第47話エルフの里の村長

 

 今回同行するのは、一度連絡役としてエルフたちの森に行ったエディと、交渉役として仕事をしてきたエミール。あとは護衛として数名程度で、俺を合わせて全部で十人だ。


 本当ならどこかに使者を出すのであればもっと人を割くはずなのだが、いかんせん相手はエルフだ。

 前情報として人見知りの引きこもりというものがある以上は、できる限り警戒させないようにしたほうがいいと言うことになってこの少人数になった。


 のだが……


「……これ、速すぎねえか?」


 周りの景色が置いていかれてる。車で走るよりも圧倒的に速い気がする。


 街を出て少しすると突如としてスピードが上がり、景色を置き去りにするかのように走り始めたのだ。

 そんな一気に走り出したら慣性で大変なことになるんじゃ、と思うかもしれないが、その辺はなんか魔法的にどうにかしてるらしい。ついでに振れも全くない。まほうすごい。


 なんで森の引きこもりがこんな技術を持ってるのかと思ったが、引きこもりだからこそ持ってるんだろう。他の何を気にすることもなくただ気になった事を突き詰めていくスタイルだからこそ、こんな自分たちも滅多に使うことのないくせに無駄に高性能なものができたんじゃないかと思う。


「やっぱり早いな。馬で一日くらいの距離じゃなかったか?」


 エルフの森ってのはある程度余裕を持って馬を走らせた場合、大体一日から早くても半日程度でたどり着く場所にある。

 だが今はほんの一・二時間程度でやってくることができてしまった。

 猪ってこんなに早いものだったんだな。


「ささ、どうぞお降りください」


 やたらと腰の低い態度のエルフの男性に促されて俺たちは猪車から降りたのだが、周りは見事なばかりに森しかなかった。


 だが、なんだろうな。不思議と馴染むような感覚だ。あの街の空気が澱みすぎてるだけかもしれないけど、ここの空気は澄んでいるように感じる。空気が美味しいってのはこう言うことを言うんだろうな。


 と、この世界で初めての大自然を満喫していると、猪車から少し離れた場所にエルフの集団が待っているのが見えた。


「あびゃっ!? ママ!?」


 俺に続いてリリアが降りてきたのだが、何かを見てそんなふうに叫んだ。まあ、何かってか、あの集団だろう。

 こいつの反応から察するにどうやらあの中に母親がいるらしいんだが、こいつがお姫様だってことを考えると、多分あの真ん中にいる女の人だよな。一人だけ他の奴らよりも飾ってるし、すごく堂々としてる。


 俺たちは視線で合図をすると隊列を組んで歩き出し、待っていた集団へと向かって歩き出した。


 近くによると、やはりこの女性がここの女王なのだろうと確信が持てた。それくらいに堂々としている。


 そして足を止めた俺たちとエルフの集団は向かい合うことになったのだが、女王はにこりとこちらに笑いかけてくると俺を盾にしてその陰に隠れていたリリアへと視線を向けた。


「リリア、よく帰ってきましたね。あなたには話したいことがありますが、それは後ほど——」

「なんかすごい似合わない話し方……」


 が、リリアは空気を読まずに俺の後ろに隠れながらもそんなふうに呟いて女王の言葉を遮った。


 娘に話を遮られたことで女王は頬が引き攣って行くが、娘であるリリアが『似合わない話し方』って言うってことは、この人普段はもっと違う喋り方をするんだろうな。


「後ほど、しっかりと……ええ、しっかりとお話ししましょうか」


 しかしそんな俺のゆるい考えとは違って、話を邪魔されたからかエルフの女王はリリアに対してヒクヒクと頬を引き攣らせたまま笑いかけた。


 言われた本人であるリリアを見てみると、「絶望した!」と言わんばかりに目を見開き、間抜けに口を開けている。

 多分俺たちの話が終わったら説教が始まるんだろうが……がんばれ。俺は関係ない。


「ん、んんっ! ようこそ我々の里にお越しくださいました。私はこの森にてエルフ達の長を務めておりますレーレーネです。我々はあなた方のことを歓迎いたします」


 リリアの母親は小さく咳払いをしてから何事もなかったかのように俺たちに視線を戻して話し始めたが、やっぱりこの人がここのトップか。まあ、だろうなって感じだ。分かりやすすぎるくらいに分かりやすい。


 しかし歓迎する言っているが、周りを見てみるとなんかみんな怯えてるってか震えてるんだが、これ本当に歓迎されてるのか? ……あ、いま一歩後ずさったやつがいるぞ。まじで歓迎されてるか、これ? そんな雰囲気はかけらもないんだが?


「あ、あの者らは少々緊張しているのです。何せこの里に人間の集団が来るなど実に数百年ぶりのことですから」


 俺の視線に気が付いたのか、女王は慌てたように説明するが……うん。まあ、そう言うことにしておこう。特に気にするようなことでもないし、その方が話を進めやすいだろうからな。


「このようなところで立ち話をするわけにも参りませんし、落ち着ける場所へとご案内を——」


 そう言って女王が俺たちを案内するために体を動かしたところで、またもその言葉は遮られた。

 だが今度はリリアではない——乱入者だ。


「村長!」


 ……なんだって?

 え、村長? 誰が?


