動できるようにしておいた方がいいだろ」
ああそうか、そっちもあるな。今の状況で戦争になるとも思えないし二人が負けるとも思えないが、まあ準備しておくに越したことはないか。
「孤児院にいるカイルとベルって友達がいんだろ。そいつらはどうだ?」
「あいつらを従者に?」
従者ってことは明確な上下関係ができるってことで、あいつらが俺の下について謙るってなると、ちょっと想像できない。
「ま、急に関係性が変わるのは気になるだろうな。でも一回くらい試してみたらどうだ?」
そんな俺の感情を理解したんだろう。親父はフォークを俺に向けながらそう言ってきた。
「試し?」
「ああ。半年くらいこの屋敷に連れてきてお前の従者として行動させてみればいい。それで馴染まないようなら今まで通りに戻しゃあいい」
正直なところ、試しと言われても友人を部下にしろって言われても気は乗らないんだが、自分の立場やなんやらを考えると仕方がないってのはわかる。
ここで駄々をこねれば仕方ねえって許してもらえるかもしれないが、そうなると今度はその帳尻合わせに親父達に迷惑がかかるだろう。
俺たちは血が繋がっていないが、俺は親父達のことを本当の家族だと思ってる。そんな家族に迷惑をかけるのは本意ではない。
それに、ここまで育ててもらった恩があるわけだし、さらに迷惑をかけてしまうようなわがままを言うべきじゃない。教育してもらったんだからそれに相応しい行動をするべきだろう。
そして護衛を用意される以上、それはろくに知らないやつを用意されるよりも元々知っている奴の方がありがたい。
「んー……ん。わかった。全く知らない奴が従者だ、って急に用意されるよりはマシかもな」
「うっし。じゃあそんな感じで手ェ回しとくから、明日には迎えに行け」
「俺が行くのか?」
「お? なんだ、もう主人気取りか? 使用人の方から出向けって?」
親父の言葉に首を傾げながら尋ねたのだが、親父はニヤッと笑いながら茶化すようにそう言った。
「ちげえよ。いやある意味合ってるけど。……こういうのって、従者になる側からくるもんなんじゃないかって」
「普通はそうだな。でもお前、実際に従者としてつける前に自分で話くらいしておきたいだろ?」
「まあ、な」
なるほどな。俺から迎えに行くのは親父なりの気配りってやつか。
もし話してみて二人が望まないようなら一旦話は保留にして、後日また考えようってことだろう。
カイルとベルならそれぞれ何を思うのかは違うとしても結局は俺の下に付くだろうが、それでも話す機会をもらえるってのはありがたい。
……にしても、新しい護衛か。今までにも思ったことがあるけど、こうして『次』のことも考えなきゃいけないってなるといよいよ一般家庭とはかけ離れてくるな。
まあ元々普通とは言えなかったんだが、改めて王族じゃなくなったはずなのに王族と同じようなことしてんなと思わなくもない。
これまでの教育もそうだったけど、多分これも俺が王族に戻った時が来てもいいように予行的な意味も含まれてるんだろうな。新しい護衛の使い方、みたいな感じで。
俺は貴族や王族になるつもりないんだけど、まあ部下の使い方って意味では役に立つだろうな。
──◆◇◆◇──
「そんなわけでお前らを俺の従者として雇うことになったんだが、どうだ?」
親父との話が終わって朝食を終えた俺は、従者の件を話すためにカイル達のいる孤児院へとやってきていた。
そして孤児院の一室を借りてから職員にカイルとベルを呼んできてもらい、なぜ俺が今日ここに来たのかを今しがた話し終えた。
「は? まじかよ」
カイルは突然のことに眉を寄せて訝しげにしているが、残念ながらマジだ。
「マジだよ」
俺がそう言うと、カイルはグッと拳を握ってさらに表情を険しくした。
普通ならここら一体のボスの息子の側近として抜擢されるんだから、この町で生きるやつ、特にこの孤児院で育った奴は一もなくにもなく承諾するだろう。
だが、それでもこいつは即答することなく俺を見ている。
まあこいつにも悩みや迷いはあるだろうからな。その理由もわかるし、こんなもんだろ。
「私はかまいません。むしろ喜んでお仕えさせていただきます!」
だが兄であるカイルの迷いに対して、妹であるベルは目を輝かせて承諾の返事をした。
「そうか。ベルは相変わらずいい子だな」
「えへへ〜」
俺がそんなベルに対して手を伸ばし甥や姪にするように頭を撫でると、ベルは嬉しそうに笑った。
これで獣人みたいに尻尾があったら動いてることだろうなぁ、なんて思いながら視線をカイルに移すと、俺はもう一度問いかけた。
「んで? お前はどうだ?」
「でも……いや、それでいいなら、俺も喜んで仕事させてもらうよ」
「……ん、そうか。ならそれでいこう」
