第55話農家ってなんだっけ……?
なんか知らんけど、どうやら相手のボスっつーか隊長? はエディ達の知り合いのようだ。
となるとやっぱりあの街の勢力ってことになるんだが、やっぱり多分中央か西あたりだろうなぁ。
「このまま大人しく帰る気はあるか?」
仮にあっちに帰る気があってもこっちには帰す気がないんだが、とりあえず聞くだけ聞いてみよう。話してみれば何かしら相手の情報を引き出せるかもしれないしな。
まあなんの情報も引き出せなくても捕まえた後に無理矢理にでも引き出すからいいんだけどさ。
でも、その場合は死者が出ると引き出せる情報が少なくなってしまうわけで、できるだけ殺さないようにしたいとは思っているがそれでも何人かは死ぬと思う。
「なんでぇ。酷えこと言いなすんなや。こんなクソッタレな田舎まで来たんだから、俺たちも歓迎してくれてもいいんじゃねえか?」
「招かれてない奴を歓迎できるほどここは豊かじゃねえんだよ。何せ木と草くらいしかねえからな。歓迎なんてしてやれねえから帰れ」
こいつらを歓迎してる余裕なんてあったら俺たちをもっと歓待してほしい。木と草以外の何かでな。もうサラダとフルーツ山盛りは飽きたよ。おいしかったけれども、それとこれとは別だ。そろそろ肉が食べたい。
「はんっ! それ以外にもずいぶんな宝があるでしょうや。エルフって奴隷と、お前っつー道具がよぉ!」
なんてどうでもいいことを考えていると、目の前に並んだ賊達は隊長らしき男の言葉を聞いてそれぞれ武器を構え始めた。
これ、俺のことがわかってる雰囲気だな。ってことはこいつらは俺を狙ってきたのか? けどエルフも狙ってるっぽいし、両方を狙ってる?
「おめえら! あいつらをぶっ殺すぞ!」
「「「「うおおおおおお!」」」」
隊長(仮)が抜いた剣を掲げて後ろの奴らに声をかけながら馬を走らせると、その後を追うようにして賊達全員がこちらに向かって突撃してきた。
エディとエミールは俺の前に出て庇おうとしているし、後ろにいたはずのエルフ達は逃げようとしているが、安心しろって。ちゃんとできるはずだからさ。
俺はポケットから両手を引き抜いてそれを前に差し出し、握っていた手を開いたが、開いた手の上には種が小さな山となって乗っている。
賊達からしたら何をしているのかわからないだろうし、そもそも俺が何を持っているのかわからないだろう。
これはこのままでは意味がない。何せただの『種』だからな。
でも、ここに一工夫すると楽しいことになるんだよなぁ、これが。
「——《播種》」
「いづっ!?」
俺が呟いた瞬間に手のひらの上に乗っていた種は音もなく動き出し、高速で目の前に迫っていた賊達へと飛んでいった。
俺の手のひらの上から賊達へと放たれた種は、腹や足、顔面に突き刺さっていく。
「いぎゃああああっ!?」
突然訳のわからない痛みが身体中に走ったからだろう。隊長を含め、賊達の先頭を走っていた奴らはもれなく痛みで体勢を崩して落馬していった。
そして後続の奴らだが、これは前にいた奴らが邪魔になって視界が通ってなかったせいで場所を指定することができなかったため、スキルの効果範囲外だったので生き残ることができ、そのまま仲間達を轢きながらこちらに突っ込んできた。
だが、前を走っていた壁がなくなっちまえば残ってる奴らも変わらない。
「——《播種》」
「あがああああっ!?」
もう一度前の奴らと同じようにしてやったらそいつらも馬から落ちていった。
馬は背に乗せていた主人達が落馬してもそのままこちらに向かって走ってきたので、それはエルフ達にどうにかしてもらう。
さっき逃げようとしただろお前ら。逃げる必要がなくなったんだからこれくらいは働け。
俺が後ろを振り向くと、目のあったエルフはビクッと体を震えさせた後すぐさま動き出し、馬の背に乗って誘導し始めた。
最初に動き出したエルフの後を追うように他のエルフ達も動き出し、全ての馬は無事に俺たちにぶつかることもなく大人しく誘導させることができた。
こいつら、ビビリだしへたれてるけど、後ポンコツも入ってるけど、基本的に有能ではあるんだよなぁ。
どうにかしてポンコツとヘタレを治すことができれば、俺たちとしてももっといい関係を築けそうな気はするんだが……。
まあ、それは悩んだところでどうすることもできないし、今は目の前の賊達の処理を続けようか。
鎧なんかの金属は流石に種では貫けなかったようだが、それでも顔面や関節などの鎧のない部分には全身に種を食らってるせいで、中には眼球が潰れている奴もいる。
いや苦労したよ。馬に当てないようにするには全体を一つの地面として認識するんじゃなくて、個人個人で一つの地面として認識しなきゃいけないからな。もうそれだけで五十回以上のスキルを使っちゃったよ。普通なら結構な使用回数だな。……まあ、俺の場合は後千回ほど残ってるけど。
しかしまあ、そんなスキルを食らって全身に傷を作りながら落馬した奴らは呻き声を出しながら地面を這っているが、あれは逃げようとしてるのか?
