第46話森へ向けて出発

 

 そしてそれから数日。エルフたちの迎えが来るまでの間はいつも通りに過ごすこととなった。


 俺は毎日の日課の訓練とスキルの修行をこなしていったのだが、スキルの方はいいとしてもやっぱりまだ純粋な戦闘技術では身内の誰にも勝てない。


 スキルありでいいなら勝てそうな気もするんだけど、本気で止める気なら殺しそうだし使うことはできない。播種スキルとか相手の頭に百発くらい打ち込めば大体死ぬ気がする。……ヤシの実サイズの種があれば一撃で倒せそうだな。


 天地返しはちょっと土をかけたくらいじゃ止まらないだろうし、そもそも警戒してる時にやってもなにかしらの対策されそうだ。

 いや、そもそもで言うのなら、俺がスキルを使うようになれば向こうもスキルを使うことになるので、差はより広がりそうな気がする。


 第三スキルはまだ慣れてないから微妙に発動までのラグがあるんだよな。非殺傷に使えて便利ではあるんだけど。


 それ以外だと孤児院行ったり暇つぶしに街を歩いたり本を読んだりだな。これでも俺は結構本を読むんだぞ。……それ以外に暇つぶし方法なんてないからな。強いて言うならボードゲームをするとか? あとは絵を描いたり笛を吹いたりだな。


 絵だ笛だなんてのは、なんか街の雰囲気に似つかわしくない上品な感じがするけど、それくらいやることがないんだよ。これで必死こいて働かないといけないようだと暇だなんて言ってられないのかもしれないけど、あいにくと今世の俺は金持ちなんだ。働かなくても贅沢できるだけの金がある。


 そんなわけで本当にやることがなくて上品な感じの趣味ができたんだ。まあやってみたら意外と楽しいからいいんだけどさ。


 あとは本についてだが、この世界では意外と本が安い。初めはこんなに安いものなのかと思ったが、過去に来た異世界人とか勇者とか名乗ってる奴らがそう言う技術を広めたってのもあるし、天職にも本を作る感じのやつがあるからな。

 確か『作家』の天職だったかな? 『写本』とか『複製』ってスキルがあるから、紙さえ用意できれば時代背景にそぐわないコピー品を作成できる。識字率も神の欠片のおかげで100%だしな。


 そんなわけで本そのものは珍しいってほどでもないんだが、問題がないわけでもない。いかんせんこの街では手に入りづらいんだよ。


 ある意味当然っていやあ当然だな。本を読むような気質の人間がどれほどいるのかって話だ。

 普通の街ならいいだろう。それなりに本を読むやつがいるのはおかしくない。

 だが、ここは別だ。この街、犯罪者の街だぞ? 本なんて読んでる暇があったら、その時間を使って他のことをやってるさ。大抵は酒飲んでるか寝てるか薬やってるか交合してるかのどれかだな。あとは犯罪の準備とか悪巧み? でもまあ、所詮はそんなもんだ。


 ああ、そうだ。そういえばあとはリリアの世話も一応日課というか、毎日のやることの一つだったか。


 最初はめんどくさいなと思ってたんだが、なんかもうここまでくるとペットに餌を与えてる感覚になるから不思議だ。意外と愛着が湧いてきた。その愛着が異性や人間に対するものではなくペットに対するものだってのがちょっとあれな気もするけど。


 何かに飛び移るためにジャンプしようとしても飛距離が足りなくて床に落ちる感じの、なさけないけど放っておけない感じがして少し楽しい。


 そんなこんなで過ごしていたのだが、今日ようやくエルフたちの迎えが来た。

 やってきた迎えに会いに行くために、俺はリリアの手を引いて前回と同じ応接室に向かった。


「来たか。こいつらが今回の送迎係だそうだ」


 応接室に入ると、前回と同じエルフの男がソファに座りながら体をかたまらせていた。まあ最後にあんな脅されたらそりゃあそうなるか。


「こいつは俺の息子のヴェスナーだ。ねえだろうとは思っちゃいるが……くれぐれも気いつけろよ」

「は、はいぃっ!」


 親父に紹介された俺だが、親父の息子ってことが原因なのか無駄に怖がられている気がする。前回はまともに話すことはなかったからな。どんな性格かわからないだろうし、そう思われても仕方ないとは思う。