カイルは一瞬迷った様子を見せたが、最終的には俺の護衛として付くことを承諾して頷いた。
迷ったことの理由を聞いてはいないが察することができるだけに、思わないことがないわけでもないが、これはそのうち解決するだろう。多分。というかそう願ってる。
「それじゃあ、うちに行くからついてこい」
二人の了承を得られた後は、孤児院の管理をしている者を呼んで話をつけ、それが終わると二人を連れて館へと戻った。
「お、帰ったか」
館に戻ると、親父がホールの隅に置かれていたソファに寝転がっていて、帰ってきた俺たちに気がつくとそんなふうに声をかけて来た。
良く見ると、ホールには親父だけじゃなくてなんか知らんけどいっぱい人がいる。
人がいるって言ってもそいつらは全員この館で働いている奴らだし、はっきりと姿を見せているわけではない。陰ながら観察しているというか、そんな感じだ。
多分だが、新しくきたカイルとベルのことを見るために来たんだろう。ここで働く奴が増えるとなれば覚えて置かないわけにはいかないからな。
「そっちの二人が候補の二人か」
ソファに横になっていた親父は立ち上がるとこっちに歩いてきて、そう言いながらカイルとベルのことをじっと見つめた。
その顔は普段通りだらしのない、とてもではないがボスとは思えないようなただのおっさん顔だが、その視線は鋭い。多分だが初めて会った二人のことを見定めようとしているんだろう。俺の友人とは言っても、これから俺の側付きとしてこの館で暮らしていくことになるわけだし。
「ああ。カイルとベルだ」
「ほーん。……ま、いいか。この二人は俺が雇う形だが、一応お前の指揮下にはいる。自分の配下なんだからしっかり手綱握っとけよ」
親父は俺の方に手を置いてからそれだけいうと、あとは何をするでもなく階段を上がって去っていった。
「あれが親父だ。ここで仕事するんだったら会うことも多くなるだろうから、覚えとけよ」
「あ、ああ……」
「はい……」
消えていった親父の背を見ながら俺はカイルとベルにそう言ったが、二人はどんな反応をしていいかわからないのか一応返事はしたものの、親父の姿を目で追っているだけだった。
まあ、考えてみればわかるようなことだったとはいえ、突然王様に遭遇したようなもんだからな。今まで孤児としてやってきた二人にはどう対応すればいいのかわからなかっただろう。
「にしても、さて何をしたところかなって感じだな」
とりあえず新しく従者を選んだわけだが、じゃあ何をさせればいいのかって言うとはっきり言って全くわからない。
「初めなんですから、一通り館での仕事を体験させたほうがいいんじゃねえでしょうか。これから働け、なんて言われてもどこに何があるかもわからねえはずですし」
「エミール。……体験か」
俺が何をどうするか迷っていると、近くで様子を見ていたエミールが出てきてそう声をかけてきた。
「ええ。孤児院での教育で一応は及第点まで達してるんでしょうけど、ここでのやり方を学んだわけでありやせんで。そうなると、まあここでの教育も必要になるかと」
「なるほどな。じゃあそうするか」
エミールの助言でこの後どうするのか方針が決まり、俺は二人に向き直って話しかけた。
「そういうわけだ。二人ともここでのやり方を学んでもらうことになったが、それでいいか?」
「私どもの主はあなた様ですので、ご命令いただければなんなりと」
俺が話しかけると、カイルは俺の前で跪いてそんなことを言ってきた。
そしてそんなカイルの姿を見たベルも少し慌てるようにして同じように跪き、俺に頭を下げた。
確かにお互いのこれからの立場を考えると、カイルのその対応は正しいんだろう。
「……あー、まあ、じゃあそんな感じで頼むわ」
だが、そんな二人の態度になんとも言えず、俺はそれだけ言うと二人に軽く手を振ってから自室へと戻った。
「お帰りなさいませ」
部屋に戻るとソフィアがケーキとお茶の用意をして待っていた。お茶の湯気の様子なんかからして、多分こいつもホールで俺たちのことを見ていて、帰ってきたことを知ったんだろう。
俺は一息つくといつもよりも少しだけ乱暴に座った。
そして天井を見上げながら一度だけ大きく深呼吸をすると、視線を前に戻して目の前に置かれている食器を手に取ってケーキを口に運んだ。
——甘いなぁ……。
何を考えるでもなくただそんなことを思いながらケーキを食べ置いた俺は、改めてもう一度大きく息を吸い、吐き出した。
「……仕事とはいえ、立場が変わるってのはあんましいいもんでもねえなぁ」
行儀が悪いとわかりながらも、俺は右手で持ったフォークでカツカツと皿を突つきながら呟いた。
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