第48話一般的な使用方法ではありませんので使用の際はお気をつけて
「それでは女王様。この場で戦う事を許可いただけますか?」
エルフ側から仕掛けてきたとはいえ、それは向こうの総意ではない様だし、この場で戦うにはトップの許可がいるだろう。
そう思って俺はリリアの母親でありエルフ達の長であるレーレーネから許可を得るために問いかけたのだが、俺の声を聞いたレーレーネはハッと気を取り直すとそれまでのおかしな挙動を止めて俺のことを見てきた。
「じょ、女王?」
が、その反応は目を丸くしながら首を傾げると言うものだった。多分今までそんなこと言われたことがなかったんだろうな。ずっと村長呼びだったんだと思う。
「違いましたか? この地のエルフ達の長と言う事でしたのでそうだと思ったのですが……」
というかそう言うことにしてほしい。だってそっちの方がなんか安心するっていうか、馴染むから。
エルフの頭の呼び方って言ったら王とか女王だろ? 百歩譲って族長までだ。村長はない。
「い、いえ! 違いません! そうです。私が女王です。私は女王なんですぅ!」
俺の言った女王呼びが大層気に入ったのか、レーレーネは嬉しさを全面に出しながら笑って答えた。
……エルフ、森に引きこもってて正解かもな。人間社会になんて出てきたら速攻で騙されて食い物にされるわこれ。
「で、でも、その……本当に戦うんですか? あなたは『農家』さんですし、戦いには向いていないと思うのですが……」
「ご心配ありがとうございます。ですが、ご安心を。ご許可さえいただければ問題ありません」
レーレーネは少し迷ったようだが、最終的には頷いて戦う許可を出した。
そうして許可をもぎ取ると、俺はルールーナに向かい合う様にして立った。
「……まあ、許可が出たわけだし、やるとするか」
エルフの心配なんて隅に置いておいて、今は目の前の楽しみを楽しもう。
「それでは勝負のルールはどうしますか?」
「ルールだと? そんなものはどちらかが死ぬか、負けを認めるまでに決まっているだろ!」
臆病な種族にしては随分と野蛮な気がするが、多分これ、本人も自分で言いながらビビってると思う。だって顔に〝やっちまった感〟がすごい出てるし。
でもまあ、それならそれでこっちは構わない。
「先手は譲ってやる」
「そうですか? ありがとうございます」
そんな事を言ったのは俺が子供だからだろうな。
舐めるなよ、と言いたいところだが、実践でスキルを使ったことがないので初手をもらえるのはありがたい。ちょっと人相手での使用感を試してみたいからな。
「それでは行きますねー!」
俺は少し離れたところからそう言って笑いかけ、腰に帯びていた剣を抜き放ち、走り出した。
その走りは決して早いと言うものではなかっただろう。見た目相応、子供の走りでしかない。
こんな走りでは戦闘では役に立たないだろう。
だが、それでいい。
この走りは不意をつくことが目的でも、剣に勢いを乗せるのが目的でもない。ただちょっとだけ近寄れればそれでいいだけの走り。
この程度の速さなら走りながらでも周囲を警戒していることができるので、近寄るだけならこれでいいのだ。
そしてある程度まで近寄った俺は剣を右手一本で大きく振りかぶり……
「そー……れっ!」
「なっ、にゃげっ——!?」
投げつけた。
まさか剣を投げるとは思っていなかったのか、ルールーナは慌てながらも自分に飛んできた剣を咄嗟に避けた。
慌てていたとは言ってもその身のこなしは流石と言えるだろう。
しかし、俺は剣を投げてしまったせいで一見すると攻撃の手段がなくなったが、でも別に剣なんてくれてやっても構わない。だって俺、剣士じゃないもん。
俺の武器はこっち。馬鹿みたいに鍛えて頭おかしいとまで言われたスキルこそが俺の武器だ。
剣を避け、わずかに体勢を崩したルールーナに向かってさらに走って近寄り、そんな近寄ってきた俺に警戒したルールーナは持っていた剣を構えた。
でも、悪いな。俺はまともに切り合うつもりはないんだ。そもそも剣ないし。
ルールーナに向かって走っていた俺は右手を前に出し、相手に向かって人差し指を突きつけた。
「《潅水》」
俺が走りながらそう呟いた瞬間、突き出した指からは勢いよく水が放出され、その水はルールーナの顔面目掛けて進んでいった。
「っ!」
魔法を使っていないのに水が出てきたことに驚いたのだろう。目を見開いている。
だが、これこそが『農家』の第三スキルだ。
魔法を使っていないって言っても、水を出せている時点でもうこれ魔法みたいなもんだろうと思うが、あくまでもスキルだ。魔法じゃない。
第三位階で覚えるスキルは『潅水』。言ってしまえばただ手から水を出すと言うそれだけだ。水以外のものは出せないし、手以外の場所からも出せないと言うなんとも融通の効かないスキル。魔法みたいに自由に動かすことなんてできない。
だがそれでも十分だ。
覚えたてのスキルは効果が低いので本来手のひらからチョロチョロとしか出てこない水だが、そんなものでも指先からまとめて放出すればその勢いは結構なものになる。ホースの口を潰すと勢いが上がる感じのアレだ。
食らってもダメージにはならないだろうが、顔面に当たるのは少し避けたいと思うくらいの威力は出る。
そんな水を顔面に向かって放ち、避けられた。
だが、まだだ。まだ終わらない。
俺のスキルの使用回数限界を舐めるなよ? 頭おかしいと言われながらも毎日ぶっ倒れるまでスキルを使い続けて使用限界を更新し続けたんだ。一回や二回で終わるはずがない。
俺は放った水を避けたルールーナに向かってさらに同じスキルを発動し、執拗なまでに顔面を狙う。
だが相手もさるもので、流石に何度も同じことを繰り返していれば容易く避けられる様になった。
そしてルールーナは俺に向かって走ってきたのだが、それは決着を急ぎすぎだ。
俺、スキルの連続発動だけじゃなくて同時発動もできるんだぞ? 水を人差し指からしか出せないなんて誰が言った?