でもあいにくと、こっちは逃がすつもりはないんだよ。
落ちて地面に突っ伏してるところで、俺はさらに追撃ためにのスキルを使う。
「《天地返し》」
馬から落ちて倒れていた奴らの真下を発動地点に設定し、スキルを発動させた。
すると倒れていた賊達は地面ごと浮かび上がり、くるりとひっくり返った後に落下した地面の下敷きとなって賊達はスキルによってできた穴の中へと叩き込まれて土を被せられた。
本当は最初からこうしてもよかったんだけど、それだと馬が巻き込まれることになる。
そんなことになったら、馬が可哀想だろ?
人間は攻めてきたわけだしどうでもいいが、なんの罪もない動物が死ぬのはな。ほら、俺ってば善人だからさ、悪人以外はできるだけ殺したくないんだよ。……まあ、必要とあらばやるけど。
しかしまあ、落馬した奴らに追撃するだなんてそこまでする必要があるのかって思うかもしれないけど、あるんだよなこれが。
確かに俺のスキルは相手の全身に傷を負わせることができるし、地面に倒れている状況を見ればすごい成果を出したかもしれない。
だが、それは落馬したからだ。
言ってしまえば俺のスキルでつけた傷なんて、眼球や喉なんかの大事な場所に当たったもの以外は所詮は『種サイズ』の傷でしかないんだ。
実際に種が埋まってるわけだし治療まで含めて見ると結構厄介な力だとは思うけど、殺傷力という点では刃物で斬りつけるよりも圧倒的に劣っている。もしかしたら、スキルを千回くらい顔面に叩き込んでもすぐさま殺すことはできないかもしれない。それほどまでに俺の攻撃は『殺すための技』としては弱いんだ。
非殺傷技として見るのなら優秀だけど、誰か、何かを殺す際の主戦力にはなれない。
だからこそ、種の攻撃を喰らって落馬した状態で、さらにスキルを重ねて動きを封じるしかない。
だがそれでも何人かは俺のスキルから逃れ、体勢を立て直している。この辺りは流石と言うべきだろうな。
「やっぱこの程度じゃ必殺ってわけにはいかないか」
天地返しを避けた賊の中には敵の隊長もいた。やっぱり隊長なだけあって能力も高いんだろうか?