 だがしかし、仕方ない。こりゃあちょっと気を利かせてその恐怖を薄れさせてやろうじゃないか。


 そう決めると俺は怯えている様子のエルフの男に向かって顔を向け、にこりと笑ってみせる。


「お久しぶりです。前回はろくに挨拶をすることもできずに申し訳ありませんでした。そちらの方は初めましてですね。父より紹介いただきましたが改めまして、ヴェスナーと申します。この度は私たちを里まで招待いただけるとのことで、大変喜ばしく思います。お互いに文化が違うこともありご迷惑をおかけしてしまうこともあるでしょうけれど、道中よろしくお願いします」

「え……あ。は、はい! こちらこそよろしくお願いします!」


 親父の息子と紹介されておきながらこれほど丁寧な挨拶をされるとは思っていなかったのだろう。笑いかけたのもうまく作用したのかもしれない。エルフの男は俺と親父の間を何度か視線を行き来させて見比べた後にものすごく嬉しそうに返事をした。


「やっぱ坊ちゃんを選んで正解っすね」

「うっせえ」


 親父の時とは違い安心した様子で話すエルフの姿を見たからか、エディは悪戯っぽく親父のことを笑い、親父はどこか拗ねたように呟いた。


 普段の態度とは全く違う俺を見てリリアは目を丸くしてこっちを見ているが、なんてことはない。上っ面だけなら任せろよ。元々の顔の作りはいいんだから、本性を隠して仲良くなって近づくくらいはできるわ。


 その後は特に問題もなく話が進み、俺たちはエルフたちの用意した乗り物に乗ってリリアの故郷である森に向かうことになった。


「地味にいいもの使ってんだよなぁ」


 応接室から出た俺たちは馬車止め場に向かったのだが、そこには普段うちでは見かけたことのない車体が置かれていた。


 その作りに歪みはなく、繊細な飾り彫りが行われている。この街——特に中央区の奴らが使うような金や宝石などで飾っているわけではないので決して派手とはいえないのだが、むしろその価値はこちらの方が高いように思える。


 使っている材質は多分これ、聖樹だろ。なんか知らないけど加工されてるってのに心に訴えかけてくる『何か』がある。俺が『農家』っていう植物関連の天職だからなんだろうが、多分他の植物関連の天職の奴らも同じだろう。普通の植物ではこんなことにはならない。


 聖樹って言うのはエルフたちの住処の『核』になっている植物で、エルフの住んでいる場所には必ず聖樹がある。

 聖樹があるからエルフがいるのか、エルフが育てているから聖樹があるのか知らないが、ともかくエルフとセットで存在している樹だ。ファンタジー風に言うなら世界樹とかそんな感じのやつ。


 で、そんな聖樹だが、その枝や葉を買おうと思ったらものすごく高い。

 どうやって育てているのか、どういう生態なのかわからないためにエルフ達以外の手では育てられず、魔力の通りがすごくいいから杖に最適なんだとかで魔法師としては垂涎の品らしいからだ。


 葉の方は大抵の薬の効果を増強させることができるそうで、そっちも市場に出回れば速攻で買われるし、そもそも市場になんて出てこないレアものだ。

 しかしその流通は少なく、そのため非常に高価な品となっている。


 と、前に読んだ植物図鑑に書かれてた。


 そんな聖樹の素材だが、目の前の車体には存分に使われている、というか車体全てが聖樹でできてる。普通に国宝級のやつなんだが、こんなところに持ってきていいんだろうか? まあ、普通のやつにはこれが聖樹素材でできてるだなんて思いもしないと思うけど。

 だって杖一本分の素材で一般家庭の数年分の金がかかるような素材がこんな大量に使われてるなんて誰も思わないだろ?


