第56話エディ:俺たちの坊ちゃん

 うちの坊ちゃんはボスの本当の子供じゃねえっす。

 本当の父親は俺たちのいる国の王様で、俺たちは王家に相応しくない天職を得たからって処分されそうだった坊ちゃんを連れて逃げただけ。天職さえまともなものだったら、坊ちゃんは俺たちなんかとは出会ってなかったはずっす。

 ……や、まあその場合は俺たちもまだ騎士を続けてたかもしれねっすから『王子様』と会う機会はあったかもしんねっすね。

 でも、それは今の俺たちみたいな関係なんかじゃなくて、もっと違う、関係とも呼べないようなものだったに違いないっす。


 けど俺たちは出会って、坊ちゃんのことを本当の子供のように、あるいは弟や甥っ子みたいに育ててきたっす。


 昔からちょっと変わったところがあるとは思ってたけど、流石に今回のはやべえっす。


 スキルを使えるようになってっから毎日のように……と言うか実際に毎日スキルの使いすぎで気絶しながらもスキルを使い続けるなんて常識からちょっとずれたことをし続けてきた坊ちゃん。


 坊ちゃんには言ったことねえっすけど、『農家』なんて〝使えない〟天職を鍛えるよりは副職である『盗賊』を鍛えたほうがいいとは思ってたっすけど、それ自体は……まあ坊ちゃんがスキルを楽しんで使ってるようなんで問題はなかったっす。

 スキルの使用限度回数が数年と経たずに千を超えたって聞いた時は驚いたってもんじゃないくらいに驚いたっすね。


 けど、今回のはそん時の比じゃねえくらいに驚いたっす。


 何せ、五十もの傭兵をたった一人でこともなげにあしらったんすから。


 普段の訓練では俺たちに勝つことはできねえ坊ちゃんすけど、それはスキルを使ってない純粋な体術だったから。

 もし坊ちゃんとスキルありで戦うことになったら多分……いやまず間違いなく俺は負けるっすね。そして、それは俺だけじゃなくて他のみんなも同じことっす。

 防御系統のスキルを持ってる天職の奴らでも、あれをまともに喰らい続けたらそのうち負けるはず。何せ俺たちと坊ちゃんではスキルの使用回数の限界が違うんすから。違うと言っても、それは俺たちが上って意味じゃなくて、坊ちゃんが上って意味っすけど。それくらい坊ちゃんのスキル限度回数は〝ズレて〟るんすよ。


 強いて言うなら唯一ボスだけは問題なさそうな気もするんすけど、それだって本気を出さなければ凌ぎきれねえと思うんすよ。

 あのボスに本気を出させる。それがどれほどすごいことなのか坊ちゃんはわからないと思うっすけどね。


『黒剣』『絶刃』『城斬り』……それ以外にもいろんな呼び方されてる、一般には知られてなくとも俺らみたいな傭兵だとか冒険者あたりの界隈じゃ伝説になってる男。それが俺たちのボスであり坊ちゃんの父親をやってるヴォルクって人間なんすよ。


 そんな男が本気で対処する必要がある攻撃……『農家』ってなんなんすかね? 不遇職も使い方次第で云々ってのは坊ちゃんが言ってたっすけど、まさかここまでとは誰も思わねえと思うんすよ。


 倒れてる敵に警戒しながら近づいていく。

 近づいたのは最後まで坊っちゃんに抗おうとした敵の指揮官の男。この男とはそれなりに知り合い……ってほどでもねえんすけど、まあ顔見知りではあったっす。

 敵ながらその実力はそれなりのものだと認めてたんすけど、それが坊ちゃんの前では何一つ抵抗することができずにこうして地面に這いつくばることになっている。そこにそら恐ろしさを感じずにはいられないっすね。


 だって今はまだ坊ちゃんの天職が第三位階なんすよ? それがこのペースでいけば数年以内には第十位階なんて人外の領域まで突っ込むことになるんす。どうなるのかなんて検討もつかないっすけど、やべぇってことだけは誰であってもいやでも理解できることっす。


