第57話出発前の問題
結局、あのあと出発することはできなかった。当然だな。あんな状態で出発なんてできるわけがない。
ただ、こっちの予定は親父も知っていることなので、先ほどあったことを伝えるために手紙を出すことにした。ついでにこいつらの正体とその対応についても相談したかったからそのことも書いてある。
その手紙をなんか知らんが結構大きめな鳥の足にくくりつけてもらって飛ばした。
鳥は街の方へと勢いよく飛んで行ったのだが、ちゃんと届くのだろうか? 伝書鳩とかって存在は理解できるし、今までエルフ達が使ってて問題なかったんだから大丈夫なんだろうけど、いざ自分達が使うとなるとちょっと心配だ。
そしてあの賊どもだが、いくつか成果はあった。
まず第一に、体内に種が入り込んだまま治癒をかけると体内に残ったままになるらしい。
それが第一の成果に上げることなのかって思うかもしれないが、俺にとってはこれが一番大事だ。
調べる手間が省けたってのもそうだが、知ってるのと知ってないのでは色々と変わってくるからな。
まあそれは置いておいて、第二に、あの賊達の所属だ。
あいつらはある意味順当ではあるが、俺たちの暮らしてる街の中央区からの刺客だった。
中央区のトップが親父のことが気に入らないのは知っていたが、どうやら今回は親父を追い落としすための材料として俺を拐おうとしたようだ。エルフはそのついでらしい。
俺自身も何度かあそこの息子と衝突したことがあった。衝突と言っても全てあっちから突っかかってきたんだけど、それも俺を狙ってきた理由の一つじゃないかと思う。
つまりは俺が原因でエルフに騒動を起こしてしまったということだ。
そのことで騒ぎを持ち込んだお前達とは友好なんて結べるか、的な話があるかもしれないなと思ったんだが、どうやらそんなこともないようで、レーレーネたちは特になんの反応も示さなかった。
「え? 理由なんて関係なくって、人を襲った方が悪いに決まっています」
とのことだ。おおらかというか、純粋な奴らでよかった。
それから三日後。再び森に人間の集団がやってきたが、それは俺たちの呼んだ奴らだ。
俺の護衛の強化ってのもあるけど、捕まえた敵の運搬が主な役割だ。
だが、運搬が主な役割って言ってもそれほど人数がいるわけでもない。五十人を運ぶのであれば結構必要なのだが、追加で来た人員は十名程度。どう考えても少なすぎるが、それには理由がある。
単純に、そんなに人数が要らなくなったというだけだ。
『要らない』んじゃなくて『要らなくなった』。それの意味するところは、つまり十人で運べる程度まで数が減った——殺したと言うことだ。
まあ五十人全員が貴重な情報を持ってるってわけでもないだろうし、わざわざ応援を呼んでまで運ぶ必要なはい。
かといってここで敵対した相手を逃すほど甘くもない。敵対したけど逃してもらえた、なんてなったらその方がめんどくさいからな。絶対に調子に乗る奴らが出てくる。
ので、エディたちの知り合いらしき隊長っぽい男と他数名だけを残して、後は灰になって地面の下だ。
「それじゃあ今度こそ出発しますね」
「はい。気をつけてください」
そんなわけで今度こそあの街へと戻ることになったのだが、レーレーネは普通に話すように戻ったけど、なんだか他の奴らはまだビビってる気がする。
本来なら植物を育む『農家』って天職であんな凶悪な攻撃をしたんだから怖がるのもわからなくもないが……でもやっぱりそんなに怖がんなくてもいいと思うんだけどなぁ。オレ、コワクナイ。
「また来ることになると思いますが、その時はよろしくお願いします」
「ま、またくるんですか……」
レーレーネはしょんぼりとした表情になり、ピンと伸びた耳も心なしか下がってる気がする。そんなに俺は恐怖の対象なのか……。
「あー、まあ多分次からは俺じゃない奴が来るかもしれないと思うんで……」
「え? ……あ! そ、そうじゃなくてですね……その……つ、次にくるのって十年くらい先だったりしたりしませんか?」
怖がられてるんだなぁ、俺はもう来ない方がいいのかもなぁ、と若干落ち込みながらレーレーネに次の人員に関して告げると、俺の内心を察してかレーレーネは慌てたようにわたわたと手を振りながら否定した。
もしかしてこれは、俺だから来てほしくないんじゃなくて、そもそも誰かに来てほしくないんじゃないんだろうか?
元々エルフ全体がそうなのか知らないけど、こいつらは引きこもりな種族だ。今回の件で交流を持つことにはなったが、だからといって今までの気質が変わるわけでもない。
なのでそんな頻繁に来られるとストレスが溜まるから回数制限というか、それなりに期間を開けて欲しいんだろうと思う。というかそうじゃないと俺がものすごく嫌われてることになるので、そういうことにしておこう。
「さすがに十年はないですね。長くて半年。早ければ一週間後にでも誰かが来ると思います」
「いっしゅうかん……」
「まあ、来る頻度については次に来た者と話してください。お互いに気持ちよく取引できてこその友好関係ですから、話次第では来る頻度を抑えることもできると思いますよ」
「そ、そですね。がんばります」
そう言って両手を握り込むレーレーネは村長——じゃなくて女王としての擬態が解けてる気がするが、まあいいだろう。
「それじゃあ出発しましょうか!」
話が途切れたところでなんか荷物を背負ったリリアが腰に手を当てながら胸を張って宣言した。
……うん?