 この場で『長』とつく人物は一人しか知らないので先ほど自己紹介を受けたばかりのレーレーネと名乗ったリリアの母親へと視線を向けると、彼女は両手を顔に当てていた。


 ……なるほど? イメージが先行しすぎていて女王だと思っていたが、実際には女王ではなく村長だったと。


 そうか。そうか……た、確かにここのエルフ達の長とは言っていたが、女王だとは名乗ってなかったな。どうやら俺の思い込みだったようだ。


 でも……ええー? 村長って、イメージ違いすぎるってか、そもそもここは里じゃなかったのか? というかリリアは『姫さま』じゃなかったのか? 姫さまの母親は村長って呼び方でいいのか?


「なぜ人間をこの森に入れるのですか!?」


 乱入者は何か言っているが、その存在やその言葉の内容よりも、村長云々の方が気になって仕方がない。


「その方はリーリーアを保護してくださった方々です。自分たちのことを襲いかかってきたエルフを誰一人として殺すこともなくいてくださったことからも、悪人ではないと判断いたしました。……顔は怖いけど」


 なんか最後にボソッと聞こえたな。


「ですが人間を入れるなど! それに、所詮はあの街の人間です!」


 森の奥からやってきた乱入者の女は村長……じょ、女王でいいな。なんかそっちの方がイメージがいいし。

 まあその女王の言葉に対して反論したが、うん。それは言葉は理解できるな。だってあそこ犯罪者だらけの街だし。大体全員が蛮族かろくでなしだ。自分たちの故郷に入れたいと思えないのも仕方がない。


「ですが、もう決まったことです。ここまで招いておいてやっぱり帰れは流石に情けなさすぎます」


 謝るから来てくださいって頼み込んできたのはあっちだしな。ここで帰されたら流石に怒る。というか立場的に怒らざるを得ない。


「それに、相手は『農家』ですよ? 歓迎こそすれど、追い返すなんて失礼です。できることなら村のために水を撒いたり植物達の確認をしてもらったりして欲しいと思っているんですから、村に入れることになんの問題があると言うのですか」

「うー……あー! 私が戦う! 人間め! この里に入ることができると思うなよ!?」


 レーレーネは言葉を連ねて説得をしようとしたが、乱入者はよほど俺たち人間が入るのが嫌なのか女王に言われてもそれを認めることはせず、唸り声を上げてから俺たちに向かって指を突きつけて宣言してきた。


「……これはどうすれば?」


 そう女王に問いかけたのだが、女王はなんか……なんだろう。動作が故障した機械のようにカクカクとしている。こう、右を見て、左を見ようとして、でもやっぱりまた右を見て、手を伸ばそうと動かし、止めて、でもやっぱり伸ばそうとする。みたいな何がしたいのかわからない情報系統に異常が出てそうな動きだ。

 顔は困ったような笑みを貼り付けているのだが、なんか動きが怪しい。心なしか体が震えているような気もする。

 多分だが、これはテンパっているんだろうな。女王って言っても本質はポンコツエルフなわけだし、この状況でどう動けばいいのかわからず慌てているんだと思う。


「さあ! 相手は誰だ! 代表者よ出てくるがいい!」

「代表者って言ったら俺?」


 乱入者の女の言葉に少しだけワクワクしながら自分に向かって指を差したのだが……


「ダメですぜ坊ちゃん。ボスからは危険に晒さないようにって言われてんすから」


 エディに止められてしまった。

 こいつは護衛だし真っ当な選択なんだけど、俺は諦めない。


「知ってるよ。けど、この程度は危険じゃないだろ。それに、ある程度は力を見せておいたほうが楽な気がするんだけど?」

「それでしたら俺たちがやるんで、坊ちゃんは下がってて欲しいっす」

「代表者がやることに意味があるだろ、こういうのは」


 そもそもこの流れ自体は想定していたことだ。本当ならエディ達が戦うことになってたんだが、代表者を呼ばれちゃあ仕方ないよな。うん、仕方ない。


「安心しろよ。これでもそれなりに戦える技を持ってんだぞ」


 それに、俺だってたまにはまともに戦いたいのだ。俺はスキルによる攻撃方法も手に入れたことだし魔物とだって戦ってみたいのだが、過保護な親達のせいでいまだに街の外にはそう簡単には出してくれないせいでろくに戦ったことがない。


 せっかく異世界に生まれ変わったんだから冒険者なんてものにも憧れてるんだけどな。


 それはともかくとして、今回外部の者と戦う機会が訪れたのだからそれを無駄にはしたくない。


「それじゃあちょっと遊んでくる!」

「あ、ちょっと! 坊ちゃん!」


 止めているが、無視だ。本当にやばかったら流石に逃げるから安心しとけって。


「お前のような子供が代表者だと?」

「ええ。初めまして、東区のまとめ役であるヴォルクの息子のヴェスナーと申します。よろしくお願いします」

「あ、ルールーナです。こちらこそよろ……じゃなくて! ふ、ふん! 子供だからと言って騙されないぞ!」


 あ、だめだ。なんかこいつからもポンコツ臭がする。


 これから戦うってことで前に出て挨拶をしたのだがなんかこいつも根は真面目っていうか、なんか争い事に向かない様な感じがする。


 それでもこうして出てきた以上は戦うんだけどな?

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