近寄ってきたルールーナに対して俺は両手の指全てを相手に向けた。
直後、俺の両手の指から先ほどと同じ勢いの水流がルールーナに目掛けて放たれた。
「きゃわっ——へぶっ!」
流石に十本もの水は避けることができなかったのか、走っている最中に顔面に水を受けて隙だらけになった。
そんな状態の彼女に接近し、足払いを仕掛けると、簡単に転んでくれたので、ついでに後頭部に手を当てて地面に叩きつけておく。
……ああ。叩きつけると言っても怪我をさせるほどではない。せいぜいが鼻を打って鼻血が出るかも、くらいなもんだ。鼻血も立派な怪我? 馬鹿言え。その程度じゃ怪我には入らないさ。
「うっ、この——」
手をついて起きあがろうとしたので、その手を蹴り飛ばして頭に向かって『潅水』スキルで水をぶっかけ続けておく。
「やめっ……ゴボッ……!」
地上で溺れようとしているルールーナを視界に収めながら、彼女の手にあった剣を回収しておく。
ルールーナはまた起きあがろうとしたのだが、水浸しになったために泥になっていた地面のせいで手が滑り、今度は俺が何をするまでもなくセルフで顔面を地面に叩きつけた。
流石に二度目は同じ失敗はしないようで、顔を打ちつけた後も即座にその場から飛び退き俺から距離をとった。
俺は飛び退いたルールーナに向かってまたも同じように両手の指先から水を放出するが、威力自体はないので喰らうと分かっていればなんてことはないのだろう。剣は持っていないものの、腰についていた鞘を引き抜いてそのまま突っ込んできた。どうやらこのまま剣術勝負と行きたいようだ。
だがそんなのはごめんだ。このままスキルでやらせてもらう。
あいつは俺のスキルなんて耐えようと思えば耐えられるものでしかないと思って突っ込んできたのかもしれないが、それは間違いだ。
確かにこのまま細い水流を使っていたところで、それが何本あったところで、来ると思っていれば耐えられないことはないだろう。
だがしかし、俺はスキルを同時に使えるが、それを十本分しか使えないとは言っていない。
と言うわけで、だ。百回分のスキルを手のひらから同時に使わせてもらおう。
「あぶぶぶぶぶ——ぶごっ!」
突っ込んできたところで顔面に放水車の如き水圧を受けたルールーナはまたも転ぶこととなったのだが、今度は後頭部から勢い良く行った。知ってるか? 放水車ってまともに食らえば五、六メートルは人間が吹き飛ぶんだぞ。もっと角度とあたりどころが良ければ十メートルは飛ばせる。
けどあれだな。うまく当てることができたのはいいが、なんかエルフっぽくない悲鳴が聞こえたな。……気にしないでおこう。これ以上エルフのイメージが壊れるようなことを気にすることはないだろ。
「んぐっ!? グエッ、ごほっごほっ……」
その後も仰向けになっていた顔に向かって放水を続けたのだが、どうやら鼻から水が入ったようで咳き込んでいる。
放水から逃れたようだが、それでもまだ咳き込むのは止まらないようで咳をしながら俺のことを睨んでいる。
が、その目は涙目なので威圧感は全くない。
「みゃだ……んんっ! まだだ!」
「もう勝負は決まったようなもんじゃないか? これ以上やっても意味ないと思うが」
「まだ負けてない!」
全身を泥と水で汚しているのに負けていないと言い張るエルフの剣士、ルールーナ。
諦めないって姿勢は買うし好ましいとは思うが、今の状況と俺の立場的に諦めないってのは厄介でしかない。
……はあ、仕方ない。やりたくなかったけど、立場をはっきりさせるにはやった方がいいか。だってこれ、諦めるまで終わらないってルールだし、心を折りにいかないと終わらないだろ。
ただ一応、もう一回だけ最終確認をしておこうか。
「それじゃあ聞くけど、本当にまだやる気なんだな? これ以上は手加減しないで本気で勝ちにいくぞ?」
「え……まだ本気じゃなかった……?」
ルールーナは俺の言葉を聞くなり惚けたような顔で俺をみて呟いたが、これは続けてもいいんだろうか? これ以上やるとなると結構酷い目になると思うし、個人的にはもう諦めてほしいんだけどな。
「どうする?」
「バ、バカにするな! その程度で臆するわけがないだろ! やる……やるに決まっているだろ!」
「……そうか。なら——後悔するなよ」
「へ?」
ルールーナが首を傾げたが、俺は彼女から奪った剣を投げ返し、代わりにサイドポーチの中に手を突っ込んで『種』を取り出した。
「ストップ!」
だが、そこでレーレーネから待ったが入った。
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