 しかし、そこはエルフだから、と目を瞑るにしても、他にも見過ごせない部分がある。

 車体は材料と細工以外の基本的な構造の部分では普通なんだが、それを操作するための動力っていうのかな、馬車であれば馬に相当する部分が違った。


 なんだこれ? ……豚? いや、猪か? 俺より高さがあるんだけど、でかくない?


「ブーちゃんです」


 車体の御者席に座っていたエルフの女性に聞いてみるとそんな返事が返ってきた。他のエルフ達と違って怯えていないのは、この人が話し合いの場にいなかったからだろうか? 捕まってもいないし親父の脅しを受けたわけでもないから俺とでも普通に話すことができてるんじゃないかと思う。

 俺、立場とか考えずに見た目だけならその辺にいる子供だからな。ビビる要素はないんだろう。


 しかし、ブーちゃんってことは豚か。でもこいつ、牙あるぞ?


「ブーちゃんは『ブラストボア』っていう魔物なんですけど、いいこなんです」


 ああ、ブラストでブーちゃんか。でもブラストって日本語——じゃねえや、英語だよな、多分。

 時々それっぽい言葉はあったが、こっちで地球の言葉があるのはなんでだろうな? 異世界から来た勇者を名乗ってる奴とかいるっぽいし、そいつら関連か? 

 ……通じるならどうでもいいか。


「びゃー! やめてよおおおぉぉぉ!」


 なんて適当に結論づけている間に、何があったのかリリアがブーちゃんに頭を噛まれていた。

 噛まれていると言っても、敵意があったり食べようとしているわけではないんだろう。だってそんなつもりだったらとっくに頭全体を口の中に入れられてるだろうし。


 完全に口の中に含まずに噛んでいることから、甘噛み的な親愛表現のようなアレなんだと思う。

 ……いじめやすそう——じゃなくて遊んでもらえそうなオーラをしてたからって可能性もあるけど。


「リーリーア様!」


 御者の女性は遊ばれているリリアを見て声を上げたが、オロオロするだけで何もできないでいる。が、すぐに別のエルフがリリアをブーちゃんから引き離した。


 頭がベトベトだな。もう出発の予定だけど、あれで一緒の馬車に乗るんだろうか?


 涎まみれになったリリアのことを見ながらそんな風に考えていたのだが、エルフの一人が何やら水を発生させ、それをリリアの頭に覆い被せて渦を巻くように動かした。


 数秒ほどしてからリリアの頭にかぶさっていた水は取り除かれ、水のなくなった後には涎まみれではなく綺麗になったリリアの頭があった。


「それでは、その、乗っていただいてもよろしいですか?」


 そうしているうちに時間になったようで、俺はなんか少しだけ怯えた様子のエルフに馬車……馬車? に乗るように促された。


「ああ、はい。操縦よろしくお願いします」

「お任せください」


 車体の中に入る前に、先ほどまで話していた御者席の女性に頭を下げてから車体の中へと乗り込んだ。

 ここでは俺も偉いやつなんだし無闇に頭を下げない方がいいんだが、ことエルフ達に関しては別だろう。必要以上に丁寧に接して漸くまともに話ができると思った方がいい気がする。


「お前、上っ面だけはいいよな」

「上っ面だけなんてひどいな。俺は心の方も立派なもんだぞ」

「……ギャグか?」


 乗り込んだ俺に窓の外から親父が話しかけてきたが、失敬な。俺は基本的には害されない限りいい人だぞ。

 まあ、面倒事が起きたら面倒なので、自分の平和を守るために面倒を起こさないようにしているだけだが。だってどうでもいいその他大勢な奴らに時間を割くのは、それこそ時間の無駄だろ? ちょっとお行儀よくしただけで何事もなく終わるならそれに越したことはない。

 ただし、自分や仲間の平和が害されたら問答無用で叩き潰す。


 とはいえ、俺を害することなく何事もなければ普通の人にとっては普通にいい人だ。と思う。少なくとも表面上はまともなはずだ。


「まあいい。精々気いつけろよ」

「死にゃあしないから安心しといていいぞ」


 親父とそんな言葉を交わしてから俺たちを乗せた馬車……ちょ、猪車? は進み始めた。

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