「て、てめえごらクソガキ! 何しやがった!?」
隊長は全身から血を流しながら立ち上がり、俺を睨みつけている。
「言うと思ってんのか?」
「ぐうっ、舐め——ぐあ!」
だが、何をしたのかなんて聞かれても言うはずがなく、俺はそれだけ言うと今度は腰につけていたポーチに手を突っ込んでそこから種を取り出して、相手の言葉を無視してスキルを使う。
何をされたのかなんてわからないだろうな。大量に使えば俺の手元から放たれた瞬間は見えるだろうけど、実際に喰らうまでは種なんて小さなものが高速で飛んできたら視認することは難しいだろうな。何せ術者の俺にも見えないんだから。
一応隊長含め立ち上がっていた何人かは剣を盾代わりにして顔面を守ったり、縮こまってやり過ごそうとしたが、まあ結果は大して変わらない。
事実、賊達は俺の攻撃を避けることができなかった。
流石に鉄を貫通させることはできなかったから顔面は防がれたけど、代わりにいい感じに膝に受けたようで、隊長の男は短い悲鳴とともに地面に膝をついた。
「まだやるのか? 何をされたか分かってないんだろ?」
再び倒れることとなった賊達。その中でも唯一膝立ちで済んでいる隊長の男に向かって問いかけるが、それでも男は止まらない。
忠誠心か金のためか、もしくは他に何か理由があるのか知らないがここまでやってもまだ立ち上がろうとしている。
いや? 立ち上がろうとしているのは戦うためじゃなくて逃げるためか? ……まあどっちでもいい。攻撃を許すつもりも逃すつもりも、両方ともないんだから。
「動くな、声を出すな。倒れたままおとなしくしていろ。もし何かしようとしたら、その瞬間に撃ち抜——」
「いぎぃっ!」
「言ってるそばから動くなよ」
話しながら俺がポーチに手を突っ込んだのを隙だと判断したのか隊長は逃げ出そうと反転して走り出したが、全身に傷を負った状態でなおかつ膝がぶっ壊れてるのにそれほど速く動けるわけがない。
逃げ出そうとしたその背中に、新たに取り出した種を打ち込んだ。
それはたった数粒だったにもかかわらず、隊長はその衝撃で足をもつれさせて転んでしまい、再び地面に倒れ込むこととなった。
しかしそれでもまだ諦めるつもりはないのか、膝に対して治癒をかけ始めたので、治している膝に範囲指定をしてスキルを発動した。
……そういえば、種が埋まった状態なわけだけど、その状態で治癒をかけて傷が塞がったらどうなるんだろう? 種が押し出されるのかそのまま中に残ったままで治るのか、それともなんか不思議パワーで体内の種が消えるのか……う〜ん。わからない。
でもまあいいや。それよりも今はこっちだ。種と治癒に関しては今度調べておこう。犯罪者を使っての実験ならそれほど問題ないだろうし。
なお、普通なら犯罪者なんてそう簡単に見つかるものでもないが、自分の家の周りには犯罪者しかいないので実験台には困らない。
……っと、逃げちゃダメだって。動くなって言ったろ。
俺が考え事のために少し意識を逸らしていると、隊長は種を撃ち込まれた痛みからかうめきながら這いつくばって逃げようとしていた。
が、そこに追撃としてもう一度スキルを使って種を放つ。
そしてさらにもう一度。身じろぎだったような気はするがとりあえず使っとく。
「さあ、もう一回だけ言ってやる。動くな、害虫ども」
そこまでやると動いたら攻撃されるってことがようやくわかったのか、俺の言葉以降は隊長含め全員が身じろぎすらすることなく大人しくなった。
「——くふ」
おっとまずい。なんか笑いが漏れてしまった。
でも仕方ないと思うんだよ。
こんなところに攻め込んでくるくらいだから、どこの勢力か知らないけどこいつらはそれなりに優秀な戦力だっただろう。
だがそれを不遇職だと見下されていた『農家』がここまで圧倒的に倒すことができたんだからさ。
一応できるだろうとは思っちゃいたんだが、まさかこれほどまでに上手くいくとは思ってなかった。
「くっくっくっく……」
っと、また笑いが溢れちゃった。嬉しいのは仕方ないにしても今は自重しないと。
まあこんなことやってると「農家ってなんだっけ?」って思われるだろうし、なんなら自分でもちょっと思い始めたけど、気にしない。便利ならそれでいいじゃないか。
とりあえず今はこいつらの処理を任せるかな。
そう思って後ろに振り返ったのだが……あれ? なんかちょっと様子がおかしくないか? 周りを見てみると、なんか俺を見て震えてる奴らがいるんだが? 最後のセリフとかがちょっと高圧的すぎたんだろうか?
……ま、まあきっと気のせいだろ。これまで友好的に接してきたんだ。今までと同じように友好的に話しかければこの変な空気だってちゃんと消えるはずだ。
「どうやらもう暴れるような人はいないみたいですし、安心ですよ」
そう考えて近くで待機していたレーレーネに向かって笑いかけた。
「は、はいぃ……」
……やっぱダメそうな気がしてきたな。あぁ、せっかく気付き上げてきた優しいイメージが崩れ去ってしまった。
くそ、これもあの侵入者達のせいだ。どこの奴らか吐かせてぶっ潰してやる。
「エディ。それの処理と親父への連絡。あとはその他諸々を頼んだ」
「う、うっす。了解っす」
なんかこいつらからも怖がられてないか?
後ろから「坊っちゃんやべえ」とか聞こえる気もするが……きっと気のせいだろ。
……次からは気をつけよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます