第49話エルフの里=クソ田舎

 このままレーレーネを避けて攻撃をすることもできるが、それに意味があるとも思えないので俺はポーチから取り出したタネを再びポーチの中にしまい、だらりと手を下げる。


 俺たちの間に両手を広げながら割り込んだレーレーネは、俺が攻撃の意思を消したと判断するとくるりと振り返ってルールーナの方を向いた。

 そして……。


「村長……」

「村長じゃなくて女王! ——じゃなくて、ダメです。これ以上はダメです! ルールーナもわかってるでしょ? あなたじゃ勝てないんだって。これだけボロクソに負けておいてまだ勝てるだなんて思ってるほど頭の中スカスカじゃないでしょう? いくら人間の男性に振られたからって人間全体を恨むのはお門違いというものです。それはあなたもわかっているんじゃないの? もういい歳なんだから夢見てないでいい加減現実と向き合いなさい。結婚しないで村を守るために戦うんだ、なんて言ってないで、もうちょっと女の子らしくして結婚しないと。あなたはただでさえ胸が小さくて背が高くって女の子っぽさが薄いんだから、他のところで頑張らないと結婚なんて後百年はできないわよ。あなたはそれをちゃんとわかってるの?」


 ……うわぁ。なんていうか……うわぁ。色々とひどい。

 さっきまでの威厳ありそうな雰囲気はどこ行ったんだとか、俺たちがいることを忘れてないかとか、いくら知り合いでもはっきり言い過ぎじゃないかとか、俺でもひどいと思うくらいには色々とひどいなこれ。


「う——うわあああああああああ! あああああああ!」

「あ、ちょっとルー!? なんで叫びながら逃げるの!」


 なんでってあんた……そりゃああれは逃げるだろ。


 でもそうか。あいつ、人間にフラれたから人間を嫌いなのか。それと合わさってこの場所を守るってことで人間である俺たちを追い出そうとしたと。


 ……なんか、なんとも言えねえなぁ。いやなんか言うつもりはないけどさ。


「えっと……はっ! コホン。——なんだか色々ありましたが、我々は皆様を歓迎いたします」


 あ、何事もなかったかのように続けるんだな。俺たちはそれで構わないけど。


「何もないところではありますが、まずは体をお休めください。歓待の準備が整い次第使いの者を出しますので、話はその後にしましょう」


 そうして案内された先は、うん。村長という呼び方が似合ってるようなクソ田舎——じゃなくて閑散としてて木々に囲まれて自然に溶け込むような、あー……自然豊かな集落で、俺たちはその中の建物の一つに案内された。


「それでは私は失礼いたしますが、何か御用がありましたらそちらのものへどうぞお申し付けください」


 その言葉に従って壁際に視線を向けるが、そこには膝を抱えて座ってるエルフが無表情ながらも怯えたように震えるということをしていた。


 あれ、何か言いつけたとしてもまともに使えるんだろうか? ちょっと無理じゃないかなー、って思うんだけど、どうだろう?


「どうぞごゆっくり」


 そう言って俺たちをこの建物まで案内してくれたレーレーネは、そう言ってにこりと笑うとしずしずと去っていった。

 だが、ごゆっくりって言っても……


「本当に何もねえなぁ」


 建物の中を見回すが、そこには何もない。必要最低限の家具はあるんだけど、それだって無理矢理人数分に届かせている感が半端ない。だって椅子なんて壁際に並べてあるだけだし。

 何人来るかわからないけど、とりあえず数だけは用意しておこうって意識が見える気がする。


 建物自体は道中で見かけた建物とかよりは幾分か広い気がするが、ここにやってきた十名全員が生活するには少し狭いような気がする。


 こういうのって普通護衛の奴らとメインの人物って分けて案内するもんじゃねえの? 普通の貴族とかならキレてると思うぞ。うちの街でも中央の豚と西のハゲはふざけんなっていうと思う。

 俺は元が庶民だし、みんなで雑魚寝とかしてたことがあるから今更だし構わないけどな。


 というかそもそもの話、こんなクソ田舎に来る奴なんて今までいなかっただろうし、いたとしても森に迷い込んだ少人数とかだったんだろうから、まともに来客を歓待するための設備なんてあるわけがないのだ。


「まあ屋敷と比べたらどこだってそんなもんっすよ。むしろ一般の農村はこれよりひどいんすから、ここはまだいい方っすよ」

「ですね。前に農村で宿を借りたことがありやすけど、その時はこれが普通なのかと驚いたもんです」


 エディとエミールがそう言いながら他の奴らに指示を出して家の中を確認していくが、これがマシってどんなんだろう? 住みたいなとは思わないが、ちょっと三日ぐらい試しに泊まってみたい気はする。

 実際に泊まってみると「もういいや」ってなるのかもしれないが、それもまた経験だ。好奇心って大事だよな。


 ま、それは置いておいて、今はこの状況でどうやって過ごしていくかだな。


「それに比べればマシってか」


 けどマシとは言うものの、そんな悪い気はしないんだよな。田舎だしやることがないってのはその通りだし永住したいとは思わないが……なんか妙に落ち着く感じだ。多分これも植物関連の転職の恩恵なんだろうな。


 ……それはそれとして、トイレはどこだろう?


 家を出てから半日しか経っていないが、半日は経っているのだ。その間ずっとトイレに行っていないせいで、そろそろ限界になってきた。まだ耐えられるが、目的の村には着いたわけだし無駄に耐えることもないだろ。


 2階にはないだろうし、でも一階はキッチンと他に一部屋だけでトイレはない。もしかして空いている一部屋はトイレようなんだろうか? ほら、壺にする感じのやつ。


 ……いやいや、流石に違うだろ。いくらここが人がほとんど来ない身内だけでゴニョゴニョやってるクソ田舎だとしても、流石にトイレは壺ではないはずだ。そう思いたい。


 だってあれだ、ほら、トイレ用の部屋にしては匂いもないし、部屋も広い。だからきっとここはトイレ用の部屋ではなく、そもそもこの建物にはトイレがないんだろう。


 であれば、あとはもうどこにあるのか聞くしかないよな。ちょうどそういうことを聞くための人も残してもらってるわけだし。

 ……壁際でずっと座ってるのを見ると、ちょっと大丈夫なのかって言いたくなるけど。


「あのー……」

「ぴゃい!」


 ……そんなに怖がらなくてもいいんじゃないか?




「もおおおおお! なんであなたはどっかに行っちゃったのよおおおお!」


 やっぱり建物自体にはトイレはなく、一旦外に行って決まった場所にすることになっているようだった。

 まあ、水洗式なんて設備はないだろうし、仕方ないのかもしれない。

 汲み上げ用の機械もないだろうし、タンク式もありえない。そもそも組み上げる方法があってタンクもあったとしても匂いの関係で家の中にはつけられないんだから、こうして外に用意してみんな一箇所でするってのが一番いい方法なんだろう。少なくとも壺にするよりはましだ。


 さて、そんなわけで俺は案内された建物から出て、俺以外にも何人も引き連れてゾロゾロとトイレに向かったのだが、その途中でなんか聞こえてきた。


 この声はレーレーネか? なんか語調っていうか話し方が違いすぎて全然そんな感じはしないんだが、声の感じは似てる、気がする。……が、まじでさっきまでと違いすぎてよくわかんないな。


「そのせいであんな怖い人たちと会うことになっちゃったじゃないいいい!」

「大丈夫よ! 見た目と違ってみんなすごい人たちだから! 何せあの五帝、東のヴォルクの配下よ?」

「だから言ってるのよ!」


 これはあれだな。どうやらリリアと話をしているようだ。

 でも、やっぱりレーレーネの態度は明らかに違ってるな。多分こっちが素なんだろう。まあこんなところで暮らすんだったら仰々しい態度なんていらないだろうし、そもそもの話としてリリアの母親なんだからむしろ最初の態度がおかしいとも言える。


「お花あげれば喜んでくれるかな? 帰ってくれる!?」


 お花って……いやまあ、もらったらもらったであいつらなら喜びはするかもしれないが……


「無理よ!」


 だよな。ここで帰ったら俺たちが来た意味なくなるわけだし、リリアもそこは理解してるようで安心したよ。


「うわあああああん! どうすればいいのよおおお!」


 ……これは、あれだな。特に聞く意味はないし、とりあえずトイレに行くか。

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