 そんな坊ちゃんのを相手にすることになったこいつらには同情をしなくもない。

 とはいえ、こいつらも望んでここに攻めてきたわけだし、自業自得ってことで納得してもらうしかないっすね。納得しなかったとしてもどうでもいいっすけど。


「エミール。ボスへの報告は任せたっす。エルフ達は街への連絡手段を持ってるみたいなんで、それを貸してもらうっすよ」

「わかりやした。副隊長」


 副隊長って……随分と懐かしい呼び方をするもんすね。もうとっくに騎士なんて辞めたっていうのに。

 エミールは冗談っぽくそう言うと村長と呼ばれているエルフ達の長に向かっていったんで、後は任せておけばいいっすね。


 俺はボスに報告するための情報を集めることにするとするっす。


 そう思って目の前で倒れてる奴らへと視線を向けたんすけど……見事にやられてんなー、としか思えない有様っす。改めてよく見てみると随分と酷いことになってるっすねー。


 体全体の傷としてはそんな大したもんでもない感じっす。けど、心の方がもう折れてる。

 訳のわからない方法で訳がわからないうちに倒されて、自分たちの指揮官が何度も何度も理不尽なまでに痛めつけられれば、そりゃあ逃げる気も抵抗する気も起こらないっすよね。

 加えて、最後の坊ちゃんの態度がダメおしになってる感じっすかね、これは。


 さっきの坊ちゃんすけど、最後にはまるで遊んでいるかのように楽しげに笑ったっす。

 自分たちが必死になって抗おうとしてるのに、相手はそんなことを意に介さずに笑ってるともなれば、恐怖を感じても仕方ねえと思うんすよね。


 あの街は犯罪者の街ではあるから大体の奴らが反骨心とか持ってるもんなんすけど、そんなのは上っ面だけのもんなんす。本当に訳のわからない存在や恐怖に会うと、簡単に折れる。

 まあ元々楽して生きたいとか自分が良ければ良い、って考えて犯罪にはしった連中っすからね。自分が傷ついて辛い思いをする前に心が折れるのはある意味必然ってもんっす。


 今回のこれが実験の意味も込めてるってことは、あらかじめ作戦会議の時に坊ちゃんから聞いてたんすけど、そんな実験なんて名前の遊びの相手としてこんなにされちゃあ気の毒な気もするっすね。自業自得っすけど。


 ……けどこれ、確かに実験って目的も確かにあったんだとは思うっす。でもそれだけでもないと思うんすよね。具体的には、ここを守りたいって想いも確かにあったと思うんすよ。


 坊ちゃんは自分と自分の関係者が良ければ、なんて普段から言ってんすけど、それは俺たちの真似なんだと思うっす。

 俺たちは、自分が何でもかんでも守れる奴じゃないと知ってるから、だから自分と仲間だけは守ろうとする。


 けど、坊ちゃんは口では俺たちと同じように言ってんすけど、実際には結構優しくて目の前で転んでいた奴がいたらなんだかんだと理由をつけることがあっても手を差し伸べるんすよ。


 そりゃあ俺たちも転んでたら手を貸すくらいはするし、やる時はやるんすけど、坊っちゃんの場合はその手を差し伸べる範囲が大きいって言うんすかね。俺たちなら見捨てるような相手でも、気になったから、とか面白そうだから、使えそうだからなんて適当な理由をつけて助けたりするんすよ。明らかにリスクとリターンが釣り合ってなかったとしても。明らかに面倒なことになるだろうってことがわかっていたとしてもっす。


 例えば喧嘩。あの街じゃ喧嘩なんて珍しくもなんともないもんで、そこら辺をちょっと歩けば必ず一度は見かけることができるくらいには簡単に起こるもんす。


 俺たちは一応あの街の管理をしている側の人間すけど、それもまたこの街の普通だとして受け入れて見て見ぬ振りをする。だってそんなのはありふれてて、いちいち手を出してもキリがないから。