レーレーネの方を見ると、こてんと首を傾げて俺と顔を合わせたあと、目を見開いてリリアのことを見つめた。
どうやらこれはレーレーネの許可を得たわけではないようだ。
「お前は残るんだよ」
「なんでよ!」
「なんでもなにも、ここがお前の家だろうが」
そんなことを話しているうちに他のエルフたちが駆け寄ってきて、リリアの装備を剥ぎ取って後ろへと引きずって下がっていった。
「私がいなくて悲しい思いをすればいいんだからあ!」
引きずられながらの言葉は木霊して森の中に響いた。
そんなリリアの言葉を聞いたレーレーネは両手で顔を覆っているが、気にしないでおいてやろう。あれは仕方がない。
「申し訳ありません。あの子にはよく言い聞かせておきますので」
「ああ。まあそろそろ出発するかな」
少し待ってからメンタルが回復したようで、レーレーネは少し恥ずかしげに視線を逸らして謝罪を口にしたが、俺は見なかったことにして話を進める。これでも俺は大人だからな。それくらいの気遣いはできるさ。前世を合わせても向こうのほうが年上だけど。
あれからリリアはどこにいったんだろう? 大人しくしてるんだろうか、と思ってパッシブスキルの『意思疎通(植物)』を発動させてみたのだが……
——車の中。
そんな意識が送られてきた。
……車ってのは、俺たちがこれから乗ろうとしている猪車のことだよな? 植物たちは嘘をつかないし、本当に乗ってるんだろう。
そうなると、やっぱり大人しくしてなかったわけだ。
植物たちの声を頼りにしてリリアが乗り込んでいるらしい車体へと近づいていく。
「?」
後ろで俺の行動を見ていたレーレーネは、俺が乗るはずの車体とは違う方へと歩いているのが気になったのか不思議そうにしているのがわかったが、俺はそれを無視して件の車体へと近づいていき、幌を開けて中を見た。
そこには一見なにもないように見えるが、リリアはこの村を抜けてくる時も光の魔法で姿を隠して出てきたと言っていた。
植物達がここにいると言っている以上、リリアはここにいるのは確実で、姿が見えないのは魔法を使って隠れているからということだ。
「あの……?」
そんなわけで、俺はレーレーネの声を無視して車体に乗り込むと、人が座っていられそうな場所を軽く蹴っていく。
すると、何度目か足を出したところでその足が何か見えないものにぶつかって止まるということが起きた。
気のせいや勘違いを防ぐためにもその場所に向かってもう一度、今度は先ほどよりも強めに虚空を蹴りつけた。
「にゅっ!」
俺の蹴りを受けたリリアは変な声を出すと、魔法を解いてなのか勝手に解けたのかはわからないが、とにかく姿を見せた。
そして引き攣った笑みを浮かべると俺のことを見上げてきた。
「へ、へへ……あ、兄貴。どうしたんで?」
「お前がどうしたよ。なあおい。なんでそんなところにいるんだ?」
やめろと言ったはずなのに俺のことを兄貴と呼んだリリアのことを睨みつけながら問いかけるが、リリアはブルっと体を震わせた後に勢いよく立ち上がった。
「よ、よく見破ったわね!」
立ち上がったリリアは腰に手を当ててそんなことを言ったが顔は俺とレーレーネから逸らされている。……カッコつけるなら顔を合わせろや。
どことなく情けなさの感じられるリリアに対してため息を吐き出してから、俺はリリアに話しかけた。
「さっきの捨て台詞はなんだったんだ?」
「それはあれよ。ああ言っておけば油断してくれるかなーって……」
「わざとか。つまりは計画的に乗り込んだわけだ」
「へ、へい……」
目を泳がせながら行なわれた返答に対して俺はもう一度息を吐き出してから、これからいかにも喧嘩が始まりますというような感じで拳の骨をポキポキと鳴らす。
「ま、待ってよー! 私にはやりたい目的があるんだから行かせてちょうだいよー!」
すると、リリアは焦ったようにわたわたと手を振って弁明を始めた。この辺りはさすが親子ってくらいレーレーネと似てるな。実際親子なんだし似てても不思議じゃないけど。
「目的? ……じゃあその目的とやらを俺たちが代わりに果たしたらお前は来る必要ないのか?」
「え? えーそれはちょっと……。私だって遊びたいし……」
そんな戯言を聞いた瞬間に俺はリリアの両手を掴んで車体の外に出そうと引っ張った。
「うわあああん! はーなーしーてー!」
なんて叫んでいるが、無視をする。放してやってもいいが、まずはここから降りてからだ。
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