第59話潅水スキルの事実
「俺がこのまま死んだら、俺は死んだ後もお前のことを馬鹿にし続けるぞ。それでいいのか?」
「……いや」
俺の問いにリリアは目を瞬かせた後、じっと俺のことを見返してから眉を寄せ、顔を俯かせて小さくそう言葉を返してきた。
「嫌なら、成長しろ。遊ぶのは構わないさ。だが、遊んでる中でも学べ。世界ってのは思ってる以上に知らないことだらけだぞ。鍛えて学んで、俺が驚くくらい立派になって見せろ。そしたらその時は、俺もお前のことを認めてやるよ。『お前はすごい奴だな』ってさ」
エルフはポンコツな面のある種族だが、生きる時間は俺たち人間よりも圧倒的に長いんだ。
だったら、それだけの人生を全力で生かすことができるんだったら、それはきっと多少の問題なんて気にならないくらいにすごいやつになることができるだろう。
……まあ、ぶっちゃけそこまで面倒を見ることもないんだが、それでもこんなことを言ったのは気まぐれだ。ただちょっと気が向いたからだ。それ以外に理由はない。
「……名前」
「あ?」
「その時は、私の名前ちゃんと呼んで。あんたずっと私のこと略して呼んでたじゃない。だから、立派だって思ったら、その時は私の名前をちゃんと呼んでちょうだい」
そりゃあお前がそれでいいって言ったからだろうと思ったが……
「わかった。その時が来たら、な」
俺がそう言うと安心したのか、リリアはふにゃりと体から力を抜いてた座り込んでしまった。
「リリア!?」
そんなリリアにむかってレーレーネが駆け寄り、リリアの状態を調べていく。
「にゅふふ〜」
だが、なぜか座り込んで母親に心配されているリリアは緩んだ顔をしながら楽しげに笑っている。
泣いているよりは笑っている方がいいのは確かなんだが、なんだかその様子はおかしい様に思える。
普段のリリアはこんな笑い方はしないし、笑いながら体をゆらゆらと揺らすこともない。
なんだろうな。なんというか様子がおかしいんだが……ああ、あれだ。なんか酔っ払ってる様な感じがするんだ。
だが、仮に酔ってるんだとして、その理由がわからない。今のいままで話してた訳だし酒を飲んだ様子はなかった。
それで酔っ払ってるって、いったいこいつは何に酔ったんだ? 空気?
匂いで酔うやつもいるらしいし、こいつもそんな感じで酔ったのか?
でも空気なんてさっきまでと対して変わってないし、他のエルフ達には問題ない……いや、そうでもないな。
なんかついさっきリリアのことを俺から引き剥がし、俺がびしょ濡れにさせてしまったエルフ達も様子がおかしい。
なんでこの三人だけが……あ。
……もしかして、もしかしてなんだが……俺のスキルのせいか?
潅水スキルを受けるとエルフは酔っ払う?
そんなばかな、と思わなくもないが、元々が植物と精霊なんて存在のやつらだけに、絶対にないとは言い切れない。
植物に水をやると元気になるように、先祖に植物が混じってるエルフには水を与えると酔っ払う?
いや、でもそれだとただ水を飲んだだけで酔うことになるし、風呂に入流こともできなくなる。
そうなると、やっぱり俺——というか『農家』の潅水スキルを受けるとなんか起こると考えた方がいいか?
スキルってのは元々神の欠片なんてもんから引き出された力な訳だし、エルフたちを酔わせるような不思議成分が入っていてもおかしくない、と思う。
思い返してみると村の入り口で勝負を仕掛けてきたルールーナも会食の席では少し顔が赤かった気がするし、滞在中にやけに水撒きを頼まれたのもなんか様子がビビリ達にしては積極的だった気がする。
「なあ。ちょっと聞きたいんだが……『農家』の潅水スキルってエルフにとってどんな扱いだ?」
リリアの状態を確認したレーレーネはリリアをそばにいたエルフに渡していたので、その様子を見届けてから尋ねてみたのだが……
「ふわふわと楽しい気分になれるいいお水です」
「薬かよ」
レーレーネの言葉に思わずツッコミを入れてしまったが、薬といっても病気に対するいい感じのやつじゃなくて、裏で取引されるようなヤベーやつだ。簡単に言えば麻薬の類。
でも、まじか……。『農家』の水ってそんなにやばいやつだったのか?
いや、まだ麻薬の類だと決まった訳じゃない。酒の可能性だってある。というかそういうことにしておこう。俺の精神問題的にそっちの方がいい。
ま、まあ人間には効果ないみたいだし、エルフを相手にする時だけ気をつけてればいいだろう。
なんて考えながらパッシブスキルをオンにしてその辺にあった木に水をぶっかける。
「っ!」
なんか頭の中に狂喜乱舞した意思が流れ込んできたんだが、これはもしかしなくても今水をかけられた木の意思なんだろう。
俺は慌ててパッシブをオフに切り替えた。
『農家』の出す水が植物関係のものに対しては特殊な効果が出るってのはわかったが、今の流れ込んできた意思を知ってしまうと、問題ないものなのか甚だ疑問に思えてくる。まじでやばいものなんじゃないだろうか?
「依存性とかは、あるのか?」
「ないこともないですけど、んー……使ってもらったら楽しいから嬉しい。また使ってもらいたい、くらいな気持ちですね」
よし! とりあえず気になって聞いてみたんだがこれはやばいものではない。酒だ。あれはエルフにとっての酒なんだ。だから問題なし!
「それじゃあ、とりあえず問題はないみたいだし、行くとするか」
なんかあまりここにいない方がいい気がしてきたし。元々出発する予定だったんだからいますぐ出て行っても問題ないだろ。
「あ、はい。リリアのこと、すみませんでした。またそのうち来て頂けた時には歓迎いたします」
今回ここに来たのは成功だったようだ。レーレーネから小さく「できれば十年後くらいだといいなぁ」なんて聞こえた気がしたが、気のせいだろ。
「それでは、今後は良い関係を築いていけることを願っております」
出発のために仲間達に指示を出し終えた俺はレーレーネとそう言葉を交わし、エルフ達の森から実家であるクソッタレな街へと戻るために猪車へと乗り込み、全員が乗り込んで準備を終えると猪車はゆっくりと動き出した。
……エルフの森全体に潅水スキルで雨を降らせたらどうなるんだろうか?
そんな好奇心を抱きながらも、俺は実行することはなく猪車によって街へと帰っていくのであった。
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