 坊ちゃんだってそれはわかってるから基本的には手を出さない。

 けど、あくまでも基本的には、なんすよね。相手が大人であれ子供であれ、誰かが理不尽に暴力を振るわれてたりすると、坊ちゃんは偶然を装ったりして助けに入るんす。


 坊ちゃん自身は「その場しのぎにしかならない」って言ってるし、事実その通りではあるっす。喧嘩なんて止めようがないし、その喧嘩をした奴を殺したところで別の誰かが喧嘩をするだけなんすから。


 けど、その理不尽を止めたことで助かる奴もいるんすよね。


 坊ちゃんは人を助ける奴は、馬鹿みたいな善人か余裕のあるやつしかいないって言ってんすけど、その坊ちゃんの理論は破綻してんすよね。


 金や力を持って余裕があったところで、結局最後に助けるかを決めるのはそいつ自身の人間性だっていうんなら、元々善人じゃないと人助けをしないことになるんすから。


 結局のところ、余裕があろうがなかろうが、誰かを助けるってのはどっちも善人なのは変わんねえんすよ。


 坊ちゃんは自分のことを善ではなく悪だと言い張ってんすけど、確かにそれはそうかもしんねえっす。

 でも人間である以上悪性なんてもんは誰だって持ってるもんすし、坊ちゃんが悪性を持っていてもおかしくはねえんす。今までの行動からそんな感じはなかったわけでもねえっすし。


 けど、そんなのはこの世界じゃ珍しくもなんともない。特にあの街じゃ悪人なんてそこらへんに溢れてる。盗みに殺しに誘拐。詐欺や暴行なんてのもそうっすね。

 でも、そいつらがなんか善性の行動を取るかと言ったら取らねえんすよ。ただいろんなものを壊して奪って、それでおしまい。良くなろうとか、自分のやったことの結果だとか、そんなものは欠片も考えねえっす。


 だから、気になるから、とか集中できないから、なんて理由で手を差し伸べたり、エミールの言葉を受けて真剣に悩んでる坊ちゃんは十分善人っすよ。


 後はまあ、坊ちゃんもあれで結構子供っすからね。血が繋がってないくせに、そこはボスに似たのかもしれないっす。

 要はカッコつけたがりなんすよ。面白い方へ進むとも言えるっすかね。


 だって実験するだけならわざわざ敵の前に出てくる必要なんてないんすから。

 敵の足を止める必要があったとしても、それなら俺たちが出ていけば止まったはずなんすよ。


 それでも敵の前に出てきたのは、『かっこいいから』だと思うんすよね。まあ、ちゃんと倒してんすからいいっすけど。

 でもできることなら危険なことはしないでほしいな、なんてことも思うんす。こんなんでも、他の奴らと同じように俺も坊ちゃんのことは息子や甥っ子みたいには思ってるんすから。


 まあでも坊ちゃんは止まらねえでしょうし、それでいいんだとも思うっすけどね。

 坊ちゃんが未来でどんなふうになるかはわからねえっすけど、あれはそのうち大きなことをしでかして楽しいことになる気がするんすよね。それが善か悪かはわかんねえっすけど、もしどうしてもダメな方へ進んだと思ったら、そん時は俺たちが止めれば良いだけのことなんすから。それが家族の役割ってもんだと思うんす。

 それに、縛られた人生なんてつまんねえもんすから。子供には自由に育って欲しいもんすよね。

 まああの街はちょっと自由すぎて心配なところはあるんすけど、坊ちゃんなら多分大丈夫っすね。


 ……とりあえず、今はまだまだわからない未来なんかじゃなくて、目の前の〝これら〟から色々と聞き出すのが優先っすね。


「キリキリ吐くことをオススメするっす。じゃねーと無駄に苦しむことになるっすよ」


 とりあえず見せしめに一人潰しておいた方がいいっすかね?

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